「あとは帰るだけだな。足の具合はどうだ?」
「うん、杏寿郎くんのおかげでだいぶ楽だよ。ありがとう」
今日は杏寿郎さんがいてくれるおかげで少し遠出をし、大きい市場で夕餉の食材を買った。風呂敷にたくさん詰まった野菜を杏寿郎くんは涼しい顔で持ち直すと、優しく私の手を引き誘導してくれる。思ったように動けない私のために歩きやすいよう歩幅を合わせてくれる彼には頭が上がらない。
鬼との戦いの中で致命傷を負った私は一命を取り留めたものの後遺症が残ってしまった。腰から下にかけての痺れが残り、しのぶちゃん曰く少しずつこの痺れは全身に広がっていくらしい。故に鬼殺隊にも隠も医務班にもなれない。
切り替えの早さが取り柄の私は一晩大泣きしすっきりした後ひっそりと田舎暮らしをして残りの人生を楽しもうと計画した。時間をかけながらも自分の足で歩けるまでに回復すると、鬼殺隊から去り杏寿郎くんにも婚約の破棄をお願いしようと準備をした。
もともと彼から求婚の申し立てがあり、快く承諾していた。鬼がいない平和な世になったら夫婦となろうと約束を交わしていたが、剣士となった以上戦地にて死ぬことは免れない。お互いに頭のどこかで“生まれ変わったら結婚しよう”と考えてた以上、のこのこと生き残った私に杏寿郎くんとこの世で結婚する資格なんてない。
そんなこんなで鬼殺隊から去ろうとした私に杏寿郎くんは『今すぐ夫婦となろう』だなんてこれまたたまげた発言をしてきたのだ。
「ふふっ」
「? 昨日から春は一人でよく笑うな。俺もつられて笑ってしまう」
「えへへ。杏寿郎くんと一緒に町を歩けることももちろん楽しいけど、昔のこと思い出してたの。私が蝶屋敷からこっそりと抜け出してた道中に杏寿郎くんがいきなり現れた時のこと」
「ああ!あの夜の事はよく覚えている。連日の任務を早急に片付け、君の元へ駆けつけた」
「全身泥だらけ擦り傷だらけの杏寿郎くんを見てあわてて私も駆け寄ったけど、ふらついちゃって、杏寿郎くんに支えてもらっちゃったね」
「…春らしいと言えば聞こえはいいが、もうあんな真似はしないでほしい」
「あー…あはは。杏寿郎くんがあの場に来てくれなかったら本当に田舎暮らしを決行してたよ。私の居場所は杏寿郎くんの隣。最初からそして最後までここだよ」
「うむ。それならばよし!もう君は一人の体ではないしな!」
少し不貞腐れた旦那くんがとても可愛い。少し前を歩く杏寿郎くんの横顔をじっと見つめていると、視線に気づき目を細め口角を上げにこりと笑う。その笑顔が大好きで、私も彼の真似をして笑い合った。
「あの……」
「ん?どうしたんだ、少年!」
後ろから声を掛けられ、振り返ると杏寿郎くんの腰ぐらいの身長の男の子が私たちを見上げていた。少し離すが大丈夫か?と声を掛け私が頷くと、杏寿郎さんは手を離し子どもの目線に合わせ身体を屈ませた。
「これ、違う?」男の子が持っていたのは、先程私たちが市場で買った甘柿だった。
「うむ!これは間違いなく、今晩食べようとしていた甘柿だ!風呂敷に入れたと思っていたが落ちてしまっていたようだな。運んできてもらうなど不甲斐ない!ありがとう少年!」
目の前で杏寿郎くんの気迫を浴びても、物怖じしない少年は少し恥ずかしそうに頭をかいていた。なかなか度胸の据わった男の子だ。
その時、ぐぐぅ〜〜と誰かのお腹の虫が鳴いた。きょとんとする私に、男の子と向き合っていた杏寿郎くんがこちらに振り返ると私に何か伝えようとしている。その内容が伝わり二つ返事で私は旦那くんに答えた。
「少年!これは礼だ。後ろで待っている母君と弟と一緒に食べるといい」
「えっ、でも、お金…」
「金などいい。腹を空かせているのだろう?」
持っていきなさい。そう言って男の子の手に甘柿を戻す。男の子や後ろで控えていた女性とおんぶ紐で背中に抱えられている赤子の身なりは決して裕福なものではなかった。盗めばわからなかったものの、わざわざ運んできてくれたのだ。
そんな少年に感心したのであろう杏寿郎くんは背中越しでもなんとなく、浮かべている表情が読み取れる。
「ありがとうございます!」そう言って男の子は大事そうに甘柿を胸に抱え、母の所へ戻っていった。
「すまなかったな、春」
「ううん。また買えばいいもの。それにしても、優しい男の子だったね」
「ああ。強くて優しい、いい目をした少年だった」
先程と同じように私の手を取り誘導してくれる杏寿郎くんの目は、とても綺麗に輝いていた。素敵な少年と出会えたのが嬉しかったんだろうな。
「私たちの子も、あんな素直で優しい子に育つといいね」随分と丸くなった自身のお腹をさすりながら言うと、「なる!!」行き交う人たちが振り返るぐらい大きな声で杏寿郎くんは答えた。
「俺と春の子だ!人に優しくどんな事にも屈しない強い心をもつ子にきっとなる!」
力強く道路の真ん中で答えた夫に少し恥ずかしさも感じ、回りを気にしてしまうが…きらきらした顔で遠くを見つめている旦那くんの姿を見たら何も言えなくなってしまった。
私も涙脆い性格ゆえに、杏寿郎くんの言葉にぼろぼろと涙が溢れ止まらない。ううぅ…道中の真ん中で何してるんだこの夫婦と怪訝そうな目で見られてて恥ずかしいけど涙がとまらないー。