「恐るべき剣さばき」

炎をたった一本の剣で往なし、あまつさえ炎を見事に操りテーブルに火時計を作った男性。
敵ではあるが天晴れと感心を抱くほど鍛え上げられたスタンド能力に、攻撃の初手を防がれたアヴドゥルは男性に敬意を表す。

「見事なものだが……」

しかし、男性が言い放った予言めいた言葉は占い師としても、一人のスタンド使いとしても見過ごせぬものがあった。

「相当自惚れがすぎないか? ああーっと、」
「……名乗らせて頂こう。J・P・ポルナレフ」
「Merci beaucoup」

素性を隠そうともせず素直に己をポルナレフと名乗った男性に自己紹介恐縮の至り、とお礼を告げたアヴドゥル。相手の母国語を咄嗟に口にするあたり冷静を保っているように見えるが、次の瞬間アヴドゥルはポルナレフが作り出した火時計を壊すようにテーブルを見事半分に燃やして見せたのだった。轟々と派手に燃え盛る炎を見るに、どうやらアヴドゥルのプライドにも相当火が着いているようだ。

「ムッシュ・ポルナレフ。私の炎が自然通り常に上の方や風下へ燃えていくと考えないで頂きたい……」

炎を自在に扱えるからこそ『魔術師の赤』と呼ばれている。そう己のスタンドの強みを改めて実戦付きで示したアヴドゥルに、ポルナレフは「ふむ」と納得したように息を一つ吐いた。

「この世の始まりは炎に包まれていた。さすが始まりを暗示し、始まりである炎を操るマジシャンズレッド!」

スタンドの炎だけに限らずアヴドゥルからも相当の熱量を感じたポルナレフは、アヴドゥルが『銀の戦車』の剣さばきに敬意を表したように『魔術師の赤』を称えた。ここまでの性能を誇るスタンド、及びスタンド使いはなかなかお目にかかれないだろう。しかし――。

「このおれを自惚れというのか? このおれの剣さばきが……自惚れだと!?」

己の分身の技量に誇りを持っているのは、目を剥き憤りを露にするポルナレフも同じだった。彼は徐に手に持ったコイン五枚を空中へ放り投げると、五枚全てが重なり合った一瞬に狙いを定め『銀の戦車』の剣でコインを見事に貫いてみせた。……宙を舞う火炎をも間に挟んで。

「……なるほど」

まさに神業と呼ぶに相応しいスタンドの技に、目の当たりにしたアヴドゥルは今度こそ唸るしかなかった。

「フン、これがどういう意味を持つか分かったようだな。自惚れではない……私のスタンドは自由自在に炎をも切断できるということだ」

空気を裂き、空と空の間に溝を作ることも可能だと誇らしげに語ったポルナレフは、息を呑むアヴドゥルに『無力』という言葉を伝えると、火事だと慌てふためく店主を余所に店のドアを勢いよく開け放った。

「私のスタンド『戦車』のカードを持つ暗示は侵略と勝利。こんな狭っ苦しい所で始末してやってもいいが……アヴドゥル。お前の炎の能力は広い場所の方が真価を発揮するのだろう?」

本領を発揮した『魔術師の赤』の炎を完封し、叩きのめすことこそが"勝利"の暗示を持つ我がスタンドにふさわしい。

「全員表へ出ろ!」

ただの勝利ではない。本物の勝利を得ることに強い拘りがあるポルナレフは、悪の刺客が持つには些か不相応な騎士道精神シバルリーに警戒の色をより濃くさせる承太郎一行へと声を張り上げた。

「貴様らを順番に切り裂き、この私が貴様らの代わりに美しいマドモアゼルをDIO様の元へエスコートして差し上げよう!」

自身の勝利を信じてやまない男の言葉に、騒がしい中華料理屋の中で誰の物か分からない固唾を呑み込む音がやけに大きく響いた。


* * *

「な、何じゃ……ここはッ!」
「タイガーバームガーデンですよ」

承太郎一行がポルナレフによって連れ出された場所は、虎標萬金油タイガーバームという軟膏薬で巨万の富を得た"胡文虎"が弟と共に建設した、香港島にある大きな庭園だった。

「……なんかちょっと不気味、」
「中国仏教や儒教が題材らしいからな」

地獄や極楽の世界観をテーマにした庭園には、コンクリートや陶磁器を用いて構造された人物や動物、怪物などの人形が所狭しと設置されている。またそのジオラマ全ては目が覚める程の極彩色に彩られており、見方や見る人によれば何とも不気味に感じてしまうものだろう。

「ここで予言をしてやる。まずアヴドゥル……貴様は……貴様自身のスタンド能力で滅びるだろう」

あまり見ることのない奇妙な庭園に、承太郎一行が呆気に取られている中。広大な庭園の中でも一際大きい広場でようやく足を止めたポルナレフは、スタンド『銀の戦車』の剣先を鋭い眼光と共にアヴドゥルへ向けた。これからいよいよ本格的に始まるだろう熾烈な闘いに、神凪は思わず番傘の持ち手を強く握る。

「……アヴドゥル」

誰もアヴドゥルが敗北するなど思っていない。しかし相手のポルナレフも相当の実力者であることは誰しもが理解しているため、この闘いが一筋縄ではいかないだろうと少しだけ危惧した承太郎がアヴドゥルの名を呼ぶ。

「承太郎、手を出さなくていいぞ……これだけ広い場所なら思う存分スタンドを操れるというもの……」

静かに隣に立った承太郎に、手出し無用の旨を伝えたアヴドゥル。彼は承太郎を初め、背後で見守る神凪やジョセフ、花京院たちの心に宿る心配の気持ちを払拭するように一度大きく息を吸ってから、大きな炎と共に『魔術師の赤』を出現させた。

「…………」
「…………」

互いの出方を窺うように睨み合うアヴドゥルとポルナレフの両者。たった一つの瞬きをすることさえ許されないような、殺伐とした空気が両者を容赦なく包み込んでいく。
そして、緊張感しかないこの空気の中で先に攻撃を仕掛けるのは――。

「ホラッ〜〜!」

不敵な笑みを浮かべるポルナレフの方だった。
彼は中華料理屋でコイン五枚を一瞬で貫いた時のように。またはそれ以上の素早さで鋭い剣の切っ先を『魔術師の赤』へ何度も突き刺す。

「どうした……? 得意の炎を思う存分吐かないのか?」

ホラ、ホラ、と煽るようなポルナレフの掛け声に合わせて繰り出される攻撃の嵐。息をつく間もないとは、まさに『銀の戦車』の剣さばきのことを言うのだろう。だが、彼のその怒涛の連撃の中には単に相手へ攻撃の隙を与えないためだけでなく、どこかアヴドゥルを試すような、反応を期待しているような意図も垣間見えた。

「吐かないのならこっちから行くぞッ!」

しかし『魔術師の赤』は腕を組んだまま冷静に攻撃を躱すだけで、なかなか反撃の炎を吐き出す様子を見せない。安い挑発には乗らないとも取れるアヴドゥルの態度に、さすがに痺れを切らしたポルナレフは今よりも更に激しい突きの攻撃を仕掛けていく。

「おおおおおッ!」

するとどうだろう。今まで挑発に乗ることなく平静を保ち続けていたアヴドゥルが、突如として雄叫びを上げた。咆哮にも似た勇ましい声。そして、アヴドゥルのその雄叫びがきっかけとなり、受け身でしかなかった『魔術師の赤』もまた反撃の炎を吐き出した。

「ああっ!」

だがここで、承太郎一行の誰しもが予想していなかったまさかの出来事が起こる。
惜しくも『銀の戦車』に往なされてしまった『魔術師の赤』の炎。その炎は標的だったポルナレフでも跳ね返されたアヴドゥルでもない、傍にあったこの庭園を象徴する一つの派手な像へと向かっていったのだが――。

「あれって、アヴドゥルさんの……!」
「野郎ッ! こ、コケにしているッ!」

そう。何を隠そうこのポルナレフという男は、突きの攻撃をアヴドゥルへ仕掛けると同時に傍にあった像を『魔術師の赤』そっくりの形に彫っていたのだった。奇しくも反撃の炎を吐き出したことで浮き彫りとなった屈辱的な光景。行き過ぎた挑発に目を剥くアヴドゥルを見て、なかなか庭園の雰囲気にマッチしているとポルナレフはニヒルに笑い、成り行きを見守っていたジョセフは怒りからか思わず熱く拳を握った。

「………」

真剣勝負の真っ只中にスタンドそっくりの像を彫られ、あまつさえ奇抜な芸術ばかりが並ぶ庭園にお似合いだとコケにされて誰が平気でいられようか。ジョセフまでとは言わないが、これにはさすがのアヴドゥルも心を揺るがされるものがあったのだろう。その証拠にアヴドゥルと『魔術師の赤』は、深い息を吐き出しながら何やら仰々しい構えを取った。

「何かに隠れろ。アヴドゥルのあれが出る」

ここに来てようやく本気で能力を出そうとしているアヴドゥルに、この瞬間を望んでいたポルナレフは受けて立ってやると待ち構える。ただここでアヴドゥルが取った構えに唯一見覚えがあるジョセフは、神凪の手を取り岩陰へと移動し始めたのだ。

「あれだと?」
「いいから隠れろ承太郎。とばっちりでヤケドするといかんぞ……」
「とばっちり……?」

言われた通り岩陰に身を潜めた承太郎と神凪と花京院の三人は、何やら必要以上にジョセフが気にしているアヴドゥルの『あれ』とは一体何なのかと顔を合わせる。だが、彼らの浮かんだその疑問は互いに考える間もなくこの直後にすんなりと解決することになる。

「クロスファイヤーハリケーン!」

恐らくは『あれ』とやらの名称であろう。初めて耳にするその名称がアヴドゥルの力強い声によって広場に響いた瞬間、『魔術師の赤』が雄叫びと共に先程とは比べ物にならないくらいの炎を吐き出したのだった。

「す、すごいッ!」
「成程、これは……」
「…………」

生命を象徴するエジプト十字『アンク』の形を象った何ともアヴドゥルらしい炎は、轟々と燃え盛りながら真っ直ぐポルナレフへと向かっていく。数メートル離れた岩陰に隠れていても肌にひしと伝わってくる凄まじい熱に、神凪たちは成程確かにこれはと納得する。全てを焼き尽くさんとばかりに燃えるあの炎をまともに喰らえば、生身の人間なんて一溜りもないだろう。

「これしきの威力しかないのかッ!?」

しかし、身をもって何かに隠れろと言うジョセフの言葉を理解した神凪たちが居る中でたった一人。迫り来る炎を真正面から受けようとしているポルナレフだけは、『魔術師の赤』の大技をこれしきの物と揶揄したのだ。

「この剣さばきは空と空の溝を作って炎を弾き飛ばすと言ったろーがァァァァ――ッ!!」

中華料理屋で誇らしげに語った文言は戯言では無い。それを証明するかのようにポルナレフが再度声高らかに叫んでみせれば、呼応するかのように『銀の戦車』は剣を動かしいとも簡単にアンク型の炎を薙ぎ払った。そして、その薙ぎ払われた炎の行き先はと言うと……。

「アヴドゥル……!」

あろうことか炎を操る張本人、『魔術師の赤』へと向かって行ってしまった。

「炎があまりにも強いので自分自身が焼かれているッ!」

たちまち自身が放った大きな炎に体を包まれた『魔術師の赤』は、熱さのあまり苦悶に満ちた声を上げる。そして、その炎の熱は本体であるアヴドゥルにもしっかり伝わる訳で、彼もまた己のスタンド同様熱さで苦しむことになってしまった。

「っ、アヴドゥルさん!」

もはや戦うどころかまともに立っていることも儘ならないアヴドゥルに、思わず神凪はジョセフの手を振り解いて倒れ行く彼の名を呼びながら駆け寄ろうとする。

「ふはは! 予言通りだなッ!」

だが、アヴドゥルへ一目散に駆け寄ろうとした神凪の足は、彼女の怪我を恐れた承太郎が細い腕を掴んで動きを止めるよりも先に、この場に似つかわしくない程の嬉々としたポルナレフの笑い声によってピタリと止まってしまった。
人が燃えて苦しむ様を目の当たりにしてどうして笑ってられようか。常人の思考では考えられないポルナレフの行動に神凪が言葉を失う中、予言が当たったとポルナレフは地に這い蹲るアヴドゥルをニヒルな笑みで見下ろした。お前は自分の炎に焼かれて死ぬ運命にあるのだと。
占いを生業とするアヴドゥルにとって、これは最大の屈辱だっただろう。その証拠に彼は炎に苦しめられても尚、自分を見下ろすポルナレフへの反撃の意思だけは忘れていなかった。

「あ〜あ。やれやれやれやれだ!」

まだまだ衰える気配のない炎を身に纏いながら正面を切って向かってくる『魔術師の赤』に、ポルナレフは肩を竦めた。この期に及んでまだ反撃してくるのか。悪足掻きは見苦しいぞ、とアヴドゥルの諦めずに戦う意思をバッサリと切り捨てた彼は、とどめだと言わんばかりに『銀の戦車』で容赦なく『魔術師の赤』の胴体を斬り裂いた。

「――ッ!?」

しかし、この瞬間ポルナレフはある違和感に気づいてしまった。

「み……妙な手応えッ!」

生命を持つ肉体を斬り裂いたにしては手応えが全くない。どちらかと言えばこの感覚はそう、どうにか相手を挑発してやろうとしてせっせと造り出した、あの『魔術師の赤』の像を削った時の感覚と似ている。そんなほんの少し前の記憶がポルナレフの脳裏に過ぎった瞬間。

「ばかな、炎だッ!」

切断した『魔術師の赤』の胴体から勢いよく炎が噴き出し、今度は『銀の戦車』の全身を覆い尽してしまったのだ。本来であれば有り得ない現象に、ポルナレフはプスプスと煙が立ち上る自身の体を驚愕に満ちた表情で見下ろす。

「炎で目が眩んだな。貴様が切ったのは『銀の戦車』が彫った彫刻の人形だ!」

今の今まで余裕綽々とした態度しか見せていなかったポルナレフが初めて見せた動揺。ようやく見せた新たな一面に、散々煽られていたアヴドゥルも苦悶の表情から一転。何事も無かったようにその場からゆっくり立ち上がると、してやったりと言わんばかりに笑みを浮かべた。

「私の炎は自在と言ったろう。お前が打ち返した火炎が人形の関節部をドロドロに溶かし動かしていたのだ……自分のスタンドの能力にやられたのはお前の方だったなッ!」

炎の魔術師によって明かされたよく観察すれば分かるような簡単なトリックに、今度はポルナレフが言葉を失う番だった。まさかあの挑発を逆手に取られていただなんて、と予想の範疇を優に超えてくるアヴドゥルのただでは欠けない冷静さを思い知らされたポルナレフは、炎に熱された体に冷たい汗をかく。

「改めてくらえッ!」

調子に乗ったことを少なからず後悔している様子のポルナレフ。そんな彼を窘めるよう一段と鋭い眼光で見据えたアヴドゥルは、遠慮をすることなくもう一度あの仰々しい構えを取った。そして――。

「クロスファイヤーハリケーンッ!」

『魔術師の赤』から再び放たれた大技は誰にも跳ね返されることなく真っ直ぐ『銀の戦車』へと向かって行き、やがて彼は為す術もないまま轟々と燃える体に更なる炎を浴びてしまった。

「占い師のこの私に予言で闘おうなどとは――10年は早いんじゃあないかな」

凄まじい威力の炎に耐えきれず吹き飛ばされてしまったスタンドと本体。そのまま大柄な体躯が小さく見える程後方の地に倒れ伏せたポルナレフを一瞥したアヴドゥルは、まだまだ詰めが甘いとでも言うように人差し指を横に振った。

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