19/05/12 - 母の日
花屋さんの前を通ったらすごい行列で、あ、そうか今日は母の日かって思い出した。今年は何かプレゼントとか、手紙を出したりしようかなと思える心の余裕が少しだけあったけど、結局何もできずにもやもやして終わってしまった。わたしは自分の母が好きなのか、そうでもないのか、自分でもよくわからない。歳をとり、母との距離が遠くなるほどどんどんわからなくなる。母がしんだとき、わたしは泣けるのかなとか考えてしまう。お腹を痛め、命をかけ、五体満足で産んでくれたことには感謝しているけれど、ほんとうにただ産んでくれただけで。わたし心狭いなー。娘失格だな。だとしたら彼女も母親失格なんだけどね。
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わたしが母親の側に居たいと思ったとき、彼女はわたしの側にいつも居なかった。仕事仕事仕事で、家にもほとんどいなくて、一日顔を見ない日もよくあって。家に居るのか居ないのかも分からなかった。保育園や学校の行事などでみんなが母親と一緒にいるときもいつもひとりぼっちで、たくさん寂しさを我慢した。仕事だから仕方ない。わたしは我慢しなくちゃ駄目だって、子どもの頃のわたしは、親の荷物になりたくなかった。(でも弟のときは仕事を休んで弟のところに行ってたんだよね)
わたしが母に体を抱きしめて欲しかったとき、頭をやさしく撫でて欲しかったとき、彼女はいつもわたしを責めたてた。わたしに触れてくれようとしなかった。それは厳しさや躾であり、自分が悪いというのもよくわかってた。それでもやはり自分の親には、自分がだめなときに一番の自分の味方になってほしいもので。そう信じたくなるもので。つい試してしまって。でも彼女はわたしが傷ついているときには決まって、更にわたしの傷を抉られるような冷たい視線と言葉を浴びせてきた記憶しかない。
彼女に認められたくて頑張っても、彼女には批判されてばかりだった。だからわたしの母のイメージは、厳しくて冷たくて怖い存在。彼女は何でも努力し、完璧にこなす。誰にも弱みをみせない。弱音も吐かない。隙がない。とても強い。
しかしわたしが家を出て、三年間絶縁した末に、考えが変わったのかなんなのか、彼女はころりと態度を変えた。今はドラマに出て来るようなとてもいい母親キャラで接してくる。でも遅すぎる。もうわたしは彼女を普通の母親として見ることはできない。それくらいわたしの傷は深い。
彼女を許したい気持ちはある。許せばどちらも楽になれる。メリットしかない。でもできない。どうしてもできない。カーネーションの花が綺麗に見えない。母の日に何を伝えればいいかわからない。それどころか、顔を合わせたときに、いつもどう接していいかわからない。どんどん母親が他人になっていく気がする。このままでいいのだろうか。どうしたらいいのか。