イギーがガムを噛んで大人しくしている間に荷物を車に積んでしまおうと、SPW財団の男と一緒に承太郎達はヘリコプターからせっせと荷物を降ろしていた。
ジョセフは新しい義手を受け取ると早速左手に装着し、着け心地や動きを確かめるように吟味している。その横では新しい番傘を差した名前が、あしらわれた花模様に「可愛い!」と嬉しそうに傘をくるくると回していた。

「旅に必要な水や食料です」
「おお、有り難い!」

荷物を両手に持った財団の男と承太郎が、ジョセフの足元にどさりと最後の荷物を降ろす。

「医療品や着替えなども入っています。あと…」

財団の男は荷物とは別に持っていた一つのポラロイドカメラをジョセフに差し出す。

「念写用の新しいカメラです」

ホテルや大きな街ではテレビでも念写は出来るが、現在いる砂漠のような何もない土地では一番カメラが重宝するのだ。
ジョセフは頼んでおいたカメラを男から受け取ると「おお、そうだ!」と何か閃いたようで、車に集まっていた名前達に「おいお前ら!」と声を掛ける。

「どうしたじじい」
「旅の記念に写真を撮るぞ!」

手にしたカメラを見せるように持ち上げたジョセフに、きょとんとしていたポルナレフは「いいねぇ!」と楽しそうに破顔した。
ジョセフは財団の男にカメラを預けると、未だに大人しくしているイギーを抱き上げて、近くにあった岩へと腰を下ろした。

「ここで撮ろう!」

笑顔で「早くお前らも来んか!」と手招きするジョセフに名前達は引き寄せられるように近付いていく。
ポルナレフはジョセフの隣に腰掛け、岩の後ろには向かって左から承太郎、名前、花京院、アヴドゥルの四人が並んで立った。

「いきますよ〜!」

カメラを託された男は合図として一度手を上げるとファインダーを覗き込む。ピントが合ってることを再度確認して写真を撮る時のお馴染の掛け声をすると、カシャリとシャッターボタンを押した。そしてーー。

「素敵な写真…!」
「ふふ、確かにいい記念になりますね」

前列には左手を持ち上げるポルナレフと、そのポルナレフの手の上に顎を乗せるジョセフ。そしてジョセフの腕の中でだるそうにしているイギーがいて、後列にはビシッと真面目に真っ直ぐ佇むアヴドゥルと微笑んでいる花京院。ポケットに手を入れて斜に構える承太郎と、そんな承太郎と花京院の腕に細い腕を絡ませ満面の笑みを浮かべた名前がいた。

「……ふっ、」

仲良さそうに写真に納まる六人と一匹の姿を見た承太郎は、嬉しそうに口角を上げる。

「それではMr.ジョースター。我々はこれで帰ります」

カメラを再びジョセフに渡した男は帽子の鍔をくいっと上げる。もう一人の財団の男は既に運転席に乗り込んでいて、離陸の準備に取り掛かっていた。

「旅立つ前に尋ねたいんじゃが…ホリィの様子はどうじゃ?」
「ホリィさんなら具合の悪さも発熱も見られず、元気に毎日を過ごしていますよ」
「…そうか」

日本に残してきた娘の元気そうな様子を告げられ、ジョセフは安堵の息を吐いた。どうやらホリィにはもうDIOの影響は全くないようだ。
それも全て、自分の身を犠牲にしてくれた彼女のおかげだろう。
ホリィが無事だと聞いて自分のことのように「よかった!」と喜ぶ名前を見たジョセフは、次は彼女を救う番だと決意するように拳を握った。

「引き止めてすまんかったな」
「待ってくださいMr.ジョースター!」

踵を返して車に向かおうとするジョセフの広い背を、今度は財団の男が引き止める。

「一つ情報があります」
「…情報?」
「カイロ市内にいるDIOと思しき人物を密かに探して調べていましたが、報告によると二日前…謎の九人の男女がDIOが潜伏しているらしい建物に集まって、そして何処かに旅立ったということです」
「! DIOと九人の男女だと!?」
「何者かは分かりません」

偵察していた財団の者は報告直後に連絡が一切取れなくなってしまい、DIOが潜伏していたとされる屋敷はもぬけの殻となってしまったようだ。
それに加え九人の男女の行方も分からなくなってしまい、スタンド使いではない財団の職員がそれ以上追跡するのは不可能であったと、男は苦々しげに話した。

「新手のスタンド使いか!?」
「いや待て! タロットカードに暗示される『皇帝』を除けば、残すは『世界』のカードただ一枚」

タロットカードの一部を構成する大アルカナは全部で22枚あり、逃げ出したホル・ホースを除けば『世界』というカード一枚しか残らない。
それがDIOのスタンドの暗示だと考えていた花京院は、新しく現れた九人の男女に戸惑い、その手の話に詳しいアヴドゥルに尋ねる。
しかし戸惑っていたのはアヴドゥルも同じだったようで、彼は「…私にも分からない…」と首を横に振った。

「九人だと?」
「スタンド使いだとしたら、何か暗示するものがあるってことだよね?」
「タロットカードではないことは確かですね…」
「…いずれにせよDIOのやつ、自分の首が新しい肉体にまだ馴染んでいないらしいな」

更なる刺客を送り込むような真似をすることから、ジョセフはDIOの首と自分の祖父の体が完全に馴染んでいないことに勘付く。そしてDIOのプライドの高さから、カイロからは絶対に脱出しないだろうということも容易に想像ついた。

「とにかく、我々のカイロ入りを拒むつもりらしいな…」
「やれやれ…新たな九人の刺客か。エジプトに着いても楽にはいかねーらしいな」

車体に背中を預けた承太郎は、これから待ち受けるであろう苦難に大きな溜息を一つ零した。


* * *


後部座席をイギーに独占され、運転席に座るジョセフと助手席に座る承太郎以外の者達は、荷物でいっぱいの荷台に追いやられるという珍事件が発生したが、特に大きな問題に見舞われることなく砂漠を車で横断していた。
しかしーー。

「飛び去ったSPW財団のヘリコプターが砂に埋まっているぞッ!」

順調に砂漠を横断していた名前達の前に、不自然な形で墜落しているSPW財団のヘリコプターが現れたのだ。

「気をつけろッ! 敵スタンドの攻撃の可能性が大きい!」
「見ろ、パイロットだ」

辺りを警戒するジョセフの横で、承太郎は機体の隙間に倒れている財団のパイロットを見つけた。

「…死んでいるぜ」
「つ、爪が剥がれてる…! すごい力で機体を掻き毟ったんだよ!」
「用心して近づけ。なにか潜んでいるかもしれん」

鉄の機体にくっきりとした爪痕を残して、苦悶の表情で絶命しているパイロットに承太郎とジョセフ、名前の三人は慎重に近付いていく。

「……水だ」

パイロットの死体を見下ろしてみると、大きく開かれた口の中には水が含まれていた。
なぜ水がと不思議に思った承太郎がパイロットの顔を傾けてみると、大量の水が口の中から溢れ出して地面に広がっていく。

「…こんなにいっぱい…?」
「口の中…いや、肺の中から大量の水が…小魚もいるぞ」

地面に出来た水溜まりにはピクピクと動く小さな魚がいた。
苦悶に満ちた表情に、爪が剥がれるほど藻掻いた痕。そして肺の中から出てきた大量の水に、男の死因に気づいた承太郎はあり得ない状況に顔を手で覆った。

「この砂漠のど真ん中で溺れ死んでいるぜ!」
「ど、どうして…どこから水が?」
「……一体何なんじゃ、」

辺りにオアシスのような水が湧き出ている場所もないのに溺死しているパイロット。
砂漠の真ん中では絶対に起きないであろう事態に、名前達が困惑していると「お、おい!」とポルナレフの声が聞こえてきた。

「もう一人はここにいる! 生きてるぞ!」
「「「!」」」

もう一人いたSPW財団の男が生きていると聞いた名前達は、ポルナレフに支えられている男の側へと駆け寄る。

「大丈夫かッ! しっかりしろ! 一体何があったんだッ!」
「……み、ず……」

震える指先で地面に落ちている水筒を指し示す男。その声は酷く掠れていて、よく見れば唇もひび割れている。きっと水で潤したいのだろうと、ジョセフは水筒を手に取ると飲み口を男の口元へと近付けてやる。

「ほらしっかりしろ、水だ。ゆっくり飲んで…」
「ヒィィィちがうッ! 水が襲ってくるぅぅ!!」

水筒を見た男はカッと目を開くと、掠れていた声が嘘のように大きな声で叫んだ。
するとその声に反応するように水筒の中から液体状のものが勢いよく飛び出し、手の形を模ると男の顔を鷲掴みにする。そしてそのまま男の頭ごと引き千切ると、小さな水筒の中へと引きずり込んでしまった。

「敵スタンドだッ! 水筒の中にいるぞ!」
「名前!」
「っ、うわ…!?」

どくどくと赤い液体を流し出す水筒に承太郎は隣にいた名前を抱えると、車の側で身を隠すように地面に伏せた。

「アヴドゥル! どんなスタンドか見たか!?」
「見えたのは手だけでした…しかしまだ水筒の中にいます!」
「承太郎! 敵の本体を探せッ!」
「今探しているぜ。だが……」

双眼鏡を覗き込み見える限りの範囲まで敵本体がいないか調べる承太郎だが、今回も残念なことに自分の視界の中に敵の姿を納めることは出来なかった。

「『太陽』の時のように間抜けな鏡にも注意したが……どうやら敵はかなり遠くから操作しているようだ」
「遠隔操作型か…」
「…どうするの?」
「…うむ、」

一番手っ取り早いのは敵本体を倒すことなのだが、近くにいないとなるとそれは限りなく不可能に近い。相手がどんなスタンド能力を持っているか分からない今、むやみやたらと動くのは得策ではないだろうとジョセフは頭を抱える。
せめてスタンドの姿形と能力が分かればいいのだがとジョセフが水筒を睨み付けていると、ゆらりと揺れ動く何かが映った。

「! …水、か…?」

揺れ動いている物に視線を移したジョセフは、それが水であることに気づく。
その水は徐々に手の形を模ると、鋭く伸びた爪で近くにいた花京院の両目を引っ掻いた。

「アッ!」

目元から血を噴き出してどさりと倒れる花京院に、彼の隣にいたポルナレフは「かっ! 花京院!」と悲痛な声を上げた。

「典明!?」
「水だッ! もう既に水筒からは血と共に外へ出ていたんだッ!」
「スタンドが水筒の中に潜んでいたのではなくて! 水がスタンドなのだッ!」

突然自分の真横で敵のスタンドに襲われ気絶した花京院にポルナレフは冷静さを欠いているようで、花京院の体を支えながら「うあああッ! 花京院がやられたッ!」と大きく叫んでいた。

「ポルナレフッ! パニックになるんじゃあないッ!『戦車』を出して身を守れッ!」
「うっ」

ジョセフの声にポルナレフが体勢を整えようと地面に手をついた瞬間、そこからじわりじわりと水が染み出してきた。
染み出した水はあっという間に手の形になると、花京院の時と同様に鋭い爪をポルナレフへと向ける。

「…やばい……ポルナレフもやられる…!」
「っ、ポルナレフ…!」

目の前に迫るスタンドにまるで石像のように動かなくなってしまったポルナレフ。
このままではポルナレフも切り裂かれてしまうと名前達が焦りを見せた瞬間、この場に電子音が鳴り響いた。

「!」

するとどうだろう。
今にもポルナレフを襲おうとしていたスタンドはくるりと向きを変えると、電子音を響かせるパイロットの腕時計を攻撃したのだ。
獲物を仕留められるチャンスを自ら逃すような行動に出た敵のスタンド。その不可解な行動に疑問符を浮かべていたアヴドゥルは、あのスタンドは視覚で情報を得ているのではなく、聴覚で得ているのだと気づいた。
だから石像のように固まっていたポルナレフではなく、大きなアラーム音を響かせた時計を狙ったのだ。

「音で探知して攻撃しているんだッ!」

敵スタンドが音を感知すると知って名前達が取る行動と言えばただ一つ、息を潜めることだ。
しかし息を潜めたことで、より鮮明にこの場に響いてしまう音があった。

 ――ポタ、ポタ

それは、花京院の目元から顔を伝って地面に滴り落ちる真っ赤な血の『音』だった。
くるりと向きをポルナレフと花京院がいる方へ変えたスタンドに、ジョセフは「やばい!」と声を上げた。

「今度こそ襲ってくるぞッ! 車まで走れッ!」
「名前! 俺達も車の上に登るぞ!」
「う、うん!」

地面にいては相手に音を感知され攻撃されしまうため、名前達は急いで車の上へと登る。
これで簡単には居場所もバレず、攻撃もされないだろうと安心するのも束の間。

「うああああ!! 脚を切られたッ!」

凄まじいスピードで追いかけて来たスタンドに脚を切られてしまったポルナレフは、大きくバランスを崩したせいで思わず花京院の体を離してしまう。

「『隠者の紫』!」

射程範囲に入ったポルナレフと花京院の体に咄嗟にスタンドを巻き付けたジョセフは、二人の体をぐいっと引っ張り上げた。その直後に彼らがいた場所をスタンドが通り抜ける。そしてーー。

「じ、地面に染み込んだ…」
「敵は音を探知して動くわけだから、我々に姿を見せないで土の中を自由に移動できる…地面から我々が気づく前に背後からでも足の裏からでも攻撃が可能!」

攻撃力と探知能力の高いスタンドに、安全な遠方からでも操作できる本体。
動きを制限されている中での戦いに全く勝てる策が浮かばないジョセフは、目元に切り傷を作った花京院と、そんな彼を泣きそうな顔で見つめる名前の姿を見て唇を噛み締めた。

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