花京院によって倒された『灰の塔』の使い手である男は、他の乗客に見つからないよう隅の座席へ運ばれ体を覆うように布を被されていた。
漸く機内に平穏が戻ってきたと名前は安堵の溜息を吐いたのだが、『事故と旅の中止の暗示』を持つ『灰の塔』は只では終わらなかった。

「舌を抜かれている。あのクワガタ野郎、既にパイロット達を殺していたのか!」
「降下しているぞ…自動操縦装置も破壊されている。この機は墜落するぞ…」
「つ、墜落……」

機体が傾いている事に逸早く気付いたジョセフは慌てて機長室へと駆けて行った。その後を名前達も追いかけ機長室の中の様子を窺ってみると、そこには既に『灰の塔』に舌を抜かれた機長と副機長の死体が転がっていた。
自動操縦装置も壊されていたとあってどんどん降下していく機体に、ジョセフが苦々しく「墜落する」と呟いた。それを聞いてしまった名前は早くも訪れた新たな苦難に頬をヒクリと引き攣らせた。

「お前らはDIO様の所へは行けん!」

突如真後ろから聞こえてきた大声に名前の肩が跳ねる。後ろを振り返ってみれば頭部と口元から夥しい血を流すスタンド使いの男がいた。
男はDIOに忠誠を誓ったスタンド使い達がいる事や、そのスタンド使い達がエジプト上陸を阻止しようとしている事。そしてDIOの元へは決して辿り着けないという事を承太郎達に向かって喚き散らした。
血を飛び散らせながら散々喚いた男はべチャリと粘着質な音を立てて床へと倒れ込む。力尽きたのか、その体は二度と動く事はなかった。
承太郎は血だらけの男の死体を見て怯えてはいたが悲鳴を上げなかった二人のスチュワーデスを淡々と褒めると、操縦桿の前に座るジョセフを指差した。

「このじじいがこの機をこれから海上に不時着させる! 他の乗客に救命具つけて座席ベルト締めさせな」
「うーむ。プロペラ機なら経験あるんじゃがの…」
「プロペラ…」
「…それって大丈夫なの…?」

プロペラと飛行機の操縦では大分違うのではと不安そうに顔を見合わせる花京院と名前。
その不安は嫌なもので的中してしまう。
ジョセフはポリポリと頬を掻きながら「しかし承太郎…」と副機長席に座る孫をちらりと一瞥する。

「これでわしゃ三度目だぞ。人生で三回も飛行機で墜落するなんて、そんなヤツあるかなぁ」

心底不思議そうに宙を見つめるジョセフに集まる四つの視線。

「二度とテメーとは一緒に乗らねえ」

低く唸るように言い放った承太郎に名前と花京院、そしてアヴドゥルが大きく頷いた。


* * *


大きな不安要素を抱えていたが、何はともあれジョセフによって飛行機は無事に香港沖35kmに不時着した。
香港の地へと降り立った名前達は、いつまた襲われるかもしれない空路で行く事を諦め、陸路か海路からエジプト入国を目指す事にした。
そして今、海路で香港を抜け出せる宛があると公衆電話ボックスの中へと入って行ったジョセフを待ちながら名前達は香港の街並みを眺めていた。

「わあ! ねえ承太郎! あそこのお店チャイナドレスの専門店だよッ!」

子供のように目をキラキラと輝かせながら承太郎の上着を引っ張る名前に釣られて同じ方向を向くと、彼女の言う通り沢山のチャイナドレスが飾られた一軒の店がそこにはあった。

「私ちょっと見てくる!」
「おい、一人で行動するのは……」
「大丈夫ッ! すぐ戻ってくるから〜!」

良くない。そう言い切る前に店の中へと既に足を踏み入れている名前に「…やれやれ」と息を吐いた承太郎。そんな承太郎に花京院は「気になってはいたけど」と疑問に思っていた事を口に出した。

「名前さんってなんでチャイナドレスを着ているんだい?」
「ああ。それは私も気になっていた」

花京院に続きアヴドゥルも名前の普段の服装に疑問を持っていた。
出会って数日しか経っていないが、いつも見る名前は必ずチャイナドレスを身に纏っていた。それがとても似合っているので変と言うわけではないが、年頃の女の子だ。他にも色んな服を着てお洒落を楽しんでいても可笑しくはないのに、彼女はチャイナドレスを好んで着用しているようだった。
二人に教えてくれないかと言う眼差しを向けられた承太郎は、昔名前が言っていた言葉を思い出す。

「…確か『落ち着くから』って言ってたな」
「落ち着く?」
「ああ。あいつ自身もよく分かってねーみたいだが、あの恰好をしていると落ち着くんだとよ」
「ふむ…適当な事は言えんが、何か彼女の無意識な部分で感ずるものがあるのだろうな」
「まあ、彼女にとても似合っているので僕達がとやかく言う必要はありませんね。それに…眼福でもあるし」

ふふっと笑う花京院に承太郎の鋭い眼孔が向けられる。

「花京院テメー…見てんじゃねーぞ」
「JOJO……君もちらちらと名前さんを見るのは止めたらどうだい?」
「ハッ! 飛行機内で薄々思ってはいたが…花京院。テメーは相当なむっつり助平らしいな」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「お、おい二人とも…」

茶室でもあったようにバチバチと火花を散らし始めた学生二人に、アヴドゥルの頬を冷や汗が流れる。名前、もしくはジョセフでもいいから早く帰ってきてくれと願うアヴドゥルの耳に「おーい!」と可愛らしい声が響いた。
この声はとアヴドゥルが助けを求めるように声のした方へ顔を向けると、先程入って行った店の前でこちらに手を振る名前の姿があった。
ホッとしたのも束の間、名前の姿を目にしたアヴドゥルと睨み合っていた学生二人の目が見開かれる。

「……名前さん、あなた……」

皆が目にした名前は今まで着ていた白いロング丈のチャイナドレスではなく、紺地に白の花模様があしらわれたミニ丈のチャイナドレスを着ていた。
大胆にも太股まで曝された真っ白な脚に自然と目がいってしまう。

「えへへ! 試着させてもらったんだけど、どう? 似合う?」

眩しいくらいの笑顔でその場で一回転する名前にアヴドゥルは目を覆いたくなった。
少しでも屈んだら下着が見えてしまうのではないかと言う程短い丈に、反応しないわけがない二人が突然動き出した。

「名前ッ! テメーは少し恥じらいってものを覚えな!」
「名前さんッ! それは少し脚を出しすぎではありませんか?」

眉間に皺を寄せて詰め寄ってくる二人に名前は呆気に取られる。まさかこんな反応をされるとは。承太郎はともかく花京院やアヴドゥルなら感想を言ってくれると思っていたのにと、名前の眉が少しだけ下がった。

「…これ、似合ってない?」
「……」
「いえ、とても似合ってますよ。しかし少々目のやり場に…」

何も答えない承太郎の代わりに花京院が指摘をすると、名前は自分の脚元へと視線を落とす。確かに少し短すぎたかもしれない。今は浮かれているわけにはいかないのだと反省した名前は「ごめんね。今すぐ着替えてくるッ!」といつもの調子に戻り、再び店内へと消えて行った。

「……」

その背中を承太郎はただじっと見つめていた。

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