駅から海岸に向かう途中には広い農業地帯が杜王町には広がっていて、丁度その海岸と農業地帯の境目には長年旅行者に親しまれている『杜王グランドホテル』が建てられている。
丁寧な接客サービスとレストランの牛タン料理が絶品と有名なそのホテルに宿泊予定だった承太郎は、念願の再会を果たした名前と積もる話をすべくホテルの部屋へとやって来ていた。

「――さて、何から話そうか」

ルームサービスで頼んだ紅茶で乾いた喉を潤した承太郎は、隣に座っている名前を見据える。
記憶の中よりもずっと大人びた承太郎と、真剣味を帯びた翠色の瞳にじっと見つめられた名前が思わず身を固くさせていると、承太郎にふっと笑われてしまった。

「! わ、笑わないでよっ…」
「…いや…名前が今更俺に対して緊張してるからつい、な」
「うっ……だ、だって承太郎が私の知ってる承太郎より大人っぽいから…」
「………」

恥ずかしそうに頬を朱に染めてふいっと視線を逸らす名前を可愛らしいと思いながらも、承太郎は10歳も年を取った自分とは違って少し髪が伸びただけの名前の頬に手を添える。

「…お前は…」
「っ、じょ…承太郎…?」
「俺の知っている名前のままだな」
「!」
「…何も変わってねえ」

明らかに名前と自分自身に時間のずれが生じてしまっていることに承太郎はどこか寂しさを覚えつつも、なぜ名前が変わらないままなのか疑問を持ち「聞きてえことがある」と尋ねた。

「聞きたいこと?」
「ああ…エジプトで最後に会った日から今までのお前のことを知っときたくてな。あの後どうしていたのか聞かせてくれるか?」
「……私も何があったかちゃんと分かってないんだけど…それでもいい?」

不安そうに見上げてくる名前に承太郎が笑い掛けながら「分かる範囲で構わない」とフォローを入れれば、名前の首が小さく縦に振られる。

「…あの日…私の背中にある聖子ママのスタンドを消そうと思って、DIOからジョナサンさんのスタンドを自分に取り込もうとしたの……それで、」

承太郎とDIOに会った時点で相当の体力を消耗していたせいか、スタンド能力を使った瞬間意識が遠くなってそのまま気を失ってしまったと、名前は当時の倒れた理由を語る。

「どのくらい気を失ってたのか分からないけど……気がついたら私はこの杜王町にいたの」
「! 自分でここに来たんじゃあないのか?」
「…ううん……なんかね、公園に倒れてたんだって…私」
「『だって』?」

他人事のような口振りに承太郎が疑問符を浮かべると、名前は「仗助から聞いたんだ」と困ったように笑った。

「仗助からだと?」
「うん…仗助が公園で倒れてる私を見つけてくれたみたいなの…」

そして仗助の家で目覚めた名前は自分が今いる場所が日本の杜王町であること、西暦が1999年になっていたことを知ったと話した。

「…まさか目が覚めたら10年も経ってるなんて思わなくて……承太郎もDIOもみんないないから、すごく怖かった…」
「…名前…、」
「お金もないから東京に戻れないし、どうしようって途方に暮れてたら…仗助が落ち着くまでここに居ればいいって、言ってくれたの」
「…そうか」
「それから一ヶ月くらい東方家にお世話になってて、今に至るって感じです…」

自分が分かっていることはこれだけだと話す名前に、承太郎は「なるほどな」と溜息混じりに呟くと、名前を眠らせると言って連れて行った江華を思い出して小さく舌を打った。

「…あの江華って奴、やりやがったな」
「! …江華って…」
「名前が思い浮かべている奴と同一人物で間違いないぜ」
「なんでお母さんが…?」

突然自分の母親の名が話に上がって来たことに名前が困惑していると、承太郎は名前が気を失った後に江華が現れたことを話し始めた。

「名前が倒れた後に俺とDIOの前に江華が現れて、名前を迎えに来たと告げたんだ」
「…お母さんが、私を…?」
「ああ…俺達を守るために名前は頑張りすぎたから休ませる……そう言って俺達の前から名前を連れて消えた」
「…消えた、」
「あの時江華は名前を『誰にも邪魔されない場所』で休ませるなんて言ってやがったが……それが時空間だとは思わなかったぜ」

時間の中に身を置いてしまえば干渉出来る者はいないため、江華の言った通り誰にも邪魔されずに名前をゆっくり休ませることが出来る。

「…SPW財団の力を借りても名前を探し出せない理由が今ようやく分かったぜ……ったく、とんでもねえことしやがる」

スタンドを持たない江華がどうやって時空間を移動するなんて芸当をやってのけたのか全く想像つかないが、そもそも既に死んでいる江華が自由にこの世界に生きる名前に干渉出来るのだから、きっと彼女には何でもありなのだろう。

「…えっと、つまり……?」
「江華によって名前は誰も手出し出来ない時空間の中で眠らされることになった。そして名前の体力が回復した頃合を見て、江華は名前を現代に戻したと言ったところか」
「…それじゃあ、その時空間のせいで私と承太郎に時間のずれが生まれちゃったってこと?」
「まあこれは俺の推察でしかねえが……時空間との流れが現実と違うと考えれば、10年経っているのにもかかわらず名前が歳を取っていないことも頷けるしな」

にわかには信じ難い話ではあるが、ピースがハマるように辻褄が合ってしまう話に、承太郎は「…やれやれだぜ」と息を吐きながらすっかりと冷めてしまった紅茶へと手を伸ばす。
少し味の変わった紅茶を流し込んで承太郎が一息をついていると、名前が唐突に「…ごめんね」と小さく呟いた声が聞こえてきた。

「…名前…?」
「…10年も承太郎を待たせちゃって、承太郎に心配かけちゃってごめんね…」
「!」

くるくると指を遊ばせている手元に視線を落としながら謝る名前に、承太郎は咄嗟にお前が謝る必要はないと声を掛けようとしたが、すっと顔を上げた名前の表情を見て息を飲んだ。

「でも……10年も私を待っていてくれて、私を忘れないでいてくれて――ありがとう」
「…っ、…」

心の底からの感謝を伝える名前の笑みはそれそれは綺麗なもので、承太郎は何故だか分からないが柄にもなく泣き出したくなった。
しかし、男の面子にも関わるため『泣きたい』と訴える感情を抑えると、承太郎はそっと名前の耳元に顔を寄せる。

「……好きな奴のこと忘れるわけねえだろ」
「――ッ!!」
「10年間待ったんだ、これから覚悟しろよ」
「…う…っ、…あの…っ」

何事もやられっぱなしは性にあわない承太郎の反撃は名前に効果抜群だったようで、エジプトで告白した時のように耳まで真っ赤にする名前を横目で見た承太郎は、満足そうに口角を上げたのだった。


* * *


「ねえちょっと! カメユー寄って行きたいんだけどぉ!」

杜王町の広くて閑静な町並みを、お世辞にも品が良いとは言えないカップルが仲良く腕を組みながら歩いていた。

「あぁ? お前、この間高いバッグ買ってやったばっかだろーが」
「今日は服見たいなーみたいなぁ?」

大手チェーンデパートで服を見たいと強請る彼女の話を面倒くさそうにしながらも彼氏が聞いていると、突然前からやって来た一人の男がどんっとカップルの間にぶつかってきた。
見た目通りと言うべきか、ぶつかってきた男に「気をつけろボケッ!」と彼氏が荒い言葉を吐き捨てる中、彼女は男の不気味としか言えない雰囲気に嫌そうに顔を顰める。

「ちんたら歩いてんなデコ助が」
「なんか気持ち悪いやつ」
「人にぶつかっといて謝りもしねーのかよ」
「…………」

無言のままその場に立ち止まった男は、背後から聞こえてくる自分に対する嫌味にゆっくりと振り返ると、今歩いてきた道を戻り始める。
そして――。

「……っ!」

男に強く肩を掴まれた柄の悪い彼氏の顔は、何か恐ろしいものを見たかのような恐怖に歪んだのだった。


* * *


「…へぇ…ジョセフおじいちゃん、浮気してたんだぁ…」

思わぬ承太郎の「覚悟しろ」発言に恥ずかしがっていた名前だったが、承太郎が海洋学者になったという話を聞いて「すごいね承太郎!」と恥ずかしさよりも尊敬の念が勝ったようで、目をきらきらとさせて承太郎が語る海の生き物の話を聞いていた。
しかしその後に聞いた仗助はジョセフの息子だと言う話に、きらきらと輝いていた蒼い瞳は途端にハイライトを無くしてしまったのだ。

「…スージーおばあちゃん一筋だって言ってたのにねぇ…」
「ああ…おかげでスージーばあちゃんの怒りが収まらなくてよ」
「そりゃそうだよ! 確かにジョセフおじいちゃんが朋子さんと会わなかったら仗助は生まれなかったし、私も仗助に会えなかったけど……やっぱり浮気はダメだよ!」

頬を膨らませて「浮気されたのが私だったら殴ってるよ!」と怒っている名前に承太郎は小さく笑うと、ぽんっと名前の頭に手を置いた。

「承太郎?」
「俺は名前にしか興味ねえから安心しな」
「っ〜〜! もうそれはいいよっ…!」

再び顔を真っ赤にした名前は承太郎の甘さを孕んだ視線に耐えきれず、思わずソファーにあったクッションを承太郎の顔に押し付ける。
しかしそれは現れた『星の白金』によって、いとも簡単に防がれてしまった。

『………』
「…スタープラチナめ、」

すっとクッションを取り上げられてしまった名前が、側に佇む『星の白金』を恨めしそうに見ている姿を承太郎は愛おしそうに眺めていたが、この穏やかな時間が流れる杜王町に何か得体の知れない危機が迫っていることを思い出して「…名前、少しいいか」と声を掛ける。
その真面目な承太郎の声に『星の白金』から視線を外した名前は、しっかりと聞く体勢を整えると今度は翠色の瞳と目を合わせた。

「名前は一ヶ月前から杜王町で暮らし始めたんだよな?」
「うん、そうだよ」
「それじゃあ…この杜王町で何か事件とか、変わったことなど無かったか?」
「…事件や変わったこと…?」
「ああ、どんな些細なことでもいい…何かあったら教えてくれ」

承太郎の問いに名前は「んー…」と、最近の杜王町で起きた出来事を思い出そうと視線を宙に彷徨わせ頭を捻っていたが、困ったように眉を下げると首をふるふると横に振った。

「…ごめん、何も浮かばないや…」
「……そうか」
「本当に杜王町は平和な町だから、何か事件があったり変わったことがあれば直ぐに伝わってくるんだけど…私が知る限りじゃ何も……役に立てなくてごめんね、」
「…いや、名前が謝ることじゃあないぜ。何も無ければそれに越したことはないんだからよ」
「……何か調べてるの?」

何やら不穏な質問をしてきた承太郎に名前が心配そうに尋ねると、承太郎は懐から複数枚の写真を名前に差し出した。
その写真に写る不気味な出で立ちの男に「…この人は?」と名前が首を傾げる横で、承太郎は深く息を吐きながら腕と脚を組みながらソファーの背もたれに体を預けた。

「そいつの名は片桐安十郎…日本犯罪史上最低の胸糞悪くなる犯罪者だ」

――片桐安十郎、通称『アンジェロ』
1964年、杜王町生まれ。IQは160。
12歳の時早くも強盗と強姦罪で施設送りになり、その後あらゆる犯罪を繰り返し青春のほとんどを刑務所の中で過ごす。
34歳まで合計20年。

「最後の犯罪は便所のネズミもゲロを吐くようなどす黒いものだ」

承太郎の口から告げられる片桐安十郎が最後に起こした常軌を逸した惨すぎる事件に、名前は込み上げてくる吐き気を抑えるように口元を強く手で覆う。

「…っ、…」
「…身代金を要求したことがきっかけとなり、ようやく逮捕された奴に下された判決は――」

――片桐安十郎に下された判決は死刑。
しかし片桐安十郎の死刑は何故か失敗し、その直後に脱走を成功させてしまったのだった。

「…脱走…?」
「ああ……恐らく奴は死刑の直前にスタンド使いになった」
「! …スタンド使いって、そんなタイミングよくなれるの…?」
「…何故かは分からん……が、そいつはこの静かな町に潜んでいる」

嘘ひとつ言っていない、承太郎の真剣味を帯びた鋭い眼差しに、名前はひゅっと息を飲んだ。


* * *


「うあああっ!! アーミーナイフが! はっ、腹の中に――ッ!」
「外科医に取り出してもらうんだな……刑務所病院で」

下校途中でコンビニ強盗と出会してしまった仗助は、初めは野次馬の中に混ざって大人しく傍観していたのだが、自慢の髪型を強盗犯に貶されてしまった故に承太郎の言いつけを忘れ、感情のままスタンド能力で強盗犯を撃退してしまったのだった。
人質にされていたコンビニ店員も解放され、強盗犯も戦意喪失しているため、これにてコンビニ強盗も一件落着と思われた。しかし――。

「オゲェェ!」
「!?」

自分の腹の中にナイフが入ってしまったことにショックを受けて地面へ伏した強盗の口から、水の塊のようなモノが飛び出してくる光景が仗助の目に映り込んだ。

『こんな所にオレの他にスタンド使いがいるとは……! この男に取りついて気分よく強盗をしてたのに…よくも邪魔してくれたな…!』
「こいつッ! あの写真の!」

承太郎に見せてもらった写真の半透明の何かと全く同じ顔や姿をしている目の前のスタンドに仗助が驚いていると、男の口から完全に出てきたスタンドは素早い動きで排水溝の中に移動してしまった。

『これからはおめーを見てることにするぜ』
「!」
『俺はいつだってどこからかおめーを見てるからな…!』
「なんだとこの野郎ッ!」

睨みつけてくる仗助をニタリと気味の悪い笑みを浮かべて見上げたスタンドは、するりと排水溝の奥へと姿を消してしまう。

「…………」

日本犯罪史上最低の犯罪者が、今まさに仗助に牙を剥こうとしていた。

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