名前の顎を掴んで必要以上までに顔を近付けさせるダンを承太郎が睨み付けていると、ジョセフと花京院とポルナレフの三人が突然駆け出していった。

「承太郎! 僕達はそいつから遠く離れるッ! 名前さんを頼んだぞ…ッ!」

花京院は振り向き様に叫ぶとジョセフとポルナレフを追って広いカラチの街へと姿を消した。
ジョセフ達の走っていく姿を見たダンは「なるほど」と掴んでいた名前の顎を離す。

「遠く離れればスタンドの力は消えてしまうと考えてのことか…だがな物事というのは短所がすなわち長所になる」

自分のスタンドは力が弱いが、一度体内に入ってしまえば何百キロ離れようと遠隔操作が出来るとダンは得意そうに話す。

「……」
「おい承太郎! おめーに話してんだよ! なに澄ました顔して視線避けてるんだよ」

見向きもしない承太郎に苛立ったダンは「こっちを見ろ!」と学生服の襟を掴んだ。ぐっと襟を引っ張る手を一瞥した承太郎は「てめー、段々品が悪くなってきたな」と視線をダンに向ける。

「貴様…この私と名前に付き纏うつもりか」

学生服から手を離したダンは承太郎に見せつけるように名前の腰に手を回した。

「…ダンとか言ったな。このツケは必ず払ってもらうぜ」

射殺すような視線を向けてくる承太郎にニヤリと口角を上げたダンは、徐に承太郎のポケットを漁り始めた。

「そういうつもりで付き纏うならもっと借りとくとするか…」

財布と承太郎が愛用しているタグホイヤーの腕時計を手に取って「借りとくぜ」と自分のポケットに入れたダンは、再び名前の腰に厭らしく手を這わせると「こいつも借りとくぜ?」と挑発するように笑った。


* * *


腰に手を回すと言うより最早尻を触っているダンに名前は不快そうに眉を顰めるも、機嫌を損ねないように何も言わず黙って隣を歩いていた。

「堀か…」

目の前に現れた堀にダンはどうするかと顎に手を当てた。

「飛び越えて渡ってもいいが、もし躓いて足でも挫いたら危険だな…向こうの橋まで行くのも面倒くせーし」

ちらりと少し先にある橋を見たダンは承太郎へ向き直ると「堀の間に横たわって橋になれ」と命令した。

「な、なに言って…!」
「てめえーーなにふざけてやがるんだ」
「橋になれと言ってるんだッ!」

声を上げたダンは堀の縁にあるボラードに脚を思い切り打ち付けた。
その衝撃は今頃ジョセフにも倍になって伝わっているだろう。

「まって…!」
「ああ?」
「手を出さないでって、私…っ!」
「なに言ってんだ名前…『手』は出してないだろ?」
「!」
「出したのは『脚』さ」
「なっ!」

ニヤニヤと笑いながら屁理屈を言うダンに名前が絶句していると、黙って二人を見ていた承太郎が動き出した。
彼はダンに言われた通り橋の代わりになるように堀に手と足を掛けて横たわったのだ。

「承太郎!?」

承太郎の行動に目を見張った名前の横でダンは躊躇うことなく承太郎の背中を踏み付ける。

「なかなかいい橋になったじゃあないか」

さっさと渡り切ればいいものの、ダンはグリグリと背中を踏んだりわざと揺れてみたりと承太郎に大きな負担と屈辱を与えていた。ギリギリと歯を噛み締める承太郎に気付いているのかいないのか分からないが、満足したように笑うと最後に承太郎の堀に掛かる手を踏み付けて反対側へと渡っていった。

「名前、お前も承太郎の上を渡れ」
「っ、そんな…!」

そんなこと出来るわけないだろうと反論しようとした名前をダンは睨み付ける。

「私の言うことを何でも聞くんだろう? お前が自分で言ったんだぜ?」
「あ…っ、」
「私を満足させるんだろ? さっさと渡って来いよ。さもないと……本当に『手』が出るぜ?」

ダンの目が一瞬紅くなったような気がして名前は唇を噛み締めると、ゆっくりと承太郎の元へと近付いていく。

「っ、承太郎…ごめんね、」
「…っ…気にすんじゃあねーぜ…っ」

ずっとその体勢でいるのはやはり辛いのだろう。少し息の切れた様子の承太郎にもう一度謝った名前は、せめて痛くしないようにとパンプスを脱ぎ裸足で承太郎の背を渡った。

「…では行くとするか」

承太郎が堀から起き上がったのを一瞥したダンは名前を連れて再びカラチの街を練り歩き始めた。その間名前はセクハラ紛いの話をされたりボディタッチをされたりと随分屈辱的な事をされていたが、承太郎とジョセフのためだとじっと耐えていた。

「少し歩き疲れたな。そこの茶屋に寄るぞ」

一軒の茶屋のテラス席に座ったダンは店員と一言二言話すと立ちっ放しの名前と承太郎を見遣る。

「名前、お前はここに座れ」
「え、」

ここと指差したのはダンの膝の上だった。驚きで固まる名前に眉間に皺を寄せる承太郎。そんな二人の姿を見たダンは鼻で笑うと「早くしろ」と名前に向けて言った。

「いいのか? ジョースターが死んでも」
「っ、分かった…」

ダンが自分にとっては名前が言う事を聞く魔法の言葉を、名前にとっては呪いの言葉を呟けば、彼女は言われた通りダンの膝の上に腰を下ろした。
膝に乗る柔らかな名前の体に気を良くしたダンは無駄に優雅な動作で運ばれて来たお茶を飲み始める。その様子を名前と承太郎は一言も喋らずに見ていると、唐突にダンが「靴を磨け」と承太郎に命令した。

「ずっとそこに立っているのも暇だろう? 特別に私の靴を磨かせてやるよ」
「……」

どこまでも馬鹿にするような物言いに承太郎の額には薄っすらと青筋が浮かぶが、彼は以外にも素直にダンの靴を磨き始めた。
生意気な男が言いなりになる姿に優越感を覚えたダンは更に上機嫌になっていく。それにジョセフ達の方も『恋人』に苦戦しているらしい。これ程までに清々しい気分はないとでも言うように笑ったダンは「しっかり靴磨きしろ承太郎ッ!」と自分の足元に跪く承太郎を蹴り上げた。

「承太郎っ!」

流血して地に倒れる承太郎に駆け寄ろうとした名前だが、ダンが彼女の細い腰をガシッと両手で掴んだために動けなくなってしまった。

「誰が離れていいと言った?」
「っ…いた、い…!」

ぐっと腰に食い込むダンの指に名前の顔が歪む。痛みを耐えるように眉を寄せる名前の顔を愉快そうに見たダンは、腰を掴んでいる手を徐々に名前の胸元へと滑らしていく。
顔を青くさせた名前をほくそ笑んだダンがそのまま彼女の胸に触れようとした時、承太郎が手帳に何かを書きこんでいるのが見えた。

「こらあ貴様! 何書き込んでいる!?」

名前を手放して承太郎の元へと近付いていったダンはその黒い手帳を奪い取る。開かれたままの手帳に視線を落とすと、そこには箇条書きでダンが今まで承太郎や名前にしてきた事柄が細かく書かれていた。

「お前に貸してるツケさ。必ず払ってもらうぜ……忘れっぽいんでな、メモってたんだ」

不敵に笑った承太郎に息を飲むダンだったがすぐに承太郎を睨み付けると「貴様…今に見ていろよ」と意味有り気な台詞を吐くとその場を後にした。


* * *


ダンが言い放った「今に見ていろ」とはこういう事だったのかと名前は泣きそうな表情で血濡れになっている承太郎へと駆け寄った。

「承太郎…ッ!!」
「…っ、ぐ…、」

頭と口から血を流して地面に伏せる承太郎と、彼の体を支える名前の二人に一つの影が掛かった。

「でかした、よーくやった。お前のおかげでドサクサに紛れてもっとでかい物手に入れたからよ」

ニヤニヤと笑うダンの手には金でできた大きな首飾りが存在を主張していた。「お前にやるよ」と冗談交じりに言うダンを名前は怒りの炎を宿した目で睨み付ける。
この男、貴金属店で承太郎に万引きするように命令した挙句、命令に応じた承太郎を店の用心棒に売ったのである。そして用心棒や店員達の意識が承太郎に向いているのを良い事に首飾りを盗んでいたのだ。

「…この、クズ野郎…!」

珍しく言葉遣いの荒い名前に承太郎が驚いている中、ダンは名前に「クズ野郎」と言われて顔を顰めていた。

「…おいおい名前、そんなこと私に言っていいのか? 私を満足させるんじゃあないのか?」
「最初から約束なんて守る気なかったくせにッ!」

ダンは最初からジョセフの中に潜り込んだスタンドを解除する気も、承太郎に手を出さないでいる気もなかったのだ。脚だから約束通り手を出していないと屁理屈を言い続けながら、ダンは名前の前で承太郎をいたぶり続けた。

「今更気付いたのか〜?」
「!」
「どこまでもアマちゃんだなァ名前は。初めに言っただろ? 『お命ちょうだいいたします』ってよ」
「…っ、」
「お前の話に乗ったのは何でも言うこと聞くっつーからだよ。せっかく上玉とヤれる機会だったのに…余計なモンまで着いてきやがってッ!」

名前に支えられる承太郎を見下すダンに「クズ以下」と吐き捨てる名前。その言葉が頭に来たのかダンが名前を殴ろうとした時、「くく…」と喉を鳴らすような笑い声が聞こえてきた。

「承太郎ッ! 貴様何を笑っているッ! 何がおかしいッ!」
「いや……楽しみの笑いさ」

承太郎は体を持ち上げると、これからやってくるダンへのお仕置タイムが楽しみで笑ってしまったと話した。
ダンは突然笑いだした承太郎に腹を立てて蹴り飛ばそうと脚を振り上げる。しかしそれは承太郎に当たる前に名前の番傘によって受け止められた。

「お前ら……何か勘違いしてやしないか。ジョースターのじじいは後数十秒で死ぬ! そんな状況なんだぜ――」
「っ、だめ…!」
「安心しな名前。こいつは俺達のことをよく知らねえ。花京院のやつのことを知らねえ」

ふっ…と承太郎が笑みを浮かべた瞬間、ダンの頭から血が吹き出し始めた。

「ああっ!?」
「! …血が…、」
「おやおや。そのダメージは花京院にやられているな……残るかな、俺のお仕置の分がよ」

どうやら遠く離れた場所で花京院が『恋人』を攻撃したのだろう。ダンは息を荒くしながらどんどん承太郎と名前から距離を取り始めた。

「どうした? なにを後退りしている? 俺のじいさんの方では何が起こっているのか話してくれないのか」

にやりと笑った承太郎にダンは踵を返すが、ガシッと後ろ髪を掴まれてしまって動く事は叶わなくなった。

「何を慌てている? どこへ行こうってんだ。まさかお前……逃げようとしたんじゃあねーだろーな、今更よ」
「ヒィィィッ――ッ!」

情けない叫び声を上げたダンは今までの傲慢な態度はどこへやら、すごい勢いで承太郎の足元に「許してくださあぁーいッ! 承太郎様――ッ!」と這い蹲った。
負けを認める、改心する、靴も舐める、殴ってもいいから命だけは助けてくださいと縋るダンを名前は気持ち悪い虫を見るような目で見下ろしていた。
しかしダンは改心する気は更々なかった。名前を騙したように承太郎に屈したように見せかけてジョセフの所からスタンドを戻していたのだ。次は承太郎の脳内に入れてやると心の中でほくそ笑んでいたダンだが、彼のスタンド『恋人』は承太郎の『星の白金』に親指と人差し指だけで動きを封じられてしまう。
それどころかぐっと指に力を入れられたおかげで、ダンの手足はバキボキと折れてしまった。

「ぎにィやああ〜〜!!」
「こんなこと企んでるんだろーと思ったぜ。俺のスタンド『星の白金』の正確さと目の良さを知らねーのか?」
「なっ、なっ、何も企んでなんかいないよォ〜。お前のスタンドの強さは……」
「お前のスタンド? お前?」

耳に手を当て何度も聞き返す承太郎に「あなた様」と言い換えたダンは腕と脚が折れてしまったからもう動けない、何もしないと泣きながら承太郎に許しを請うた。

「そうだな…てめーから受けた今までのツケは…その腕と脚とで償い支払ったことにしてやるか…名前、それでいいか?」
「え、……うん、いいよ」
「そうか。おいお前、名前の寛大な心に感謝しな……そして、もう決して俺達の前に現れたりしないと誓うな?」
「誓います!! 誓います!!」
「嘘は言わねーな? 今度出会ったら千発その面へ叩き込むぜ」
「言いません! 決して嘘は言いません!」

必死に頭を下げるダンを承太郎は一瞥すると、摘んでいた『恋人』を離し「消えな」と一言だけ告げて名前と共に街を歩き始めた。
ダンは二人の背中をギロリと睨み付けると懐からナイフを取り出して承太郎の名を叫ぶ。

「バカめェェ〜〜っ! そこの女の子を見な!」

名前と承太郎が進もうとしている道の先には地元民であろう少女の姿があった。
ダンはまたもや反省するふりをして『恋人』を今度は少女の耳から侵入させたようだ。本当に最低でクズ野郎だと名前が罵るが、それを鼻で笑い飛ばしたダンは承太郎に動くなと命令する。

「今からこのナイフでてめーの背中をブツリと突き刺す!」

承太郎にも再起不能になってもらうと言ったダンは、痛む体をプルプルと震えさせながら立ち上がった。

「『星の白金』で俺を襲ってみろ! あの女の子は確実に死ぬ。お前はあんな幼い子を殺すわけねーよなあ〜」
「やれやれだ…」

少女を脅しの道具として使うダンに承太郎は深い溜息を吐くと「いいだろう、突いてみなッ」とダンの方へと振り返った。

「あっ! おい! 分からねーのかッ! 動くなと言ったは………はず……え!?」

突然ピタリと動かなくなったダンに名前が首を傾げていると、承太郎がつかつかとダンの元へ歩み寄る。

「どうした…ブツリと突くんじゃあねーのか、こんな風に……!」

ナイフを持つ手を掴んだ承太郎は、ぐいっとダンの手首の向きを変える。すると切れ味の良いナイフはダンの頬に突き刺さった。
痛みに悲鳴を上げるダンはなぜ体が動かないのかと焦っていたが、自分のスタンドに何か紐状の物が絡んでいるのに気付いて冷や汗を流す。

「気付かなかったのか……花京院は『法皇の緑』の触手をお前のスタンドの足に結び付けたまま逃がしたようだな……」
「! さすが典明…!」

花京院はただでは『恋人』を逃がさなかったようだ。
彼の冷静な判断のおかげで少女の体から『法皇の緑』の触手に雁字搦めにされた『恋人』が引きずり出される。
そして体を動かせなくなったダンは、本日三度目となる土下座をしながら承太郎に許しを請いていた。

「許しはてめーが殺したエンヤ婆に請いな…俺達ははじめっからてめーを許す気はないのさ」
「ディ…ディオから前金を貰ってる。そっ…それをやるよ」
「やれやれ、てめー正真正銘の史上最低な男だぜ……てめーのツケは、金では払えねーぜッ!」

本当に千発叩き込もうとしているのか『星の白金』はいつもより凄まじいラッシュ攻撃を繰り出した。
最早原型がなくなる程殴られたダンは建物の壁にめり込む。そんな彼を横目に承太郎は手帳にさらさらと自分の名を書くと、ビリッとそれを手帳から破り取った。

「ツケの、領収書だぜ」
「…なにそれ、かっこいい…」

ヒラヒラと宙を舞う空条承太郎とサインされた『領収書』に、名前はキラキラと目を輝かせていた。

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