ほんの一瞬目を逸らした隙に、何の物音も気配もなくぱっと目の前へ現れた名前に、承太郎は驚きから大きく目を見張る。
なぜこんな所に名前がいるのか、DIOによって館の寝室に匿われているはずではと、承太郎の脳内を色んな思考が駆け巡るが、それは新たに視界に入り込んできた『もの』により止まることとなった。

「――DIO」

名前を捉えた時よりも大きく開かれた承太郎の目に映ったのは、自身との勝負に敗れて肉片と化したはずのDIOの姿であった。
左脚は体から完全に離れてはいるが、肉片と呼ぶには相応しくない比較的綺麗な状態で地面に横たわっているDIOに、承太郎は「ど、どういうことだ…」と動揺を隠せないでいた。

「…俺は、一体なにを見て…」

確かに自身の目で粉々になるDIOを見て、自身の耳でDIOの断末魔を聞いた承太郎。
しかしどういう訳か、目の前にいるDIOは固く目を閉じてはいるも、薄いインナーに覆われた胸はしっかりと上下しているではないか。
DIOは生きているというその証拠を目にした承太郎は、自分が先程見ていた光景は一体何だったのかと、幻覚でも見ていたのかと珍しく現実味のないことを思い浮かべる。

「! ……幻覚…、」

そんな承太郎の脳裏に突如として、日本を発つ直前に名前と交わした会話が過ぎった。

 ――名前のスタンドは何が出来る?
 ――えっと…黒い子が幻覚を見せる能力なんだけど。

「っ、まさか…」

承太郎が思い浮かべた現象は、決して現実味のないものではなかったのだ。
なぜなら幻覚を見せる能力を持つスタンド使いは、承太郎の近くに存在していたのだから。

「…名前…」

承太郎は戸惑いに揺れる翠色を、DIOの体の近くに立っている名前へと向ける。
DIOを倒そうという共通の気持ちでこの旅に参加した名前がそんなこと、DIOを守るような行動に出るはずがないと承太郎は縋るように名前を見るが、彼女の泣き顔を見て全てを悟ってしまった。

「…名前が、俺にDIOが死ぬ幻覚を見せんだな…」

そして能力を解いたからほんの一瞬目を逸らした隙に姿を現すことが出来たのかと、承太郎は納得した様子で息を吐いた。

「っ、ごめんなさい!!」

そんな承太郎の姿を見た名前は胸につきんとした痛みを感じながら、それでも自身のしたことを謝るべく勢いよく頭を下げた。

「承太郎との約束を破ってしまって…っ、…承太郎を…みんなを裏切るような真似をしてごめんなさいッ!」
「…お前…自分が何をしたか分かってんだろうな?」
「っ、分かってるよ…私がしたことは聖子ママを助けようとした、ジョースター家に続く因縁を絶とうした……私をDIOの呪縛から救おうとしてくれたみんなの気持ちを踏み躙ることだって…っ!」

ぎゅっと皺が寄るくらいきつくチャイナドレスを両手で握りしめた名前は「…でも、」と、小さく呟くと今度は勢いよく顔を上げた。

「私は私の命の恩人であるDIOを死なせたくないと思ってしまったッ!!」
「!!」

長く大きな橋全体に響き渡るように叫ばれた名前の言葉に、承太郎はこれでもかと目を見開き息を飲んだ。

「私だって打倒DIOの気持ちで承太郎達と旅を続けてきた。私のためにみんなが闘ってくれるなら、私はみんなのためにDIOと闘おうって……そう思ってたよ」
「…名前…、」
「でも、DIOのおかげでこの世に生まれることが出来たんだと思ったらっ…私…!」
「! …待て……どうしてお前が生まれたことにDIOが関係してくる…?」

確かに名前は日光に弱かったり、力が強かったりと吸血鬼の特徴に似たような部分もあるが、DIOのように吸血などしないし、日光に当たっても塵になったりしない。
それに名前は髪色と瞳の色、そして肌の色からして日本人とは程遠い容姿をしているが、純日本人の父親と母親から産まれている。
幼馴染みだからこそ知っている名前の家庭事情に、承太郎はどこにDIOの要素があるんだと言いたげな目で名前を見つめた。

「……こんなこと突然言われても信じられないと思うけど…」
「………」
「――私、人間じゃないの」
「……は、」

名前の唐突なカミングアウトに、承太郎の乾いた声が橋の上に木霊した。


* * *


自分には前世というものがあり、今を生きている現世とは異なる世界で生きていたこと。その前世では宇宙三大傭兵部族に数えられる、夜兎という天人として生まれたこと。家族を守るために闘いに参加したこと。その闘いで命を落としたこと。そんな自分の前世をDIOが知っていたことを、名前は隠すことなく全て承太郎に話した。

「……信じられないかもしれないけど、私は一度死んでいるの…」
「………」

SF小説のようなフィクションとしか思えない名前の話は、確かに彼女が言う通りとても信じ難いものであった。
事実は小説よりも奇なりとはよく言うが、この話を事実として他人に話したところで、信じるものは一人もいないかもしれない。
承太郎も話の腰を折るような真似はしないが、話を聞いているその顔は眉を顰めていて、難しそうな表情を浮かべていた。
そんな承太郎を目の当たりにした名前は、やっぱりそう簡単に信じられるものではないかと悲しげに目を伏せる。しかし――。

「お前の話、信じるぜ」
「……え、」

今度は名前が目を大きく見開く番だった。
こんな自分自身が聞いてもあり得ないと一蹴してしまうような話を、目の前の承太郎は何の疑いもなく真っ直ぐな瞳で「信じる」と、言い放ったのだ。
承太郎には信じてほしいという気持ちはあったが、こうもあっさりと話を信じてもらえるとは思っても見なかった名前は、動揺したように「な、なんで…」と聞き返す。

「……そんな簡単に信じてくれるの?」
「それは名前が嘘を吐いてねえからだぜ」
「! …嘘吐いてるかもよ…、」
「何年一緒にいると思ってやがる? お前が嘘を吐いてるか吐いてねえかなんて見てりゃ分かんだよ……それに、」

100年を生きる吸血鬼がいたり、スタンドという特殊能力があるこの世界では、転生輪廻を経験した人物がいても不思議じゃないだろうと、承太郎は名前を見つめて軽く笑ったのだった。

「…承太郎…」
「どういう原理か分からねえが、DIOが名前を全く気に掛けなかったら……俺は名前と会えなかったってわけだ」
「……うん…」
「その点だけは不本意ではあるが…DIOのおかげってやつだぜ」

本当に不本意らしく深い溜息を吐いた承太郎。
しかしすぐに顔つきを険しいものに変えて「…だがな、」と、鋭い目を名前に向けた。

「DIOを許す理由にはならねえ」
「…っ、」
「こいつは根っからの悪党だ。ジョースター家を初めとして今までどれだけの人を殺めてきたか分からねえ」
「……それ、は……」
「今日だけでも大勢の人を手に掛けた」

ぐっと血管が浮き出るほど拳を握った承太郎の脳裏には、血を吸い取られて干からびたジョセフの姿が過ぎる。

「俺はこいつを許すわけにはいかねえ……許せるわけがねえ」
「…っ、…承太郎…」
「DIOともう一度闘わなければならねえのなら、俺は自分の命を引き換えにしてでもこいつを――」
「やめてッ!!」
「!!」

初めて聞いた名前の怒鳴るような叫び声に、承太郎は目を丸くさせて名前の姿を凝視する。
そんな承太郎を余所に名前はボロボロと涙を流しながら「そんなこと言わないでッ!」と、再び承太郎に向かって声を上げた。

「DIOを助けた私が何を言ってるんだって思うかもしれないっ……だけど、私は承太郎が死んじゃうことが一番いやだッ!!」
「っ、…名前…!」

泣きながら叫んでいるせいか、先程の承太郎の発言のせいか分からないが、苦しそうに顔を歪めて胸元をぎゅっと握りしめる名前。
その名前の姿と心からの叫びを聞いた承太郎は、思わず名前の元へ駆け寄ろうと足を踏み出そうとしたが、その行動は涙に濡れた声によって止められてしまった。

「もう誰にも傷ついてほしくない…誰にも死んでほしくないの…」
「……名前…」
「今までのDIOの罪は私が背負うから…、」
「! …お前、何言って…っ」
「一生許さなくていい、一生恨んでくれてもいい……怒りが収まらないなら好きなだけ殴ってくれてもいい、自分の都合しか考えられない馬鹿な女だって罵ってくれてもいい…っ、」
「…っ、」
「…何でも受け入れるから、だからお願い……もう闘わないで…」

ぽろりと名前の目から零れた涙が、コンクリートの上に落ちて小さな丸い染みを作り出した。
相変わらず自己犠牲の精神が強い名前に、承太郎はこれ以上ない程ぐっと眉間に皺を寄せると、靴音を響かせながらゆっくりと名前の元に近づいていく。
そして名前の目の前に威圧感を放ちながらどんっと立つと、承太郎は「…本当に、何でも受け入れんだな?」と鋭い翠色で見下ろした。

「…うん…二言はないよ…」
「……そうか」
「! …っ、」

低く呟いた承太郎が上着のポケットから手を出すところを見てしまった名前は、この後に自身に降り掛かる痛みに備えようと固く目を瞑る。
しかし名前を襲ったのは頬を打たれる強い衝撃でも痛みでもなく、唇に触れた柔らかな感触だけであった。

「………」

優しく触れるだけのキスを名前にした承太郎は、小さなリップ音を残してから離れると、そのまま呆然としている名前の細い体を腕の中へと抱き込んだ。

「……じょう、たろう…?」
「――馬鹿な女」
「…っ…どうして、」

罵るような言葉を吐く承太郎だが、とても罵っているとは思えない程優しい声色に、名前はくしゃっと承太郎の腕の中で顔を歪める。

「どうして殴らないのっ!」
「……好きな女の覚悟を目の当たりにして殴れるわけねえだろ」
「! ……好きな、女…?」
「…俺は昔から名前だけが好きだった。それは今も変わらねえ……そんなお前がそこまでの覚悟を持ってDIOを助けたって言うなら…俺はもう何も言わねえよ」

そっと名前の耳元に顔を寄せた承太郎は「足りねえけど今のキスでチャラにしてやるぜ」と、現役高校生とは思えない色気で囁いた。

「〜〜っ!」

顔や耳まで真っ赤に染めた名前は声にならない叫び声を上げると、承太郎の胸にぽふっと顔を埋めてしまった。
先程までの鬼気迫るような名前はどこへやら、可愛らしい表情や行動を見せる名前に、承太郎も柔らかい表情を浮かべて腕の中の兎を愛でるように抱きしめた。

「――人が倒れている横で告白とは……やはりジョースターの者は碌でもない奴ばかりだな」

ようやく訪れた穏やかな時間を堪能する承太郎だったが、突如としてその時間を邪魔するように男の声がこの場に響いた。


* * *


「………」

数分前まで嫌という程聞いていた声に、承太郎は忽ち表情を険しいものに変えると、冷え切った目をその声がした方へと向ける。
そこには欠損していた左脚がくっつき始めているDIOが、上半身を起こした格好で承太郎を睨みつけている姿があった。

「てめえは人間じゃあねえからいいんだぜ……それに、人の告白を盗み聞きする奴の方がよっぽど碌でもねえと思うけどな」
「ふん、減らず口の多い奴め……いい加減名前を離したらどうだ?」
「てめえに指図される覚えはねえぜ」
「……なんだと?」

水と油のような二人のやり取りに、名前は慌てて「じょ、承太郎…!」と呼びながら、承太郎の服をくいっと引っ張る。
そしてDIOから移ろいだ目をじっと名前が見つめれば、察しのいい承太郎は「……やれやれだぜ」と大きく息を吐いてから、名前を抱き込んでいた腕を離した。

「ありがとう、承太郎」
「……DIOと話したいんだろ」
「…うん…だから少しだけ行ってくるね」
「あいつに手出されたら遠慮なんかしねえで殴っていいぜ」
「! …ふふ、分かった」

本人からではなく承太郎からの了承を得た名前は可笑しそうに笑うと、煙草を取り出した承太郎を一瞥してからDIOの方へと歩を進めた。
そしてまだ自身の脚で立つことの出来ないDIOの横に座り込むと、名前は「…DIO…」と躊躇いがちに声を掛ける。

「…あ、あの…私、」
「俺は名前の中で死んでほしくない者に数えられていたんだな」
「! …なんで、それを…」
「気を失っている間も何故だかは分からんが、名前と承太郎の話は聞こえていた」

驚く名前の頬にすっと手を添えたDIOは、名前が承太郎と交わしていた会話を思い出して優しく微笑んだ。

「俺の罪を背負う……そのような覚悟をしてまで俺を生かしてくれて――ありがとう」
「っ、…DIOッ!!」

今までで一番優しい笑みと、今まで一番優しい声で、DIOから『ありがとう』と感謝の気持ちを伝えられた名前は、溢れ出る涙を堪えることなく勢いよくDIOに抱きついた。
震える華奢な体に腕を回したDIOは、名前の熱い血潮が流れる首筋に顔を埋めると、すうっと息を吸い込んでから「…俺は、」と口を開いた。

「今までしてきたことを悔やんだことはない」
「……ん…」
「これから先も悔やむことはないし、償うなんてこともしないだろうな」
「………」
「ましてや心を入れ替えて善人になるつもりもない……だが、名前が争いを望まないのなら…名前が血を流すなと言うのなら……俺はそれに従うつもりだ」
「…っ、ほんと…?」
「ああ…その代わり、名前の全てを貰うがな」

白い首から顔を上げたDIOは名前と目を合わせると、ふっと色気のある笑みを浮かべて紅い舌で自身の薄い唇をひと舐めする。
その肉食動物のような仕草にふるりと体を大きく震わせた名前だったが、すぐに笑みを浮かべて「…いいよ」とDIOを受け入れた。

「!」
「私にもその代わり、DIOの一部を頂戴?」
「…俺の一部?」

疑問符を浮かべるDIOに名前は頷くと、タートルネックの下に隠されているDIOの首を指先でなぞった。

「私に、ジョナサンさんのスタンドを頂戴?」
「! ……ジョジョの、スタンド…」

少しだけ目を開いたDIOはジョナサンのスタンドと聞いて、自身の左腕に紫色をした茨のスタンドを出現させる。

「……これをか?」
「…うん、それを貰いたいのだけど…DIOが必要だったら無理強いはしたくない」
「…いや、」

ジョセフの『隠者の紫』と全く同じ能力を持つジョナサンのスタンドは、名前を見つけ出してくれた有難いものではあるが、既に『世界』という強力なスタンドを持つDIOにとってはあまり必要のないものでもあった。

「…俺は別に構わんが、肝心のスタンドを渡す方法がないじゃあないか…」
「ふふっ、それは心配しなくていいよ」
「なに?」
「私のスタンドは幻覚を見せるだけじゃないんだよ」

ぱちりとDIOに向かって片目を瞑った名前は白いうさぎだけを出現させると、その小さな体を両掌でDIOの腕の近くまで持ち上げる。
初めて名前のスタンドを見て驚いているDIOを余所に、名前は『本当にやるの?』と言いたげな黒い瞳を真っ直ぐと見つめると「お願い」と、力強く頷いた。

『………』

白いうさぎは本体である名前の強い意志を受け取ると、こくりと小さく頷き返して、DIOの腕に絡まるスタンドをじっとつぶらな瞳で見つめた。そして――。

「…っ、……!」

白いうさぎがきらりと黒い瞳を光らせた瞬間、名前の体はその場にふらりと倒れてしまった。

「っ、おい!?」
「名前ッ!!」
「……ぅ、……」

DIOの焦ったような声と、承太郎の大きく名を叫ぶ声をどこか遠くで聞きながら、名前はやけに重く感じる瞼をゆっくりと閉じていく。

 ――ディオのこと、大切に想ってくれてありがとう。

聞いたことのない、だけど優しくてとても心地のよい声を最後に、名前の意識は深い闇の中へと引きずり込まれてしまった。


* * *


「名前ッ!」
「名前! おいしっかりしろッ!」

突然倒れたままぴくりとも動かなくなった名前に、DIOと承太郎は体を揺すったり大きな声を掛けたりと、何度も名前の反応を得ようと試みるが、彼らの期待を裏切るように名前は何の反応も見せなかった。

「っ、俺の血を与えれば…!」

痺れを切らしたDIOが名前に血を分け与えようと自らの腕を傷つけようとするが、その手を『星の白金』の大きな手が掴みあげる。

「何しようとしているッ!」
「俺の血を与えようとしただけだッ! だから貴様のスタンドの手を離せ!」
「名前をてめえと同じ吸血鬼になんかさせねえぜ!」
「なら貴様はこのまま名前が死んでもいいというのだなッ!?」
「まだ死んだと決まったわけじゃあねえだろうがッ!」
『ほんっと、情けないわね』
「「!」」

再び壮絶なスタンドバトルを繰り広げそうな程互いに噛み付き合う承太郎とDIOの耳に、突如として第三者である女性の声が届いてきた。
弾かれるように承太郎とDIOが声のした方へ視線を向けると、そこには名前と似た容姿と恰好をした一人の女性の姿があった。

『…あんたらねえ…名前が大事なのは分かるけど、男ならいついかなる場面でもどんっと構えていなさいよ』

狼狽えて喧嘩をし始めるような男にはまだまだ名前は任せられないと言い切る女性に、承太郎は「なに言ってやがる」と強い警戒心を剥き出しにする。
ただ名前の前世を知っているDIOは、目の前で煙管を吹かす女性が誰なのか理解しているようで、ただ一言「名前の母親か」と呟いた。

「! …名前の母親だと…?」
「…ああ。本来のと言うべきか、前世のと言うべきか……とにかくあの女は名前の母親で『江華』という奴だ」

承太郎に説明するDIOを名前よりも切れ長の目で見据えた江華は、紫煙を吐き出すと『自己紹介の手間が省けたわ』と口角を上げた。
そして江華はちらりと承太郎とDIOの間に横たわっている名前に視線を向けると、そのままゆっくりと名前へ近づき始めた。
そんな江華の前にDIOが立ち塞がる。

『退いてくれると有難いんだけど』
「とうの昔に死んだ貴様が名前に何の用だ?」
『好きな相手の母親に対して貴様とは随分な口の利き方ね? まあ別にどうでもいいけど』

普通の人間だったら失神してしまいそうな程底冷えた目で見下ろすDIOだが、相手はいとも容易くオロチを鎮める強さの持ち主であり、宇宙最強の掃除屋と呼ばれている男を尻に敷く江華である。
江華はDIOに何の恐怖も抱くことなく、淡々と『名前を迎えに来ただけよ』と告げた。

「! 名前を迎えに来ただと…?」
「っ、待て! それじゃあ名前はっ、」

死んだ江華が名前を迎えに来たとなると、まだ微かに呼吸をしている名前はこの後…とDIOと承太郎の脳裏には最悪な結末が過ぎる。
しかし二人の脳裏に過ぎった最悪な結末を振り払ったのは、迎えに来たと言った張本人である江華だった。

『勝手に勘違いして私の可愛い娘を殺すんじゃないわよ』
「「!」」
『確かに私は迎えに来たと言ったけど、それがイコール名前の死ってわけじゃないわ』
「…どういうことだ?」
『私はただ名前に少しの間ゆっくりと休んでほしいから迎えに来ただけよ』

江華は立ち塞がるDIOの横をすり抜けると、優しい表情を浮かべて承太郎に抱えられている名前の頭を撫でた。

『この子はね、あんた達を守りたいっていうその一心だけでここまで頑張ってきたのよ』
「……名前が…」
『でもね…少し頑張りすぎちゃったみたいで、その疲れが今この子の体に全部跳ね返って来てしまったみたいなの』
「……っ、…」
『だから…本来なら兎は冬眠なんてしない生き物だけど、この子には少し眠ってもらうわ』

そう言って笑った江華は、承太郎から名前の体を赤ん坊を取り上げるように優しく抱えると、くるりと踵を返してしまった。

「待ちやがれッ! てめえ一体どこに名前を連れていく!」
「…休ませるだけならどこでも出来る。わざわざ連れていくまでもないだろう」
『離れたくない気持ちは充分に分かるわ…でも、名前は誰にも邪魔されない静かな場所で休ませることに決めたの』
「っ、なんだそれ…!」
『大丈夫、本当に少し眠るだけよ…一生の別れなんかじゃない……あんた達が名前のことを想っていたら必ず会えるわ』

ふっと大人びた綺麗な笑みを江華が浮かべた瞬間、目を開けていられない程の眩しい光が江華と名前を包み込んだ。
そして承太郎とDIOが目を開けられるまでに光の眩さが収まった頃には、もうどこにも江華の姿も名前の姿も存在していなかったのだ。


* * *


『今日の星座占い一位は…双子座のあなた!』

洗面所でビシッと髪をいつもの髪型に決めた少年は、テレビから聞こえてきたアナウンサーの声に「グレート」と、嬉しそうに呟いた。

『運命の人と出会えちゃうかも!』
「運命の人か〜…やっぱり超美人でスタイル抜群のお姉さんとかがいいよなァ…」
『ラッキーアイテムは兎のぬいぐるみ!』
「……いやいや、そんな可愛いもん持ってねえし」

少年がテレビから流れてくる一つ一つの項目にツッコミを入れるように律儀に答えていると、奥の部屋から「仗助〜!」と少年を呼ぶ女性の声が木霊した。

「あんたテレビ見てないでさっさと学校行きなさいよッ!」
「お袋っ、今行こうと思ってたんだって!」
「ったく…あと少しで卒業式なんだから遅刻なんてすんじゃないわよ」
「分かってるって!」

仗助と呼ばれた少年は母親から逃げるように学校指定の鞄を手に取ると、足早に玄関に向かっていき、三年間履き古した靴へと足を入れる。
そして――。

「行ってきます!」

元気よく家を出て行った少年が、星座占いの通りに運命の人に出会うまでもう少し――。


The end of Stardust Crusaders.
――To be continued.

back
top