ホリィの「名前ちゃんも花京院くんも泊まってちょうだい!」と言う一言に甘えた名前は、ホリィに貸してもらったパジャマ姿のまま廊下を歩いていた。
ふわぁと小さな欠伸を一つしながら長い廊下を歩き台所がある場所へとやって来る。ちらりと中を覗けばそこには既に台所に立つホリィの姿があった。

「おはよう、聖子ママ」
「あら名前ちゃん! Good morning〜!」

ひらひらと手を振り可愛らしい笑顔を見せるホリィ。相変わらず元気だなと名前も手を振り返しながら台所へと入っていく。必然的にホリィと近づいていく距離に名前は「あれ?」と首を傾げる。

「なんか聖子ママ顔色悪くない?」

元気そうに振舞ってはいるがホリィの顔色は少々青白かった。
名前に指摘されたホリィは自分の頬に手を当てると一瞬考える素振りを見せる。しかしすぐに笑顔になると「大丈夫!」とピースサインをした。

「昨日ちょっと夜更かししちゃっただけよ〜!」
「夜更かし?」
「そうなの! でも体調はバッチリよ!」

自分の体をぽんっと叩き「I'm fine!」と笑顔を向けるホリィに名前はそれ以上何も言う事が出来ず、「そっか」と小さく笑った。

「でも何もしないのは悪いから私も朝ご飯作るの手伝う」
「あら! 名前ちゃんとお料理なんて久しぶりね〜!」
「ね! 今日は何作るの?」
「そうねぇ、何にしようかしら…」

ホリィはぽつりと呟きながら冷蔵庫の扉を開ける。冷蔵庫内の食材を見て献立を考えているホリィの背中を名前がじっと見ていると、突然その体がガクンっと崩れ落ちた。

「っ、聖子ママ…ッ!」

何の受け身も取らず床へ倒れ行くホリィの体を抱きとめる。しかし突然の事だったため名前の体は踏ん張りが利かず、抱き抱えたホリィの体ごと床へ倒れる。
ガシャンと何かが落ちたけたたましい音と共に体へ訪れる鈍い痛み。ぐっと息を止めた名前は痛みに顔を歪めるも、すぐに体を起こすとホリィの顔を覗き込んだ。

「聖子ママッ!!」

ホリィは気を失っていた。しかしその表情はとても苦しそうで、額には脂汗が滲んでいた。
腕の中にある体はとても熱く、名前はホリィが尋常ではない病気に罹ってしまったのではないかと顔を青褪めさせた。

「ホリィさん…? 何かすごい音がしましたが大丈夫ですか?」
「っ、アヴドゥルさん!」

近くを通ったのだろう。音を聞きつけたアヴドゥルの声が廊下から聞こえ、名前は彼の名前を叫んだ。
入口から顔を覗かせたアヴドゥルは倒れるホリィと、そんな彼女を抱き抱えて泣きそうな顔をしている名前を目に移すと「これは…ッ!」と目を見開いた。

「何があったんですか!?」
「わ、分からないッ! 聖子ママが急に倒れて…!」
「っ、すごい熱だ……ッ!?」
「早く病院に、」
「待ってください名前さん!」

ホリィを抱え上げようとした名前をアヴドゥルは制止した。なぜ止めるんだと言いたいように眉根を寄せる名前を余所に、アヴドゥルはある一点から目が離せなかった。
汗が浮かぶホリィの細い首筋。そこに絡みつくように動く蔦のような物がアヴドゥルには見えていた。

「っ、名前さん! ホリィさんの背中を見せてもらえますか!?」
「…は、背中…?」
「お願いします!」

何を言い出すのかと思ったが、アヴドゥルがあまりにも真剣な表情で頼んでくるので名前は戸惑いながらもホリィの体をうつ伏せにさせた。

「失礼!」

徐にホリィの着ている服のファスナーを下ろし始めたアヴドゥルに名前は愕然としていたが、曝け出されたホリィの背中を見て息を飲んだ。
名前の視界に入ってきたのは、ホリィの背中から生えるように伸びた紫色の茨のような植物だった。
アヴドゥルがその植物に触れようと手を伸ばすが、それはアヴドゥルの手に触れる事はなかった。

「な…なんてことだ! 透ける…す、スタンドだッ! ホリィさんにもスタンドが発現しているッ!」
「…なんでスタンドでこんなに高熱が……? スタンドって自分の精神エネルギーなんですよね!?」

冷や汗を流すアヴドゥルに名前が問い詰めると、彼はぽつりぽつりと静かに語り始めた。
稀にスタンドが本人の害になる事があると。ホリィのはまさにそれだった。
平和を好む優しい性格の持ち主であるホリィは、DIOの呪縛に対する抵抗力を持っていなかった。そのせいでホリィに突然発現したこのスタンドは体に多大なる影響を与えているのだと、アヴドゥルは苦々しく話した。

「っ、じ、じゃあ聖子ママはどうなるの…?」
「…このままでは死ぬ。取り殺されてしまう…!」
「……ッ…!」

アヴドゥルの言葉に名前は痛いくらいに自分の口を覆った。目からは涙がボロボロと流れる。強く押さえていないと嗚咽が漏れてしまいそうだった。
名前が絶望に打ちひしがれていると、台所の入口に二つの大きな影が見えた。その影の持ち主は険しい表情をした承太郎とジョセフだった。

「…ホ…リィ…」
「……」
「じょ、うたろ……おじいちゃん、」

倒れるホリィの姿を見たジョセフは、雄叫びを上げながら承太郎の胸ぐらを掴むと壁に押し付けた。

「わ…わしの…最も恐れていたことが…起こりよった。…ついに…む、娘にスタンドが」
「……」
「抵抗力がないんじゃあないかと思っておった。DIOの魂からの呪縛に逆らえる力がないんじゃあないかと思っておった……」

震えながら小さな声で話すジョセフ。
そんなジョセフに胸ぐらを掴まれたままの承太郎はガシッとジョセフの腕を掴むと引き剥がした。

「言え! 対策を!」
「……一つ。DIOを見つけ出すことだ! DIOを殺してこの呪縛を解くのだ!」

力強く言い放ったジョセフの『対策』に、承太郎の目に闘志の炎が宿った。


* * *


温くなったタオルを新しいタオルに変えてそれを額に乗せる。すると心做しか苦しそうだった表情が緩んだ気がした。

「…聖子ママ、」

目元を少し赤くさせた名前はホリィの顔に掛かった髪を指先で払った。
あの後DIOの居場所を探ると言って茶室に入っていった男三人と別れた名前は、ホリィを布団に寝かせてずっと看病していた。
何度も何度もタオルを変えたり、汗を拭ったり甲斐甲斐しく世話をしたがホリィの容態は一向に良くならない。
それはそうだ。DIOの呪縛を解かない限りホリィが良くなる事はないのだ。
しかしそんな事頭で分かっていても名前は何かをしていないと気が済まなかった。

「変わってあげられればいいのに」

辛そうに息を吐くホリィを見つめぽつりと呟いた。出来ることなら変わってあげたい。でも自分はジョースター家ではないし、そもそも人のスタンドを自分に移せる訳が無い。
名前は大きな溜息を零すと、首筋に浮かぶ汗を拭おうとタオルに手を伸ばした。

「あれ、どうしたの…?」

タオルに伸ばそうとした手は突如膝の上に現れた白いうさぎによって宙に止まった。
丸い黒い瞳で見上げてくるうさぎに疑問符を浮かべていると、うさぎは名前の膝から降りてホリィの胸元へと飛び乗った。

「あ、こら。寝てるんだから起こしちゃダメだよ」

実体はないと言えど具合の悪い人の上に放置はしておけない。
名前が慌ててホリィの体からうさぎを降ろそうとすると、昨日黒いうさぎがジョセフに幻覚を見せた時のように白いうさぎの目が光った。

「! っ、うあ…ッ…!」

途端に名前の体を襲った高熱と感じた事のない倦怠感に、ぐらりと体が傾く。
朦朧とする意識の中、名前の視界の端に映ったのは白い塊だった。

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