太陽のスタンドに苦しめられ一時はどうなる事かと思われたが、無事に砂漠を進み目的地のヤプリーンという村に辿り着いた承太郎一行。
強すぎる日差しのせいで耐えられる限度を超えてしまった名前も、承太郎と花京院のおかげで本来の白い肌を取り戻し、村のホテルに着いた頃にはいつも通りの元気な姿を見せていた。
「…典明、起きてる?」
そしてホテルで一夜を明かした名前は、珍しくまだ起きて来ない花京院をジョセフに「起こして来てくれ」と頼まれ、彼に宛てられた部屋の前へと来ていた。
「入るよ?」
ノックをして声を掛けてみたが中から返事が聞こえてこなかったため、名前はドアノブに手を掛けゆっくりとドアを部屋の内側に押した。
「……寝てる、」
窓が開けられていない部屋は薄暗く、ベッドにはパジャマ姿の花京院が横になっていて、どうやらまだ眠っているようだった。
しかし砂漠では慣れないラクダに乗り、スタンドに襲われ、テントを張って野宿をしていたので疲れが取れなくても当然だろう。
気持ちよく眠っている彼を起こすのは忍びないがジョセフ達も待っているため仕方ないと、名前が花京院の肩に手を伸ばそうとした時ーー。
「うわああああッ!!」
「!?」
花京院は叫び声を上げながらベッドをガタガタと揺らして暴れ始めた。
突然激しく暴れ出した花京院に名前はビクッと体を跳ねさせて目を開くが、未だに顔を恐怖に歪め手足をバタつかせながら叫ぶ花京院の姿に普通じゃないと感じ慌てて肩を揺する。
「うわあああ!!」
「典明! どうしたの!?」
「うわああああーッ!」
「典明ッ!!」
「はっ!」
名前の大きな声にパチッと目を開けた花京院は勢いよく体を起こすと、キョロキョロと部屋を見渡した。
「ここは…!」
「典明!」
「…名前、さん? なぜ名前さんが、」
「全然起きて来ないから起こしに来たんだけど…」
名前は呆然とする花京院を心配そうに見つめ「魘されてたけど、大丈夫?」と尋ねた。
「…恐ろしい夢を見たんです……本当に恐ろしかったんだ」
「恐ろしい夢?」
息を吐きながら顔を手で覆う花京院に名前は「…うーん」と考えるように顎に手を置くと、唐突にベッドの縁にポフッと腰を下ろした。
「…名前さん?」
「良かったらその夢の話聞かせてくれる?」
「え、」
「ほら、悪夢は人に話すと忘れられるって言うし! ……怪談的な話はちょっと最後まで聞けるか分からないけど…」
眉を下げながら笑う名前に花京院は一度目を見張ったが、自分を気遣ってくれる名前に嬉しくなり「ありがとうございます」と微笑んだ。
「…でも、すみません…覚えていないんです」
「え、覚えてないの?」
「はい……内容は思い出せないんですが、とにかく恐ろしかったことだけは確かです、」
「んん〜?」
不思議そうに首を傾げる名前に「すみません」ともう一度謝った花京院。そんな彼に名前は首を横に振るとベッドから立ち上がった。
「よし! じゃあご飯食べよう!」
「……ご飯、ですか?」
「うん! ご飯食べてお腹が満たされると幸せな気持ちになるでしょ? そしたら恐かったことも忘れちゃうって!」
「…ふふっ、そうですね」
何とも名前らしい考えに思わず吹き出した花京院は、閉じていた窓を開けて差し込む陽の光に「ひゃ〜、暑そう」と笑う名前を、眩しそうに目を細めて見つめていた。
「っ…?」
しかしピリッとした痛みが左手に走り花京院は顔を顰める。
左手を見てみると切り傷が出来ていて、ポタポタと流れ出た血がシーツに赤い染みを作り出していた。
「? ……一体どこで?」
ついさっき出来たような真新しい傷に、身に覚えのない花京院はただ首を傾げることしか出来なかった。
* * *
「おいおい! ちょいと待ってくれ!」
朝食を食べ終えた名前と花京院が先にホテルを出てしまったジョセフ達の元へ向かっていると、何やら昨夜にセスナを売ってくれた男と揉めているジョセフの姿が目に入ってきた。
「どうしたの?」
「…名前か」
ジョセフから少し離れた場所に立っていた承太郎に話し掛けると、承太郎は名前に視線を向け「事情が変わったらしいぜ」と溜息を吐いた。
「…事情?」
何でも昨夜にお金まで支払っていたのにもかかわらず、今朝になって男はセスナを売ることは出来ないとジョセフに言ってきたようだ。
どういうことだと食い下がるジョセフに男は「おカネは返すよ」と言うと、背後に控えていた一人のシスターを手で示した。
「実は赤ん坊が病気になってね。熱が39℃もある」
「え!」
この村には医者がいないため町まで乗せていかなければならないと話す男にジョセフは目を丸くする。
「赤ん坊?」
男が言う通りシスターが持っている籠の中には汗をかいて苦しそうにしている赤ん坊の姿があり、その姿を見てしまった以上無理にセスナを売れと言えなくなってしまったジョセフは、別の飛行機を売ってくれないかと交渉する。
「向こうの飛行機はだめなのか?」
「あれ故障中ね…他に村には二機あるけど今出払っていて二日しないと戻って来ないね」
唖然とするジョセフに男は医者に連れて行って再び村にセスナが戻って来るのは明日の夕方になってしまうが、その後なら譲ってもいいと話を持ち掛けた。
「明日の夕方? わしらにもこの子の命に関わる理由がある! この村に二日も足止めを食らうわけにはいかんッ!」
「どんな理由か知らんがこのオレにお宅達に飛行機を売ってあの赤ちゃんを見殺しにしろと言うのかね?」
「うう……それは……」
男の言う事も尤もなのでジョセフは押し黙ってしまった。しかし自分達も先を急がなければならない理由があるのだ。
元気そうにしてはいるが名前の背中にはホリィから取り込んだDIOの呪縛の痕が未だに残っていた。それから一刻も早く解放してあげたい。そんな一心でエジプトを目指し先を急いでいるのだが、赤ん坊を見殺しにするのも…とジョセフが葛藤していると「こうしてはどうでしょう?」とシスターが声を掛けてきた。
「セスナは五人乗るだけでギリギリですが、赤ちゃん一人くらいなら乗せられます」
名前達に赤ん坊を医者まで連れて行ってもらえればいいのではないかと提案するシスター。
確かにそれなら二日も足止めされることはないが、他人の赤ん坊を連れていてもしスタンド使いに襲われでもしたら償っても償いきれない。
ジョセフはそれは困ると首を横に振った。
「赤ちゃんが我々と来るのは危険だ!!」
「ジョースターさん、俺は大賛成だぜー」
意外にも乗り気なポルナレフは、上空を百キロのスピードで飛ぶセスナならスタンドだって襲うことは出来ないだろうとニッと笑った。
「それに!『車』や『船』がスタンドってのもあったがこの飛行機は正真正銘メカだぜ」
「…うーん…名前ちゃん、承太郎、花京院どう思う?」
「シスターさんの言う通り連れてってあげた方がいいんじゃない? 辛そうだし…」
「俺はスタンドよりじじいの操縦の方が心配だがね」
「…そういう事聞いとるんじゃあないわ!」
「承太郎、あんまり口にすると本当になっちゃうからだめだよ」
「ああ、そうだな」
「名前ちゃんまで…ッ!」
「お前らジョースターさんで遊ぶのやめろよな〜」
「……」
承太郎と名前に弄られ落ち込むジョセフを適当に励ますポルナレフがいる中、花京院だけは静かにシスターに抱かれた赤ん坊を見ていた。
* * *
結局赤ん坊を医者のある町に送り届けることに決めたジョセフはセスナの運転席に座り、先程名前と承太郎に弄られた事を少々根に持っているのか慎重に操縦桿を握っていた。
「…どうじゃ乗り心地は」
「も〜、ごめんってば」
「ふん」
明らかに拗ねているジョセフに名前は苦笑を浮かべ、承太郎は面倒くさそうに顔を背けた。
「安心しなジョースターさん。眠くなるくらいには心地いいぜ」
名前達の会話を聞いていたポルナレフはウトウトしながら前に座るジョセフの背中を見る。
「すまねーが30分くらい寝かせてもらうぜ」
一つ大きな欠伸をするとポルナレフはもぞもぞと寝る体勢を整え、そのまま眠りに落ちていった。
「なんで乗り物に乗ると眠くなるんだろうね」
名前は一瞬で眠りに落ちたポルナレフと、右隣に座り既に深い眠りについている花京院を見て小さく呟いた。
「激しすぎない揺れが人間にとって心地いいって聞いた事あるぜ」
「確かに赤ん坊をあやす時や寝かしつける時に揺れたりするしの〜。名残があってもおかしくないんじゃあないか?」
「なるほど揺れか〜」
納得したような表情を浮かべた名前は自分の膝の上にいる赤ん坊を見る。
小さな彼は村を出た時よりは安らかな表情で眠っていて、その様子に承太郎とジョセフが言う通り揺れが心地いいのだろうと微笑んだ名前。
そんな彼女の目もまた眠気のせいでとろんとしてきていた。
「…ごめん、私も少し寝るね」
「ああ」
「わしのことは気にせず寝られる時に寝ておくといい」
「…ありがとう、」
ジョセフの言葉に甘えた名前は目を閉じると、こてりと花京院の肩に頭を預けて眠ってしまった。
「…チッ、」
「そう嫉妬するなよ承太郎」
「してねえ」
「……」
仕返しとばかりにニヤニヤと孫を揶揄うジョセフと、そんな祖父を心底うざったそうに睨み付ける承太郎は知らない。
名前の膝の上で寝ていた赤ん坊がニヤリと笑ったことを。
* * *
「! な、なに…!?」
眠りについたはずの名前は眼前に広がる光景に目を大きく開いた。
「…ゆ、遊園地…?」
大きな城があったり、様々なアトラクションが見て取れることからここが遊園地だと分かる。
しかしなぜ自分はここにいるのか。確か砂漠を横断するセスナに乗っていたはずなのにと名前が戸惑っていると、すぐ側から自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「名前さん!?」
「おっ、名前まで来たのか〜」
「典明! ポルナレフ!」
名前が来たことに驚き焦る花京院と呑気にソフトクリームを舐めているポルナレフ。対照的な二人を見た名前は知り合いがいることに安堵の息を吐くが、ポルナレフの隣にあるモノを視界に捉えた瞬間悲鳴を上げた。
「ひっ…! そ、その犬…!」
「これか? よくできてるよなァ」
ピラッと犬の耳を持ち上げるポルナレフに名前の背筋に冷たいものが走る。
顔を鋭利な物で斬り裂かれ血や肉片を垂れ流す犬の死体に見覚えがあったのだ。
「…あの少年の…!」
ポルナレフの横にある犬の死体はホテルの近くに住んでいる少年が飼っていた犬に間違いなかった。
誰かに殺されてしまったと大泣きしている少年と犬の死体を、名前は花京院と共にホテルを出る時に見掛けていたのだ。
「名前さんッ! 今朝僕が話した恐ろしい夢とはこのことだったんです!」
「っ、え…」
「この犬は僕の前で殺されたんです! 夢のスタンド『死神13』に…ッ!」
「ス、スタンド!?」
この空間にいるのは敵スタンドのせいだと話す花京院に名前は驚愕するが、依然ポルナレフは呑気に観覧車の座席にゆったりと腰掛けていた。
「お前スタンドの夢なんか見てたのか? リラックスしろよリラックス」
「違うッ! スタンドの夢じゃあなくて『夢』のスタンドなんだッ!」
「そうだよォ〜〜だからここは夢なんだろ?」
「分からんやつだなッ!!」
何を言っても通じないポルナレフに苛立ちを露にした花京院はガンッと観覧車の鉄枠を殴りつける。
「ラリホォー。本当ッ! 頭の悪い野郎だぜッ!」
「「「!」」」
突然第三者の声が死んでいるはずの犬から聞こえ、名前達は顔を見合わせる。
すると犬の斬り裂かれた顔からブチブチと嫌な音を立てて拡声器が徐々に姿を現し始めた。
驚く名前達に「死神世界の夢の中にいるんだよ!」と大きな声を響かせた拡声器は、ガシャンと名前達の足元へと転がり落ちる。
「な…なんだこいつは…!」
「ポルナレフッ! 戦いの態勢を取れッ!」
拡声器に次いで犬の傷口から現れたギョロリとした目玉に、これが『死神13』だと確信した花京院は名前を背後に隠すとポルナレフに指示を出す。その瞬間ーー。
「うおおおああッ!!」
夥しい血を噴き上げながら現れた『死神13』は、ポルナレフの首を片手で鷲掴みにした。
「ポルナレフッ!」
「『銀の戦車』で戦えッ!」
花京院の声にポルナレフが『銀の戦車』を出そうとするがなぜかスタンドは出現しない。それは花京院も同じで『法皇の緑』を呼ぶが一向に姿を現してはくれなかった。
「『戦車』がで…出ねえ……」
「『法皇』が出てこない! 出せない!」
「ポルナレフ!」
二人がスタンドが出ないことに愕然としていると『死神13』が持っている大鎌の刃先をポルナレフの口の中に入れ始めた。
「うぐぐっ!」
「ラリホー。夢の中で死ねるなんてロマンチックだと思わないかい?」
「うおおおっ!」
ポルナレフは何とか抵抗しようと手足をバタつかせるが、相手はスタンドのため彼の手足はスルリとすり抜けてしまう。その様子を見た『死神13』はニヤリと目を歪ませると、首を切断するように大鎌を真横に勢いよく振り払った。
「やめてーーッ!!」
「ポルナレフーーッ!!」
「ぬう!」
「……ポルナレフ…?」
「……ポルナレフが、消えた?」
振り払われた大鎌はポルナレフの頭と胴体を切り離すことはなく、ただ誰もいない空を切っただけで終わった。
名前と花京院は突然姿を消したポルナレフに呆然とし、『死神13』は残念そうに舌を打つ。
「まあいい…どうせ目を覚ましたところで記憶は消えているんだからな…また眠ったところを殺ればいいのさ」
くるりと振り向いた『死神13』は目玉のない空洞の目を花京院に向けた。
「さて花京院…お前が先だ〜〜ラリホ〜〜っ」
「っ!」
不気味に笑う『死神13』にスタンドを出して戦うことも出来ない花京院の顔には恐怖が滲み出ていた。
ジリジリと距離を詰めてくる『死神13』に冷や汗を流し息を飲む花京院。そんな彼の前に自分より小さな背中が現れた。
「む?」
「典明は絶対に殺させない」
「っ、…名前さん…?」
花京院を庇うように立ち塞がった名前は、目の前に迫る死神を鋭い目で睨み付けた。
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