「名前ちゃん!」

承太郎に連れられ病室に入って来たジョセフは、起きている名前の姿を見るや否やその体を強く抱きしめた。
無事でよかったと自分を抱きしめてくるジョセフに「心配かけてごめんね」と名前は広い背中に手を回す。

「名前ちゃんに何かあったらわし、ひきつけ起こしそう」
「……笑えない冗談はやめて?」

至極真面目な声色で言うジョセフに苦笑いを浮かべた名前は優しくジョセフの胸を押す。すっと静かに離れていったジョセフに「話したいことがあるの」と名前が言うと、彼は頷き承太郎の隣にあった椅子に腰を下ろした。

「…じじいも呼んだってことは重要な話なんだろ」
「うん。私のスタンドの話」
「名前ちゃんの、スタンド…?」

疑問符を浮かべる承太郎とジョセフに頷いた名前は自分のスタンドである白いうさぎの話を始めた。

「二人とも白いうさぎの能力覚えてる?」
「…確かスタンドを取り込む…だったか」
「ああ。おかげでホリィの命が助かったわけだが、それがどうしたんじゃ?」
「……あのね、あの子もう一つ能力があるみたいなの」

名前の言葉に目を見張った承太郎とジョセフは互いの顔を見合わせる。

「もう一つだと?」
「スタンドを使ったのか?」
「使ったと言うか、勝手に使っちゃったと言うか…」

困ったように眉を下げた名前は意識をして白いうさぎを出すとその小さな体を抱くように持ち上げた。

「さっきちょっと承太郎にも言ったけど、私がアヴドゥルさんを見つけた時…額の傷から血を流してたんだ」
「! …傷じゃと?」
「うん……額と、多分背中にも傷があったんだと思う」

名前によって話されるアヴドゥルの状態に承太郎は険しい顔で腕を組み、ジョセフは「しかし傷なんてどこにも…」と困惑していた。

「…多分、この子が治したと思うんだ」
「なに!?」
「怪我を治す、だと…!」

驚愕に目を開くジョセフと承太郎を横目に「そうだよね?」と名前がうさぎに尋ねると、肯定するようにすりっと手に頭を擦りつけた。

「やっぱりか〜」
「ど、どういうことじゃ名前ちゃんッ!」
「…一人だけ納得してるんじゃあねーぜ」
「あ、ご…ごめんネ?」

やっぱりそうだったのかと納得する名前にジョセフは身を乗り出し、承太郎は鋭い視線を彼女に向ける。二人の様子に咄嗟に謝った名前はこほんと一つ咳払いをすると二人に説明を始めた。

「本来アヴドゥルさんは額と背中に傷を負っていて、そこから出血していたの」
「…ふむ、」
「だけど私のスタンドがその傷を治したから、病院に運ばれた時には傷もないのに出血していた奇妙な状況になったんだと思う」
「なるほどな。それだったら不可解な点の合点がいくか」
「うむ、アヴドゥルの出血の謎は分かったが……なぜ名前ちゃんまで気を失っていたんだ?」
「…聖子ママのスタンドを取り込んだ時、私にも同じ症状が出たの覚えてる? 高熱が出たりとか…」
「ああ。そのせいでぶっ倒れたんだろ」
「そう。今回もそれとすごく似てたんだ。アヴドゥルさんにこの子が能力を使ったら背中と頭に激痛が走ったの」

名前は肩を竦めると「それで気絶しちゃったみたい」と困ったように笑った。その姿を見た承太郎は眉間に深い皺を刻んだ。

「…その話だとアヴドゥルの怪我をお前が取り込んだってことになるが?」
「うーん、それはちょっと違うかも…」

煮え切らない返事をする名前にどういうことだと睨み付ける承太郎。そんな彼に名前は自分の前髪を上げると露になった額を見せつけた。

「私の額にも傷ないでしょ?」
「……ああ」
「背中も痛みが走った時触ってみたけど血は出てなかったの」
「…ふむ、傷はないが痛みを感じると…」
「だから結論を言うとね、私のスタンドのもう一つの能力は……怪我を治して相手の痛みを取り込むことなんだと思う」

膝の上にいる白いうさぎを見て名前が「あってる?」と尋ねれば、うさぎはこくりと頷いて見せた。

「怪我を治して相手の痛みを取り込む能力、か…」
「…やれやれ。随分と自己犠牲の強いスタンド能力だな」
「でもこれから怪我しても治せるからよかったね!」

にこにこと笑いながら「私が痛みを我慢すればいいだけだし」と言う名前にジョセフと承太郎は再び顔を見合わせる。

「…それなんだがな、名前ちゃん」
「なに?」
「その能力はあまり使わないでいてくれんか?」
「! どうして…?」

真剣な表情で見つめてくるジョセフに名前は戸惑いながらもなぜ使ってはいけないのかとジョセフに尋ねる。

「一番は名前ちゃんの体に負担が掛かるからだ。傷はできないにしても痛みはある」
「だからそれは私が我慢すれば…!」
「わしらの中にそこまでして怪我を治してほしいと思う奴がいると思うか?」
「っ、それは…」
「わしや承太郎はもちろん、花京院やアヴドゥル…それにポルナレフだってそう思わないんじゃあないかな」
「……」

ジョセフの言う通り、彼らならどんなに怪我をしてたって治してくれなんて言わないだろう。その証拠に承太郎に目を向けると彼は「傷は男の勲章なんだぜ」と言って口角を上げていた。

「今回アヴドゥルが少しの出血で済んで助かったのは名前ちゃんのおかげだと、それは充分分かっておる。それに関してはありがとうと君に伝えたい」
「っ、ジョセフおじいちゃん…」
「だが、今後その能力を使うのは反対じゃ。先程も言った通り一番は名前ちゃんの負担になるからだが……もう一つ危険なのはDIOの刺客に知られることだ」

ジョセフの鋭い眼差しに名前は息を飲む。
そのような目でジョセフから見られたことのない名前は、承太郎ととても似ている翠色の目から視線を離せなかった。

「…承太郎から聞いておる。DIOの奴は名前ちゃんを喉から手が出るほど欲しているらしい」
「! …な、なんで…?」
「理由はまだ分からん。ただ…送り込まれてくる刺客達に名前ちゃんに傷をつけずに連れて来いと命令しているようじゃ」
「…っ……」
「しかし…皆が皆、DIOに忠誠を誓っているわけではない。特に金で雇われた者達は何をしてくるか分からん。そんな奴らに名前ちゃんの能力を知られたら悪用され兼ねん」

ジョセフが言った「悪用」という言葉に、名前の脳裏には終わることの無い痛みを与えられ続ける自分の姿が過ぎる。その途端名前の体はガタガタと大きく震え始めた。

「…あ、…わ、わたし……っ!」
「…すまん、怖がらせてしまったようじゃな。でも、スタンド能力を他の者に知られるということがどれ程危険か理解してもらえたかな?」

先程とは打って変わって優しい表情を浮かべるジョセフに名前はこくこくと首を縦に振った。

「そうならないためにも約束してくれんか? 今後スタンド能力を使用しないことを」
「…で、でも勝手に出て来ちゃったら……?」
「スタンドは己の精神力なんだ。名前ちゃんがしっかりとわしとの約束を守っていればスタンドもそれに応えてくれるじゃろう」
「……分かった」

しっかりと頷いた名前を見て「やっぱり名前ちゃんは良い子じゃの〜!」と小さな子供にするようにぐりぐりと頭を撫でるジョセフ。そんな彼に名前は恥ずかしくなってバッとシーツを頭に被った。

「……名前。お前は何も心配しなくていい。俺がお前を守ってやるぜ……DIOなんかには渡さねえ」

シーツ一枚で隔てられた外から聞こえてきた承太郎の声と言葉に、名前はシーツの中で顔を真っ赤に染めていた。


* * *


ジョセフの提案によりアヴドゥルは死んだという体でエジプトへ向かう旅を一時離脱する事になった。
暫く会えなくなるアヴドゥルと別れの挨拶を済ませた名前と承太郎とジョセフの三人は、花京院とポルナレフの二人と合流しようと再びカルカッタの街を探し歩いていた。

「野郎! 逃げる気かッ!」

大通りに繋がる細い路地を歩いている三人の耳にポルナレフの声が届いてきた。次いで誰かの走る足音が聞こえてきたため、承太郎が名前の前に出る。
徐々に近付いてくる足音に名前が承太郎の背に隠れたまま注意深く曲がり角を見ていると、カウボーイハットを被った一人の男が名前達のいる路地に入ってきた。

「なにッ!」

男は承太郎とジョセフを視界に入れた途端走る足に急ブレーキをかけるが、既に承太郎の腕の射程内に入ってしまったため顔面に拳を叩き込まれ後ろへと吹き飛んで行った。

「ああ! ジョースターさん! 承太郎!」

男を追って来た花京院は承太郎とジョセフの姿を見て嬉しそうに声を上げる。そして承太郎の背後から現れた名前に怪我のない様子が見てとれたため安堵の息を吐いた。
承太郎に殴られ地面に倒れたまま悲鳴を上げる男を一瞥したジョセフは、花京院とポルナレフに視線を移すと「アヴドゥルのことは既に知っている」と口にした。

「彼の遺体は簡素ではあるが埋葬してきたよ」

ジョセフの言葉に唇を噛みしめた花京院とポルナレフは鋭い眼光で男を睨み付ける。

「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが、直接の死因はこのホル・ホースの弾丸だ」

名前達に囲まれ情けなく悲鳴を漏らす男ーホル・ホースを見て「この男をどうする?」と皆に尋ねた花京院に答えたのはポルナレフだった。

「俺が判決を言うぜ……『死刑』!」

声高らかに叫んだポルナレフは『銀の戦車』を出現させてホル・ホースに攻撃をしようとするが、突然どこからともなく現れた一人の少女がポルナレフの脚にしがみついた。

「お逃げください! ホル・ホース様!」
「な! なんだあーッ! この女はッ!」

少女はヒシッとポルナレフの脚にしがみついたままホル・ホースに向かって愛の告白とも言える言葉を吐き、早く逃げてくれと叫んだ。
ポルナレフは少女を振り払おうと脚を動かすが、ありったけの力を込めているのか少女の体は離れることはなかった。

「承太郎! 花京院なにやってんだよッ! ホル・ホースを逃がすなよ!」
「もう遅い」
「あっ!」

承太郎が見ている先にはいつの間にか用意していた馬に跨ったホル・ホースの姿があった。

「逃げるのはおめーを愛しているからだぜベイビー。永遠にな!」
「うわぁ…嘘くさい…」
「…とんでもない男ですね、」

馬の手綱を引いて颯爽とこの場を去っていくホル・ホースを何とも言えない目で見る名前と花京院。その横で少女を脚に引っ付けたまま何とか前へ進もうとするポルナレフがいた。

「ああ……ううっ」
「『ああ』じゃねえッ! こ…このアマあッ!」

ホル・ホースを逃がしてしまったことで苛立っているポルナレフはいつまでも自分の脚にしがみつく少女に手を上げそうになっていた。そんな彼をジョセフが止める。
攻撃をする意思を見せなかったホル・ホースをもう追う必要はないと、彼ばかりに構っていられないと話すジョセフは、ポルナレフに引きずられたことで怪我をしてしまった少女の手当てを始めた。

「アヴドゥルはもういない…しかし先を急がねばならんのだ……」
「……」

自分の着ていたシャツを破いて慣れた手つきで止血をするジョセフを、少女は何の感情も窺えない顔でじっと見つめていた。

back
top