がらがらと崩れる落ちる壁の向こう側に、太陽を背にして佇む三人の男の姿を見たポルナレフは、真ん中に立つ頼れる男の名を呼んだ。

「ジョ……ジョースターさん!」
「安心するんじゃ……ポルナレフ」

DIOが与えようとした支配という名の安心感とは違う、本物の安心感をたった一言と一つの笑みで与えてくれたジョセフに、ポルナレフは嬉しそうに破顔した。

「………」

差し込んできた陽の光に眩しそうに目を細めていたDIOは、そんな宿敵の相手を見てにやりと不敵に笑うと、宙を飛ぶように名前を連れて廊下の奥へと姿を消していく。

「「DIOッ!」」
「っ、…名前ッ!」
「今のがDIOだなッ!」

ほんの一瞬ではあったがDIOと、その腕に抱えられている名前の姿を確認することが出来たジョセフ達は、奥へと消えていったDIOを追うために階段を駆け上がろうとする。
しかしその背中を「やつを追う前に言っておくッ!」と、咄嗟にポルナレフが止めた。

「俺は今…やつのスタンドをちょっぴりだが体験した」
「「!」」
「い…いや…体験したと言うよりは全く理解を越えていたのだが……あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!」

ポルナレフは『DIOの前で階段を上っていたと思ったら、いつの間にか下りていた』と、にわかには信じ難い不可解な体験を嘘偽りなくジョセフ達に伝える。

「な…何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった…」
「……」
「…名前も最初はここにいなかったんだぜ……なのに瞬きもしない一瞬の間にDIOの側に連れて来られたんだ…」

催眠術や超スピードの類では断じてなく、もっと恐ろしいスタンド能力をDIOの『世界』は持っているはずだと話すポルナレフに、ジョセフと花京院は静かに耳を傾ける。
そんな二人を横目に何かを探すように上の階、下の階と辺りを見渡していた承太郎は、この場に見当たらない『もの』に疑問を持ち、ポルナレフに真っ直ぐな翠色を向けた。

「アヴドゥルとイギーは?」
「「!」」

目の前のDIOと名前に意識を向けていたジョセフと花京院は、承太郎に指摘されてようやくこの場にポルナレフしかいないことに気づく。
じっと三人分の突き刺さる視線に、ポルナレフは気まずそうに目を閉じると「…ここまでは来られなかった…」と、小さく呟いた。

「俺を、助けるために…」

館の中を歩き回っていた時に何度も聞いた破壊音と体に感じた衝撃から、彼らが館に侵入して闘っていることを承太郎達は理解していた。
そしてポルナレフが負った怪我を見るに、その闘いが壮絶であったことも容易に想像ついた。
そんな死闘を終えたポルナレフの「ここまでは来られなかった」と言う発言を鵜呑みにするのであれば、アヴドゥルとイギーはもう……と、承太郎達の中で最悪な結果が浮かび上がる。
しかし――。

「イギーは骨が折れちまってるし、アヴドゥルは俺を庇って脚を大きく怪我しちまったからな……だから部屋に残してきたぜ」
「……は?」
「本当はあいつらと一緒に来たかったんだけどな…」

ふっと寂しそうに息を吐き出したポルナレフは、すぐに表情を引き締め「でも…あいつらの気持ちは一緒だぜ」と、力強い眼差しで承太郎達を見据えた。

「……やれやれだぜ」
「紛らわしいんじゃよお前は!」

何とも勘違いさせるようなポルナレフの表情と話し方に承太郎は溜息を吐き、ジョセフは驚かせるんじゃないとポルナレフを睨み付けるが、アヴドゥルとイギーが命に別状はないと知り、彼らの顔には安堵の色が浮かんでいた。
そして花京院も承太郎とジョセフ同様にほっとした表情を浮かべていたが、背後に見える太陽が建物の陰に入っていくのが見え「ジョースターさん」と、少し焦ったように声を掛ける。

「陽が沈みかけています……急がないと…」

太陽が沈み吸血鬼であるDIOの活動時間内に入ってしまえば、ただでさえDIOの『世界』の能力を知らないこちら側が圧倒的不利な状況になってしまう。
そんなDIOに有利に立たれないようにするには、陽が昇っている今のうちに闘わなければならないのだ。

「…うむ、そうじゃな…」

一分一秒も無駄には出来ない状況にジョセフが先を急ぐことを同意するように頷くと、花京院は唐突に持っていた大きな袋を陽が当たらない場所に投げ置いた。

「おいヌケサク」
「ヒ…ヒィ!」

悲鳴を上げる袋の中身に花京院が「この階の上はどうなっている?」と問い掛けると、袋の中から恐る恐る一人の男が顔を出して「と…塔です」と、震える声で答えた。

「天辺に部屋が一つあります…DIO様は昼間その部屋で過ごすことも…」
「その塔に他に階段はあるのか?」
「な……ないです…こ、これ一つだけです」

DIOが名前を連れて向かった先は行き止まりだという情報を手下の男から聞き出した花京院は、その塔へ案内しろとサングラス越しに男を冷めた目で見下ろす。

「は、はいィ…ッ!」

先程承太郎によって痛い目に合わされた男は花京院の指示に逆らうことなく、自らが仕える主の元へ承太郎達を案内する。そして――。

「…こ、ここに…DIO様はいるかと…」

螺旋状のような階段を上った先にある広い塔の真ん中には、不気味な存在感を放つ『D』と金で装飾された棺桶が置かれていた。

「………」

明らかにDIOのものである棺桶を視界に捉えたジョセフが隣に立つ承太郎へ目配せをすると、承太郎は『星の白金』で木が打ちつけられた塔の窓を迷わず破壊する。
すると忽ち暗闇に包まれていた塔に眩しいくらいの陽の光が差し込み、DIOの血を貰って吸血鬼となっている手下の男は「ひィえええ!」と、慌てて光から遠ざかった。

「棺桶から出てきたら攻撃するぞ。だが気をつけろ……その中にいるとは限らんからな」

あらゆる可能性を考えて辺りを警戒しながら、ジョセフ達はDIOが身を潜めているであろう棺桶の周りを固める。
そしていつでも攻撃出来るように気を引き締めると、ジョセフは手下の男に「お前がその棺桶の蓋を開けろ」と指示を出した。

「D…DIO様ァ…わたしはあなた様を裏切ったわけではないのですから〜〜〜!」

ジョセフの指示に逆らえない男は裏切った訳ではない、DIOの力ならジョセフ達を倒せると確信しているからこの塔に案内したのだと、言い訳のような言葉をずらずらと並べる。

「つべこべ言っとらんでさっさと開けんかァーッ!」
「DIO様ァ〜〜! こいつらをブッ殺してやっておくんなさいましよおおおお!!」

ジョセフに一喝された男は冷や汗をだらだらと流しながら棺桶の蓋に手を掛けると、ギギギと嫌な音を立ててゆっくりと蓋をずらしていく。

「飛び出してくるぞ!!」

少しずつではあるが確実に棺桶の中が明らかになっていく様子を、ジョセフ達は鋭い眼差しでじっと見つめる。
そして棺桶の中に潜む影がジョセフ達の視界に入り込んだ瞬間、彼らの目はこれでもかと大きく見開かれた。

「「!?」」
「「え!?」」
「え………オレ?」

誰しもDIOが潜んでいると思っていた棺桶の中に入っていたのは、何と今まさにジョセフに命令されて蓋を開けていた手下の男であった。
いつの間にか体を細切れにされて横たわっている男に、ジョセフは「どうしてヌケサクが棺桶の中にッ!」と声を張り上げる。

「わしは一瞬たりと目を離さなかったッ! 誰か今…ヌケサクが棺に入った瞬間――いや、入れられた瞬間を見た者がいるか!?」
「い…いや! しっかり見ていたが気がついた時は既に中に入っていた!」
「ポルナレフの言う通り、これは超スピードだとかトリックだとかでは決してない!」

目の前で見せつけられた理解の範疇を超えるDIOのスタンド能力にジョセフとポルナレフ、花京院の三人は動揺を表しながら血を流す手下の男を見下ろしていた。
そんなジョセフ達の横で一人険しい顔で棺桶を見ていた承太郎は、突如背中を走り抜けた痛みを感じる程の冷たい空気に目をかっと開く。

「やばい! なにかやばいぜッ!」
「「「!」」」

焦ったように承太郎が声を張り上げた直後、その痛いくらいの冷たい空気はジョセフ達にも牙を剥いたようで、このままこの場に留まるのはまずいと直感的に危険を察知したジョセフは「逃げろ――ッ!!」と、脱兎の如く外に繋がる窓へと駆け出した。

「く、くっそお――ッ!」
「なにしているポルナレフッ!」
「ちくしょう――ッ!!」

一人逃げ出すことを躊躇しているようなポルナレフに『隠者の紫』を巻き付けたジョセフは、窓から身を投げ出して落下していく中で「わしも感じたぞ!」と、承太郎に視線を向けた。

「凄まじい殺気ってやつだッ! ケツの穴に氷柱を突っ込まれた気分だ…今、あのままあそこにいたら確実に一人ずつ殺られていた!!」
「一体何だったのだ今のは!? 初めて出会うスタンドのタイプだ! 実際見てはいないが今まで出会ったどのスタンドをも超えている凄味を感じたッ!」

エンジン音を聞いてブルドーザーだと簡単に分かるように、DIOの『世界』が脅威であることが分かったと、花京院は落下しながら遠くなっていく塔を見上げた。そして――。

「まずい……! 実にまずい! 太陽がほとんど見えなくなっている!」
「…ヤツの時間が来てしまった」

その後無事に館の外へと逃げ出せたジョセフ達だったが、はっと気づいた時には頼みの綱であった太陽は建物の陰に完全に顔を隠してしまっていたのだ。
沈み切ろうとする太陽を苦い表情で見つめているジョセフに、半ば無理やり引っ張られるようにして塔から飛び降りたポルナレフは「まさか…ジョースターさん、」と、震える指先をジョセフに向ける。

「このまま…明日の日の出まで一時退却ってことはねえだろうな…」
「……」
「言っておくがジョースターさん! 俺はこのままおめおめと逃げ出すことはしねーからなッ!」
「僕もポルナレフと同じ気持ちです」

色んな犠牲を払いながらやっと辿り着いた決戦の場から逃げ出すことはしたくないと、強い気持ちを露わにするポルナレフと花京院に、ジョセフは「わしだってお前らと同じ気持ちだ」とぐっと眉を顰めた。

「しかし状況が変わった! やつのスタンド『世界』に出会ったのにどんな能力なのか欠片も見えない……山を登る時、ルートも分からん! 頂上がどこにあるかも分からんでは遭難は確実なんじゃ!」

今の状況のままDIOと闘おうとすれば確実に全員殺られてしまうと、ポルナレフと花京院に力説するジョセフは「DIOはこれから必ずわしらを追ってくるッ!」と、拳をぎゅっと握る。

「日の出前に仕留めようとするじゃろう! その間に必ずやつのスタンドの正体を暴くチャンスがあるッ! そのチャンスを待つんじゃ!」
「いやだッ! 俺は逃げることはできねぇ! 俺はアヴドゥルとイギーの思いも背負ってここに立っているんだッ!」

共に死線を越えたアヴドゥルとイギーは、怪我のせいで歩くことがままならない状態になってしまった。
そんな彼らの分まで懸命に闘ってこようと心に決めていたポルナレフにとって、ジョセフの決断はあり得ないものだったのだ。

「それに俺はっ…俺の目の前でDIOに好き勝手にされる名前を見ちまったッ!」
「なっ、なんじゃと…っ!?」
「承太郎や花京院…それにジョースターさんもあの場面を見たら、腹の底から怒りが湧き上がってくる俺の気持ちも分かるだろうぜッ!」
「…っ、ポルナレフ…」
「卑怯な手を使おう! 地獄に落ちることもしよう! だが逃げるってことだけは…しねーぜッ!」

声を荒げてそうジョセフに吐き出したポルナレフは、そのまま背を向けて走り出してしまう。
一人で行動させる訳にはいかないため、慌ててジョセフがポルナレフを止めようと手を伸ばして待てと声を掛けるが、そんな彼を「止めても無駄だぜ」と承太郎が制した。

「承太郎! 君の意見を聞こうッ!」

塔から外へと飛び出してから一言も話さず、ポルナレフから名前のことを聞いても何の感情も現さなかった承太郎が、今初めて走り去っていくポルナレフを止めるなという意思を見せた。
一体彼はどういう考えを持っているのかと気になった花京院は、帽子の鍔先によって作られた目元の影のせいで全く表情の読めない承太郎へと食い気味に尋ねる。

「『ポルナレフは追いながらヤツと闘う』……『俺達は逃げながらヤツと闘う』……つまり、挟み撃ちの形になるな…」
「「!」」

承太郎の脳内に浮かんでいた戦闘においての策に、その手があったかというように目を見張るジョセフと花京院。

「………」

そんなジョセフと花京院を余所に頭上にある塔を見上げた承太郎は、姿の見えぬ最大の敵を睨み付けていた。

「てめぇとは今日中にケリをつけてやるぜ」

影が消えて露わになったその翠色の瞳には、確かに激しい怒りの炎が揺らめいていた。

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