承太郎の鶴の一声により車に乗せてもらえることになったアンは、名前の膝の上に座って上機嫌に話していた。

「だってあたし女の子よ。もう少し経てばブラジャーだってするしさ、男の子のために爪だって磨くわ!」
「…うん」
「そんな年頃になって世界を放浪するなんてみっともないでしょ。今しかないのよ今しか! 家出して世界中を見て回るのは…! そう思うでしょ?」
「そ、そうだね」

興奮気味に語るアンに名前は困惑しながらも相槌を打つ。男四人はそもそも最初から話を聞く気はないようで運転に集中したり、あまり変わり映えのしない景色を静かに眺めていた。
それでも皆に話し掛け続けるアンの声に重なるように突然車のクラクションが鳴り響いた。

「…あれ、さっきの車だよね…?」

名前が後部座席から顔を覗かせるように後方を見てみると、先程ポルナレフが追い抜いた赤い車がピッタリと車間を詰めて後ろを走っていた。

「急いでるようだな」
「ボロ車め! トロトロ走りやがったくせにピッタリ追いすがりやがって何考えてんだ?」
「ポルナレフ、片側に寄って先に行かせてやりなさい」
「ああ……」

トラブルは避けろと先程ジョセフが言っていたのを思い出したポルナレフは、窓から手を出すと「先に行け」と指をくいっと動かした。
ポルナレフの合図に気付いた後ろのドライバーはライトを二回点滅させると名前達の乗るランクルの前に出た。
しかしそのまま走り去るのかと思いきや、前に出た赤い車は今度はスピードを落としてトロトロと走り始める。

「! おいおい、どういうつもりだ?」
「ポルナレフ。君がさっき荒っぽい事やったから怒ったんじゃあないですか?」
「……運転していたヤツの顔は見たか?」
「いや…ホコリまみれのせいか見えなかったぜ」
「お前もか……まさか追手のスタンド使いじゃあないだろうな」

赤い車の異様な動きに全員が注意深く見ていると、運転席の窓が下がってドライバーの太い腕が露になった。
何をしてくるのかと固唾を飲んでドライバーの行動を見守る中、その腕はポルナレフが先程譲った時のように指をくいっと動かしただけだった。

「プッ! 先に行けだとよ。どーやらてめーの車の性能がボロくてスピードが長続きしねーのを思い出したらしいな」

最初から後ろを走っとけと悪態を吐いたポルナレフは追い越そうと赤い車の横に車体を出した。しかし視界に入って来た光景に目を大きく見開く。

「なにィ!!」

名前達の目に映ったのは対向からやって来る大型トラックだった。
このままじゃ正面衝突してしまうと名前達が顔を青褪めさせたその時、承太郎の『星の白金』が二台の車の間に入って拳を繰り出した。

「っ…!」

パワーのある『星の白金』に殴られた衝撃で重量のあるランクルが宙に舞う。そのあまりの衝撃で名前とアンの体は座席から浮き上がってしまったが承太郎は名前を、ジョセフがアンの体を支えたために投げ出されることはなかった。

「あっ、危ねえッ!」

空中で一回転した車はもの凄い衝撃と共に道路へと着地した。

「っ、こ…こわすぎる、」
「……大丈夫か?」

腕にしがみつく名前を心配するように覗き込む承太郎。名前はこくこくと頷いてはいるが余程吃驚したのだろう、これ以上ないほどに目を大きく開いていた。

「承太郎の『星の白金』のパワーがなかったら俺たち……グシャグシャだったぜ」
「どこじゃ!? あの車はどこにいるッ!」
「どうやらあのまま走り去ったらしいな……どう思う?」

承太郎は今の赤い車のドライバーが追手のスタンド使いだと思うか、ただの悪質な難癖野郎だと思うかと尋ねた。

「追手に決まってるだろーがよォーーッ! 俺たちは殺されるところだったんだぜッ!」
「だがしかし…今のところスタンドらしい攻撃は全然ありませんでしたよ」

増々謎が深まっていく赤い車とそのドライバーだが、もし次現れて何か害になる行動を一つでも取ったら、追手のスタンド使いだと見なして躊躇いなく倒そうという話に落ち着いた。
『星の白金』に殴られてボンネットはぐちゃぐちゃに破損してしまったがエンジンは無事だったようで、名前達は随分と不格好になってしまったランクルでパキスタンを目指した。


* * *


先程の一件以来何事もなく走り続けていると、街道に茶屋があるのが目に入って来た。
ゆっくり移動すればあの赤い車と会わなくて済むだろうということで、名前達はその茶屋に寄ることに。

「…あ、」

街道にある茶屋のため立ち寄るのは休憩をとるドライバーが多い。名前達の他にも数人の男が煙草を吸ったり飲食したりしていて、何気なくその男達の方をちらりと見た名前は一人の男と視線がかち合った。
茶屋にいる男達の中では比較的細身で若い男は名前と目が合うとにこりと微笑み手を振ってくる。さすがに目が合って手を振られては無視するわけにもいかず、名前も控えめだが男に手を振り返しているとずいっと目の前に液体の入ったコップが差し出された。

「典明?」
「名前さんもどうぞ? 何でもおすすめの砂糖きびジュースらしいです」
「へえ…!」

甘くて美味しよと笑う店主に名前はコップに注がれた薄い緑色のジュースを飲もうと花京院からそれを受け取る。

「なにッ!」

名前がコップに口をつけた時、ジョセフの驚く声が聞こえてきた。
ジョセフは名前達の背後を見て驚いているようで、彼に伴い名前達も後ろを振り返ってみると、木の陰にあの赤い車が止まっていた。

「やっ、やつだッ! あの車がいるぞッ!」

承太郎とポルナレフが車の中を確認するがそこにドライバーの姿はなく、そうなるとこの茶屋にいる男達の中に赤い車のドライバーが紛れているということになる。

「おやじッ! ひとつ聞くッ! あそこに止まっている古ぼけた車のドライバーはどいつだ!?」
「さ……さあ、いつから止まっているのか気が付きませんでしたが…」
「…どうするの?」
「惚けて名乗り出てきそうもないですね」
「フザケやがってッ!」

スタンド使いかと聞いても素直に答える者などいる訳がない。しかし誰が追っ手であるか確かめないと安心して国境を越えられないのは事実である。

「この場合やることは一つしかないな? 承太郎…?」
「ああ、一つしかない……無関係の者はとばっちりだが、全員ブチのめすッ!」
「え!?」

承太郎のその一言により彼とジョセフ、ポルナレフの三人は茶屋にいた男達を締め上げ始めた。突然の彼らの行動に名前と花京院は慌てて止めようとするも、三人とも聞く耳を持たない。

「承太郎やめろ! ジョースターさんあなたまでッ! やりすぎです!!」
「てめーのような面が一番怪しいなあ〜! 名前に色目使いやがってよォ〜!」
「な、なに!?」
「ちょっとポルナレフ!?」

後半は確実に私怨になっているが、名前に手を振っていた若い男を殴ろうとするポルナレフを名前は後ろから羽交い締めにする。

「やめなって……!」

離せと暴れるポルナレフを押さえつけている名前の耳にエンジン音が聞こえてきた。
その音に勢いよく後ろを振り返ると、無人のはずの赤い車からドライバーの腕が見えた。いつの間に戻っていたのだろう。承太郎達は茶屋にいた男達の胸ぐらを掴んだまま呆然と車を見つめていた。
そんな彼らを嘲笑うかのようにエンジンを吹かしたドライバーは、そのまま街道を走り去っていった。

「お…俺たちひょっとしておちょくられたのか!?」
「誰かやつの顔を見たか!?」
「い…いや、またもや腕だけしか見えなかった」

奇襲するでもなく戦いを挑んでくるわけでもない。頭の可笑しいドライバーのような追っ手のような赤い車のドライバーに花京院は酷く困惑していた。
そんな花京院を余所にポルナレフはドライバーを捕まえてハッキリさせなければ気が済まないと、いの一番に運転席へと乗り込む。名前達もポルナレフに続いて乗り込めば、ポルナレフはもの凄い手際の良さでランクルを発進させた。

「くそォ…あのボロ車山道でデコボコなのにやけにスピードが出るじゃねーか」

最初にトロトロと走っていたのが嘘のようにスピードを出す赤い車は二又になっている道まで来ると、パキスタンと書かれた矢印型の看板が指し示す方へハンドルを切った。もちろんポルナレフも同じ方向へハンドルを切る。
全く縮まらない車間距離にもどかしさを感じつつもひたすら赤い車を追い掛けていると、花京院が地図を見ながら「おかしいな」と頭を捻っていた。

「地図によるとこの辺のパキスタンへの道はトンネルがあって鉄道と並行して走るはずなんだが……」

一向に見えてこないトンネルに疑問符を浮かべる花京院だったが、ポルナレフはどうでもいいと一蹴する。

「野郎ッ! あそこの…次のカーブで絶対とらえてやるぜッ!」

カーブを曲がる時に多少スピードは落ちる。ポルナレフはそこを狙って自分はスピードを落とすことなくカーブを曲がることにした。しかし、その判断は間違いだったと目の前に現れた崖によって突き付けられてしまった。

「ば…馬鹿なッ! 行き止まりだッ!」

咄嗟の判断でブレーキを踏んでハンドルを切ったことによりランクルは崖のギリギリで止まり、何とか落ちずに済んだ。
バクバクと煩いくらいに高鳴る鼓動を抑えながら、落ちなかったことに名前は安堵の溜息を吐く。

「やつがいないッ! や…やつはどこだ!? カーブを曲がった途端消えやがった? 車じゃ吊り橋は渡れないし……」
「まさか墜落していったんじゃあねーだろーな」

忽然と姿を消した赤い車に承太郎達が息を飲んでいると突然ガツンと車に衝撃が走った。
背後から大きな衝撃に襲われた名前達は慌てて振り向く。するとそこには消えたはずの赤い車があり、その車体で名前達の乗るランクルを崖に落とそうと押してきていた。

「やつが後ろからブツかって来たッ!」
「し…信じられん! 一本道だぞ!? どうやって我々の後ろに回り込んだんだッ!」
「もっ…ものすげー馬力で押して来やがるッ!!」

ギアをバックに入れてアクセルがめいいっぱい踏み込まれているランクルを、それよりも小さな車がどんどん崖へと押していく。

「おっ…押し返せねえッ! 戦車かその車のパワーはッ!」

全てのタイヤに力が入る四輪駆動のタイヤが空回りを始めたことに焦ったポルナレフは承太郎の『星の白金』で赤い車を壊せないか聞いてみるも、殴った反動がこのランクルにも伝わって崖に落ちてしまうと承太郎に言われてしまった。

「それじゃあもうだめだ!! みんなッ! 車を捨てて脱出しろッ!」
「っ!? ま、待ってポルナレフ…ッ!」

前輪が崖から飛び出してしまっているランクルにいつまでも乗っていては落ちてしまうと、シートベルトを外してドアを開けようとするポルナレフを名前は顔を真っ青にして呼び止めた。

「ドライバーがみんなより先に運転席を離れるか普通は……!? 誰がこのランクルを踏ん張るんだ!?」
「えっ」

隣に座る花京院に指摘されたポルナレフはピシリと体を固めた。
外に出ようとしたせいで足はアクセルから離れてしまっている。そうなると当然車体はぐらりと前に傾いていくわけで、頬を引き攣らせ冷や汗を流すポルナレフは「ご…ご、ごめーーん」と情けない声で謝罪をした。

「……もう、やだ……」

本日二度目の浮遊感に襲われた名前は、ハイライトを無くした瞳でぼーっと虚空を見つめていた。

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