予約したチケット片手にインドへ行くための列車に乗った名前達は車内にあるレストランで昼食を取っていた。

「ところであの女の子はどうした?」
「列車の出発間際までシンガポール駅にいたんだがな」
「きっとお父さんとの約束の時間が来たので会いに行ったのでしょう」

この場にいないアンの話を始めたポルナレフ達に名前は溜息を吐きながらテーブルに頬杖をついた。

「お別れの挨拶言えなかった…」
「あー、名前あいつと結構仲よかったもんなあ」

しみじみと言うポルナレフに再び大きな溜息を吐いてテーブルに突っ伏した名前を見て微笑んだ花京院は「しかし…」と窓の外をちらりと見た。

「シンガポールでのスタンドだが、全く嫌な気分だな。僕そのものに化けるスタンドなんて…」
「名前とロビーにいる時には既に変身していたらしい」
「やっぱり? のりあ……花京院くんがあんなことするわけないよねぇ」
「ふふっ、そのまま名前で呼んでもらって構いませんよ」
「え?」
「むしろその方が親しく感じられますし……ね?」
「は、はい」

爽やかな笑顔ではあるが有無を言わさないオーラを放つ花京院に思わず身を固くする名前。この花京院くんは本物だよねと少しの不安を募らせる名前を横目に、花京院は承太郎の皿に残されたさくらんぼを見ると指を差した。

「そのチェリー食べないのか? ガッつくようだが僕の好物なんだ……くれないか?」
「ああ」
「サンキュー」

花京院は承太郎の皿からさくらんぼを取ると、口に含みそのまま食べるのかと思いきやレロレロと舌で転がし始めた。あの偽物の花京院と同じ行動を取る彼に、名前と承太郎は目を見張った。

「…おっ、名前さんも承太郎も見ろ。フラミンゴが飛んだぞ!」

名前と承太郎に唖然とした表情で見られている事に気付いていない花京院は窓の外に視線を向けていた。
少年のようにフラミンゴを見る花京院の姿に、承太郎の溜息と名前の乾いた笑いが車内に響いた。


* * *


カルカッタに着く前に「足を隠したほうがいい」とアヴドゥルに言われた名前は列車内のトイレで着替えていた。
お気に入りの白いロング丈のチャイナドレスはそのままで、下に黒いパンツを履けばいつもとは雰囲気の違うパンツスタイルの出来上がり。
鏡で一通り自分の服装にチェックを入れた名前は待っているであろう男達の元に戻っていく。

「お待たせ〜」

何やら談笑している承太郎達へ手を振りながら戻ると、名前の姿を見たポルナレフがあからさまに落ち込んでいた。

「ああ! 俺の癒しの綺麗な御御足が…!!」
「…まだ言っとるのかお前は」
「いつもの恰好も素敵ですが、これもまた…」
「…ふん」

各々全く違う反応をする彼らに苦笑いを浮かべた名前は、着替えた方がいいと言った本人であるアヴドゥルを見る。

「アヴドゥルさんこれで大丈夫?」
「ええ、ばっちりです」
「でも何で脚を隠したほうがいいの?」
「インドでは女性が脚を出していたり、露出の多い服を着ていると『性に開放的』だと思われてしまうんだ」
「な、なるほど」
「…さすがにピッタリとしたチャイナドレスでは女性的なラインを隠せていないが……まあ大丈夫でしょう」

にこりと笑って「くれぐれも一人にならないように」と言ったアヴドゥルに首を激しく縦に振った名前は絶対に単独行動はしないと心に誓っていた。

「いよいよインドを横断するわけじゃが」

カルカッタの駅までもうすぐという所に迫った時、ジョセフが何やら心配そうに頬を掻きながらアヴドゥルへと声を掛けた。

「インドという国は乞食とか泥棒ばかりいて、カレーばかり食べていて熱病かなんかにすぐにでも罹りそうなイメージがある」
「俺カルチャーギャップで体調崩さねェか心配だな」
「それは歪んだ情報です。心配ないです、みんな…素朴な国民のいい国です。私が保証しますよ…さあ! カルカッタです出発しましょう」

ジョセフやポルナレフの散々な物言いにも怒ることなく穏やかに笑ったアヴドゥルは、荷物を持つと開いた扉から列車を降りていった。彼に続いて名前達も列車を降りて、インドはカルカッタの地へ足を踏み入れてみると――。

「バクシーシ!」
「ねえ…バクシーシ!」
「刺青彫らない?」
「女の子紹介するよ」

あっという間に地元住民に囲まれてしまった。
お金をちょうだいと縋る子供達と、お金を稼ごうと色んなものを紹介してくる大人達に動けない程囲まれた名前は酷く困惑していた。

「ねえなんで雨も降ってないのに傘差してるの?」
「え、えっとぉ…」
「それ僕が持ってあげるからお金ちょうだい?」
「ダメダメ! これ無いと私生きていけないから!」

何を言っているのかは分からないが傘を取ろうとする少年達に、名前は必死の形相でその手を躱していた。その横ではお金をくれないと天国に行けないと少年に脅される承太郎がいたり、道に落ちていた牛の糞を踏んでしまったポルナレフや、既に財布を盗られてしまった花京院がいた。
カルカッタに着いてからほんの数分で悲惨な目に合っている名前達を見たジョセフは、大量に冷や汗を流しながらアヴドゥルに恐る恐る尋ねる。

「ア、アヴドゥル…これがインドか?」
「ね、いい国でしょう。これだからいいんですよ、これが!」

一人豪快に笑うアヴドゥルと道を塞ぐように道路に寝そべる牛を見たジョセフは、ヒクッと喉を引き攣らせた。


* * *


無事にとは言えないが何とか地元住民達の囲いから抜け出した名前達は、先程の駅前通りより幾分か落ち着いている通りにあったレストランへと立ち寄っていた。
紅茶と砂糖と生姜をミルクで煮込んだ温かく甘いインドの飲み物であるチャーイを飲み込んだ名前は、漸く肩の力が抜けたようでほうっ…と息を吐いた。

「要は慣れですよ。慣れればこの国の懐のよさが分かります」
「なかなか気に入った。いい所だぜ」
「マジか承太郎! マジに言ってんの? お前」

彼の中で何があったのか知らないが、気に入ったと口角を上げる承太郎にジョセフは仰け反るように驚いていた。

「さすがはJOJOと言うべきなのか」
「私はアヴドゥルさんには申し訳ないけどまだ慣れそうにないなぁ…」
「僕もですよ。…財布が戻ってきたのは幸運でしたが」
「典明の日頃の行いが良かったんだね」

顔を見合わせて笑っていた名前と花京院に「イチャつくなよ」と野次ったポルナレフは席を立つと近くに待機していた店員に手洗いの場所を聞いた。

「ポルナレフ」
「あ?」
「注文はどうするんじゃ?」
「任せる。とびっきりのを頼むぜェ? フランス人の俺の口に合う、ゴージャスな料理をよ」

ニヤリと笑って奥の手洗い場へと向かっていくポルナレフの背をジョセフは口をあんぐりと開けて見る。何だそれはと言いたげなジョセフにメニューに視線を落としたままの花京院が「まあ何でもいいってことですよ」と口を開いた。

「彼の口に合うってことは……名前さんは何か食べたい物はありますか?」
「え…あ、私も何でもいいよ。典明に任せる」

さり気なくポルナレフを弄るような発言をした花京院は「すみません」と店員を呼ぶと、淡々と複数の料理を注文し始めた。そして数分後、テーブルの上に運ばれてきたのは――。

「美味しそうっ!」

香港の時とは違って目をキラキラと輝かせながらテーブルの上の料理を見る名前。
スパイスのいい香りがするチキンカレーに、美味しそうな焼き目のついたナン。羊肉の挽肉と野菜、香辛料を混ぜたものを串焼きにしたシシカバブなど、とても食欲を唆る料理の品々に名前はポルナレフが席に戻ってくるを今か今かと待ち望んでいた。

「……ポルナレフの奴遅いのぅ」
「どうします? せっかくの料理が冷めてしまうが、」
「ふむ、あいつのことだからそのうち戻ってくるだろ。それに…」

ジョセフはちらりと名前に目を向ける。
食べることが大好きな名前は「待て」と言われた子犬のようにソワソワしつつも、いじらしく食べるのを待っていた。極めて名前に甘いジョセフはその姿を見て可哀想だと思い、先に食べていようと皿に手を伸ばした。

「いただきますっ!」

行儀よく手を合わせた名前はナンを一口サイズに千切るとチキンカレーのルーに浸らせる。零れ落ちないようにそーっと口元まで運ぶと、パクリと口に放り込んだ。

「〜〜っ、美味しい!!」

途端に花が咲くような満面の笑みを浮かべて頬を押さえる名前に、ジョセフは「そうかそうか!」と嬉しそうに笑っていた。

「名前さんって美味しそうに食べますよね」
「そうじゃろう? それがまた可愛くて可愛くての〜!」
「…あいつの特技みたいなモンだ」
「……なんでJOJOが得意そうにしているんだ?」
「名前さんにもインド料理の良さが伝わりましたか!」

それぞれ思い思いに目の前の料理に舌鼓を打っていると、突然ポルナレフが奥の手洗い場から飛び出してきた。
彼はなぜか席に戻ることはせずにレストランの扉を勢いよく開けるとそのまま外に出て行ってしまった。あまりにも必死なその様子に名前達は顔を見合わせると後を追いかけるように店を出る。

「どうしたポルナレフ!」
「何事だ!?」
「ついに! やつがきたぜッ! 承太郎、お前が聞いたというスタンド使いが来たッ!」
「!」
「俺の妹を殺したドブ野郎〜〜ッ! ついに会えるぜ!」

ぐっと拳を握ったポルナレフの目は、復讐の炎を宿していた。

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