『魔術師の赤』の炎によって吹き飛ばされたポルナレフの体はプスプスと煙が立っていた。

「アヴドゥルの『クロスファイアーハリケーン』恐るべき威力! まともに食らったやつのスタンドはバラバラで、しかも溶解してもう終わりだ…」
「ひでーヤケドだ、こいつは死んだな。運が良くて重傷だな…いや運が悪けりゃかな…」
「…なんか、可哀相な気もするけど…」
「名前さん…敵に同情はいりませんよ。あなたも怪我させられたんだ」

花京院に取られた腕にはまだ薄っすらと血が滲んでいた。
倒れるポルナレフに一度目を向けた名前は「…そうだね」と頷くと、花京院と共に前を歩く承太郎達を追いかけた。
飛行機に乗れない分、少しでも早くエジプトへ行くために先を急ごうと促すアヴドゥルの背に続いて庭園の階段を下りたその時、背後から何かが弾ける音が鳴った。
慌てて背後を振り向いてみると『銀の戦車』の甲冑が次々と宙に飛んでいく姿が目に入ってきた。

「な…なんだ…やつのスタンドがバラバラに分解したぞ!」
「し…信じられん! やつが寝たままの姿勢で空へ飛んだッ!」

突然宙に浮き始めたポルナレフの体に名前達が目を見張っていると、パチリと閉じられていたポルナレフの目が開かれた。

「ブラボー! おお…ブラボー!!」

拍手をして称賛するポルナレフは先程と変わらず、体には火傷の痕もほとんど残っていなかったのだ。
なぜ宙に浮いているんだと不思議そうにする名前達にポルナレフは「感覚の目でよく見てろ」と言い放った。

「これは!?」

感覚を研ぎ済ましてポルナレフを見るアヴドゥルの目に、ポルナレフを持ち上げる『銀の戦車』の姿が見えた。
ポルナレフは地面に着地するとバンッと自分の前にスタンドを出現させる。

「これだ! 甲冑を外した『銀の戦車』!」

甲冑を脱ぎ捨て更にスタイリッシュな姿に形を変えた『銀の戦車』にアヴドゥルの目が見開かれる。

「呆気に取られているようだが…私の持ってる能力を説明せずにこれから君を始末するのは騎士道に恥じる、闇討ちに等しい行為」

そう言うとポルナレフは自分のスタンドの能力についてアヴドゥルに説明し始めた。
先程スタンドの一部が弾き飛んでいたのは「防御甲冑」を脱ぎ捨てたからだという事。アヴドゥルの炎に焼かれても軽傷なのはその甲冑が燃えただけという事。そして、甲冑を脱いだ分身軽になった事を彼は話した。

「私を持ち上げたスタンドの動きが君らは見えたかね? それほどのスピードで動けるようになったのだ!」

元々素早い動きをする『銀の戦車』が更に素早くなったと聞き、アヴドゥルの頬を冷たい汗が流れるがそれも束の間。

「しかしもう今は裸…プロテクターがないということは、今度再び食らったら命はないということ」

にやりとアヴドゥルが笑うとポルナレフはその通りだと頷いた。しかし余裕そうに「だが無理だね」と笑い飛ばした。
なぜ無理だと言い切れるんだと訝し気にするアヴドゥルに、ポルナレフは今から「ゾッ」とするものを見せると言い、そしてーー。

「…な、七体…ッ!?」
「なんじゃ…!? やつのスタンドが七体にも増えたぞッー!」
「ば…馬鹿な、スタンドは一人一体のはず!」

突如ポルナレフの背後に現れた七体の『銀の戦車』に今まで二人を静観していた名前達は驚愕の表情を浮かべる。それはアヴドゥルも同じだったようで、じっと目の前のポルナレフを見つめていた。
その姿にポルナレフは得意気に笑うと増えて見えるのは「残像だ」と話す。感覚に訴えているというスタンドの残像群について来られるかと言うと、背後に立つ『銀の戦車』が一斉に攻撃を仕掛けて来た。

「今度の剣さばきはどうだァアア――ッ!?」

無数の剣先が繰り出される中、アヴドゥルは『魔術師の赤』で炎の十字架を作り出して反撃する。炎は『銀の戦車』に当たったようにも見えたが、それは残像だったようで炎は地面に穴を掘っただけだった。
それどころかアヴドゥルの顔には『銀の戦車』によって十字架の形をした傷が幾つも付けられていた。
心配そうに叫ぶジョセフの声を背に受けたアヴドゥルは、血の流れる顔を押さえながらも騎士道精神で手の内を明かして正々堂々と戦うポルナレフに見合って、自分のスタンドの秘密を明らかにしてから次の攻撃に移ると話した。

「ほう?」
「実は私のC・F・Hにはバリエーションがある。十字架の形の炎だが一体だけではない。分裂させ数体で飛ばすことが可能!」

そう言うと『魔術師の赤』は幾つもの炎の十字架を作り出すと『銀の戦車』に向かって放つ。

「くだらん! アヴドゥルッ!」

しかしポルナレフが叫ぶと、彼を中心に『銀の戦車』が円を組んだ。どこを狙っても死角のないその姿に、再び炎を弾き返されてしまうのではと名前達に焦りが生まれる。
名前達の予想通り炎を弾き返そうとするポルナレフだったが、彼の足元に突然穴が空いた。

「なにィ〜!?」

地面から出て来たのは一体の十字架だった。
それは死角のないはずだった『銀の戦車』の体を炎で包み、吹き飛ばしてしまった。
どうやら最初に放たれた炎の十字架は『銀の戦車』を攻撃しようとしたものではなく、初めから地面を掘るつもりで放ったものだったようだ。

「言ったろう。私の炎は分裂、何体にも別れて飛ばせると!」

アヴドゥルは今度こそ炎に覆われて地面に倒れ伏すポルナレフを見遣ると、一本の短剣を地面へと突き刺した。

「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう。その短剣で自害するといい……」

ポルナレフがその短剣を取るより前に背を向けたアヴドゥルは、名前達の元へと歩みを進めた。
アヴドゥルの情けで差し出された短剣を手に取ったポルナレフは、無防備なアヴドゥルの背中に短剣を投げようと振り上げる。しかしくるりと短剣を持ち変えると、自害しようとしているのか自分の首元に剣先を向けた。

「自惚れていた。炎なんかに私の剣さばきが負けるはずないと…」

ポルナレフは一つ溜息を吐くと持っていた短剣を手放した。
騎士道精神。最後までそれを貫き通そうとするポルナレフは、闘いに敗れた者の礼儀としてアヴドゥルの炎で焼かれて死ぬ事を選んだのだ。
ポルナレフが静かに目を閉じたその時、アヴドゥルが振り返る。
パチンと指の鳴らす音が響くと同時にポルナレフの体を覆っていた炎は姿を消した。

「あくまでも騎士道とやらの礼を失せぬ奴! しかも私の背後からも短剣を投げなかった……! DIOからの命令をも越える誇り高き精神!」

殺すのは惜しいと気絶したポルナレフに近付いて行ったアヴドゥルはもしやと思い、ポルナレフの額部分の生え際を掻き分けた。
するとそこにはうねうねと蠢く肉の芽が埋め込まれていた。

「JOJO!」
「うむ」

肉の芽を発見したアヴドゥルは花京院の肉の芽を引き抜いた事のある承太郎に目配せする。
頷いた承太郎は『星の白金』を出すと躊躇うことなく寸分の狂いもない手付きで肉の芽を引き抜いていく。

「うええ〜〜! この触手が気持ち悪いんじゃよなァ〜!」
「ちょっとジョセフおじいちゃんっ、私を盾にしないでよッ!」
「だって気持ち悪いんじゃもんッ!」
「可愛く言ってもダメ! ちょ、花京院くんッ!」
「……あんなにグロテスクなものが僕の額に、」
「花京院くん!?」

わあわあと騒ぐ名前とジョセフ、花京院の声を背に承太郎は眉間に深い皺を刻みながら淡々と肉の芽を引き抜いていた。

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