離れてしまった名前と承太郎の二人と合流しようとジョセフ達は『恋人』に結び付けて伸びた『法皇の緑』の触手を辿っていた。途中でダンのスタンドの感触が触手から消えたので承太郎にでもやられたのだろうと花京院は感付き、ほっとした表情を浮かべる。
スタンド使いを倒した以上、後は一刻も早く二人と合流して無事かどうか確かめるだけだ。

「…名前さん、無事だといいんですが」

もちろん大事な友人である承太郎の事も心配している。しかし花京院は承太郎とジョセフを守ろうと自分の身を犠牲にする行動に出た名前が何よりも心配だったのだ。

「そうだよなァ……変なコトされてなきゃいいけどよ〜」
「へ、変なコトって…?」

心配だよなと名前を思っているのか視線を宙に向けるポルナレフにジョセフが恐る恐る尋ねる。

「そりゃあ名前みてーな超美人でスタイル抜群の女に『何でも言うこと聞く』なんて言われたらよォ、男が考えることって一つしかねーだろ?」
「! ま、まさか…!」
「…ジョースターさん?」

両手をワキワキとさせているポルナレフに彼が言わんとしている事が分かってしまったジョセフは、目元に影を作ってプルプルと体を震えさせ始めた。急に歩くのを止めたジョセフに花京院がどうしたのかと振り返ると、ジョセフはガクッと地面に膝を着いて「Oh my god!」と頭を抱えた。

「ジ、ジョースターさん!?」
「わ…わしのせいで…名前ちゃんが…ッ!」
「おっ、おい! 落ち着けよジョースターさん!」
「これが落ち着いていられるかッ! わしが不甲斐ないばかりに名前ちゃんがっ……承太郎の前であんなことやこんなことを…!」
「え!? そうなんですか!?」
「ちょ、ちょっと待てェ!! 俺はそこまで言ってないぞッ!?」

涙を浮かべて悔しそうに地面をドンドンと叩くジョセフに、ジョセフの言葉に驚愕と絶望の表情で固まる花京院。そしてそんな二人を何とか現実に戻そうと奮闘するポルナレフ。
地元住民が「この外国人達は危ない人だ」と三人を避けるように歩いている中、遠くの方から「おーい!」と聞き慣れた声が耳に届いてきた三人は、勢いよく声のした方へ顔を向けた。

「っ、名前ちゃん…!」

彼らの目に映ったのはいつもと変わらない可愛らしい笑顔で大きく手を振る名前の姿だった。
名前は皆が自分に気付いてくれたと分かると承太郎の隣から駆け出し、ジョセフの元へ向かって行く。ジョセフの方も名前が自分の元へ来ると分かったのか両手を広げて名前を受け入れる体勢を取って待っていた。

「典明!」

しかし悲しい事に名前は両手を広げて待つジョセフの横を通り過ぎると、その後ろにいた花京院に抱き着いたのだ。

「…え、?」
「あ、あの…名前さん、」

まさか自分に来るとは思わなかったのか花京院は戸惑いを隠せないまま名前に声を掛ける。すると名前は花京院を見上げて「ありがとう」と微笑んだ。

「え?」
「ジョセフおじいちゃんと承太郎…あと女の子を助けてくれてありがとう…!」
「! …いえ、僕は僕のできることをしただけですので…それに直接あの男を倒したのは承太郎、」
「…でも、やっぱりダンを倒せたのは典明がいたからだよ」

謙遜するように首を振る花京院に名前は彼のアメジストのような綺麗な紫色の瞳を見つめ、「ありがとう」ともう一度伝えた。
花の咲くような笑みを向けられ花京院の頬が朱に染る。それと同時に心が暖かなものに包まれた。こんなにお礼を言われて嬉しかった事は今までにあっただろうか。

「…あなたの、お役に立てて良かったです…」

ふわりと綺麗に笑った花京院は彷徨わせていた両手を名前の体に回してふわりと優しく包むように抱きしめ返した。
まるで恋人同士のように抱き合う見目麗しい二人に地元住民の微笑ましそうな視線が注がれる。ポルナレフも初めは「俺も頑張ったんだけど」と苦笑していたが、嬉しそうにする花京院の姿を見てふっと笑っていた。

「Holy shit!!」
「…やれやれ。うるせえじじいだ」

微笑ましい空気が流れる一本の街通りに、名前に放置されたジョセフの悲しい叫び声だけが響いた。


* * *


名前から半ば呆れられていたが熱いハグをしてもらって元気を取り戻したジョセフを筆頭に、名前達はカラチから船に乗ってペルシャ湾を渡りアラブ首長国連邦にあるアブダビにやって来ていた。
そしてアブダビに着いてからジョセフが最初に取った行動と言えば高級車を買う事だった。
ゼロの個数が普段の買い物だと絶対見ない数だった事に名前は目を剥いていたが、いざ乗ってみると日差しも当たらず冷房も利いていてシートも柔らかな車に極楽そうに頬を緩めていた。
しかしそんな名前とは反対に落ち着かない様子を見せる者が一人。

「どうした花京院、まだ誰かに尾けられている気がするのか?」

ポルナレフがバックミラー越しにそわそわと辺りを気にしている花京院に目を向ける。彼はアブダビに着いてからというもの「視線を感じる」と言ってずっと辺りを警戒していたのだ。車で移動している今でも後方をちらちらと何度も気にする花京院に、ポルナレフだけでなく名前達も目を向けた。

「い…いや、こんなに見晴らしのいい場所だ……追手がついていれば分かるのだが、つい…誰かに見られているような気がして振り返ってしまう」
「ああ…無理もないぜ、俺だってそーさ。色んなスタンド使いが次々といきなり襲ってくるもんでビクビクになっちまってる…」

運転しながら肩を竦めるポルナレフ。そんな彼らの会話を聞いたジョセフは「これからのルートを考えたんだが」と見ていた地図に記載されている一つの村を指し示した。

「ここから北西へ100kmの所にヤプリーンという村がある」

そこに行くには車だと砂漠や岩山を避けて大きく迂回しないといけないため車だと二日間掛かってしまう。そのため村の住民はセスナ機を使って移動しているとジョセフは話す。

「まずこの村へ行きセスナを買ってサウジアラビアの砂漠を横断しようと思う」

今までは他の乗客を巻き込まないように飛行機での移動を控えてきたが、セスナなら乗客は自分達しかいないうえ操縦も出来るから旅行日程の短縮になると得意気に笑ったジョセフ。そんな自分の祖父を見た承太郎はシートに深く凭れると頭の後ろで腕を組んだ。

「生涯に三度も飛行機で落ちた男と一緒にセスナなんかあまり乗りたかねーな」
「………さっ! それでじゃ、その前にこの砂漠をラクダで横断してヤプリーンの村へ入ろうと思う」
「ラクダ…?」

ジョセフの口から飛び出した動物の名に名前は首を傾げる。不思議そうにする名前に頷いたジョセフは「ラクダなら一日で村につく」と地図を見た。

「おい! セスナはいいがちょっと待ってくれ! ラクダなんか乗ったことねーぞ!」
「フッフッフッ……任せろ、わしはよく知っている。教えてやるよ」

焦るポルナレフに腕を組んで堂々とするジョセフが「リラックスして安心してろ」と不敵に笑う姿を見ていた名前は嫌な予感を感じていた。


* * *


「……焼けちゃう」

ジリジリと肌を刺してくる強い日差しに名前はシュンとしながら番傘の中で縮こまっていた。
先程まではお洒落で快適な高級車に乗っていたのに、ジョセフは小さな町に車を止めさせると物々交換と言ってラクダ五匹と交換してしまったのだ。
名前の体に残っているDIOの呪縛を早く解いてあげようと出来るだけ短縮ルートを選んでくれるジョセフ。その心遣いは大切にされていると実感できてとても嬉しいのだが、砂漠のあるこの地の日差しは名前にとっては凶器であった。
腕を隠すために長袖のチャイナドレスを着て、脚を隠すためにパンツを履き、更にその上には日差し除けのケープを羽織って、番傘を差して完全防備をしているのにも関わらず肌がヒリヒリする感覚に名前は二日間掛かってもいいから車で行きたかったと恨めしそうにラクダの乗り方をレクチャーしているジョセフを見ていた。

「あのじゃな、ラクダっていうのはまず座らせてから乗るのじゃ!」

座らせようとジョセフがラクダからぶら下がる手綱を下に引く。しかしラクダは座るどころか微動だにしなかった。

「ちょっ、ちょっと待っておれ! 今すぐ座るからな!」

最早手綱ではなくラクダの首にしがみつきながら座らせようとしているジョセフに、ポルナレフは本当に乗った事があるのかと訝し気にしていた。

「わしゃあのクソ長い映画『アラビアのロレンス』を三回も見たんじゃぞっ! 乗り方はよーく知っとるわい!」
「映画〜〜!?」

本当は乗った事ないじゃないかとポルナレフが叫んだ瞬間、ずっと座れと命じられていたラクダが反撃とばかりにジョセフの顔に涎を振りかけた。

「……うわぁ、」
「………日焼け止めになるんじゃ。知らなかった? 名前ちゃんも塗るといい」
「やだやだ! いらないっ!」

ネトォ…と随分と粘着質な液体を顔中につけたまま近付いてくるジョセフに、名前はブンブンと首を横に振るとすかさず承太郎の背中に隠れた。

「よ〜し、みんな予定通りうまく乗れたようじゃの〜〜」

結局ジョセフのレクチャーではなくラクダを飼育していた男に乗り方を教えてもらった名前達は何事もなく無事にラクダに乗る事ができた。
しかしジョセフだけは無理やり座らせようとした事が効いているのか、暴れたラクダに振り落とされ出発する前から傷だらけである。

「それでは砂漠を突っ切るぞ! みんな! 北西へ向かって出発進行じゃ〜〜!!」

それでも元気よく向かう先である北西を指差したジョセフに、皆を乗せたラクダ達は正反対の方角へと歩き出した。

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