冬芽がついた桜の木の枝に寄り添い合うように止まった鳥たちの可愛らしい囀りが、朝特有の澄んだ空気に包まれた空条家の庭に木霊する。

 時計のアラームよりも遥かに心地良い目覚ましに、いつもより気分良く起床できた神凪は軽やかな足取りで長い廊下を進んでいた。

(朝ごはん何にしようかなぁ)

 花柄模様が描かれたエメラルドグリーン色の優美なチャイナドレスを靡かせ、うんうんと頭を悩ませながら歩く神凪はどうやらキッチンへと向かっているようだ。

(承太郎はご飯派でしょ。ジョセフおじいちゃんは間違いなくパン派で……花京院くんとアヴドゥルさんはどっちなんだろう?)

 空条家に泊まった際、神凪は必ずホリィと一緒にキッチンに立つと決めている。それは勿論ホリィだけに負担を掛けないようにという理由もあるが、自分の母親とは叶えられなかった夢を第二の母であるホリィによって実現させてもらっている……というのが大きな理由だった。

 だからこそ今同じ屋根の下に居る国籍も年齢も様々な男性陣を思い浮かべては、神凪は頭を悩ませていたのだ。

(ホテルの朝食みたいに好きなの食べられるように色々作っておくのもアリかな? 残ったら私が全部食べればいいんだし……)

 可愛らしい見た目によらず承太郎の何倍もご飯をよく食べる神凪らしい豪快な考え。だが、彼女の考えもまた一理あった。恐らく食事の好みも習慣もバラバラであろう彼ら一人ひとりに合わせるのは限度というものがある。しかし、ビュッフェ形式であれば好きな時に好きな物を食べられる。何とも合理的だ。

(うんっ、いいかも!)

 妙案が思いついたと笑顔を浮かべた神凪は、これは早くホリィに相談しようと少しだけ歩く速度を速める。きっと誰よりも早く起きるホリィのことだから、もう既にキッチンには彼女の姿があることだろう。そうしたらまずは日課であるおはようのハグとキスをして、それから楽しくお喋りしをながら料理をしよう。

「ふふっ!」

 もしかしたら今日は朝からいっぱいご飯を食べられるかもしれない期待と、ホリィとの楽しく明るいひと時が待っていることに、神凪は心を弾ませる。

「――え?」

 だがしかし、神凪の浮ついていた気持ちは中途半端に閉められたキッチンの扉を開けた瞬間、一気に最底辺へと落とされることになる。

「聖子ママ――ッ!!」

 扉の向こうに見えたもの。それは太陽のように笑いながら「Morning!」と挨拶してくれるホリィの姿ではなく、だらりと四肢を投げ出し固く冷たい床に横たわるホリィの姿だった。

 あまりにも予期できない最悪の光景を目の当たりにした神凪は、ホリィが倒れる瞬間に一緒に落ちたであろうカトラリーが床に散らばっているにもかかわらず、ホリィの傍へ駆け寄った。

「ねえ聖子ママッ!?」

 途中やはりフォークやナイフを素足で踏んだが全く気にせず……と言うよりは取り乱していて踏んだことすら気づいていない神凪はホリィの横に座り込むと、大きく声を掛けながらぐったりと力の抜けた細い体を抱き起こす。

「――ッ!!」

 その瞬間、神凪はホリィの体に起きている異変を身をもって感じ取ってしまった。

「やだっ、すごい熱……!」

 触れたホリィの体は服越しでも異常だと感じるくらいに熱を持っていた。抱き起こしたことでようやく見えたホリィの顔も、まるで熟れた林檎のように真っ赤に染まっている。

「も、もしかしてなにか病気ッ、」

 辛いのか呼吸も荒く、普通とは程遠いホリィの様子を間近で見た神凪はホリィが病に罹ってしまったのではないだろうかと考え、まさかそんなと顔を青ざめさせる。

「……ううっ」
「! なに、これ……?」

 これは一刻も早く病院に、と泣きそうになるのを堪えつつ神凪がホリィの体を運ぼうと抱え直した時、不意にホリィから呻き声が上がった。酷く苦しそうなその声にほぼ反射的に神凪がホリィの顔を覗いてみると、不安で揺れる瞳に思いもしないモノが映り込む。

「……植物?」

 その思いもしないモノは、細く長く伸びる蔦のような植物だった。そしてそれは何とホリィの背中から生えているようにも見え、神凪は無意識に息を呑んだ。何処かで見た覚えのあるこの蔦のような植物は、もしかすると――。

「神凪さん?」
「……!」

 ジョセフが持つ『隠者の紫』によく似たそれを神凪が呆然と見つめていると、突然しんと静まり返ったキッチンに第三者の声が響いた。

「叫ぶような声が聞こえた気がして来てみたのですが……これは一体何事で、」
「アヴドゥルさんッ!」

 キッチンにやって来たのはアヴドゥルだった。座り込む神凪の姿を始め、たくさんの物が散らばる床の惨状に怪訝そうにするアヴドゥルをその目で捉えた神凪は『助けて』と、咄嗟に抱えていたホリィを見せながら大きく叫ぶ。

「なッ、ホリィさん!?」

 神凪の腕の中で気を失っているホリィに驚愕に目を見開いたアヴドゥルは、慌てて彼女たちの傍に駆け寄ると何があったのかと問いかける。

「さっきここに来たら聖子ママが倒れててっ、熱もすごいあるみたいなんです!」
「っ、本当だ。これは病気か何かか……?」
「分からない……ッ、それに聖子ママの背中から蔦みたいな植物も生えてて……!」
「……蔦みたいな植物?」

 激しい動揺を見せる神凪の必死な状況説明の中に出てきた『蔦みたいな植物』という言葉に、熱に浮かされるホリィの額に手を当てていたアヴドゥルはピタリと動きを止め、どうしようと慌てる神凪を見据えた。

「ホリィさんの背中からですか?」
「そうなんですっ! ジョセフおじいちゃんのスタンドみたいなあの蔦が……」
「なにッ!?」

 目にしたモノ。そしてそれを見て感じたことを神凪がそのままアヴドゥルに伝えると、彼は顔色を変えてひと際大きな声を上げた。あまりの剣幕にビクリと跳ねる神凪の肩。しかし今のアヴドゥルにはそれを気にしていられる余裕などなかった。

「……失礼ッ!」

 まさかと冷や汗を流し、何かに慄くような素振りを見せるアヴドゥルは徐にホリィの上着に手を伸ばすと、驚く神凪を余所にその上着を大きく肌蹴させた。すると、とんでもない光景が二人の目に映る。

「……え、」
「透ける……スタンドだッ!」

 現れたのはホリィの白い背中……ではなく、背中にびっしりと生い茂るように広がるスタンドだった。所々花を咲かせているそれを見た神凪は想像よりも毒々しい光景に絶句し、アヴドゥルはホリィにもスタンドが発現していた現実に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

「この高熱、スタンドが害になっている……」
「! ど、どうして? スタンドは自分自身の生命力と精神力が元なんですよね? それなのになんで聖子ママの害に……ッ、」
「今回ばかりは精神力が元だからこそ、ホリィさんに害が及んでしまったのかもしれません」
「え、……それは、どういうこと?」

 昨日ジョセフやアヴドゥルから説明を受けた時には出なかった『スタンドの害』について首を傾げる神凪に、アヴドゥルは一瞬話すことを迷うように小さく唸る。しかし、ホリィにこのような異常が起きている現状の中で迷っている場合ではないと振り切ったのか、彼は全てを話すと前置きし神凪へと事の顛末を語り出した。

「まず初めに言いますとJOJO……そしてジョースターさんにスタンドが発現したのはDIOという男の存在が関係しているんです」
「……あの吸血鬼の、」
「ええ。そのDIOは今から百年前、豪華客船の爆発から逃げ果せるためにジョースターさんの祖父……ジョナサン・ジョースターの首から下を乗っ取っていたのです」
「――ッ!!」

 首を切り離しその体を自分の物にする。あまりにもショッキングな話を聞いた時、血の気が引くのは当然のことだろう。可哀相なほど顔を青ざめさせる神凪には酷なことだろうが、アヴドゥルはそのままジョースター家とDIOの間にある因縁の話を進めていく。

 ジョナサン・ジョースターの肉体を持つDIOが今回何らかの理由でスタンドを手に入れたからこそ、ジョースターの血を引く承太郎やジョセフにもスタンドが発現したのだと。

「だからホリィさんにもDIOからの影響があっても可笑しくはないのです。ただ、先ほども神凪さんが仰りましたがスタンドは本人の精神力の強さで操るもの……」

 スタンドとは闘いの本能で攻撃させるもの。精神力が強ければ強いほどスタンドのパワーも比例して上がっていく。その証拠に承太郎のスタンドは、彼の精神力に合わせてとんでもない力を持っていた。しかしその一方で――。

「おっとりした平和な性格のホリィさんにはDIOの呪縛に対しての『抵抗力』がない……スタンドを行動させる力がないのだ!」

 誰よりも優しい心を持っているからこそ、スタンドがマイナスに働き害になっている。その何ともやるせない理由でここまでホリィが苦しめられていることに、神凪は目にいっぱい涙を溜めながらホリィの体をギュッと抱きしめた。

「も、もし……ずっとこのままだったら、聖子ママはどうなるんですか……?」
「非常にマズイです。このままでは、」

 ――死ぬ。

「取り殺されてしまう……!」

 ポタリ、と神凪の目からとうとう涙が零れ落ちホリィの服に小さな染みを幾つも作る。

「いやっ、いやだよ……!」

 堰を切ったように泣き出した彼女の脳裏に今過ぎるのは、十年前に霊安室で見た自分の父親と母親の姿だった。考えたくはないが、もしホリィまでそうなってしまったら? それを思うだけで神凪は心が張り裂けそうだった。

「神凪さん……ホリィさん……」

 ホリィの体に縋り付くようにして泣く神凪に何も声を掛けられず、その悲痛な姿をただ見つめることしかできないアヴドゥル。

「……ハッ!」

 だが、そんなアヴドゥルが不意に息を呑んだ。

 いつの間に起きてきたのだろう。キッチンの入り口から伸びる大きな二つの影に、アヴドゥルが恐る恐るその方向へ顔を向けてみると――。

「……ホ、ホリィ……」
「……チッ」

 そこには神凪に抱えられているホリィの姿を見て信じられないと言いたげに娘の名を呼ぶジョセフと、いつも元気溌剌とした母親の変わり果てた姿に苛立ちを露わにする承太郎が居た。

「うおおおおおおおおッ!!!」

 アヴドゥルがふたりの名を小さく呼んだ瞬間、雄叫びにも似た心からの叫び声を上げたジョセフが隣に立つ承太郎の胸ぐらを掴み、彼の大きな体をそのまま壁に思いきり叩きつけた。

 唐突すぎるジョセフの荒々しい行動。行き場のない怒りや悲しみを承太郎にぶつけるようにも見える彼の行動は、この場にいる誰もが止めることはできなかった。

「わ、わしの……最も恐れていたことが起こりよった……つ、ついに娘にスタンドが……ッ! 抵抗力がないんじゃあないかと思っておった。DIOの魂からの呪縛に逆らえる力がないんじゃあないかと思っておった……!」

 アヴドゥル同様にホリィに抵抗する力がないのではと危惧していたと吐露したジョセフ。彼は今一番起こってほしくない出来事が現実となってしまったことに、深い悲しみに暮れていた。

「言え! 対策を!」

 だがしかし、いつもの毅然とした態度とは打って変わって弱々しかったジョセフの姿は、承太郎の叱咤のような力強いホリィを救うための言葉によって再び一変する。

「ひとつ、DIOを見つけ出すことだ! DIOを殺してこの呪縛を解くのだ! それしかないッ!!」

 この瞬間、二つの星に固い決意が生まれた。


* * *


 ちゃぷん、と洗面器に張られた水が揺れる。

「聖子ママ、タオル新しいのに変えるね」

 冷たい水の中でよく冷やされたタオルの水気を切った神凪は、高い体温のおかげですっかり温くなってしまったタオルの代わりに新しいそれを額に乗せる。すると心なしかホリィの辛そうに顰められた顔が緩んだような気がした。

 やはり眠っていても熱い体に冷たいものが触れるのは気持ち良いと感じるのだろう。ホリィのその少しの変化に良かったと小さく笑みを浮かべた神凪は、先程まで氷枕を作っていたため冷たくなった自身の手でホリィの頬を撫でた。

「……でもやっぱり熱いね」

 しかしようやく浮かんだ笑みも、赤らんだ頬に触れてみたことで鮮明に伝わってきたホリィの異様な体温にすぐ消えてしまった。結局氷枕も濡れタオルも一時の気休めにしかなっていないのだろう。ホリィから苦しみを本当の意味で取り除くには、ジョセフが言った通りDIOを倒し呪縛を解くしか方法は無いのだから。

「変わってあげられればいいのに」

 別室ではジョセフを初め、承太郎とアヴドゥルの三人がDIOの居場所を突き止めようと模索している。きっと頼りになる彼らなら必ず見つけ出してくれるだろう。しかし、DIOを倒すまでどれだけの時間を有するかは正直言って分からない。つまりホリィがこの状況に耐えなければならない時間も、どれくらい掛かるか誰にも分からないのだ。

「そうしたら聖子ママも楽なのにね……」

 だからこそ魘されながら眠るホリィの姿を見て心苦しくなった神凪は強く思った。変われるものならば変わってあげたい。ホリィにはこの先もずっと苦しんでほしくはないと。

「……ん?」

 どれだけ変わりたいと思っても現実には変わることなどできず。それなら少しでも早くホリィの体調が元に戻るようにと、神凪はホリィの手を握り祈るように目を瞑る。だが、そこで不意にふわりと何か柔らかいものが触れる感覚が神凪の頬に走った。

「あれ? どうしたの?」

 少しくすぐったい感覚に神凪が閉じていた目を開ければ、視界の端にふわふわの白い塊が映り込んだ。その瞬間自分の頬に何が当たっているのかを理解した神凪は、肩に乗ってこちらを見つめてくる一匹に声を掛ける。

「あ、こら!」

 すると突然、何を思ったのか神凪のスタンドである白うさぎは肩からピョンと軽やかに飛び降りると、徐にホリィの体の上にちょこんと座り出してしまった。実体はないため重さを感じることはないが、それでも病人の上に自分のスタンドが乗っている光景はあまりよろしいものではない。

「聖子ママ眠ってるからダメだよ?」

 白うさぎを優しく叱った神凪はその小さな体をホリィから退かせようと手を伸ばす。

『…………』

 だが神凪の手が小さな体を抱き上げるよりも前に、白うさぎのつぶらな黒い瞳が赤く光る。

 すると次の瞬間――。

「っ、え……?」

 神凪の視界がぐにゃりと歪んだ。

「……う、ぁっ……」

 平衡感覚が狂ったような、とてもじゃないがまともに座ってられないぐらいぐにゃぐにゃに歪む世界に、神凪はその場に倒れ伏してしまう。

「な、なに、これ……っ、」

 気持ち悪いほど歪む視界に、激しい運動後のように荒れる息。鉛のように重い手足と、全身を襲う倦怠感。

「っ、なに、が……」

 突如として起きた体の異変に神凪は強い恐怖を感じながらも、何とか状況を理解しようと思考を働かせようとする。

「……神凪ちゃん?」

 しかしその頑張りも虚しく。神凪はホリィが目を覚ましたことも、名前を呼んでくれたことも知らずに意識を手放してしまったのだった。




「これまで何度も試したが奴はいつも闇に潜んでいる。いつ念写しても背景は闇ばかり……」

 畳の上に散らばる複数枚の写真。その写真を一枚手に取ったジョセフは、そこに写る因縁の相手を見るなり苦々しそうに首を横に振った。

「わしの念写では奴の居所は分からん」
「これまでも様々な手段で調べてきたが、この闇は解析できなかった」

 吸血鬼だからなのか他の力によって邪魔されているのか、DIOの周りはいつも濃い闇に覆われていた。念写をするタイミングを変えてみても闇は相変わらず。それなら文明の利器を使用し写真の明度を上げようとしても結果は同じ。闇の奥に隠された背景や手掛かりになる存在を確認できたことは一度もないのだと、難しい顔をするジョセフに同調するようアヴドゥルは承太郎に今までの苦労を語った。

「おい、それを早く言え」

 するとどうだろう。これまで部屋の隅に佇み、ジョセフとアヴドゥルの話を静かに聞いていた承太郎が突如として動き出した。彼は先の発言に疑問符を浮かべるアヴドゥルから写真を受け取ると、その闇を見据えたまま背後に己のスタンドを出現させた。

「ひょっとしたらその闇とやらがどこか分かるかもしれねえ!」

 小さな星を散りばめ承太郎の傍に現れた彼のスタンドは、まるでカメラのレンズを切り替えるように瞳を拡大させたり縮小させたりしながら写真の中の闇をじっと見つめる。カシャン、と何度か切り替わる瞳。そして実に数秒後、スタンドの瞳は闇の奥に潜む小さな影を捉えた。

「DIOの背後の空間に何かを見つけた」

 スタンドの視界を通してDIO以外の影が写真に写っていた事実を知り得た承太郎は、より鮮明な情報を得ようと部屋の隅にある小さな机からメモ帳と鉛筆を取り出した。

「スケッチさせてみよう」

 脳に刺さった肉の芽を正確に抜き、弾丸を掴むほど精密な動きができる己のスタンドであればできるだろう。その信頼の元で承太郎が鉛筆をスタンドに渡せば、彼は物凄い速さで紙に鉛筆を滑らせ始めた。静かな空間に響く鉛筆の芯がガリガリと擦れる音に、ジョセフとアヴドゥルの二人も承太郎の傍へと近寄る。そして――。

「――ッ!」

 三人が真剣にスケッチの様子を見守る中、とうとうスタンドはひとつの絵を完成させた。

「ハエだ! 空間にハエが飛んでいたのか!」

 スタンドが捉えた闇の奥に潜むもの。それは一匹のハエだった。最先端を誇る機械を持ってしても解析できなかった暗闇から、これほどまで容易に小さなハエの存在を見つけ出したことにアヴドゥルは瞠目する。しかし、ハエを見つけたとしても果たしてそれがDIOの居場所に繋がる手掛かりになるのだろうか。

「このハエ見覚えがあります!」

 その地域にしか生息しない生物ならともかく、ハエはどこの国にも地域にも多く生息している昆虫だ。そんなハエから特定の場所を絞り込むことなんて可能なのかと難しい表情で頭を悩ませるジョセフだったが、それはアヴドゥルの希望ある一言によって杞憂に変わりそうだ。

「なんじゃとッ!?」
「JOJO! 図鑑はないか?」
「離れに書庫がある」
「メモを貰うぞ!」

 承太郎からメモを受け取ったアヴドゥルは調べてきます、と声高らかに告げるや否や書庫へ向かうため颯爽と部屋を後にする。

「ここはアヴドゥルに任せるか」

 あっという間に遠ざかっていく足音を聞いていたジョセフは見覚えある、というアヴドゥルの言葉を信じ大人しく待つことを決めたようだ。

「わしはホリィの様子を見てこよう」

 それでもただその場で待つだけ、ということはどうにも居心地が悪いようで。ジョセフは今頃献身的な神凪に看病されているであろうホリィの元へ向かうことに。また、それは承太郎も同じだった。

(何やかんやで大事に思っとるんじゃな)

 母親のことを『アマ』など決して褒めたものではない呼び方で呼んでいようが、承太郎の母親思いの一面は昔から変わっていないようだ。

 部屋を出ようとする自分の後を何も言わず黙って付いてくる承太郎に、小さい頃の面影を見たジョセフは人知れず口元に笑みを浮かべる。

「パパッ! 承太郎ッ!」
「ホ、ホリィ!?」

 しかし、突如として目の前に現れた眠っているはずのホリィによって、ジョセフの表情は驚愕したものに変わる。そして――。

「神凪ちゃんの意識がないのッ!!」

 ホリィが泣きそうになりながら叫んだその一言によって、滅多に冷静さを欠かない承太郎が大きな足音を立てその場を駆け出した。

back
top