「ねぇ兄ちゃん」
「なんだよ」
「奏条さんの好きなアイスって何かな…何味が好きなのかな…」
「んなの俺に聞くな。…俺だって実栢さんの好きなアイス知りてぇよ」
「アイスバー好きだと思うんだよなー味はメロン」
「実栢さんはソフトクリームの王道バニラだなー。あーイチゴとかも可愛いよなー」

大学の夏休み。田山兄弟は祖父母が経営する海の家のお手伝いに来ていた。まだ時間は早く日も昇ろうかとしてる頃、混雑していない時間を狙ったサーファー達が浜辺や海にちらほらいる程度。よくもまぁ朝っぱら来れるもんだ、とマリンスポーツを楽しむカップルの姿を遠目に見つめながら慣れた手つきで悶々と考え事をしながらテントを貼る。

弟にも好きな人がいるとは聞いてたが彼氏持ちだったなんて、俺たちやっぱ似てるよなー。あーつらい。
なんかあのサーファーカップルのお姉さん、実栢さんに似てるなぁ…。前髪あげてる姿とか超レアだけどあのギャップがたまんねぇんだよな。そうそう、あのお姉さんみたいな感じで。…え?あれ実栢さんにそっくりじゃね?「おーい、兄ちゃん」目が大きくてタレ目でボブであーーー超絶可愛いー。まじかー。最高すぎんだろ。こりゃ手伝いにきてよかったわ。目の保養。早く陸上がってこねぇか「兄ちゃん!!!」

「おわっ!な、なんだよ」
「今日予約入ってる人いるからチェックしといてね、だって」

まだオレも見てないけどリーダーが先に見てね、とテントを貼り終えぼーっと海を眺めてた兄にスケジュール表を突き出した弟。また実栢さんとやらの妄想をしていたんだろう。そんな兄に思うところがある弟も、軽くため息を吐き厨房へと戻った。

「予約ねぇ……。……ん?」

田山海の家店は一応有名店でありテレビでも何度か取材されたぐらい人気だ。予約は可能であるが必ず来店できる人のみ承っており今日も何組かテーブル席が埋まっていた。
毎年がむしゃらに働いてたらいつの間にかヘルプリーダー(?)と称されていた兄は、渡された用紙を見て大欠伸を漏らす、が。

「実栢…恵那…???」

見間違うはずが無い文字。同姓同名だろうと冷静に対処しているクールな俺とテンションぶち上がりでニヤニヤが止まらない本能丸出しな俺が脳内で戦いを起こしてる。まさか、あーいや待て待て、いや、でも。
結果、乾いた笑いが出て目線を海へと移す。やはり見間違いじゃなかった。紙に書かれた名前と浜辺に上がってきたカップルの彼女の姿を見て、確信。兄は天を仰いだ。







「やっぱ恵那って体の使い方がうまいよな!」
「条介さんの教え方が上手からですよ」
「いんや、恵那だからこその上達の早さだぜ?すげぇよ!」
「…ふふ、ありがとうございます」

キラキラした瞳は朝日を浴びた海と同じ輝きだった。日も上がり、休憩するため陸に戻ってもなお彼から放たれる眩しい程の瞳は先の朝日を思い出すかのようだ。
サーフィン、本当に好きなんだなぁ。恵那は楽しそうに話し始める彼氏をニコニコと自分でも分かるぐらい口角を上げて聞いていた。
ふと、彼の話がとまり首を傾げたら大きな手が目の前に伸びてきて。下ろしていた濡れた前髪を上げ、大きな瞳を見下ろす。

「俺の好きな事を恵那と一緒に楽しめんのってマジで楽しいわ」

そのまま髪を後ろまで梳かすように撫でると、赤くなった顔ではにかむように笑った最愛の彼女。堪らずに衝動のまま肩を抱いたら、思ってたより勢いがよく砂浜の不安定さもあり、恵那はよろけてしまう。
すんでのところで綱海が抱きとめるもそのまま綱海が下になり転倒。無理な体勢で支えるより砂浜で倒れた方が良いと判断した綱海は「だ、大丈夫ですか?!」と上で心配する彼女の、普段見られない水着とアングルのコンボに自身の判断は間違ってなかったと褒め讃えた。

「恵那が可愛すぎるから倒れちまったな〜〜」
「え、あ、そ、それなら、条介さんこそ、カッコよすぎるのがいけないんです!だからよろけちゃったんです!」
「ははっ、じゃあお互い様だな」
「〜〜っ、もーー…」




恵那との海水浴は初めてではなく水着姿は何度か目にしているが、今回はサーフ用の水着を新調していたようで長袖のラッシュガードであろうと予想はしてた。してたからこそビキニ姿を初披露された時は思考が止まり、可愛い、なんて声が漏れ見惚れてしまったのも無理はない。普段肌を見せない服装が多い為かこうした時にギャップという爆弾を投下してくる彼女はいい意味で心臓に悪い。体を重ねてるとはいえ公の場で彼女の肌を見るというのはとてつもない背徳感と高揚感も比例するように高まり、成長し続ける綱海の思考はあらゆる感情の渦に翻弄されていた。

恵那と付き合い愛が深まる程、己がいかに楽観視してきたか綱海は痛感していた。今まで自分はどういう気持ちだったか、どんな言葉を発してたか、恵那はどんな想いだったのか。
彼女との思い出はいつだって忘れたことはない。だが、日々を過ごすことによって感じる感情をあの場その場で汲み取り思考を巡らせていれば、と。

「条介さん」

でも。

「この水着、サーフ用だけど、可愛いな、と思って。条介さんも…喜んで…もらえるかなと思って…」

あぁ、やっぱ無理だな、俺には。
彼女が発する言葉、仕草、表情の一つ一つを綱海は決して見逃さなかった。そして気づいたら、体が動いているのだ。余すことなく彼女を抱き留め、己の勢いにのせ感情を爆発させる。小難しいことなんて性にあわねぇ。出会った頃から変わらない、当たり前の事を鮮明に思い出させてくれる彼女を前に何を着飾ろうとしてるのか。

「っく〜〜!最っ高に楽しませてやるから!ついてこいよ恵那!」
「! はいっ!」

男と女は静かに揺れる海に飛び込んでいった。




人気が出始めてきた砂浜で男女が抱き合って砂浜に倒れてる、ましてや彼女が彼氏を押し倒しているように見える体勢は目立たないはずもなく。
別のサーファー男性が横切る際に口笛を吹かれ、恵那の顔は心配になる程真っ赤に染まっていった。…でも、嬉しそうに笑う条介さんの顔をもっと見たいな…。
って何を考えてるの私!煩悩を振り払い、「もう大丈夫ですね!」綱海に何事もない事を相手からの返事無しに確認し急いで彼から離れた。
耳まで真っ赤にして慌てふためく彼女を眺めてるのもいいが、まだ時間はたっぷりとある。
友人達と合流、海の家、BBQ、花火。楽しみが満載だ。
綱海も起き上がると彼愛用のサーフボードを持ち上げそのまま岸まで行こうとする恵那から「さんきゅー」とボードを軽々受け取った。

「―――そういや、飛鷹が屋台だすっていう場所はどこだったっけ?」
「ここから近いみたいですよ。オープンは8時なんですが…もしかしたらいるかも?」
「アイツのことだから早めに来てんだろ。顔出すか!」




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memo:
マジで恵那たん可愛くて気づいたら2人でラブラブしてた(笑)
長くなりそうだから一旦ここで区切ります!