DIOを倒すには心を一つにするのが大切だ、勝手な行動はするなよと大口を叩いて歩くポルナレフに苦笑しながらも、名前達はカルカッタの街から出て聖地ベナレスへと向かうことに。
名前は貸切状態のバスに乗ってあちこちで行われている修業者の荒行を若干引きながら眺めていた。

「噂には聞いたことありましたが、まさか本当にやっているとは」
「……痛そうだね」
「彼らは痛みを感じないらしいですからね」
「ええ、うそだぁ…」

名前は痛そうに顔を歪めて顔中に針を刺している修業者を見ながら隣に座る花京院と話をしていたが、前の座席に座るジョセフが自分の腕を承太郎に見せているのが目に入った。

「わ、ジョセフおじいちゃんその腕どうしたの?」
「腫れてますね」
「虫に刺されたと思っていたところにバイ菌が入ったらしい」

後ろに座る名前達にも見えるように体の向きを変えたジョセフの腕には、虫刺されにしては大きな腫瘍のようなものができていた。

「それ以上悪化しないうちに医者に見せたほうがいい」
「これ、なんか人の顔に見えないか?」
「おい! 冗談はやめろよポルナレフ!」

確かにポルナレフが言ったように人の顔に見えなくもない。しかし自分の腕に奇妙な腫れ物ができてしまったジョセフは一段と嫌がっていて、花京院に言われた通りベナレスに着いたら医者に見せると言ってこの話は終わっていった。
ちらちらと何度か自分の腕を気にする様子を見せるジョセフを、バスの後方に座っていた少女―ネーナはじっと見つめていた。


* * *


聖地ベナレスに到着した名前達はそれぞれ別行動を取ることになった。
ジョセフはバスの中で話した通り医者へ。承太郎と花京院は街を見回りつつ次の地へ移動するための移動手段を探しに。そして名前とポルナレフはベナレスに家があると話したネーナを家に送るために街を歩いていた。
地元の商人や観光客で賑わう街並みを楽しそうにきょろきょろと見回して歩く名前とは反対に、ネーナにだけ熱い視線を送るポルナレフは彼女を口説こうとしていた。しかしネーナはホル・ホースにしか興味はないのかポルナレフのことを完全に無視していた。

「ん〜〜? なにかポリ公どもが騒がしいな」
「なんか事件でもあったのかな?」
「……」

三者三様に街を歩く中、名前達の耳にパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
三人がいる場所からそう遠くない場所で鳴り響くサイレンに名前は何か事件が起きたのかと心配そうに音の方を向くが、ポルナレフはすぐに切り替えると再びネーナを口説き始めた。

「昔どんな男と付き合ってたって気にしないぜ。大切なのはこれからよ! 気持ちが通じ合うかどーかだよなァ」
「あっ、あそこ見てください」

今まで頑なに口を閉じていたネーナは大きな声を上げると、ある一点を指差した。その声と指先に釣られて名前とポルナレフは彼女が指差す方へ視線を向けると、一軒の小さなホテルが目に入ってきた。
なんでも日本人の女性が経営しているホテルらしく、なぜこのタイミングでネーナがその話をしたのかは分からないが二人は「へえ〜」と声を揃えて気のない返事をした。
そんな名前とポルナレフの後ろを駆け抜けていったジョセフをちらりと見たネーナは、行きましょうとポルナレフの手を取り歩き始めた。


* * *


「もうっ、ポルナレフどこに行ったの…!」

怒りを隠すことなく顕にした名前はベナレスの街を歩き回りながらいつの間にか消えていたポルナレフとネーナの姿を探していた。
人を惹きつける容姿と恰好をしている名前は地元民やら観光客から声を掛けられる回数が多く、その度相手を気遣いながら断ることがお馴染みになってきたのだ。
今回もそれが何回か続き、先程執拗に話し掛けてきた観光客の男を何とかあしらってポルナレフとネーナがいた方へ視線を向けると、そこに二人の姿はなかった。

「……先にホテルに帰ろうかな」

暫く探し回ってみたが結局ポルナレフとネーナの二人の姿を見つけることが出来ず、名前は大きな溜息を吐くとホテルのある方へと足の向きを変える。
承太郎と花京院の二人と合流しようにもどこにいるか分からないし、ジョセフもきっと今頃治療を終えて街に出てしまっただろう。下手に探して自分が迷子にでもなったらそれこそ承太郎に怒られ兼ねないため、名前はとぼとぼとホテルに向かって歩き出した。

 ――名前。

「…ん…?」

街を歩く名前の耳に自分の名を呼ぶ声が届いてきた。もしかして誰か近くにいるのかと辺りを見回してみるが、どこにも彼らの姿はない。

「(気のせいか、)」

 ――名前。

「っ…!」

空耳かもしれないと気に留めることなく止めていた足を再び動かそうとした時、またもや名を呼ぶ声が聞こえてきた。しかも今度は先程よりはっきりと…自分の横から聞こえてきていた。
バッと勢いよく横を向いた名前の目に映ったのは一軒の電気屋だった。何の変哲もない街の電気屋だ。
外から見えるようにショーウィンドウに飾られた最新型のテレビ。名前はなぜだかそのテレビから視線を離せなかった。

「…っ、…」

じっと現地で放送されている番組が映るテレビを見ていると、誰も触っていないはずなのにザザッとチャンネルが回り始めた。ザッピングをするようにゆっくりと変わっていたチャンネルは徐々に目を回しそうな程早く変わり始める。
――この場にいてはいけない。
名前の頭の中に警鐘が鳴り響くが、足は地面に縫い付けられているかのようにピクリとも動かなかった。

『……ああ、私の名前』

ぷつりとテレビが消えた。……いや、違う。
電源が落ちて消えたのかと思われたテレビは真っ暗な闇を映していたのだ。
飲み込まれそうな闇が画面いっぱいに映し出される中、突如現れた美しい金色の髪を持った一人の男。

「っ、…ぁ……!」
『ふふ、その表情も実に愛らしい』

男は光の加減で紅色にも見える琥珀色の目を細めて、端正な顔を至福そうに歪めた。吊り上がった唇から鋭く尖った犬歯がちらりと見える。
そのことに気が付いた名前はテレビに映る男が誰だか分かってしまった。金髪に琥珀色の目。鋭い牙に、極めつけは首元にある歪な形の繋ぎ目。そうだ、この男は間違いなく――。

「……で、DIO…ッ…!」

震える喉から何とか絞り出して目の前の男―DIOの名を呼んだ名前に、DIOは声を上げて笑うと色欲の孕んだ瞳で名前を見つめた。

『お前の声で名を呼ばれるのはとても気分がいい!』
「っ、……なにを、言って…!」
『本当のことだぞ?』

ニヤリと妖しく笑うDIOを見た名前は息を飲む。今までこんなに危うさと色気を放つ男を見たことがない。
たらりと冷や汗を流して自分を警戒する名前にDIOは『そう構えるな』と笑った。

『俺はお前に手を出さん』
「…えっ…?」

思わぬDIOの言葉に名前は目を見張る。
承太郎やジョセフが言うにはDIOはなぜだか分からないが、自分に執着しているはずだ。しかし今目の前のテレビに映る男は手を出さないと言った。
困惑する名前を余所に、DIOはふっと微笑み腕を組んだ。

『俺が手を出さずとも、名前……お前は自ら俺を求めるようになる』
「っ、そんなことあるわけ…ッ!」
『…知りたくはないか? 自分が何者なのか、を』
「!?」
『ジョセフ・ジョースターや空条承太郎にも知り得ない名前の秘密を、私は知っている』

得意そうに笑うDIOに名前の動悸がより激しいものになる。
彼の言う通り昔から自分の特異な体質のことは気になっていた。両親と全く似ていない容姿や、日光に弱い肌。他人より高い身体能力と治癒力。そして同性である女性はおろか異性である男性より何倍もある力。
知りたいことだらけなのに誰もそのことには答えられなかった。しかし、DIOの元へ行けばこの長年の疑問を解消できるのでは……?

「……ほ、ほんとに…分かるの…?」
『本当さ。さあおいで? お前が望むもの全てを教えてやろう』

戸惑いに揺れる名前の蒼い瞳を見て愛おしそうに微笑んだDIOは誘い出すように手を伸ばした。
冷静に考えれば相手はテレビの中だけにいる人物。だからその手を取れるはずないのだが、今の名前には正常な判断ができないでいた。
そろそろと腕をDIOに向けて伸ばす名前。そんな彼女を見てほくそ笑んだDIOだったが、突如鼓膜を揺らした第三者の声に名前の腕は動きを止めた。

「名前…?」
「……あ、承太郎…」
「こんな所で何してやがる」
「……なにって、あれ…?」

パチパチと瞬きをした名前は不思議そうに承太郎とテレビに向かって伸ばされた自分の手を見る。

「…あれ、私何してたんだっけ…?」
「……」
「んん〜、何かポルナレフとはぐれちゃって、見つからないからホテルに戻ろうとしたところまでは覚えてるんだけど…」
「……やれやれ。とうとう頭がイっちまったようだな」
「むっ…失礼だな!」

馬鹿にするように鼻で承太郎に笑われた名前は頬を膨らます。確かになぜ自分の行動を思い出せないのか不思議ではあるが、さすがにまだボケるには早すぎる。
仕返しとしてコツコツと爪先で承太郎の脚を蹴っていると「おーい!」と背後から花京院の声が聞こえてきた。

「JOJO! 置いていくだなんて酷いじゃあないか!」
「花京院が遅いだけだろ」
「君の代わりにナンパしてきた女性達をあしらってたんだろう…」

どことなく疲れたような表情を浮かべる花京院に、その気持ちと気苦労が分かる名前は彼の背をぽんっと叩くと「お疲れさま」と労りの言葉を掛けた。

「…ありがとうございます。誰かと違って名前さんは優しいですね」
「……ふん」

ジトリとした目で承太郎を見るも彼は「知ったこっちゃねえ」とでも言うように花京院から顔を背けてしまった。

「典明も疲れてるみたいだし、私もなんか無駄に疲れちゃったから三人でホテル戻ろうよ!」
「…そうですね。ホテルでゆっくり過ごしましょうか」
「おい名前、お前ポルナレフはいいのか?」
「いいのいいの! 女の子口説くのに忙しいみたいだから!」
「……またか」
「懲りない男ですね」

承太郎と花京院に挟まれて歩く名前はデレデレとするポルナレフを思い出して「…ほんとに懲りないよね」と呆れた目をしていた。

 ――愛しい名前よ。私はお前が来るのを待っているぞ。

「!」

名前はくるりと後ろを振り返るが、やはりそこには誰の姿もなかった。

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