とある村の宿の夜。皆が寝静まった夜更け、ルイルはふと目を覚ます。

「……(心配しすぎかしら)」

親友の恵那が心配でままならない。強い彼女のことだ、きっと大丈夫に違いないと言い聞かせても身体は言うことを聞いてくれず常に緊張状態だった。
外でも散歩しようと上着を羽織り、外へ出る。そこには、

「晴矢?」
「げ、」

素振りをしている晴矢が。ばっちりと目が合うと気まずそうに視線を外された。

「なんだよ、眠れないのか?」
「そんなとこ。晴矢は…いつも通りね」

元気なく笑うルイル。普段と変わった様子を見せる彼女に晴矢は調子狂うなと頭をかく。

「日課だからな」

ルイルの言葉に耳を傾けながら素振りをする晴矢の声は、少し優しさがこもっているように感じられた。

「……。ルイル」
「ん?」
「暇なんだろ?付き合えよ」

一瞬なにか考え込んでいたが剣を鞘におさめ挑発的に笑う彼にルイルは目をぱちくりさせる。いいからこいよ、とルイルの手を引く。
連れてこられた場所は村の中心から少し離れた平地。野花がところどころ咲いており近所の子どもたちが通っていそうだなと思われる、いこいの場所のようだった。

「ぅらっ」
「!?ばっ、」

突然手が離れたと思ったら裏拳を繰り出され、反応が遅れ受け身がとれずその場で尻もちをついた。

「ちょっと!なにすんのよ!」
「これに反応できないようじゃ、勇者サンとしてもまだまだだなぁ」
「(カチン)私の方が勝ち越してるのに余裕あるじゃな、い!」

ケラケラ笑う晴矢にイラッときた。怒りに身を任せ晴矢に反撃しようとすると簡単にかわされてしまう。

「冗談きついぜ勇者サン?」
「〜〜〜っ!」

完全に出来上がったルイルが上着を脱ぎ捨て構えをとると、晴矢も口笛を鳴らして「そうこなくっちゃなぁ」と口の端をあげた。


***


「はぁ、はぁ、」
「っかぁー!疲れた!」
「晴矢…、なんか、強く、なった?」
「今更かよ。前からお前より強いんだけど?」
「いや、私の方が強いから」
「あぁ?」

寝転がりあがった息を整える。勝敗は着かず同時に互いに倒れ込んだ事で引き分けになった。
この時既に、ルイルの頭の中にかかっていたモヤはなくなり気分は晴れやかだった。

「晴矢、ありがと」

彼は仰向けのまま星空を見上げていた。聞こえてはいるだろう、ルイルはそのまま話続ける。

「ちょっと悩んでたんだけど、吹き飛んだ。晴矢と手合わせするといつも気持ちが落ち着くわ」
「あんな辛気臭い顔して隣歩かれちゃこっちが嫌になるからな」
「ごめんごめん」
「1人で突っ走んなよ」

身体を起こして心配そうに見つめる晴矢。真剣な表情にルイルも茶化すこともなく返事をし、改めて「ありがとう」と微笑んだ。
晴矢に手を差し出されて自身の掌を乗せ身体を起こそうとした瞬間、景色が一変。手を引かれた力のままにルイルは晴矢に押し倒されていた。その顔はしてやったり、とほくそ笑んでいる。

「これで俺の勝ち越しだな」
「はぁぁ?!ずるいわよこんなの!素直に心配してくれてるのかと思ってたの酷い!!」
「心配はしてたぜ?ま、最後まで爪が甘かったのはルイルの方だったってことだ」
「〜〜〜っチューリップ頭がー!」

抵抗するも両手首を抑えられ身動きがとれない。ジタバタと抵抗するルイルを見て優越感に浸ったのはいい。いいのだが、ちょっとまて、この態勢はまずいんじゃ?
好きな女が自分の下で組み敷かれそんな姿に何も思わないわけがない。自分でこの態勢にもっていったとはいえ無意識だった…。晴矢は内心で大きなため息を吐きルイルの顔を直視できず顔を肩に埋めた。

突然すんともうんとも言わなくなった晴矢に「おーいチューリップちゃーん?」とふざけて呼びかけても何も反応しない。
そんなに嫌だったかしら、チューリップ。私は好きなのに。
……いや、晴矢もきっと、何か悩み事があるんだわ。
まだ皆との絆が深まってないと聞いてから、皆と一対一で話をしたいと思っていたルイルは今が好機と見て、晴矢に再度、呼びかけた。

「ねぇ晴矢。カッコ悪くても口で言えなかったとしても困ってたら……ううん、困ってなくても私が側にいるからね。もちろん、ヒロトも風介も」
「……」
「晴矢は面倒くさい性格してるもんねぇ」
「……おまえに言われたくはねぇよ」

抑えられてた力はもう弱く。ルイルは自由になった腕を伸ばして晴矢の首に回し、引っ張る。逞しくなった幼なじみの背中を叩いて、「一緒にがんばろーね!」と。
こちらの気も知らないで首に回された腕や背中から伝わる優しい手の温もりに晴矢は思考が一旦止まるも、彼女らしい励ましの言葉に思わず笑いが零れた。



(………)
(……ルイル?)
(すぅ、むにゃむにゃ)
(は?マジか、おい、寝んなよ)
(すゃ……)
(どうすんだよこれ……てか警戒心なさすぎだろ)