「……というわけで、君にはいずれじじいの財産の三分の一がいくことになるな」

仗助と康一がこれから通うことになる『ぶどうヶ丘高校』に続く道を歩きながら、承太郎は先程よりも詳しくジョセフとの関係や遺産分与の話を仗助に説明した。

「そのことを俺が代わりに伝えに来た。じじいの浮気ってやつがバレてジョースター家は大騒ぎさ…」
「え! 大騒ぎ……なんですか……?」
「ああ…おばあちゃんのスージーQが結婚61年目にして怒りの頂点ってやつだぜ」

色んな物が飛び交うジョースター邸と、必死に謝るジョセフの姿を思い浮かべてふっと笑った承太郎だったが、突然仗助が「すみませんです――ッ!!」と頭を下げたことによりその表情は驚いたものに変わる。

「俺のせいでお騒がせしてッ!」
「おいっ、ちょっと待ちな……一体何をいきなり謝るんだ?」
「いえ…えと…やっぱり家族がトラブルを起こすのはまずいですよ。俺の母は真剣に恋をして俺を産んだと言っています。俺もそれで納得しています」

だから自分達のことを気遣わなくてもいいとジョセフに伝えてほしいと話す仗助に、承太郎はどこか肩透かしを食らった気分になる。

「以上です」
「(なんだ、こいつ…俺はじじいの代わりに殴られる覚悟で来たが……それをこいつは逆に謝るだと…?)」

今まで息子が産まれているということを認知していなかった父親の遺産の話を突然しに来ているのだ、普通ならふざけるなと一発ぐらい殴っても可笑しくない話ではあるが、仗助は自分のせいで申し訳ないと謝るだけだった。
喧嘩っ早いのか、そうでないのかと承太郎が未だ頭を下げている仗助をじっと見下ろしていると、唐突に「あっ! 仗助くんだ!」と複数人の甲高い声がこの場に響いた。
承太郎と仗助、康一の三人が声のした方に視線を向けると、そこには真新しいセーラ服を着た数人の女子生徒が、仗助に手を振りながら向かって来ている姿があったのだ。

「仗助くん一緒に学校に行こっ!」
「今日も髪型かっこいいわよっ!」
「きまってるーっ!」
「やっぱ迫力が違うよねーっ!」

きゃあきゃあと声を上げながら取り囲むように集まってきた女子生徒達に、仗助は立て込んだ話をしているからと断りを入れるが、彼女達はどうやら聞く耳を持っていないようだった。

「…………」

猫撫で声を出して仗助の気を引こうとする女子生徒達に、何よりも喧しい女が嫌いな承太郎の機嫌が見るからに悪くなっていく。
そして「おい仗助」と自分に背を向けている仗助に声を掛けると、煩わしそうに女子生徒達を指差した。

「話はまだ終わってねえ…こいつら追っ払えよ」
「はあ?」
「何こいつ…!」

睨みつけてくる女子生徒達にぐっと眉を顰めた承太郎が、吐き捨てるように「くだらねえ髪の毛の話なんか後にしな」と言った瞬間、仗助の肩がぴくりと跳ね上がる。
そしてくるりと後ろを振り返ると、鋭く吊り上がった目で承太郎を睨みつけた。

「てめー、俺の髪の毛がどーしたとこら!」

先程までの温厚な面影を消して、明らかな殺気を放ち始める仗助に承太郎が警戒していると、周りにいる女子生徒達の「仗助は髪型を貶されるのが一番嫌いなのだ」と騒いでいる声が聞こえてきた。
そう言えば駅前で不良を殴った時も髪型がどうのこうのと騒いでいたなと、数分前の光景思い出した承太郎は「おい、待ちな仗助」と、制止の声をかける。

「何もてめーを貶して……っ!」

別に仗助の髪型を貶した訳ではないと承太郎が彼の怒りを鎮めようと試みるが、時は既に遅かったようで、仗助の後ろで再びゆらりと蠢く影が承太郎の視界に映り込む。

「(まずいッ! やつのスタンドがくるッ!)」

目にも留まらぬ速さで仗助の背後から、承太郎に向かって伸びてくるスタンドの腕。

「――ッ!」

しかし地面に膝を着いたのは、今まさに承太郎を殴ろうとしていた仗助の方だったのだ。
突然口から血を噴き出した仗助に悲鳴を上げる女子生徒達や驚いている康一を余所に、承太郎は「見えるか、仗助…」と自身の背後に『星の白金』を出したまま仗助を見下ろす。

「これはスタンドと呼ばれる精神エネルギーが具現化したものだ。ジョセフ・ジョースターも持っている…スタンドはスタンドを使う者にしか見えない」
「……この自慢の頭を貶されるとむかっ腹が立つぜ! どーしようもなくなァッ!」

相当頭にキテいる今の仗助にとって、自分自身が持っている力がどんなものかなど気にならないようで、切れた口腔内から流れてくる血を拭うと、どんっとスタンドの全てを出現させた。

「こいつが仗助のスタンドかッ!」
『どらららああ〜〜っ!』

ようやく承太郎の前に全貌を見せた仗助のスタンドは、荒々しい掛け声と共に凄まじいラッシュ攻撃を『星の白金』に叩き込むと、なんと破壊力が高くパワーのある『星の白金』のガードを破ったのだった。

「! こ…このパワーは!」
「ケッ! ボディから顎にかけてガラ空きになったようだぜェ――ッ!」
「(野郎……!)」

ガードを弾かれて両腕を上げた格好となった『星の白金』を見て仗助はにやりと笑うと、そのままアッパーを決めようと勢いよく下からスタンドの腕を振り上げる。
しかし確実に当たると思われたその拳は承太郎に当たることはなく、その代わり仗助の背後にはぐにゃりと形の変わった帽子を被った承太郎が立っていたのだ。

「なにッ!?」

気づかないうちに背後へ移動していた承太郎に「てめーいつの間にッ!」と仗助が後ろを振り返った瞬間、承太郎自身の拳が仗助の頬を思い切り殴り飛ばした。

「きゃあーっ! 仗助ッ!」
「仗助くんッ!」
「やかましいッ! 俺は女が騒ぐとムカつくんだッ! 失せろ!」

仗助が殴られたことに悲鳴を上げる女子生徒達を、承太郎はもの凄い剣幕で怒鳴りつける。
あまりの迫力に普通は怯えそうなものだが、女子生徒達は「はあーい」と間延びした返事をすると、今までの反抗的な態度が嘘のように頬を朱に染めて素直にその場を離れていく。
その後ろ姿を見送った承太郎は、これでもかと眉間に皺を寄せて地に伏せている仗助に視線を戻した。

「(久しぶりに…実に10年振りに0.5秒だけ『時を止められた』ぜ……時を止めなかったらやられないにしても、どちらかが大怪我していた…)」

DIOとの決戦以降全くもって使うことのなかった時を止める能力が使えて安堵した承太郎は、起き上がろうとする仗助に手を貸そうとするが、その手は仗助自身に「いらないっス」と振り払われてしまう。
15歳の少年といっても男のプライドというものはあり、それをよく分かっている承太郎は「…そうか」と一言だけ呟くと、伸ばした手をコートのポケットへと戻す。
そして自力で起き上がりその場に座り込んだ仗助を見下ろした承太郎は、まだ終わっていない話を続けようと口を開いた。

「お前に会いに来たのにはもう一つ理由がある。もう一つは……この写真だ…」
「!」

そう言って承太郎が懐から取り出した一枚の写真には、仗助がこれから通う『ぶどうヶ丘高校』の周りに漂う半透明の何かが写っていた。
心霊写真とは全く違う、それでいてより不気味さを感じさせる写真を仗助が真剣に見つめる中、承太郎は「この町には何かが潜んでいる。何か非常にやばい危機が迫っているぜ」と新たに数枚の写真を仗助の前に差し出す。
その写真には一枚目の半透明の何かと写る、一人の男の姿があったのだ。

「ジョセフじじいが息子のお前を念写しようとしたらこいつが写った。何故かは分からないが……そいつは恐らくスタンド使いだろう」
「………」
「おめーには関係ねえことだが、一応写真を見せた……用心しろってことだ」

深い息を吐いた承太郎は仗助が見ている写真をすっと手に取ると、それを仕舞いながら仗助と一緒に写真を見ていた康一に目を向ける。

「康一くん…こいつを見掛けることがあったら決して近づくな。警察に言っても無駄だ、とにかく逃げろ」
「……」
「仗助…お前もカッとなって下手に手を出すんじゃあねえぜ…さっきみたいに痛い目を見る」
「…っ、…」

ぱっくりと切れた唇を承太郎が指差して忠告をすれば、むっとした表情を浮かべる仗助に睨みつけられてしまった。
これはしばらく根に持たれそうだと承太郎が思わず「…やれやれ」と吐き出したその時――。

「……承太郎……?」
「!!」

鈴が転がるような耳障りがよくて心地のいい、そして聞き覚えのある声が、突然承太郎の鼓膜を揺さぶった。
その声を聞いた途端目をかっと開いた承太郎が弾かれるように声が聞こえてきた方へ顔を向けると、そこには最後に見た時と何一つ変わらない、あの日のままの名前が立っていたのだ。

「……名前…っ、」

一日たりとも忘れたことのない、決して短いとは言えない10年という長い月日の間恋焦がれ続けた名前の姿を捉えた承太郎の行動は、もはや一つしかなかった。

「名前ッ!!」

自身の腕の中に閉じ込めるようにして名前の体をぎゅっと強く抱きしめた承太郎は、震える喉の奥から絞り出すようにして、ずっと求めていた名前に溢れ出す想いを囁いた。

「――逢いたかった…っ、」
「っ、承太郎…!」

差していた日傘が地面にかたんと落ちる音よりも小さい、それでいて初めて聞く承太郎の震えた切実な声を確かに聞いた名前は、胸が締め付けられる痛みを感じながら、承太郎の背中に腕を回した。

「…っ、…」

名前にも強く抱きしめ返されたことで、より自分の腕の中に求めていた愛おしい存在がいるのだと実感出来た承太郎は、自分の体に押し付けるようにして更に強く抱きしめる。

「………」

まるでドラマで観るような離れ離れだった恋人同士が再会した時のようにひしと抱きしめ合う二人に、仗助は戸惑いながらもどこか不機嫌そうに承太郎の大きな背へ声を掛ける。

「…ちょっと、承太郎さん…でしたっけ? あんた名前さんとどういう――」
「ああッ!!」
「「「!」」」

しかしそんな仗助の言葉を遮るように、承太郎と名前の熱い抱擁を恥ずかしそうにぽーっと見つめていた康一が、唐突に大きな声を上げた。
これには隣にいた仗助だけでなく、再会の余韻に浸る承太郎と名前も、康一のよく通る声に意識と視線を向ける。

「入学式ッ!」
「! ……うわっ! もうこんな時間ッ!」

顔を青褪めさせて叫ぶ康一に仗助も慌てて自分の腕時計で時間を確認すれば、登校完了時間が目前に迫ってきていることに気づく。
そして「やべぇっ…初日から遅刻したらお袋にどんな目に合わされるかッ!」と、康一同様顔を青褪めさせた仗助は落ちていた自分の鞄を拾うと、一度承太郎に顔を向けた。

「ねえちょっと! さっきの話の続きと名前さんとの関係は学校終わってからきっちり聞かせてもらうっスよ!」
「………」
「おい、康一っつーんだっけ? 行こうぜ!」
「え!?」
「急げッ!」
「う、うんッ!」
「名前さんもまたあとでッ!」
「あっ! 仗助、忘れ物が…っ!」

ここに来た目的を思い出した名前は康一を連れて走っていく仗助の背中に声を掛けるも、先を急ぐ彼には残念ながら届かなかったようだ。

「い、行っちゃった…」

結局本人の手に渡ることはなく自身のショルダーバッグの中に残ってしまったペンケースに、名前があっという間に小さくなっていく仗助を呆然と見つめていると、同じように走り去る仗助を見た承太郎が「妙なやつだな」と呟いた。

「…え?」
「惚けていたり、突然キレたりと訳の分からん性格をしていると思ってな」
「…ふふっ! 確かに、仗助は少し変わっているところがあるかもね! ……でも、」

さあっと風が吹いて靡いた髪を耳に掛けた名前は、仗助が消えていった先を見ながら「…仗助は優しくて、いい子なんだよ」と微笑む。
その綺麗な横顔をじっと見つめていた承太郎は不意に名前の白い手を握ると、口角を上げて「…そうだな」と同意するように頷いた。

「変わった奴ではあるが、名前の言う通りあいつは間違いなくいい奴だぜ……俺と名前を引き合わせてくれたんだからな」
「!…っ、…うんっ!」

泣きそうな、でも心の底から嬉しそうな笑顔を見せた名前は、承太郎の大きな手に指を絡ませると、勢いよく承太郎の胸に飛び込んだ。

「おかえり」
「ただいまっ!」

この日、承太郎の世界に色が戻ったのだった。

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