「……死んじゃう、」

何もない砂漠の地は名前にとっては地獄だった。
高々と昇ってジリジリと肌を焼こうと鋭い陽の光を放つ太陽。それを遮ってくれる背の高い建物や木々がこの砂漠にはないため、名前はラクダに乗りながら出来るだけ番傘から体が出ないように縮こまっていた。

「おかしい、やはりどうも誰かに見られている気がしてならない…」

名前が太陽と孤独な闘いをしている中、砂漠に立ち入る前から人の視線と気配を気にしていた花京院がここでも辺りを気にする素振りを見せる。
そんな花京院に伴うように辺りを見回したポルナレフは「少し神経質すぎやしないか?」と花京院に視線を向けた。

「ヤシの葉で足跡は消しているし、数十キロ先まで見渡せるんだぜ。誰かいりゃあ分かる…」
「いや…実は俺もさっきからその気配を感じてしょうがない」

花京院に続き承太郎まで気配を感じているとなると気のせいで終わらすのは少々無理がある。ならばとんでもない視力を持っている『星の白金』で調べてもらおうとジョセフは承太郎に双眼鏡を手渡した。
ジョセフから双眼鏡を受け取った承太郎は『星の白金』を出して双眼鏡を覗き込む。カシャ、カシャと写真のように承太郎の目に映し出される遥か遠くの砂漠の地には、怪しい人影や物は一切存在しなかった。

「どこかに不審なものでも…?」
「いや…何も見えない…」

承太郎は自分自身の目で何もない事は確認済みなのだが、妙な違和感を感じていた。険しい顔で辺りに視線を向ける承太郎に、ポルナレフはゴクゴクと水を飲みながら「おい行こうぜ」と先を促す。

「それにしても暑いぜ…見ろよ、気温が50℃もあるぜ」
「…50℃…名前さん、大丈夫ですか?」

見せられた温度計は確かに50℃と示されていて、これだけ気温が高いとなるともちろん日差しも相当強いものに間違いない。そんな強い陽の光が降り注ぐ中に日差しに弱い名前がいるのだ。心配になった花京院はちらりと名前の方を見る。

「……だいじょうぶ、まだたえれる」
「…とても大丈夫そうには見えねえぜ」

自分に言い聞かせるように虚ろな目で「大丈夫」と何度も繰り返す名前に承太郎でさえ心配そうな目を向ける。

「今の時間が一番暑い時間じゃ…名前ちゃんには辛いだろうがもう少しすれば日も弱くなるじゃろう」

昼時を過ぎた時間が一番太陽も高く昇る。
しかし後は沈むだけなので名前にはもう少し耐えてもらおうとジョセフは今の正確な時間を確認するため懐中時計に視線を落とす。

「!!」

時計を見たジョセフは驚愕した。
気温が50℃になるほど暑く、火傷しそうなほどの日差しが降り注いでいるのにジョセフが愛用している懐中時計の針は夜の八時十分を指し示していたのだ。
壊れてしまったのかと眉を顰めたジョセフは腕時計を持っている承太郎へと声を掛ける。

「お前の時計いま何時だ?」
「は?」

時計を持っているにもかかわらず時間を尋ねてくるジョセフに承太郎は訝しげにするも自分の腕にある時計に目を落とす。

「八時十分………!?」

承太郎も自分の時計が指し示す時間に目をカッと開いた。そしてジョセフは自分の時計と承太郎の時計が狂っているわけではないと気付き、暑さで流れるものとは違う汗を流す。

「う…うっかりしていたが…どういうことだ! 午後八時を過ぎているというのに!」
「「!?」」

現在の時間を聞いた花京院とポルナレフは驚きに目を見張り、名前は頭が回らないのか「…はちじ……はちじ…?」と繰り返している。

「なぜ太陽が沈まないッ!」
「ばっ、馬鹿なッ! 温度計がいきなり60℃に上がったぞ!」

ジョセフが異変に気付いた瞬間、太陽は今よりも更に高く昇って気温もぐんっと上がり始めた。

「西からグングン昇ってきているぞッ!」
「ま…まさかあの太陽がッ!」
「スタンド!!」

本来ならとっくに沈んでいるはずの太陽が威力を増して空に浮かんでいる事から、これは敵スタンドの襲撃だと気付いたジョセフ達。
あまりのスケールの大きいスタンドに「な…なんてこった」とポルナレフが驚きの声を漏らしたその時、どさりと何かが落ちたような音が彼らの耳に聞こえてきた。

「…っ、う…ぁ…」

音のした方に視線を向けたジョセフ達の目に映ったのは砂地に倒れる名前の姿だった。どうやら彼女はラクダから落ちてしまったらしい。

「名前ッ!!」

名前の姿を視界に捉えた承太郎はすかさずラクダから飛び降りると倒れ込む名前の体を抱き起こす。

「っ、おい! しっかりしろ!」
「……っ、じょう…たろ、」

呼び掛けに反応した事から辛うじて意識はあるようだが、名前はぐったりと承太郎に凭れ掛かったまま動く気配がない。様子のおかしい名前に承太郎は焦りの表情を浮かべる。

「じじい! 名前がやべーぜ!」
「Oh my god! この『太陽』のスタンドの日差しが強すぎるあまり名前ちゃんの体が耐えきれる上限を超えてしまったんじゃッ!!」
「おいっ、どうするんだよジョースターさんッ!」
「承太郎ッ! こっちに身を隠せるような岩がある! 早く名前さんを運ぶんだ!」
「っ、ああ…!」

落ちていた名前の番傘を持った花京院に人が隠れられそうな大きさの岩へ誘導された承太郎は、名前を抱え上げると素早くその岩陰へと身を隠す。
そして承太郎と花京院に続くようにジョセフとポルナレフも岩陰に飛び込み全員が岩陰に身を隠した状態になると、太陽のスタンドは益々日差しを強くして気温を上げた。

「どうやって闘うッ! あの太陽のスタンド、遠いのか近いのかも分からねーぜ。距離感が全くねーッ」
「てっとり早いのは! ……本体をブチのめすことだな」
「…うむ……本体か…」

ジョセフはちらりと承太郎に抱えられている名前を見る。
荒い息を吐きながら必死にこの状況に耐えている名前の姿にぐっと歯を食い縛ったジョセフは絶対この近くに潜んでいるはずのスタンド使いを見つけてやると、岩の影から砂漠を慎重に見渡し始めた。しかしそんなジョセフの決意も虚しく、スタンド使いは未だに見つけられないでいた。
その間も太陽のスタンドは力を弱める事はなく、あまりの暑さにジョセフ達が乗っていたラクダが次々と倒れ出してしまった。暑さに強いラクダですら倒れてしまうこの気温だ、自分達もいつああなるか分からないとジョセフが息を飲んだ時、花京院が岩陰から身を乗り出した。

「じっとしていてもしょうがないッ! 僕の『法皇』で探りを入れてみるッ!」
「花京院ッ!」
「敵スタンドの位置を見るだけです。どの程度の距離にいるのか分かれば……」

本体が分かるかもしれないと太陽のスタンドに『法皇の緑』を近付かせていく花京院。20m…40m…60m…徐々に距離を伸ばしていって100mに『法皇の緑』が到達した時、太陽のスタンドがギラリと怪しく光りだした。

「…! なにかやばい! 花京院『法皇』を戻せ!」
「なにか仕掛けてくるぞッ!」
「その前にエメラルド……!?」

承太郎とポルナレフの忠告を無視して攻撃をしようとした花京院だったが、それよりも早く太陽のスタンドが光線を放ったのだ。それは花京院を傷つけ、ラクダを射抜き、名前達が身を潜める岩までも溶かしてしまった。

「うおおおお野郎ッ!」

雨のように降ってくる光線をポルナレフは『銀の戦車』を出してレイピアで光を弾く。しかしそれにも限界があるわけで、弾き損ねたものは地面や岩を抉っていく。このままここにいればハチの巣にされてしまうとポルナレフが焦りを見せた時、承太郎が『星の白金』を出した。

「『星の白金』で地面に穴を開けるから中へ逃げ込めッ!」

地面に強烈な一撃を『星の白金』が放ったおかげで大きな穴が開き、名前を抱えた承太郎を筆頭にジョセフ達はその穴の中へと逃げ込んだ。
中に入ってからは太陽のスタンドに光線を放たれる事はなくなったが、相変わらず殺人的な日差しは降り注がれているために穴の中は現在蒸し風呂状態となっている。
ジョセフに怪我の心配をされた花京院は、傷は軽傷で済んだが暑さでどうにかなりそうだと頭を抱えた。

「…名前…大丈夫か?」

そんな彼らを横目に承太郎は穴の一番奥に横たわらせた名前を見下ろす。
穴の中ということもあって直射日光を避けられているせいか、外にいる時よりは名前の呼吸も落ち着き始めていた。

「…大丈夫だよ……ごめんね、承太郎も辛いのに…」

名前は承太郎の顔に流れる大粒の汗を見て申し訳なさそうに眉を下げた。

「別に…名前が気にすることじゃあねえぜ」
「…ん、」
「ここだと日は当たらねえ。スタンド使いのことは任せて休んでな」
「……ありがと…」

承太郎の優しい気遣いに頬を緩めた名前は、そのまま意識を深い所へと沈めていった。


* * *


「やれやれ…情けねーじじいだ。てめー暑さのせいで注意力が鈍ったことにしてやるぜ。とても血の繋がりがある俺の祖父とは思えねーな」

名前に言った通り近くに潜んでいたスタンド使いの場所を見抜き、見事に一撃で倒した承太郎は唖然としている自分の祖父を冷え切った目で見下ろしていた。

「えっ…ということは…こいつもうやっつけちまったったてことかァ〜!?」

頭に大きなタンコブを作って気絶している男に信じられないと叫ぶジョセフ。
そんな祖父を鼻で笑った承太郎は、穴の奥で眠っている名前の体を抱え上げ通常通りの夜を迎えた砂漠の地へと連れ出した。

「花京院」
「なんだい?」
「その男が乗っていた車に氷あったか?」
「氷か……男が飲んでいた飲み物に氷が入っていたからあるんじゃあないかな」
「…そうか」
「でもなんで氷なんか…?」

砂漠の夜は昼間とは偉く違って肌寒くなる。更に言えば太陽のスタンドのせいでたくさん汗をかいてしまった体は冷え切っているのだ。それなのに氷を必要としている承太郎に花京院は疑問符を浮かべながら尋ねると、承太郎は「こいつに使おうと思ってな」と自分の腕の中にいる名前を見た。

「…名前さんに…?」
「ああ。こいつのことだから時間が経てば治るとは思うが……」
「…なるほど。確かに冷やした方が早く治るかもしれないな」

言葉を切ってちらりと再び名前に視線を落とした承太郎に花京院も釣られて名前を見ると、分かりにくいものではあるが服では隠すことが出来ない部分である顔や手などが日焼けした時のように赤くなっていた。
太陽のスタンドに襲われている時は番傘を差せるような状況ではなかったため直接浴びてしまったのだろう。承太郎はそれに気付いて処置をしようとしていたのだ。

「氷なら僕が持っていくから名前さんをテントに運んでてくれ」
「……助かる」
「! まさか承太郎からそんな言葉を聞けるとはね」
「…チッ」

ふふっと花京院に笑われてしまった承太郎は舌を打って目の前にいる男を睨み付けると、踵を返してポルナレフが張ったテントの方へと名前を連れて歩いていってしまった。

「…『助かる』か、」

花京院は離れていく承太郎の背中を見ながらついさっき承太郎に言われた言葉を反芻する。
承太郎と旅をするようになってから初めて言われたかもしれない四文字に、彼がいなくなった今も思わず笑いが込み上げてしまった。
普段礼など言わない男があんなにも素直に言葉にするなんて、それほど腕の中に抱いていた名前の事が大事なのだろう。なんてったって彼女は承太郎にとって初恋の相手であり、現在進行形で恋をしている相手なのだから。
ジョセフがこっそり教えてくれた事を花京院は思い出し、ふっと笑った。

「……それは僕も同じだよ、承太郎」

ポツリと呟かれた花京院の言葉は静寂に包まれた砂漠の夜に消えていく。
好きな人の幼馴染みが恋敵なんてついてないなと肩を竦めた花京院は気絶した男の車を我が物顔で漁ると、承太郎と名前が待つテントへと制服の裾を翻しながら向かっていった。

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