竜胆と一緒に蘭10歳の誕生日を祝う話
ウチにやってくるやいなや冷蔵庫を勝手に開けた竜ちゃん。そして勝手にリンゴジュースを取り出してコップにそそいで飲んでいる。
「もー、ヒトの家の冷蔵庫を勝手に開けるのはお行儀悪いんだよ?」
「ナマエんチは別にヒトんチじゃねーし」
ぐびぐびとコップの中身を飲み干してからちょっとだけ唇を尖らせた竜ちゃんな、私にとっては少し嬉しい事を言ってくれるんだけども、これをもしオトモダチのお家でもしていたらマズイ話である。
それをやんわりと伝えると、竜ちゃんは「そんなコトしねーって!」と言ってケタケタと笑った。
「暇だろ?一緒にこいよ」
私の予定を決めつける竜ちゃんに誘われて出かける支度をする。「まだー?」っていう催促を受けつつ準備を進める私にさらなる催促を向けてくる竜ちゃんはなんだかそわそわしている。
支度を終えて、誘いに来てくれた竜ちゃんと二人並んで出発した。
「どこに連れてってくれるの?」
「ナイショ♡」
「ふぅん♡竜ちゃんとデートするの久々だね」
「そ?」
「そうだよ」
「んな事ぁねーダロ」
「あるある」
きっと、大人になってしまった私とは違う早さで時間が流れている彼はしっかりと私の手を握って歩く。
竜ちゃんに手を引かれてやってきたのは文房具屋さん。私はめったに訪れる事のない店内を竜ちゃんに連れられて進んでゆく。しっかりと握られていた手は、筆記用具の売り場のあたりで離された。
陳列されている商品の中には、なんだか懐かしく感じてしまうものもある。カラフルなロケット鉛筆とか、食べ物の形をした消しゴム、パステルカラーでグラデーションした四角い消しゴムはフルーツの匂い付きだった。私が竜ちゃん位の年の頃に親に強請って買ってもらっていたそれらに、竜ちゃんは見向きもしない。彼が手を伸ばしているのは、飾り気も可愛げもないシンプルな文房具だ。
「蘭ちゃんのお誕生日プレゼントなんでしょ」
私の勘は当たったらしい、竜ちゃんは鼻の穴を大きくしてうんうんと何度も頷いた。
「お兄ちゃんにプレゼントあげるためにお小遣い貯めるなんてやるじゃない♡」
「まーな」
そっけなく言う竜ちゃんの頬は目一杯緩んでいる。
蘭ちゃんへのお誕生日プレゼントを選び終えた竜ちゃんの背中を追いかける私は、2つお揃いの消しゴムを手に取った。それは白から淡い水色へとグラデーションしたフルーツの香り付きの消しゴム。竜ちゃんの次にお会計を済ませて、待っててくれていた彼と並んで店を出る。
来た時同様にしっかりと手を繋いでくれる彼は、ゆっくりと歩き出す。そんな彼の前にさっき購入したパステルカラーの消しゴムを差し出すと、あからさまに嫌そうな顔をして眉を顰められてしまった。
「にーちゃんがそんなの使うわけないじゃん」
「違うよ。竜ちゃんにプレゼント」
「俺に?」
「そう。かわいーでしょ♡私とお揃いなんだよ」
「ん……」
曖昧に頷きながら私の手から消しゴムを受け取ってくれた竜ちゃんは、その手をそのままポケットへと突っ込む。お揃いの消しゴムをポケットにしまってくれた事が嬉しい私と、少しだけ照れくさそうに眉を顰めた竜ちゃんが二人並んで歩いたそんな夕暮れ時の次の日。
二人のママからご招待されて、兄弟が帰ってくる前から灰谷家にお邪魔していた私。四年生の蘭ちゃんも三年生の竜ちゃんも、月曜日は五時間授業らしい。
二人一緒に仲良く帰ってくるかな?なんて期待しながら、ママが淹れてくれたコーヒーを飲んで待つ。今年の蘭ちゃんのバースデーケーキはモンブランらしい。
イチゴが乗ったケーキなんてもう嫌だって言うのよ!なんて愚痴るママの口元は微笑んでいる。生意気盛りな蘭ちゃんでも、親からしてみればまだまだ子供なのだろう。ママだって蘭ちゃんの我儘を叶えてあげたくて仕方がないのだ。
仲良く帰ってきて欲しいとなんとなく思ってしまっていた二人は、二人揃って帰宅したけれども仲良く帰っては来なかった。兄弟喧嘩をしながら帰ってきたのだ。
「だって、にいちゃんがっ!!」
帰ってくるや否や、出迎えたママにお兄ちゃんの非を語る竜ちゃんと、一言も発する事無く玄関から自分の部屋へと直行した蘭ちゃん。
末っ子らしくママを独り占めする竜ちゃんがリビングへと入ってくる前に、私は席を立ち、お邪魔していたリビングを後にする。まっすぐ向かった先は蘭ちゃんのお部屋。
トントンと軽くノックしてみても、中からお返事は無い。
「蘭ちゃーん?お誕生日おめでと♡お祝いしたいから開けていい?」
ドアの向こうに居る彼に向かって話しかける。
やっぱりお返事は無かったけれど、少し間を置いてから部屋の中から僅かに扉が開かれた。金色のふわふわとした髪の毛がドアの隙間から見えて、蘭ちゃんが顔を覗かせる。
「……ん、だよ。ナマエは向こうで待ってらんねーの?」
「待ちきれなくてきちゃった♡入ってい?」
「まぁ……」
ドアの前でシナを作れば、蘭ちゃんは満更でも無いような表情をしてもう少しだけ扉を開いた。
「お誕生日おめでとう♡はい、これプレゼント」
「さんきゅ」
差し出したプレゼントを受け取った蘭ちゃんは「入れば?」と言いながら、やっと部屋の扉を開け放つ。密かにそれを待っていた私は、ここぞとばかりに蘭ちゃんのお部屋にお邪魔した。
「宿題はー?」
「だいたいやってきた」
「流石、蘭ちゃん♡音読カードは?」
「サインだけして」
「読まないの?」
「読まねーよ」
「ずるーい♡」
「マジうぜーから、それ。ここ、タイトルは前と同じで書いて」
随分と傷だらけになってきたランドセルから音読カードを取り出した蘭ちゃんは、音読カードとペンを私に押し付ける。
「お誕生日だから、特別だよ?」
言いながら音読カードに今日の日にちを書込み、項目を埋めてゆく。今日の分を書き込んでから蘭ちゃんへ返そうとしたら、彼はランドセルから折り紙の作品を取り出して机の引き出しの中へとしまっているところだった。
「なにそれー。お友達からのお誕生日プレゼント?」
「ん」
「上手に折るのねー。めちゃくちゃ器用じゃん。」
蘭ちゃんが引き出しにしまった折り紙へ伸ばした手をぺちんっと軽く叩かれる。
「なによ」
「勝手に触んなよ」
ちょっとだけ頬を膨らませて蘭ちゃんの顔を覗き込めば、不機嫌ですと書いたような表情をした蘭ちゃんに睨まれる。
このお友達からのお誕生日プレゼントは、そんなに大事なものなんだ。ふーん♡へー♡
「女の子にもらったんでしょ?えー!彼女?かわいいこ?」
「別に」
そっけないお返事をした蘭ちゃんが、勢いをつけて机の引き出しを閉じた。
そして私がサインした音読カードを無言で奪い、ランドセルの中へとしまう。
「竜ちゃんと喧嘩したのー?」
「別に」
「ふーん。蘭ちゃんのバースデーケーキね。先にママに見せてよらっちゃった。超大人っぽくっておいしそーだったよ♡」
「ふぅん」
そっけないお返事をする蘭ちゃんは、部屋のドアの方へと向かい、扉を開いた。そして、こちらを振り向きまだ少しだけ不機嫌そうな表情して私を見上げる。
「行こ」
ドアを開いたまま待っていてくれる蘭ちゃんの所まで歩みを進めてゆくと、私よりも一回り程小さな手に片手を取られた。緩い力で握ってくるこの手は随分と大きくなってきたものだけど、まだまだ私と繋いでくれる蘭ちゃんにほっぺたは緩んでしまう。
「なーに、だらしねー顔してんだよ。ったく、ナマエは……」
なんだかわからないけど、今日も蘭ちゃんに呆れられてしまうのだ。