「ジョースターさん、俺はここであんた達とは別行動を取らせてもらうぜ」

街行く人々の腕を注意深く見ていたポルナレフは背後にいるジョセフに向かって静かに呟く。
この街に妹の仇がいると分かった以上は、相手が現れるのを待つより自分から探し出してやるとポルナレフはそうジョセフ達に話した。

「相手の顔もスタンドの正体もよく分からないのにか?」
「『両腕とも右手』と分かっていれば充分!」

探し出すと言っても全く手掛かりもなく、スタンドの対策も立てずに別行動を取ろうとするポルナレフを鋭い眼差しで見つめたアヴドゥルは「ミイラとりがミイラになるな!」と言い放った。

「ポルナレフ! 別行動は許さんぞ!」
「なんだと? おめー俺が負けるとでも!」
「ああ! 敵は今! お前を一人にさせるためにわざと攻撃をしてきたのが分からんのか!」

ポルナレフはアヴドゥルを睨み付けると元々DIOなどどうでもいいと、復讐のために旅に同行していただけだと肩を竦めた。

「ジョースターさんだって承太郎だって承知のはずだぜ。俺は最初から一人さ、一人で戦っていたのさ」
「勝手な男だ! DIOに洗脳されたのを忘れたのか! DIOが全ての元凶だと言うことを忘れたのかッ!」
「てめーに妹を殺された俺の気持ちが分かってたまるかッ!! 以前DIOに出会った時恐ろしくて逃げ出したそうだなッ! そんな腰抜けに俺の気持ちは分からねーだろーからよォ!」

売り言葉に買い言葉というようにポルナレフはアヴドゥルに向かって侮辱ともとれるような台詞を吐いた。
ポルナレフの言葉を聞いて今まで静観していた名前達に衝撃が走る。言われた当の本人は雷に打たれたような衝撃に襲われたのだろう。これほどないまでに目を大きく開いていた。

「……なんだと?」
「俺に触るな。香港で運よく俺に勝ったってだけで俺に説教はやめな」
「貴様!」
「ほお〜〜プッツンくるかい! だがな、俺は今のてめー以上にもっと怒ってることを忘れるな。あんたはいつものように大人ぶってドンと構えとれや! アヴドゥル」
「…こいつ!」

我慢の限界に達したのかポルナレフを殴ろうと拳を振り上げるアヴドゥルだったが、その腕をジョセフが掴んで止めた。

「ジョースターさん、」
「もういいやめろ。行かせてやろう…こうなっては誰にも彼を止めることはできん」
「………」
「…ポルナレフ……」

何も言わない承太郎と花京院に、泣きそうな表情でポルナレフの背を見る名前を見たアヴドゥルは自分の唇を噛み締めると「いえ…」と首を横に振った。

「彼に対して幻滅しただけです。あんな男だったとは思わなかった」

どんどん遠くなっていくポルナレフを見るアヴドゥルは、言葉とは対照的にどことなく悲しそうな表情を浮かべていた。


* * *


結局ポルナレフは一日経っても名前達の元に戻ってくることはなかった。それどころか宿泊するはずだったホテルにさえ来ていないようで、本当に彼は別行動を取っているようだった。
今すぐにでも探しに行きたい衝動に駆られたが、ジョセフに放っておけと言われた手前名前は何もすることが出来ないでいた。それは承太郎も花京院も同じ。
しかしアヴドゥルだけは違った。アヴドゥルはポルナレフに対して「幻滅した」と言ってはいたが、誰よりも彼を心配していたのだ。
誰にも言わずにホテルを飛び出して行ったアヴドゥル。それに遅れて気付いたジョセフは名前と承太郎、そして花京院と共に探しに行こうとカルカッタの街へ繰り出していた。

「二人ともどこにいるの…!」

名前は額に汗を浮かべながら一人街を走り回っていた。前日に降った雨のせいで道がぬかるんで走りにくいが、そんなことを気にしている暇はない。

「っ、……あれは…?」

休むことなく走っていた名前の目に人集りが映った。ざわざわとしている彼等は何かを囲むようにして集まっていて、傍から見ればその光景は普通ではなかった。
名前は何かあったのかとその人集りに近付いていく。「…すみません」と肉の壁を掻き分けて視線の集まっていた中央が見える位置まで進むと、突如目に入ってきたとある人物の姿に名前の目が零れ落ちそうなくらい大きく開かれた。

「……あ、…アヴドゥル…さん…」

人集りの中央に倒れていたのは名前が探していたアヴドゥルだった。額から血を流し、固く目を瞑っているアヴドゥルはまるで死んでいるかのようにピクリとも動かないでいた。

「アヴドゥルさんっ!!」

悲痛な声で名を叫んだ名前は勢いよくアヴドゥルの元へ駆け寄る。

「っ、ねえアヴドゥルさん! 起きて…起きてよ…ッ!」

ゆさゆさと体を揺するも額の傷が致命傷になっているのか、アヴドゥルの目は開かれることはなかった。もしかして本当に彼は死んでしまったのだろうか。
絶望の淵に立たされた名前の大きな目からボタボタと滴が零れ落ちる。それはアヴドゥルの服に吸い込まれていき、彼の赤い上着をより濃い色に染めていく。

『……』
「っ…な、に……」

俯いて嗚咽を漏らす名前の視界に、ホリィのスタンドを取り込んだ以来姿を全く現さなくなったスタンドである白いうさぎが、ちょこんと横たわるアヴドゥルの体の上に飛び乗ったのが入ってきた。
こんな時に何をと自分のスタンドながら眉を顰めて見つめていると、円らで真っ黒な瞳がきらりと光った。

「っ、いた…ッ!?」

その途端に背中に走った鋭い痛みに思わず息を止める。
何か鋭利な物で刺されたような痛みに慌てて背中を押さえるも、彼女の背から出血は確認できなかった。

「…な、なにを…したの…?」
『……』

痛みによって脂汗が滲む中で名前は自分のスタンドに問いかけるも、やはりと言うべきか答えは返ってこない。
ホリィの時のようにアヴドゥルから『魔術師の赤』を取り込んだ様子はないが、この体に走る痛みは何なのか。
困惑する名前をちらりと一瞥したうさぎは再びアヴドゥルへとその黒い瞳を向ける。そしてまたもや瞳が光輝き出したときーー。

「〜〜っ、う…あ、」

今まで体験したことのない頭痛が名前を襲った。
上手く息ができない、視界がぼやける……頭が割れそうだ。
体を襲う激しい痛みと自分に何が起きているのか分からないという恐怖で大粒の涙を流す名前。

「名前ッ!!」
「……じょうた、ろ……」

遠くから名前の名を叫びながら駆け寄って来る幼馴染みの姿を最後に、ぷつりと名前の意識は途切れた。


***


 ――名前。

ふわふわとする意識の中で誰かに名前を呼ばれる。顔は見えないがその声はとても優しくて、安心する声だった。

 ――名前

もう一度呼ばれる。先程よりはっきりと聞こえてきた声に名前はハッとした。
ああ、彼が呼んでいる。
名前は何度も自分の名を呼ぶ彼に答えるように口を開いた。

「……じょ、たろ……」
「! 名前…!」

掠れていて酷く小さいものではあったがしっかりと耳に届いてきた声に、承太郎は思わず椅子から身を乗り出す。
固く閉じられていた瞼を縁取る睫毛がふるりと一度震えたかと思えば、ゆっくりと瞼が持ち上がっていく。徐々に露になってくる蒼い目をじっと見つめていると、名前は「承太郎…?」と先程よりはっきりとした口調で承太郎の名を呼んだ。

「……あれ、わたし……、」
「……やれやれ。これで気を失ったお前を運んだのは二度目だぜ」

大きく溜息を吐いた承太郎は顔を隠すように帽子のツバを下げる。

「…ここは……?」
「病院だぜ」
「病院…、」

言葉を鸚鵡返ししながらぼーっと天井を見ていた名前だったが、突然カッと目を見開くと勢いよく体を起こして承太郎の胸元にしがみついた。

「っ、おい!」
「アヴドゥルさんは!? アヴドゥルさんはどこ…ッ!?」
「おい、落ち着け!」

半ばパニック状態に陥っている名前を自分から引き剥がして、承太郎は彼女の顔を両手で包み込む。

「名前落ち着け。いいか、俺の目を見てゆっくり深呼吸しな」
「っ、……はぁ…、」

承太郎の翠色の目を見つめながら言われた通り大きく深呼吸を繰り返した名前は落ち着きを取り戻したようで、承太郎の手に自分の手を添えると「……ごめん」と小さく謝った。

「倒れてるアヴドゥルさん思い出しちゃったから、つい…」
「…ああ。あの姿を見たら誰だって驚くだろーぜ。だが安心しな、アヴドゥルは無事だ」
「…え、…無事…?」

承太郎から出た「無事」という単語に名前は心底不思議そうな表情を浮かべる。そんなはずはと戸惑う名前に承太郎は訝しげにするも「嘘じゃねーぜ」と言うとアヴドゥルの様子を話し始めた。

「多少の出血はしていたが命に別状はないと医者が言っていた。今は輸血して眠ってるぜ」
「……怪我の状態は大丈夫なの?」
「怪我?」

今度は承太郎が不思議そうにする番だった。「何のことだ?」と疑問符を浮かべる承太郎に名前は自分の額を指差した。

「アヴドゥルさんの額に銃で撃たれたみたいな傷があったでしょ? 何ともないの?」
「…おいちょっと待て。お前さっきから何の話をしている?」
「だからアヴドゥルさんの怪我の話だってば!」

承太郎に伝わらないのがもどかしいのか少し声を荒らげる名前に承太郎は眉を顰める。
何かがおかしい。話が噛み合っていない気がすると感じた承太郎は、先程ジョセフとともに医者から聞いたアヴドゥルの様子を名前に聞かせることにした。

「さっきも言ったが…アヴドゥルは出血こそしてはいたがお前が言う額にも、体のどこにも外傷はなかった」
「っ、そんなわけない! だってアヴドゥルさんあの時額の傷からいっぱい血を流してたんだよ!?」
「…だから俺やじじいもおかしいと思っていたんだぜ。外傷もなければ内傷もねえ。なのにアヴドゥルは出血していた…」

一度承太郎は言葉を切ると大きく息を吐いた。

「…そんな芸当はとても普通の人間にはできねえ。つまり……アヴドゥルはスタンドにやられたと考えられる」
「…スタンドに……?」

恐らくポルナレフが追いかけていたスタンド使いに襲撃されたのではと話す承太郎だが、名前には彼の話は全く入ってこなかった。
なぜなら一つだけ心当たりがあったからだ。
あの時アヴドゥルに対して自分のスタンドは能力を使っていたではないか。その直後に背中と頭に痛みが走ったではないか。この状況はとてもホリィのスタンドを取り込んだ時と似ている。
もしかして…と名前の脳裏に過ぎった一つの考え。

「…ねえ承太郎」
「なんだ?」
「ジョセフおじいちゃん、呼んでもらえる?」
「……分かった」

突然雰囲気の変わった名前に何かを察知した承太郎は、ジョセフを呼ぶために名前の病室を後にした。

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