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喫茶ポアロに新しい店員さんが増えた、という情報が広まるのはかなり早かった。近くのオフィスで働く私たちの周辺はもちろん、今朝同じ電車に乗っていた女子高生までもがその話をしていた。
SNSで検索をかけると情報がたくさん出てくる。出勤状況だとか、彼のサンドイッチは美味しいだとか、ベースが弾けるだとか、彼が白いスポーツカーに乗っているのを見ただとか。
ある種芸能人よりも人気があるのかもしれない。気軽に会いに行けて会話までできてしまう。会いに行けるアイドルたちも真っ青だろう。何しろ、顔良し、対応よし、顔良し、料理の腕よし、顔良し!なのだから。

「あ、いらっしゃいませ、遥さん」

財布を片手に喫茶店のドアを開くとお目当ての彼がまばゆいばかりの笑顔で迎えてくれた。ああ、今日もとっても素敵な笑顔!…綻ぶ口元をなんとか堪え、営業で鍛えた笑顔を向ける。

「お昼休みですか?サンドイッチ、まだ残ってますよ」
「あ、頂きます。お腹空いちゃって。安室さんのサンドイッチのために午前頑張っちゃいました」
「そんなこと言ってもらえて嬉しいな。今日もコーヒーでいいですよね?」

通い詰めた甲斐あって、私にはすでにミルクと少しの砂糖が混ぜられたコーヒーが出る。世界で一番好きな顔を見ながら、世界で一番美味しいコーヒーとサンドイッチを嗜む。幸せな瞬間だ。このまま昼休みが永遠に続けばいいのに、とさえ思ってしまう。

あまりにも仕事が忙しくて十日ほどポアロに来ることが出来ない時期があった。仕事が落ち着いたある日の昼休み、ふとポアロのコーヒーが飲みたくなった。

「随分お久しぶりですね」
「え?」
「いつも美味しそうに飲んでくださる方だなあ、って思ってましたから」

イケメン店員に顔を覚えられているとは思いもしなかった私は浮かれるあまりそのことをSNSに投稿した。
すると瞬く間にたくさんの見知らぬアカウントから責め立てられた。その時に彼の人気を身をもって知ったのである。
だが匿名で言われたことに特にダメージはない。彼が私の顔を覚えていたことは事実だし、常連であることにやましいことは何一つないのだから。

ぼんやりと記憶を辿っていると、先ほどまでサンドイッチが並んでいた皿が片付けられ、可愛らしいケーキが置かれていた。

「あれ、安室さん、私ケーキ頼みましたっけ?」
「新作で、まだお店に並べてないケーキなんです。よかったら食べてみてください」

きょとんとする私に彼は人差し指を自身の口元に当て、内緒ですよ、と小さく付け加えた。

「遥さん、美味しそうに食べてくれるんだろうなって考えながら作ってました」

テーブル席に座ってる女の子たちの視線が突き刺さる。今、彼の笑顔は私だけのもの。こぼれる笑みが抑えられない。ごめんね!私常連だから彼と仲良しなの!やだなあ、また炎上しちゃうわ!


週5でポアロに通うOLのはなし