花京院の前に名前が立ち塞がったせいで動きを止めざるを得なくなった『死神13』は大きく舌を打つ。

「…チッ、自分の身を盾に使いやがったな」
「私が典明の前を退かない限りあなたは攻撃できない。違う?」
「…ぐっ、」
「DIOに言われてるんでしょ、私に手を出すなって……それとも私ごと典明を斬る?」
「……」

息を詰まらせる『死神13』にまさかこんな所で自分がDIOに気に入られていることが役に立つとはと名前は内心苦笑いを浮かべる。
DIOの力を借りるようで複雑な気持ちではあるが、これで目の前の死神に花京院は手を出されることはないだろうと名前が安堵したその瞬間ーー。

「!…う、ぐっ…!」
「なにっ!?」

あろうことか背後に庇っていた花京院の手が名前の首を絞めつけ始めたのだ。
ギリギリと力が込められる両手の五指に名前が苦し気な声を漏らす。

「なっ、なぜ僕の手が名前さんの首を…ッ!」
「っ…のり、あ…き…っ!」
「名前さんッ!!」

意思とは関係なく勝手に名前の首を絞めつける自分の両手に目を大きく開いた花京院は、息苦しさから途切れ途切れに自分の名を呼ぶ名前を見て悲痛に顔を歪める。
一刻も早く首から手を離さなければと両腕を引くように力を入れてみるが、自分の手は離れるどころか増々彼女の細い首を折る勢いで絞めつけた。

「なんで離れないッ! 離れろ…ッ!」
「か、は…っ」
「ラリホォ〜〜ッ!」

必死に自分の両手と格闘する花京院と、息苦しさに耐える名前の横で甲高い声を上げたのは『死神13』だった。

「離そうたって無駄なんだよ花京院ッ! お前の手は俺が操っているからな〜!」
「っ、貴様…ッ! 名前さんに手を出さないんじゃあないのか!?」
「馬鹿かお前は〜? 首を絞めているのは花京院…お前じゃあないか」

ニヤリと目と口を愉快そうに歪める『死神13』に花京院は軽蔑の視線を投げる。
確かに名前の首を絞めているのは花京院の両手だが、それは自分の意思とは違う。そう操っているのはお前だろうと怒鳴るも『死神13』は直接手は下していないと笑うだけだった。

「そんなに力を入れていいのか花京院?」
「…やめろ」
「もう少しで名前の首が折れちまうかもなァ」
「っ、…やめろ」
「よかったじゃあないか。最初に折る人間の首が名前の首で……ラリホ〜〜」
「やめてくれーーッ!!」

花京院の精神を蝕むように耳元で話す『死神13』は徐々に虚ろになっていく名前の瞳を見るとお決まりの台詞を吐き、更に操っている花京院の両手に力を込めた。
ミシリと嫌な音を立てる名前の首に花京院が叫び声を上げた瞬間、ポルナレフと同様に名前の姿が消えた。


* * *


「おいっ、名前!」
「っ、は…!」

ポルナレフに肩を揺すられた名前はパチリと目を開ける。
冷や汗を流しながらキョロキョロと辺りを見回すと心配そうに名前を見るポルナレフと承太郎、そしてジョセフの三人が彼女の目に入ってきた。

「…みんな…?」
「おいお前大丈夫か〜? なんかすげえ苦しそうだったから思わず起こしちまったぜ」
「ん…なんか怖い夢見てた気がする、」
「怖い夢だと?」
「うん……内容は覚えてないんだけど、怖かったことだけは覚えてる」
「それは可哀相にのう…後でおじいちゃん特製のホットミルクを作ってあげるから飲みなさい」
「…ありがと」

小さい子にするみたいに運転席から手を伸ばして頭を撫でるジョセフに名前は恥ずかしそうにはにかむと、隣で未だに眠っている花京院にちらりと視線を向ける。
花京院は眉間に深い皺を寄せて汗を流し、苦しそうに眠っていた。今朝見た時と同じような表情に思わず起こそうと声を掛けようとした時、ポルナレフに「ちょっと手伝ってくれよ」と赤ん坊を手渡されてしまった。

「これでいいと思う?」
「絶対違うと思う」

赤ん坊のおむつを変えたと言うポルナレフだが、おむつ代わりの布はユルユルに巻かれていて全然その役割を果たしていなかった。名前も布おむつの正しい巻き方を知っている訳ではないが、これは絶対に間違っていると声を大にして言える。

「かぁ〜! 面倒くせえな!」
「もうちょっとキツく巻いてもいいんじゃない?」
「え、それだと用を足した時尻とかにくっ付いたりするじゃあねーか!」
「漏れた方が大変でしょ?」
「俺だったら絶対いやだぜ!」
「…もういいよ。承太郎手伝って」
「ああ」

自分がする訳でもないのに嫌だと首を振るポルナレフに呆れた名前は、前に座る承太郎に布の端を持ってもらいながら何とかそれらしい形に巻き直していく。

「これでいいかな…?」
「さっきよりはいいんじゃあねえの」
「じゃあピンで留めちゃうね」

仕上げにと布の端を安全ピンで留めたその時、機内に花京院の絶叫が響き渡った。

「うわああああッ!!」
「っ!?」
「やめろッ! やめてくれッ!」
「どうした花京院!」
「ホテルの時と同じだ…!」

叫び声を上げながら暴れ出した花京院に名前はポルナレフに赤ん坊を渡すと、花京院を抱きしめるように押さえつけた。

「典明! 落ち着いて…っ!」
「なんだなんだ?」
「うわああ! やめろーッ!」
「うおっ!?」
「ジョセフおじいちゃん!」
「し、しまった! 操縦桿を!」

抵抗するように暴れる花京院の脚がジョセフを見事に蹴り飛ばし、ジョセフは反動で操縦桿に体をぶつけてしまった。そうなるともちろん操縦桿は押し込まれてしまう訳で。

「キリモミになった! 軌道修正ができんッ!」
「お…おい…ひょっとして墜落するのか? …このセスナ」
「……」
「だから言ったじゃん! 承太郎のばかッ!」
「俺のせいじゃあねえッ!」
「言ってる場合かよおめーらッ!」

ぐるぐると回転しながら真っ逆さまに地面へ向かって行くセスナに、名前は半泣きになりながら暴れる花京院を必死に押さえつける。

「なにをやってるんだジョースターさんッ!」
「典明が大人しくしてる今のうちに…ッ!」
「早く立て直せッ!」
「落ち着けッ! 騒ぐなッ! わしはパニックを知らぬ男!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ名前達を一喝すると、ジョセフは動かなくなってしまった操縦桿の代わりに『隠者の紫』を直接機械の中に滑り込ませて操作する。
すると制御不可能だったセスナは地面にぶつかるギリギリの所で体勢を立て直した。

「あっ、あぶねーっ!」
「やったーっ! 間一髪立て直しましたッ!」
「…三度目の正直ってやつ?」
「三度目っつーか、四度目だろ…」

喜ぶポルナレフとジョセフの横で、墜落しなかったことに安堵しながらも驚く名前と承太郎。またもや二人でジョセフに対して失礼なことを話していると、当の本人は聞こえていなかったようで嬉しそうに破顔しながら「名前ちゃん! 承太郎!」と二人の名を呼んだ。

「二人とも見たかーッ! どんなもんですかいィィーーッ! わしの操作はよぉーーッ!!」
「おい!」
「ジョセフおじいちゃん前!」

隣に座る承太郎と後ろに座る名前を交互に見ていたジョセフは前を見てはおらず、そのジョセフの代わりのように前を向いていた二人は目の前に迫って来ているモノに目を見張る。

「な…なんでこんな所にヤシの木があるの?」
「…やれやれ」
「…やっぱり」
「「こうなるのか」」

調子に乗ったジョセフの前方不注意により、彼の操縦するセスナは砂漠のど真ん中に墜落した。


* * *


パチパチと燃える焚火をしゃがみ込んでじっと見つめていた名前は、不意に一人で名前達から離れた場所に座る花京院に視線を向ける。
ポルナレフに落ちたのはお前のせいだと言われてしまった花京院は、自分自身に戸惑っているようだった。恐ろしい夢を見たはずなのに思い出せない。目が覚めると寝る前より心身共に疲れている。そんな自分にとうとうおかしくなってしまったのかと花京院は頭を抱えていた。

「名前」
「…承太郎」

背後から承太郎に声を掛けられた名前はしゃがんだまま首を反らすように上に向ける。名前の目とかち合った承太郎もちらりと花京院に視線を向けると「…気になるのか」と呟いた。

「うん…典明、朝から恐ろしい夢を見たって言って元気なかったんだよね…」
「…じじいも言っていたがここ連日スタンド使いと戦ってきたんだ。疲れが溜まっててもおかしくないだろーぜ」
「そう、だよね」

承太郎とジョセフが言う通りDIOの刺客達は休ませてはくれない。こっちの都合などお構いなしに来るものだから疲れが溜まって当然である。それが精神にも影響して悪夢を見せているのだろうと話す承太郎に名前も同意するように頷いた。
しかし妙な違和感が拭えず、名前は無意識に自分の首を擦りながら花京院を心配そうに見つめていた。

「典明…?」

すると花京院は徐に腰掛けていた岩から立ち上がると、フラフラとした足取りで赤ん坊の元へと向かって行く。
その様子を不思議そうに名前が目で追っていると、花京院は赤ん坊の胸ぐらを両手で掴み上げてしまった。
辺りに響く赤ん坊の泣き声に名前は慌てて二人の元に駆け寄ると「典明っ!」と花京院の手から赤ん坊を引き剥がして抱き上げた。

「はっ!」
「おい花京院! なにをしているッ!」
「い…いえ、」

一部始終を見ていたジョセフも花京院の元へ駆け寄り、名前の胸元にしがみ付きながら大泣きしている赤ん坊に視線を落とす。

「首を絞めるように抱くなんてどうかしているぞ!」
「! 首を、絞める…?」
「…典明、大丈夫?」

ジョセフの言葉を反芻しながら花京院はじっと名前の首元を見つめた。その顔には冷や汗が流れており、普通ではない彼の様子に名前が声を掛けるが、花京院は何も答えてはくれなかった。

「花京院、今夜は早く寝るといい。疲れを取りなさい…」
「っ、」
「名前ちゃん、赤ちゃんに離乳食を食べさせるから手伝ってくれんか?」
「……うん」

ジョセフにあっちに行こうと背を押された名前は一度花京院を振り返ると、そのままジョセフに連れられ花京院から離れて行ってしまった。

「おい承太郎…花京院のやつかなり精神が参ってるようだぜ……これからの旅を続けられるのかな…」
「……」

呆然と名前の後ろ姿を見ている花京院を、ポルナレフの声を耳にしながら承太郎は鋭い眼差しで見つめていた。

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