アンと別れた名前達はジョセフが調達してきたジープに乗ってパキスタンの最大都市カラチへと向かっていた。

「ポルナレフ運転は大丈夫か? 霧が相当深くなってきたようだが…」

とある小さな町を越えた辺りからどんどん濃くなっていく霧に、花京院はハンドルを握るポルナレフを心配そうに見る。

「ああ、ちょっち危ねーかなァ……何しろすぐ横は崖だし、ガードレールはねーからな」
「うむ…」

ジョセフが自分の懐中時計を見ると、時刻はもうすぐ午後三時になろうとしていた。エジプトへ急ぐ身としてはもう少し先に進んでおきたいところだが、この濃霧の中崖道を走っていて落ちてしまったら大変な事になってしまう。

「しょうがない…今日はあの町で宿をとることにしよう」

霧の中から見えてきた町へ目を向けたジョセフに、異議を申す者はいなかった。

「いいホテルがあるかなァ」
「いいホテルって?」
「もちっ、いいトイレがついてるホテルよ!」

なぜかトイレにこだわりがあるポルナレフは、インド西アジア方面のトイレには馴染めなかったと首を横に振っていた。

「私は美味しいご飯があればいいな〜」
「…相変わらず飯食うことしか考えてねーのな」
「なに言ってるの承太郎! 美味しいものを食べることは大事なことなんだからねっ!」
「そうじゃぞ承太郎。美味しいもの食べてる時の名前ちゃんが一番可愛いんじゃからな!」
「……馬鹿らし」

主にジョセフに呆れた承太郎はどうでもいいと言うように視線を流れる景色に向ける。霧でよく見えないがあまり変わり映えのしない景色を見ていると、鋭く先が尖った細い岩に何かが刺さっているのが見えた。

「(! 今のは…犬の死体か…?)」

一瞬で通り過ぎてしまったために確かではないが、岩に刺さっていたのは大型犬に見えた。
眉間に皺を寄せながら後方を見つめる承太郎にどうしたのかと名前が尋ねてきたが、承太郎は「なんでもねえ」と言うと帽子を目深に被る。

「(…気のせいか…)」

自分の見間違いだと思うことにした承太郎はそれ以上深く考えることを止めた。


* * *


目当ての町に着いたはいいが、そこは少し異様な雰囲気を放っていた。
住民はそこそこの人数がいるようで行き交う人々で溢れていたのだが、町自体は誰もいないかのように静寂に包まれていた。話し声もしない、足音すら立てない町と町人に違和感を感じつつも名前達はホテルの場所を聞こうと一軒のレストランの前までやって来た。

「いいかみんな! パキスタンより西のイスラム世界じゃ挨拶はこう言うんじゃ。まずスマイルで…」

そう言うとジョセフはレストランの入り口に立っている店員に笑顔を見せると片手を上げた。

「アッサラーム・アレイクム!」

イスラム圏でこんにちはの挨拶に使われる言葉を笑顔で言うジョセフ。そんな彼をじっと見つめた店員は、なぜか『OPEN』となっていた看板を『CLOSED』に裏返してしまった。
店員の行動に驚く名前達がいる中、ジョセフは何もいきなり閉店することはないだろうと苦笑いを浮かべていた。

「ちょいと物を尋ねるだけじゃよ。この町にホテルはあるかな?」
「知らないね」
「え?」

店員は一言だけ言い放つと止めるジョセフの声を無視して店内へと入ってしまった。

「…な、なんか…すごいね、」
「まさか目の前で閉店されてしまうとは…」
「やれやれ。あそこまで感じが悪いと逆に清々しいぜ」
「な…なんじゃあ? あの親父は!」
「あんたの発音が悪いからきっと良く聞きとれーねのさ」

店員の消えて行った方を見ながら目をごしごしと擦るジョセフに、ポルナレフは少し馬鹿にしたように言うと「あの座ってる男に聞いてみよう」と指を差した。

「おっさん! すまねーがホテルを探してるんだがよ、トイレの綺麗なホテルがいいんだがよぉ……教えて…!?」

柱に凭れて俯きがちに座る男の顔を覗き込んだポルナレフだったが、クーフィーヤに隠されていた男の顔を見て息を飲んだ。
男はとんでもないような物を見たかのように目と口を大きく開いて、恐怖に顔を歪ませていた。

「おいお前ッ! どうした!?」

尋常ではない表情に慌ててポルナレフが男の肩を掴んだのだが、男は何も反応せずにそのままぐらりと後ろへと倒れる。

「ひぇっ!?」
「な、なにィ〜〜ッ!」

倒れた男の口の中から二匹のトカゲが出て来たのを目にした名前とポルナレフが声を上げる。承太郎と花京院、ジョセフもあり得ない光景に冷や汗を流していた。

「死んでいる!! 恐怖の顔のまま死んでいるッ!」

男は既に絶命していたようで、苦しそうにも見える表情から心臓麻痺か脳卒中で死んでしまったのではとポルナレフが騒ぐ。しかし承太郎に「ただの心臓麻痺じゃあないようだ」と指摘された。
どういうことだと疑問符を浮かべるポルナレフの目に、男が手に持っていた物が入ってきた。

「あっ! け…拳銃だ…この男拳銃を握っているぞ!」

男の手の中にあった物は一丁の拳銃だった。しかも銃口からはまだ硝煙が立っていて、男が発砲してからほんの数分しか経っていない事を示唆していた。

「…こ、この男の人は自殺しちゃったってこと…?」
「いや、それは違うと思います。ざっと見たところ死体にキズはありませんし、血も全然出ていない…」
「じゃあなんで…?」
「こいつの顔見ろよ、すげー恐怖で叫びを上げるようなこの歪んだ顔をッ!」
「わからん…この男、一体この銃でなにを撃ったのかッ! なにが起こったんじゃ!」
「誰も気付かないのか町の人は……?」

花京院が静かすぎる町を見渡していると、近くを子供を連れた女が通り掛かった。丁度いいところにとその女に花京院は警察を呼んでほしいと声を掛ける。

「………」

声を掛けられた女は足を止めると、ゆっくりとした動作で後方にいる花京院へと振り向いた。女の顔を見た瞬間、花京院はぐっと身を強張らさせる。
花京院が見た女の顔には至る所にニキビが出来ており、プチプチと潰れて膿を流していたのだ。

「…っ、」
「…どうしたの?」

身を強張らせ息を飲む花京院に気付いた名前が彼の隣に立つと、その名前の姿を見た女がさっと自分の顔が見えないように腕で隠した。

「失礼、しました…ちょいとニキビが膿んでしまっておりましてェ〜」
「ニキビ?」
「…ところでェ〜わたくしに何か用でございましょうかァ〜〜」
「……警察に通報を頼むと言ったのだ」
「警察? なぜゆえにィ〜?」
「見ろッ! 人が死んでいるんだぞッ!」

何度も聞き返してくる女に声を上げた花京院は男の死体を指差す。女はちらりと男を一瞥すると膿が出るのも構わずボリボリと膿んだニキビを掻き始めた。

「っ、あ…」
「おやまあ、人が死んでおるのですか? それでわたくしに何かできることは…?」
「警察を呼んできてくれと言ったろーがッ!」
「はいはい……ところでェ〜、お嬢さん」
「は、はい?」
「お嬢さんの顔は綺麗で羨ましいですわねェ〜〜? わたくしもその顔がほしいわ」

羨望の眼差しで名前を見ていた女は、泣き出した赤ん坊をあやしながら少年を連れてどこかへ去って行ってしまった。
女の異様な態度と姿に花京院は口元を手で覆い、名前は花京院の服を掴んでいた。

「な、何なんだ一体…ッ!」
「…分からない、分からないけど…」

この町は何だか普通ではない。
人が死んでいるのに野次馬が集まるどころか見向きもしない。何事もないように生活している人々に花京院と名前は得も知れぬ恐怖に襲われていた。

「なんか増々霧が濃くなってきたぜ」
「…町は霧にすっぽりという感じだな」
「薄気味悪いな。なんかあの部分ドクロの形に見えないか」
「やめてよポルナレフ!」

確かにポルナレフの言う通り霧に覆われた空にはドクロのような形に見える部分があった。しかしそんなはずないと名前は頭を振り、それ以降空を見上げる事はなかった。

「こいつ我々と同じ旅行者のようじゃな」

ジョセフは男の死因をハッキリさせるべく、警察が到着するまでの間死体を調べることにしたらしい。死体に触れぬよう万年筆を取り出したジョセフは、それを使って器用に死体を調べていく。

「アッ!!」

着ている服を万年筆でペラリと持ち上げた時、ジョセフの目にとんでもないモノが飛び込んで来た。

「傷だッ! 喉の下に十円玉ぐらいの傷穴があるぞッ! これか死因はッ!」
「しかしなぜ血が流れ出てないんだ? こんな深くてでけー穴があいてるんなら大量に血は出るぜ、普通ならよ」

承太郎の言うことは尤もだった。
人の体に穴が開けば当然血が流れるはずだ。それなのに男の服や周りには血の汚れなど一つもなかった。
普通ではない現象に承太郎は警察のことは気にせず服を脱がして直接確かめようと男の上着を剥ぎ始める。
そして露になった男の上半身を見た名前はぎゅっと目を瞑った。

「なんだこの死体はッ!!」
「穴がボコボコにあけられているぞッ!」

男の上半身には先程と同じような穴が複数個も開いていた。まるでアメリカのカートゥーンアニメに出て来るチーズのようだと驚くポルナレフに、穴を開けて殺す事にどんな意味があるのかと目を見張るジョセフ。
承太郎と花京院は死体を見ないようにしている名前を間に挟むように立つと、辺りを警戒し始めた。

「気をつけろ…とにかくこれで新手のスタンド使いが近くにいるという可能性がでかくなったぜ」
「みんな! ジープに乗ってこの町を出るんじゃ!」

ジョセフは名前達に向かって叫ぶと止めていたジープに飛び乗ろうとした。しかし足が勢いよく地面を離れた瞬間ジープの座席は目の前から消え、その代わりジョセフの体の下に現れたのは先が刃物のように尖った剣先フェンスだった。

「馬鹿なッ、ジープじゃないッ! おおおおおおッ!!」

ジョセフは咄嗟に『隠者の紫』を出して電柱に絡ませる。ビィィンと張った蔦のおかげで体は串刺しになることはなかったが、一人でひいひい慌てているジョセフに名前達の冷めた視線が注がれていた。

「おい…じじい一人でなにやってんだ…? アホか」
「オーノォーッ! なにやってるんだって、今…ここにジープがあったじゃろッ!?」
「ジープ? ジープならさっきあそこに止めただろーが」

ポルナレフが指差す方を見れば確かにそこにはジープが止めてあった。
いやしかし今ここに間違いなくジープはあったはずだと戸惑うジョセフの目に、濃い霧の向こうから一人の老婆が自分達の元へ向かって来ているのが映った。

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