承太郎の『星の白金』のおかげで少女はサメに襲われる事はなかったが、新たな影が承太郎達のいる場所へと水中から忍び寄っていた。
その大きな得体の知れない影を視認した名前とジョセフは、未だ海の中にいる承太郎へと声を上げた。

「承太郎ッ! 下に何かいるよ!」
「海面下から何かが襲ってくるぞッ! サメではない!」
「!」

二人の声で自分達に向かってくる影の存在に気付いた承太郎は、ジョセフに投げ入れられた救命用の浮き輪へと少女を抱えて泳いでいく。しかし人を抱えて泳ぐ承太郎よりも水中にいる影の方が泳ぐスピードは早く、どんどん距離を詰められてしまう。

「あの距離なら僕に任せろッ!」

スタンドの射程距離が広い花京院が『法皇の緑』を出して承太郎達を引き上げる。それと同時に承太郎が掴もうとしていた浮き輪がバラバラに切り裂かれてしまった。あと少し遅かったら今頃は承太郎が切り裂かれていたかもしれない状況に、花京院はほっと息を吐いた。
承太郎を追っていた影はいつの間にか姿を消していて、その動きにジョセフ達はあの影がスタンドだと言う事に気が付いた。

「海底のスタンド…このアヴドゥル、噂すら聞いたことのないスタンドだ」
「この女の子…ま、まさか」

結果的に承太郎を海へと誘き寄せた少女にジョセフ達の疑いの目が向けられる。まさかわざと海に飛び込んで承太郎を…と男五人が考えている中、名前はハアハアと荒く息をする少女の背中を落ち着かせるように撫でていた。

「おい名前。こっちに来な」
「っあ、ちょっと承太郎…!」

少女を介抱する名前の腕を掴んだ承太郎は、抗議の声を上げる名前を無視してジョセフ達の元へと戻っていく。
一方少女は自分に向けられたジョセフ達の鋭い視線に気が付いたようで、戸惑いながらも威嚇するように大きく吠えた。

「な…なんだッー! てめーら!」

少女はポケットからナイフを取り出すと、とても上品とは言えない言葉でジョセフ達を煽り始めた。そんな少女をどうやって自分がスタンド使いだと吐かせるか思考を巡らせていたジョセフ達だったが、不意にアヴドゥルが口を開いた。

「おい。DIOの野郎は元気か?」
「DIO? なんだそれはァ!」

惚けるなと声を荒らげるポルナレフだが、少女は本当にDIOの名を知らないのか「バイクの名前か?」と疑問符を浮かべていた。

「この妖刀が早えーとこ三百四十人目の血をすすりてえって慟哭しているぜ!」
「プッ!」
「よ、妖刀…!」

ナイフを舌で舐めながら挑発するように指をクイッと動かす少女に思わず花京院と名前は吹き出してしまった。
二人に笑われて恥ずかしかったのか少女は顔を真っ赤に染めると「何が可笑しい! このドサンピン!」と叫んでいた。

「ドサンピン……なんか、この女の子は違うような気がしますが…」
「ジョセフおじいちゃん達の考えすぎじゃない?」
「うむ…しかし、」
「この女の子かね、密航者というのは…」

ジョセフ達にこの少女はスタンド使いではないのではという考えが過った時、甲板に厳格のある声が響いた。その直後少女の肩が大きな手に掴まれる。

「………」
「船長……」

少女の肩を掴んだのはジョセフに引けを取らない立派な体躯をした、名前達の乗る船の船長だった。

「私は…密航者には厳しいタチだ…」

船長は少女をいとも簡単に拘束するとナイフを持つ腕を捻り上げた。ギリギリと握られる腕が痛むのだろう、少女の顔はどんどん歪んでいき、その表情を見た名前は思わず船長に声を掛ける。

「あの! その子女の子なのであまり……」
「お嬢さん。例え女の子でも密航者に変わりはない。なめられると限度なく密航者がやってくる……」

ギロリと睨んでくる船長に名前はそれ以上何も言えずに口を噤んだ。
少女が持っていたナイフが落ちた事を確認した船長は、港に着くまで下の船室に軟禁しておくと言って甲板を後にしようとしたが、その背をジョセフが止める。

「船長…お聞きしたいのですが、船員十名の身元は確かなものでしょうな」
「間違いありませんよ。全員が十年以上この船に乗っているベテランばかりです。どうしてそんなに神経質に拘るのか分かりませんけれども……ところで!」

船長は徐に少女の腕を離すとつかつかと承太郎の元へ歩いていき、彼の口に咥えられた煙草を取り上げた。そして承太郎の前にその煙草を突き付けると「甲板での喫煙はご遠慮願おう…」と静かに言い放った。

「君はこの灰や吸殻をどうする気だったんだね。この美しい海に捨てるつもりだったのかね? 君はお客だがこの船のルールには従ってもらうよ。未成年くん」

そう言うと船長は承太郎の帽子に付いているバッチに煙草を擦り付けると、火の消えた煙草を承太郎の制服のポケットへと入れた。
船長の承太郎に対する行動に名前達が冷や汗を流していると、くるりと自分に背を向けた船長に「待ちな」と承太郎が声を掛けた。

「口で言うだけで素直に消すんだよ…大物ぶってカッコつけんじゃあねえ、このタコ!」
「……」
「おい承太郎! 船長に対して無礼はやめろッ! お前が悪い!」
「フン! 承知の上の無礼だぜ。こいつは船長じゃあねえ、今わかった! スタンド使いはこいつだ」

鋭い目付きで船長を睨み付ける承太郎に名前達は驚きの声を上げる。しかしスタンド使いだと言われた当の本人である船長は「スタ…ンド??」と聞き覚えがないのか首を傾げていた。
SPW財団から直々に紹介されたというテニール船長の身元は確かなものでDIOの刺客である可能性はゼロだと、いい加減な推測は惑わすだけだとアヴドゥルやポルナレフに言われた承太郎はやけに冷静だった。

「証拠はあるのかJOJO!?」
「スタンド使いに共通する見分け方を発見した」
「見分け方?」
「ああ。それは…スタンド使いは煙草の煙を少しでも吸うとだな…鼻の頭に血管が浮き出る」
「「「えっ!」」」

鼻を指差す承太郎に名前達は慌てて自分の鼻を触る。まさかそんな共通点があるなんて。
スタンド使いの新たな発見に目を丸くする名前達を、少女一人だけが不思議そうに見つめていた。

「嘘だろ承太郎!」
「ああ、嘘だぜ! だが……マヌケは見つかったようだな」
「「「あっ!!」」」

ふんっと鼻で笑った承太郎が見る先には、名前達と同じように鼻を触る船長がいた。
SPW財団から紹介された信頼ある船長が本当のスタンド使いだったのだ。

「承太郎、なぜ船長が怪しいと分かった?」
「いや、全然思わなかったぜ。だが……船員全員にこの手を試すつもりでいただけのこと……だぜ」
「シブイねェ…全くシブイぜ。確かに俺は船長じゃねー…本物の船長は既に香港の海底で寝ぼけているぜ」
「それじゃあてめーは地獄の底で寝ぼけな!!」
「っ、危ないッ!!」

承太郎が叫んだ瞬間、少女の脚を掴もうと船の柵の間からスタンドの手が伸びてきた。偶然少女の隣にいた名前はその事に気が付き、咄嗟に少女を承太郎達の方へと突き飛ばした。
カタリと名前の番傘が甲板に落ちる。

「ぐっ…!」
「名前さんッ!」
「しまった!」

名前を腕に抱き込み柵の上に佇んでいたのは、背中に背鰭を生やして体中鱗に覆われた半魚人のようなスタンドだった。

「水のトラブル! 嘘と裏切り! 未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード! その名は『喑青の月』!」

バレてしまったからには五対一でも相手してやると啖呵をきった男はニヤリと笑った。

「この娘が手に入ったのはこのオレに運が向いてる証拠……今からこの娘と一緒にサメの海に飛び込むぞ」
「っ、承太郎! 私のことはいいからスタンドを……ひぇっ!?」
「まさか見捨てるわけねーよなァ? お前らの大事なオヒメサマなんだろう?」
「き、貴様ァ…ッ!」

男のスタンドは水掻きのある大きな手で名前の太腿をするりと撫でた。冷たい感触と海の生き物特有のヌルッとした感触に名前の口からは小さな悲鳴が漏れる。
ニヤニヤと厭らしく笑って承太郎達を挑発してくる男に、ジョセフは苛立たし気に声を吐き出した。

「人質なんか取ってなめんじゃあねーぞ。この空条承太郎がビビり上がると思うなよ」
「なめる…これは予言だよ!」

男は自分のホームである海であれば承太郎の『星の白金』のスピードと張り合えると言い、比べっこをしようと名前を抱えたまま海へと飛び込んでいった。
体を襲う浮遊感に名前が思わず叫んだその時、目の前に『星の白金』が現れた。
『星の白金』は目にも留まらぬ早さで両腕のラッシュ攻撃を『喑青の月』に叩き込むと、解放された名前の腕を掴んだ。

「ら…落下するより早くこ…攻撃してくるなんて……そんな」
「…海水をたらふく飲むのは……てめーひとりだ。アヴドゥル、何か言ってやれ」
「占い師の私を差し置いて予言するなど」
「十年早いぜ」

アヴドゥルの横でポルナレフが得意そうにニッと笑っていた。

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