はじめまして

無事に引越し作業も終わり、手伝ってくれた高校時代の友人達と居酒屋で飲み、そのまま帰るとのことで駅までお見送りをしてやっと帰ってきた。
新居は一人暮らしなので1LDKのマンション。オートロック付きで何よりも角部屋で日当たりも良好。実家を出てから引っ越しはこれで2回目だ。前回の部屋は何せ真ん中の部屋でなおかつ、ペット可のマンション。ペットが嫌いなわけでもないが、朝早く隣の部屋からはよく犬の鳴き声が聞こえてむしろそれが目覚ましとなるレベルだった。そう、仕事で疲れて体を休める休日ですら犬の鳴き声による目覚ましで起きざる得なかったのだ。犬は決して悪くないし、なんなら飼い主も大変そうだった。それとなく仲良くさせてもらってたのだけれど、ふと引っ越そうと突然思いついてその日に不動産屋へ行き内見し、契約を交わしたのだ。それがここ、神奈川県某所。
このマンションはペット用不可物件なので、ワンワンとアラームが鳴ることもない。しかも角部屋で窓も大きくベランダからの眺めは最高。本当に素晴らしいところに住めたと思う。
アルコールが回っているからか、気分はとても良く、引っ越せた嬉しさもありテンションがハイになっているのが分かる。だって、やっとこれでゆっくりと休日が過ごせるようになるんだよ?当たり前に嬉しいじゃないか!
部屋の扉を前に、新しくなった家の鍵をマジマジと見つめてしまう。今日から私はこの鍵を大事にするんだ。ふふふ、と笑う。


「お前さん悪いんじゃがそこ俺の部屋やき、どいてくれんか?」

「え?あ?はい?……一つ間違えた!すみません!」


あれだけルンルンで部屋へ入ろうとしていたのに一部屋ズレていた。言われて気付いたが私の部屋は905号室だ。男の人に言われて気付いて前を見ればそこには903号室。不審者に見られただろうか、慌てて すみません、 と頭を下げれば はははっ と笑われてしまった。なんかすごくいい声じゃない?


「顔あげんしゃい……新しいお隣さんか?」

「は、はい!今日から住むことになりました名字名前です」

「ピヨッ、名字さんじゃな。俺は仁王雅治じゃ」


仁王さんという男性は笑顔で片手を出してきた。私は戸惑いながら手を出すとパシッとすぐに取られて握手を交わした。
独得な話し方に、綺麗な銀髪で口元のホクロがセクシーな男性だ。歳は自分と変わらないくらいだろうか。 お願いします、 と控えめに言うと仁王さんは 明日は朝練があるから今日はこれで、と話した。朝練?


「あ、朝練?」

「ああ、俺テニス部なんじゃよ。立海大付属高等学校のテニス部」


名字さんは帰宅部か、なんて聞くけれど私は部活どころか学生では無いし社会人3年生だ。……ていうか、立海大附属高等学校?


「え、高校生?」

「?そうじゃけど……お前さんもじゃろ?」

「私もう成人済みの社会人……」


今度は仁王さんの動きが止まった。
つまり私は彼に同級生と間違われたということか?確かに今日も居酒屋でハイボールを頼んだ際に年齢確認はされたし童顔ではあると自覚してはいるけれど、


「高校生に見えるの?私」

「すまん……てっきり同級生じゃと思っとった。 じゃあお姉さんじゃな」

「…お姉さんって響き良いですね。もう遅いですし、また改めて挨拶に伺いますね」


じゃあおやすみなさい、と今度こそ自分の部屋の前へと戻り鍵を差し込む。ガチャン、と鍵が解錠されふいに隣を見ると仁王さんは変わらずこちらをじっと見ていた。

「仁王さん?」

「その仁王さんって呼び方も敬語も嫌じゃ」

「じゃあ、仁王くん?」

「ん、名前さんおやすみ」


満足気に綺麗な笑顔を見せて仁王くんは自分の部屋へと戻っていった。
戻るのも早いし、やっぱり言葉が少し独特だし、なによりも綺麗な子だ。それに、あれだけ綺麗でテニス部と言っていたくらいなのだからきっと学校ではモッテモテなんだろうな。
そんな子が敬語やだ、さん付けやだ、なんてとても可愛い。それに名前さんおやすみ、って本当にいい子じゃないか。


「お?」


名前さん、って思いっきり名前呼び?なんだ?ませてるな?
部屋へと入り鍵を閉めてからまた考える。
隣にはあんなイケメン学生。明日同じ階と下の住人に挨拶へと向かう予定をしているが、ここは1LDKで単身者が多いマンションだ。ということは仁王くん、一人暮らし?


「高校生で一人暮らしとかすごい」


高校生の頃は遅くに帰って怒られたり、家に帰れば当たり前にご飯が用意されていて、朝起きればお昼のお弁当が用意されていた。それが、仁王くんは一人でやっている。
……仁王くんをご飯に誘ってみよう。


引越しから0日。次なる目標は仁王くんをご飯に誘うこと。