「常に覚悟はしてる」

あの時もハードデックのカウンター越しにルースターが教えてくれたのを覚えている。


ジュークボックスからはアップテンポの曲が流れている。選曲を変えたハングマンが、こちらを見てニヤリと笑った。好きに変えてもいいけど独占はダメだと言ったことを彼は覚えているのだろうか。あの顔は確信犯かもしれない。普段ならジュークボックスのコードを抜いて、ピアノ演奏と陽気な歌声で店内を盛り上げるルースターだが、今は気にも留めずカウンターのひと席に腰を下ろした。かけていたサングラスを外し、アロハシャツの襟に引っ掛けた彼は「ちょっといいか」と私を呼び止めた。台拭きを端に寄せ、話を聞こうと彼の正面に立つ。

「実は今度……」
「今度?」

続きを言い淀むルースターに「何かあるの?」と首を傾げる。彼は椅子から立ち上がると私の耳元に顔を寄せた。前人未到の過酷な任務に参加することになり、もしかしたら生還できないかもしれない。店で騒いでいる姿からはあまり想像がつかないが、彼らはれっきとした軍人なのだ。いつか、そのうち、こういったことを言われる日が来るかもしれない。そう、私も考えなかったわけではない。暗くなる気持ちとともに自然と視線も下がっていく。

「そう……」

こんな時どんな言葉を贈るのが正解なのだろう。頑張って、応援してる、ルースターならやれるよ。命を賭けて任務に向かう者にかける言葉としては、軽々しすぎるのではないか。返す言葉が出てこず、カウンターの木目をじっと見つめる私に「こんなこと言われても困るよな」と寂しそうな声が降ってきた。



ほんの少し口角を上げ、頼りなさげな笑みを浮かべるルースターと目が合った。

「困るついでに聞いてくれ」
「うん」
「その、無事に帰ってきたら話したいことがあるんだ」
「どんな話?」
「それはその時に言う。今言ったら意味ないだろ」

ルースターは私から目を逸らさず「もし俺が無事に帰ってきたら聞いて欲しい」と言った。店内ではハングマンが選んだアップテンポの曲が変わらず流れている。曲に関してはよく知らないが、きっと有名なアーティストなのだろう。それに合わせて他の客たちもビール片手に騒いでおり、ペニーも隣で明るくオーダーを受けている。私とルースター。この場だけがスポットライトに照らされているかのように浮いていて、()彼はこんなに凛々しい顔をしていただろうか。まさに軍人の顔つきで、知らない人に()
やけに真剣な顔つきで「ここで待ってて欲しい」と言う彼に、頷くでも肯定の言葉を返すでもなく「嫌」とだけ返した。私の言葉を受けて、ルースターは肩を揺らした。びっくりしたとでも言いたげに目を見開いて、分かりやすく動揺している。

「帰ってきたら……っていうパターンだと大体帰ってこないし死亡フラグが立ってるじゃん」
「映画や小説の話だろ。そう決めつけるなよ」

()一呼吸置いて、言葉を続ける。

「嫌なの。ルースターには絶対帰ってきてほしいから、少しでも不安になるようなこと言わないでほしい」

()

「だから行く前に話して」

下唇を噛んで天井を仰ぎ見た後「そういうのアリかよ」と呟くルースターに頷き返す。彼は視線を下げこちらに目を向けると、カウンターについた私の手に自らの手を重ねた。ゴツゴツとした手の感触と自分よりも高い体温を感じる。

「聞き流してくれてもいい」
「さっきは、帰ってきたら聞いてほしいって言ってたのに?」
「心の準備ってもんがあるだろ。任務に行って帰ってきてからと今じゃ違いすぎる」

()



()

「……ほしい」

言葉の始めのボリュームがあまりにも小さかったため、聞き取れなかった。更に体を彼に近づけ「ごめんなんて?」と聞き返す。彼はゴクリと喉を鳴らした。重なった手には薄らと汗をかいている。ルースターだけでなく私も。()

「俺の、恋人になってほしい」

()

「それが、帰ってきたら話したかったこと?」
「ああ」

()

「本当に?言葉1つ飛ばしてない?」
()

「好きだ」と()彼をカウンター越しに抱きしめた。

「私がついてるから絶対大丈夫って信じて任務に行って」