「うわああああっ!」

崖下に真っ逆さまに落ちていく車内にポルナレフの絶叫が響き渡る。胃を襲う浮遊感にアンはジョセフにしがみつき、名前は現実を逃避しているのかぼーっとしていた。

「『法皇の緑』!」

そんな中花京院は自分のスタンドを出現させると、崖上にいる赤い車へと『法皇の緑』を伸ばしていく。

「花京院やめろッ! お前の『法皇』は遠くまで行けるがランクルの重量を支えるパワーはないッ! 体がちぎれ飛ぶぞ!」
「ジョースターさん、お言葉ですが僕は自分を知っている…馬鹿ではありません」

花京院がそう言うと『法皇の緑』は赤い車を掴むのではなく、ランクルから取り出していたワイヤーウインチを引っ掛けていた。
花京院の機転により名前達は崖下に激突という最悪の事態を免れた。

「フン! やるな…花京院」

ニヤリと口端を上げた承太郎は、急に落下を止めたランクルに現実へと戻って来て驚いている名前の体を引き寄せると、「ところでお前相撲は好きか?」と花京院に尋ねた。

「特に土俵際の駆け引きを………手に汗握るよなあッ!」

花京院によって赤い車に繋がったワイヤーウインチを掴んだ『星の白金』は思い切りワイヤーを引いた。強い力で引かれたおかげでランクルは反動で重力を無視するように宙に浮き上がった。そしてそのまま場所を入れ替えるように赤い車のボンネットを殴るとランクルは崖上に、赤い車は崖下へと立場を入れ替えた。
ガシャンと大きな音を立てて地面に着地したランクルに、名前は承太郎の腕の中で呆然としていた。そしてぶつけた頭を擦りながら先程承太郎に尋ねられた花京院はふっと笑った。

「相撲大好きですよ。だけど承太郎、相撲じゃあ拳で殴るのは反則ですね」

おどけたように言う花京院に承太郎はまたもやニヤリと笑った。

「しかしスタンドらしき攻撃は全然なかったところを見ると、やはり頭のおかしい変質者だったらしいな」
「ああ…どっちにしろこの高さ…もう助かりっこねーぜ。ま、自業自得というヤツだが」
「…でもどうして一本道なのに後ろに回れたんだろうね」

いつの間にか背後に回っていたトリックが分からず首を傾げる名前の横でアンも「不思議なのォ…」と呟いていた。

『少しも…不思議じゃあ……ないな』

アンの呟きに誰かが答える。
ザザッとノイズ混じりの声は勝手についたランクルのラジオから聞こえて来ていて、突然の現象に名前達は身を固くする。

『「車輪」…「運命の車輪」……スタンドだからできたのだッ! ジョースター!』
「なにィーーッ!!」

ただの変質者だと思われていた赤い車のドライバーはやはり追手のスタンド使いだった。どこから電波を流しているのかと花京院やポルナレフが辺りを見渡す中、承太郎はじっと崖の方を見ていた。

「車自体がスタンドの可能性があるぜ」

承太郎はベトナム沖で出会ったオラウータンが持つ『力』のスタンドの話をした。船というスタンドがあるのなら車のスタンドがあってもおかしくはないと。

『「運命の車輪」…これが我が……スタンドの暗示』
「『運命の車輪』!!」

ジョセフがラジオから流れる言葉を鸚鵡返しした瞬間、突然の地鳴りが名前達を襲った。
どんどん近付いて来ている音にこのままではまずいと感じたポルナレフが車に乗れと指示を出す。

「いや乗るなッ! 車から離れろッ!」
「っ、まさか…!」
「地面だッ!」

承太郎と花京院の読み通りランクルがあった場所の地面から崖に落ちたはずの赤い車が現れた。崖下から地面を掘ってここまで登ってきた車に驚いていると、ぐしゃぐしゃに壊れていた車は新品のように綺麗に戻っていった。

「じょっ、承太郎の言う通りこれで完全に車自体がスタンドということが分かったぜッ!」
「本体のスタンド使いは中にいるようだッ!」
「! 眩し…っ!」

唐突にライトを点灯した『運命の車輪』は車の前方部分を牙の生えた獣の口のように変形させた。

「変形したッ! 攻撃してくるぞッ!!」
「力比べをやりたいと言うわけか……」
「やめろ承太郎! まだ闘うなッ! やつのスタンドの正確な能力が謎だ!」

正面から走って来る『運命の車輪』に立ち向かおうとする承太郎を能力を見極めてから闘えと止めるジョセフだったが一歩遅かったようで、承太郎の体は『運命の車輪』に傷つけられてしまった。

「承太郎っ!!」
「ば…馬鹿なッ! 今何を飛ばしたんだ…こ、攻撃が見えないッ!」

突然体のあちこちから血を噴き出した承太郎に驚いている名前達を見た『運命の車輪』は興奮気味に笑っていた。

「今の攻撃が見えないだと?! しかし承太郎、俺の攻撃の謎はすぐ見えるさ! 貴様がくたばる寸前にだけどなアァ!」

再び『運命の車輪』は承太郎に攻撃を仕掛けたようだが、花京院とポルナレフが承太郎の体に攻撃が当たらないように押し退けた。しかし攻撃は命中してしまったようで三人の体から血が噴き出した。

「みんな…っ!」
「きゃああああ!!」
「ちくしょうッ! なんだこれはぁ!」
「全然見えない…なにかを飛ばして来ているようだが、」

目には見えないため何かを飛ばして攻撃して来ていることしか分からない。しかし傷口には何も刺さっておらず、ただ抉られているだけだった。

「大丈夫か承太郎ッ!?」
「俺の心配はしなくていいぜ…それより」

承太郎はちらりとエンジンを吹かす『運命の車輪』を見る。

「どんな技か知らんがコントロールはいいぜ」
「貴様らのッ! 脚を狙って走れなくして轢き殺してくれるぞッ!」
「岩と岩の隙間に逃げ込めッ!」

車の入って来られなそうな細い隙間に逃げ込んだ名前達だったが、『運命の車輪』は前方にある牙のように鋭く尖った部品で岩を砕いて無理やり侵入して来ようとしていた。

「ど、どうしよう! 無理やり入って来るよ!」
「こいつは手がつけられん」

ガリガリと岩を砕いて徐々に近付いてくる『運命の車輪』に冷や汗を流していると、またもや攻撃をしてこうよとしているのか車体の周りがきらりと光りだした。

「また飛ばして来るぞッ!」
「奥へ逃げろッ!」
「あうっ」

ここにいては被弾してしまうと名前達は更に奥へと進んでいく。アンも一生懸命着いて行こうとするが、途中石に躓いて転んでしまった。べしゃりと勢いよく地面とぶつかったアンは痛みを我慢しながら顔を上げてみると、そこにはもう名前達の姿はなかった。

「だっ、誰もあたしを連れてってくれないッ! どーせあたしは家出少女よッ! ミソッカスよ!」

名前達に置いていかれたと知るや否や、アンは背後に『運命の車輪』が迫って来ているのにも関わらずじたばたとしながら喚いていた。

「っ、わぁっ…!」

死んでやるわと捨て台詞のようなものを吐くアンの体を白くて細い、とても力があるとは思えない腕がひょいっと抱え上げた。視界に入ったサーモンピンクの髪を見たアンはパァッと満面の笑みを浮かべた。

「名前お姉さんッ! やっぱりお姉さんなら助けてくれると思ってたわ…!」
「…いやぁ、本当はすぐに起き上がって来ると思ったんだけどね、」

ぎゅっと抱きついてくるアンに苦笑いを浮かべた名前は近くまで来ている『運命の車輪』を一瞥すると、番傘を口に咥えてアンを抱えたまま器用に崖を登り始めた。

「…やれやれ。それだけ喋くってる暇があるんなら逃げろよな、このガキ」
「おめー名前に感謝しろよッ!」
「いてっ!」

名前のおかげで怪我せず無事に頂上に辿り着いたアンの頭をポルナレフがバシッと叩いた。
とにかくこれでもう大丈夫だろうと名前達がほっと息を着く中、崖下から『運命の車輪』の声が響いてきた。

「フン! 登るがいいさァ。お前らには文字通り『道』はない。逃げ道も助かる道もエジプトへの道も輝ける未来への道もない!」

『運命の車輪』はタイヤをスパイクタイヤに変形させると「このタイヤで挽肉にしてやる」と叫びながら崖を登り始めた。
車がほぼ垂直な崖を登るという有り得ない光景を目の当たりにした名前達はごくりと生唾を飲み込む。

「…やれやれだ。やり合うしかなさそうだな、みんな下がってろ」

崖を登り上がる時に車は腹を見せるはずだと予想した承太郎は、その瞬間を狙って攻撃することにしたようだ。
ガリガリと岩が砕ける音を聞きながらその緊張の一瞬を待つ。

「来たッ!」

承太郎の予想通り腹を見せた『運命の車輪』に拳を叩き込もうと『星の白金』が雄叫びを上げながら承太郎の背から現れる。

「元気がいいねえ承太郎くん! だがシブくないねえ〜。冷静じゃあないんじゃないのか…? まだ自分達の体がなにか臭っているのに気付かないのかッ!!」
「!」
「そ、そう言えばさっきからガソリンの臭いがするが!」
「ランクルが破壊されたせいで臭ってると思ったが……!!」
「俺たちの体だッ! 俺たちの体がガソリン臭いぞ!」

先程から『運命の車輪』が飛ばしていたのはガソリンだったのだ。それは怪我を追わせるためではなく、体に染み込ませるようにと計画されて攻撃されていたらしい。まんまと『運命の車輪』の手の中で踊らされていた名前達は焦りの色を見せる。

「気づいたか…しかしもう遅いッ! 電気系統でスパーク!」
「っ、やめて…ッ!!」

自分のスタンドである『運命の車輪』の車内にいる男は、車の導線を手に取った。千切られたそこからバチバチと鳴る電気を見た名前は男が今から何をするのか理解した瞬間思い切り叫ぶ。しかし非情にも男は漏電している導線同士を合わせた。

「っ、なにィ…ッ!」

電気によって生まれた小さな火花はガソリン塗れの承太郎には充分な量だった。その小さな火はたちまち承太郎を大きな炎で包み込んでしまう。

「承太郎が炎に包まれたーッ!!」
「きゃあああああ承太郎ーーッ!!」

苦しそうに声を上げる承太郎の姿を見た名前は、悲痛な表情を浮かべて自分にもガソリンが染み込んでいるの忘れて駆けつけようとする。

「承太郎ッ!!」
「だめだ名前さんッ! 僕達の体にもガソリンをかけられているんだ! 近付いたら君も燃えてしまう…ッ!」
「っ、離して…! 離せ…ッ!!」
「名前ちゃんっ!」
「くそっ、何て力だ…!」

花京院に羽交い締めにされるも力に任せて構わず進もうとする名前をジョセフとポルナレフも慌てて取り押さえる。しかし三人の男に押さえられても承太郎の元へと行こうとする名前。
歯を食いしばりながら花京院達が名前を押さえていると、とうとう力尽きてしまったのか炎に包まれた承太郎はパタリと静かに地面へ倒れてしまった。

「……じょ、たろう…?」
「承太郎ーッ!」

ジョセフが承太郎の名を叫ぶが、地面に倒れた承太郎からは何の反応もない。それどころかピクリとも動かないでいた。
名前はその動かない承太郎の姿を静かに見つめる。
承太郎は死んでしまったのだろうか? 私の目の前で殺されてしまったのだろうか? ……殺された? 誰に…?

「勝ったッ! 第三部完!」
「(ああ、そうか……この男が承太郎を殺したんだ……)」

 ――殺せ。

「……」

 ――殺せ。

「……」

 ――殺してしまえ!

「承太郎が死んだ今! 残りのお前らも殺してそこで呆然としている女をっ、ガァッ!?」
「な、なにィ…!?」

高笑いを浮かべてジョセフ達を指差すスタンド使いの男と『運命の車輪』が突然横へともの凄い勢いで吹き飛んでいく。
激しく舞う砂埃に噎せながら何が起きたのだと目を凝らすジョセフ達の目に、見覚えのあるチャイナドレスが映った気がした。
だんだん砂埃が晴れて視界がクリアになる。
ゆらゆらと飛ばされた『運命の車輪』に向かって歩く名前を見てジョセフ達は目を見開いた。

「…名前、ちゃん……?」

彼らの目に映ったのは、不気味なくらいにんまりと口を歪めた名前の姿だった。

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