DIOの話を老婆から聞き出すと話した承太郎とジョセフ、そして名前に花京院は老婆がそう簡単に口を割るとは思えないと心配そうにしていた。

「わしの『隠者の紫』を忘れるなよ。TVにこのバアさんの考えを映し出せばいい」

バシバシと音を立てるジョセフの『隠者の紫』を見たポルナレフは「なるほど!」と頷くがここは墓場だ。テレビがあるはずもないので次の町までジョセフの念写は使えない。そうとなれば早く次の町に行こうと話す彼らの後ろで、車のエンジン音が響いてきた。

「あっ! ホル・ホースッ!」
「あの野郎ッ! 我々のジープをッ!」

ポルナレフと共に老婆に襲われていたホル・ホースが承太郎に助けられた恩を仇で返すように、止めてあったジープにエンジンを掛けるとそのまま発進させてしまった。

「てめーーッ戻ってこい! ジープを返せこの野郎ッ!」
「一つ忠告しておく!」

ホル・ホースは今すぐに老婆を殺した方がいいと、さもないと老婆を通じてDIOの恐ろしさを知る事になると叫ぶとどこかへ走り去ってしまった。

「なに言ってるんだあの野郎〜〜」

ホル・ホースの捨て台詞に、名前達は険しい表情で老婆を見つめた。


* * *


ホル・ホースに盗られてしまったジープの代わりになる移動手段を何とか探し出した名前達は、馬車に乗ってやっとパキスタンの最大都市カラチへと辿り着いた。

「おっ、ドネル・ケバブがあるぞ」

馬車を引きながらカラチの街並みをゆっくりと見回していると、ジョセフの目にケバブを売っている屋台が映った。

「名前ちゃんケバブ食べるか?」
「ケバブ?」
「焼きたての肉を削ってパンに挟んだ料理ですよ」
「食べる!」

ほらと花京院が指差す方を見ると、屋台には大きな肉の塊が美味しそうな肉汁を垂らしながら焼かれていた。途端に蒼い目が輝き出したのを見たジョセフが「わしが買ってこよう」と馬車を離れていった。

「…あのお肉美味しそう」
「おい涎垂らすなよ」
「垂らさないよ!」
「ふふっ…名前さんには一個じゃあ足りないかもしれませんね」
「あのお店にあるお肉全部は余裕で食べられるよ」
「お前本当ほっせぇのによく食うよな。どこにいってんの?」

不思議そうに名前の薄い腹を見ていたポルナレフは視線を少し上に上げると「胸にいってんのか」と一人で納得していた。

「最っ低〜〜ッ!!」
「同じ男として恥ずかしいぞ、ポルナレフ」
「死ね」
「んだよ花京院! 承太郎! お前らだって思ってんだろ!?」
「っ、君と僕を一緒にするな!」
「死ね」

ぎゃあぎゃあと馬車の中で騒ぎだす名前達の元に紙袋を持ったジョセフが戻ってくるが、ジョセフは馬車の一番後ろの席を見るとカッと目を開いた。

「おいッ! みんなそのバアさん目を醒ましておるぞ!」
「えっ!」

指を差して叫ぶジョセフに名前達が慌てて後ろの座席を見ると、今まで眠っていた老婆が目を開けて座っていた。しかしどこか様子がおかしい。
大きく目を開きながら冷や汗を流し、ガタガタと震えながらどこか一点を見つめていた。

「わしは! なにも喋っておらぬぞッ! な…なぜお前がわしの前にくる…このエンヤがDIO様のスタンドの秘密を喋るとでも思っていたのかッ!」
「「え!?」」

怯えながら誰かに話すように叫ぶ老婆に、名前達も老婆と同じ方向を見てみると、そこにはついさっきジョセフが寄ったケバブ屋の男が佇んでいた。
老婆と名前達の視線を集めた男はサングラスを外し、被っていたクーフィーヤを脱いだ。男の素顔が露になったその瞬間――。

「あババババァーーッ!」

老婆の目から、鼻から、口からミミズのような長い触手が飛び出してきた。

「なっ、なんだァッ!この触手はーーッ!!」
「なぜ貴様がこのわしを殺しにくるーーッ!!」
「DIO様は決して何者にも心を許していないということだ。口封じさせて…いただきます。そしてそこの四人……お命ちょうだいいたします」

男は老婆と承太郎達を一瞥すると、スッと目を細めて名前を見る。

「あなたは私がDIO様の元へ責任をもってお連れいたします」
「…っ!」

執事のように恭しくお辞儀をする男に、名前が警戒を見せたと同時に老婆が奇声を上げる。
ポルナレフが呼びかける中、先程よりも激しく暴れだした触手によって老婆は顔中から夥しい血を流し始めた。
あまりにも悍ましい光景に名前は目を逸らす。

「私の名はダン……鋼入りのダン。スタンドは『恋人』のカードの暗示。君たちにはエンヤ婆のようになっていただきます」

どうやら老婆の顔を蠢く触手は男のスタンドのせいらしい。お互いDIOに仕える仲間なのに何をするんだと叫んだポルナレフは、血を噴き出させる老婆に駆け寄ろうとした。

「う…嘘じゃ…DIO様がこのわしにこんなこと……するはずが、ない」
「ばあさんの体から出ているのはスタンドじゃあないぞッ! 実体だッ! 本物の動いている触手だ!!」
「あの方がこのわしに、このようなことをするはずが……『肉の芽』を植えるはずが…DIO様はわしの生きがい……信頼し合っている…」
「肉の芽!?」

信じられないと譫言のようにDIOの名を呼ぶ老婆の口から出た「肉の芽」という単語に、この触手はまさかと承太郎達は目を見張る。
ポルナレフはそんな老婆を見ていられなくなったのか『銀の戦車』を出すとレイピアで触手を切り裂いた。『銀の戦車』によって細かく斬られた触手は偶然日向の方へと飛んでいき、日光を浴びた触手は塵となってさらさらと空に流れていく。

「こ…これは! 太陽の光で溶けたぞッ! 肉の芽! DIOのヤツの細胞だッ!」
「いかにも! よーく観察できました」

やはり承太郎達の思った通り、老婆の顔から出ていたのはDIOの細胞からなる肉の芽だった。ダンが己のスタンドの力を使って老婆に埋められた肉の芽を急激に成長させたため、このような悍ましい事になったようだ。

「エンヤ婆…あなたはDIO様にスタンドを教えたそうだが、DIO様があなたのようなちっぽけな存在の女に心を許すわけがないのだ。それに気付いていなかったようだな」
「………」
「ばあさんッ! DIOのスタンドの正体を教えてくれッ!」
「!」

息も絶え絶えな老婆に駆け寄ったジョセフは老婆にDIOのスタンドの正体を言うように説得する。DIOは老婆が考えているような男ではないと。

「教えるんだーッ!! DIOのスタンドの性質を教えるんだァーーッ!!」
「D…IO…様…は」

蚊の鳴くような声で話し始めた老婆に名前達は息を飲む。

「このわしを信頼してくれている。言えるか」

最後の最後まで己はDIOに信頼されていると信じてやまなかった老婆は、結局DIOのスタンドの正体を明かすことなく息絶えてしまった。

「Oh! God!」

悔しそうに叫び声を上げるジョセフに続き、喉を鳴らすような笑い声が呆然とする名前達の耳に届いてきた。
声のする方へ視線を向ければ、仲間だった老婆が死んだのにも関わらず、愉快そうに笑いながら優雅にお茶を飲むダンの姿が目に映った。

「どこまでも悲しすぎるバアさんだ。だがここまで信頼されていると言うのもDIO様の魔の魅力の凄さであるがな……」

蔑んだ目で老婆を見下すダンの前に五つの人影が現れる。

「俺はエンヤ婆に対しては妹の因縁もあって複雑な気分だが、てめーは殺す」
「……」
「最低だよ、あなた」
「五対一だが躊躇しない。覚悟してもらおう」
「立ちな」

名前達に睨み付けられるダンは気にも留めていないようでお茶の入ったカップを煽った。

「おいタコ! カッコつけて余裕こいたふりすんじゃねえ。てめーがかかって来なくてもやるぜ」
「どうぞ。だが君たちはこの『鋼入りのダン』に指一本触ることはできない」
『おらあッ!』

ダンが瞬きするよりも早くに承太郎の『星の白金』が現れて指一本触れられないと鷹を括っていたダンを殴り飛ばした。彼の体はすごい勢いで後方に飛んでいくが、なぜかジョセフの体もダンとは別方向に飛んでいった。

「ぐええ!」
「ジョセフおじいちゃん!?」
「なに!?」

殴られたのはダンしかいないはずなのに、同じように血を吐いて同時に飛ばされたジョセフに名前達はどういう事だと目を見張る。

「この馬鹿が…まだ説明は途中だ。もう少しで貴様は自分の祖父を殺すところだった」

ダンは口内に溜まった血を吐き出すと、自分が老婆を殺すためだけに現れたとでも思っているのかと鼻で笑った。

「き…貴様『恋人』のカードのスタンドとか言ったな…一体なんだそれは!?」
「もう既に戦いは始まっているのですよ、ミスタージョースター」

ダンのスタンド『恋人』の姿を探そうと辺りを見回す名前達に「愚か者共が」と吐き捨てると、ダンは懐から紙幣を取り出して店先を掃除していた少年に「駄賃をやるから箒で脚を殴れ」と命令した。

「はっ! ま…まさか、」

少年は言われた通りに箒の柄でダンの脚を殴った。殴ると言っても子供の力ゆえにそこまで痛くないのだろう。ダンは涼しい顔をしていたが、代わりに殴られてもいないジョセフが痛みに声を上げていた。

「ど…どうしたジョースターさんッ!」
「大丈夫!?」
「いっ…痛いっ! わけが分からんが激痛がッ!」
「気が付かなかったのかジョセフ・ジョースター。私のスタンドは体内に入り込むスタンド! さっきエンヤ婆が死ぬ瞬間耳からあなたの脳の奥に潜り込んで行ったわ!」
「なにっ!?」

驚きに目を見開くジョセフを後目に、ダンは本体とスタンドは一心同体のため自分が傷つけばスタンドの『恋人』も傷つくと、痛みや苦しみに反応した『恋人』はジョセフの脳内を刺激してダンが傷を受けた場所と同じ個所に痛みを数倍にして返すのだと話した。

「しかも『恋人』はDIO様の肉の芽を持って入った! 脳内で育てているぞ!」

ジョセフも老婆のように内面から食い破られて死ぬのだと宣言したダンに冷や汗を流したジョセフだったが、突然また脚に激痛が走ったために声を上げる。
ジョセフが痛がると言うことは当然ダンも攻撃を受けたと言うことで、ダンが視線を下げると先程自分が脚を殴れと命令した少年がにこにこと笑みを浮かべて手を差し出しているのが見えた。恐らくもう一回殴ればまた駄賃が貰えるかもしれないと思ったのだろう。

「いつ二回殴っていいと言った…? このガキが…」
「ギャッ!」

ダンはあろうことか小さな少年を思い切り拳で殴りつけたのだ。幸い少年に大きな怪我はなかったようですぐに起き上がると店内へと逃げていったのだが、その光景を見ていた名前は「本当に最低」とダンを睨み付けた。

「ふん…ま、はっきり言って私のスタンド『恋人』は力が弱い……髪の毛一本動かす力さえもない史上最弱のスタンドさ」

自虐的に笑ったダンは「だがね…」と目を細めると人を殺すのに力など必要ないと言った。

「この私がもし交通事故にあったり、偶然にも野球のボールがぶつかって来たり…躓いて転んだとしてもミスタージョースター、あなたの身には何倍ものダメージとなって降り掛かっていくのだ…」

パキポキと指の骨を鳴らすダンに、ジョセフは義手の指にまで本物の感触がすると驚いた。

「そして十分もすれば脳が食い破られエンヤ婆のようになって死ぬ…」

くいっと老婆の遺体を指で差したダンに承太郎は目をカッと開くと、ダンの胸ぐらを掴んで殴ろうと拳を振り上げた。しかし拳が振り下ろされる前に名前と花京院が承太郎を止める。

「承太郎落ち着いてっ!」
「馬鹿な真似はやめろッ!」
「いいや、こいつに痛みを感じる間を与えず瞬間に殺して見せるぜ」
「…っ」
「痛みも感じない間の一瞬か……」

いいアイデアだなと不敵に笑ったダンはやって見ろよと承太郎を挑発した。

「胸に風穴開けるってのはどうだ? それともスタンドはやめて石で頭を叩き潰すってのはどうだ?」

拾ってやるよと言って道端に転がっていた石を拾い上げたダンがくるりと振り返ると、再び承太郎に胸ぐらを掴まれる。

「あまりなめた態度とるんじゃあねーぜ。俺はやると言ったらやる男だぜ」

承太郎のあまりの迫力にダンは息を飲む。胸ぐらを掴む手に更に力が加わった時、ジョセフが苦しそうな声を上げた。

「はやまるな承太郎ッ!」

今にもダンの事を殴りそうな『星の白金』の腕を『法皇の緑』が必死に掴んで止める。

「こいつの能力は既に見たろう! 自分の祖父を殺す気かッ!」
「本当にやりかねねーヤツだからな!」
「お願い承太郎…っ、今は耐えて!」
「く…っ、」

花京院やポルナレフ、そして悲痛な表情を浮かべる名前に止められた承太郎は強く奥歯を噛み締めながら殴るのを耐えていた。
承太郎が殴ってこないと分かったダンはニヤリと笑うと「なめたヤローだ」と持っていた石で承太郎の腹を殴りつけた。殴られた承太郎は吐血をし、ずるずると地面へ膝をついていく。そんな孫の姿を見たジョセフは声を張り上げて承太郎の名を呼んだ。

「貴様ジョースターのじじいが死んだらその次は……」

言葉を途切れさせたダンは今一度石を持っている手を振り上げる。その行動に次に何をするか分かってしまった花京院が「危ない!」と叫んだ。しかし振り下ろされると思っていたダンの腕は頭上に上がったまま動くことはなかった。

「…お願い、します…っ」
「…っ、名前…?」

地面に膝をついたまま見上げるように顔を上げた承太郎の目に映ったのは、ダンの体に抱き着く名前の後ろ姿だった。

「…何でも言うこと聞く…DIOの所にも行くからっ…だから、これ以上承太郎とジョセフおじいちゃんに手を出さないでっ!」
「名前ちゃん!?」
「な、なに言ってやがる…ッ!」
「ほお〜?」

幼馴染みと祖父のように慕う男二人を助けるため自分を犠牲にしようとしている名前に、承太郎達は目を見張った。

「随分と愛されてるようで羨ましいなァ?」
「っ、うっ…」

ダンは石を放り投げると自分に縋るように抱き着く名前の顎を掴んで無理やり顔を上に向かせた。

「いいぜ? 肉の芽が完全に育つまで十分…その間私の言うことを何でも聞いて、私を満足させられたら肉の芽共々スタンドを解除してやるよ」
「っ、てめえ…っ!」

殴ってやりたいが一歩間違えればジョセフの命が消えてしまうため殴れない。そんなもどかしさで苛立ちを隠せない承太郎を一瞥して笑ったダンは「せいぜい頑張れよ名前ちゃん?」と揺れる蒼い瞳を覗き込んだ。

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