旅立つ前に腹拵えをしようとジョセフが贔屓にしている中華料理屋にやって来た一行。
しかしその表情はとても穏やかとは言えなかった。
ジョセフの伝で海路で香港からシンガポールへ行ける事にはなったが、空路でエジプトに行くより圧倒的な時間を割く事にジョセフ達は焦っていた。

「50日以内にDIOに出会わなければ、ホリィさんの命が危険なことは前に言いましたな…」
「……」
「だが、名前さんのスタンドのおかげでホリィさんにスタンドの害はなくなった…しかし、」
「DIOを倒さなければ名前はいつまで経っても呪縛に縛りつけられたまま。そう言いてェんだろ?」

察しのいい承太郎にアヴドゥルはただ小さく頷くしかなかった。

「あの飛行機なら今頃はカイロに着いているものを」

華やかな中華料理屋にはそぐわない重苦しい空気を纏う男達に名前は笑顔を向けた。

「私なら大丈夫! ジョースター家の血統じゃないからそこまでスタンドの害受けてないし! だから…安全で確実なルートで行こう?」

皆に心配掛けぬように明るく振る舞い、皆の安全面を気にする名前の頭をジョセフがわしわしと撫でる。そして懐から地図を取り出すとテーブルの上にそれを広げた。

「わしは海路を行くのを提案する。適当な船をチャーターし、マレーシア半島を周ってインド洋を突っ切る」
「私もそれがいいと思う。陸は国境が面倒だし、ヒマラヤや砂漠があってもしトラブったら足止めを食らう。危険がいっぱいだ」
「私はそんな所両方とも行ったことがないので何とも言えない。お二人に従うよ」
「同じく」
「私も!」

満場一致で海路からエジプトを目指す事になったのはいいが、問題はDIOの刺客となるスタンド使い達だ。
いかに見つからずにエジプトに乗り込むか考えるジョセフとアヴドゥルを横目に、名前と承太郎は花京院の行動に注目していた。
茶瓶の蓋を少しずらす花京院をじっと見ていると、二人の視線に気付いた彼はにこりと微笑んだ。

「これはお茶のおかわりを欲しいのサインだよ」
「おかわり?」
「そう。香港では茶瓶の蓋をずらしておくと、おかわりを持って来てくれるんだ」

また、お茶を注いでくれた人にお礼を言う時はテーブルを指で二回叩く。それが「ありがとう」のサインだと話す花京院に名前は瞠目した。

「花京院くんって物知りなんだね…!」
「ふふっ。前に香港に旅行で来たことがあってね。それで知っていただけですよ」
「…ふん。ンなことだろーと思ったぜ」

鼻で笑い飛ばす承太郎に花京院がジトリとした視線を向けていると「すみません」と声を掛けられる。
花京院が声のした方を振り向くと、銀色の髪を全て逆立てた外国人の男が一人、メニュー表を手にして立っていた。

「私はフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字が難しくてメニューが分かりません」

フランスからやって来たと言う男はメニューに書かれている漢字が読めずに困っていたようで、隣の席に座った日本人の学生なら読めるかもしれないと思い、助けを求めに話し掛けたと説明した。
しかし困っている外国人男性を一刀両断する男が一人。

「やかましい。向こうへ行け」
「おいおい承太郎…まあいいじゃあないか」

追い払うように睨み付ける承太郎を落ち着かせたジョセフは、自分達と同じテーブルの席に男を座らせると代わりにメニューを開いた。

「わしゃ何度も香港は来とるからメニューぐらいの漢字は分かる。で…何を注文したい?」

頼みたい品物をジョセフが聞くと男はエビとアヒル、フカヒレとキノコの料理が食べたいと話す。それにふむふむと頷いたジョセフはウエイターを呼び出して、メニューを指差しながら次々と注文していく。
ウエイターはにこにこしながらメモを取るとフロアを後にした。
そして数分後、名前達の座るテーブルへ運ばれて来たのはーー。

「…牛肉のお粥に、貝料理、よく分かんない魚の煮付けに……カエル」

どんっと目の前で存在を主張するカエルの丸焼きにドン引きする名前。それはジョセフ以外の面々も同じのようで、特に自分が食べたい物とは全く違う物が出て来たフランス人の男はぽかんと口を開けていた。

「ま…いいじゃあないか! みんなで食べよう、わしの奢りだ!」

間違いをごまかすように笑うジョセフの前に名前はさり気なくカエルが乗った皿が来るようにテーブルを回した。それに気付かないジョセフは器用にカエルの身を箸で取り分けると一口食べる。「見た目はあれだが結構いけるぞ」と笑うジョセフに名前達も漸く料理に箸をつけた。

「手間暇掛けてこさえてありますなあ」

この中で一番普通の料理だった牛肉のお粥に名前が舌鼓を打っていると、男が星形に模られた人参を繁々と見ていた。

「星の形…なんか見覚えあるな〜〜」

わざとらしく名前達に聞こえるように話す男。
その男の言葉に皆の箸がピタリと止まった。

「そうそう。私の知り合いが首筋にこれと同じ形のアザを持っていたな…」

すっ…と持っていた星形の人参を己の首筋に移動させた男に緊張が走る。

「貴様! 新手の…!」

花京院が男にそう言った瞬間、名前の前に置かれた器から細長い剣が現れた。
剣はそのまま素早い動きで真っ直ぐ名前に向かって振り下ろされたが、そこで自慢の身体能力を発揮した名前。瞬時に背後へ飛び退いたおかげで剣先は腕を少し掠っただけだった。

「名前ッ!」
「っ、大丈夫! ちょっと切れただけ!」

白い腕を走る一本の赤い線を見たアヴドゥルはスタンドを出現させた。
彼のスタンド『魔術師の赤』は男のスタンドに向けて炎を放つが、男のスタンドは見事な剣さばきで炎を軽くあしらった。

「俺のスタンドは戦車のカードを持つ『銀の戦車』! モハメド・アヴドゥル…始末してほしいのは貴様からのようだな…」

男は目の前に立つアヴドゥルを鋭い眼差しで睨み付けると、ビシッとアヴドゥルの横を指差した。

「そのテーブルに火時計を作った! 火が12時を燃やすまでに貴様を殺す!!」


* * *


男はジャン・P・ポルナレフと名乗った。
ポルナレフに作り出された火時計はアヴドゥルの『魔術師の赤』によって破壊され、轟々と燃えるテーブルに何が起きているか分からない中華料理屋の店主は顔を青くさせた。
それを一瞥したポルナレフは本気のアヴドゥルを叩き潰すと告げ、名前達を『タイガーバームガーデン』という広い庭園へと連れて来ていた。

「ここで予言してやる。まずアヴドゥル…貴様は貴様自身のスタンド能力で滅びるだろう…」

にやりと不敵な笑みを浮かべたポルナレフは、素早く剣をさばいて『魔術師の赤』にそっくりな石の彫刻を作ってみせたりとアヴドゥルを挑発していた。
ポルナレフの挑発にぐっと顔つきを変えたアヴドゥルは静かに攻撃の構えを取る。

「何かに隠れろ。アヴドゥルの『あれ』が出る。…とばっちりでヤケドするといかん…」
「あれだと?」

ジョセフによって大きな岩の陰に隠された名前達は少しだけ顔を覗かせてアヴドゥルを見る。
彼の背後に佇む『魔術師の赤』が大きく鳴くと巨大な十字型の炎が現れた。
隠れている名前達にも熱が届く程のそれは真っ直ぐポルナレフに向かって行く。

「この剣さばきは空と空の溝を作って、炎をはじき飛ばすと言ったろーがァァーーッ!!」

しかし『魔術師の赤』の攻撃は『銀の戦車』によって無残にもはじき返されてしまった。
忽ち『魔術師の赤』の体は炎に包まれ、ポルナレフの予言通りの事が起きてしまう。

「ア…アヴドゥル……炎があまりにも強いので自分自身が焼かれているッ!」

燃えているアヴドゥルの姿を見て絶句している名前達がいる中、ポルナレフだけは嫌な笑みを浮かべてとどめとばかりにアヴドゥルを斬り裂いた。
しかし斬り裂いた箇所から炎が噴き出し、瞬く間に『銀の戦車』の体を炎が包んだ。

「馬鹿な、炎だ! 切断した体内から炎が出るなんて!」
「あれは人形だ! スタンドではない……人形だ!」

ジョセフが気付いた通り、先程燃えていた『魔術師の赤』はポルナレフがアヴドゥルを挑発するために作った彫刻だったのだ。
奇しくも自分で作り出した彫刻に一杯食わされた形となったポルナレフに、再び炎の十字架が迫り来る。

「占い師の私に予言で闘おうなどとは、十年早いんじゃあないかな」

ふっと笑ったアヴドゥルは「まだまだ」とでも言うように人差し指を左右に振った。

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