放課後の人が疎らな学校の図書室で、真剣な表情で机に齧り付く広瀬康一の姿があった。
彼の手元には過去に杜王町で起きた出来事が纏められている『杜王町白書』や、最近起きた事件が大きく載った新聞記事などが広げられていて、康一はそれを自分なりに分かりやすくノートに書き出していたようだ。

「(……承太郎さんの言う通りだ、)」

康一は一通り書き出した杜王町に限って起きた事件の数々に、先日偶然出会った承太郎の言葉を頭に思い浮かべる。

 ――最悪なモノがこの町に潜んでいるのは間違いない。非常にヤバい危機がこの町に迫っているぜ……いや、もう始まっている。

「(…杜王町の行方不明者は今年、1999年になってから81人もいる…)」

そのうち45人が少年少女であり、事件ではなくただの家出だった者が数人いたとしても、杜王町と人口が同等の町と比べてみれば、なんと7〜8倍も杜王町は行方不明者の人数が他の町より多かったのだ。

「(この数字は異常だ…)」

生まれ育った町に起きている得体の知れない出来事に、康一が難しい表情を浮かべてノートに並んだ字を見つめていると、背後にある図書室の入口から「康一!」と自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「放課後まで勉強か?」
「…あ、」

振り返ると図書室の入口には入学式以来、家の事情で三日間休んでいた仗助が立っており、彼は康一と目が合うや否や「一緒に帰ろうぜ」と口端を上げた。
存外元気そうな仗助の姿に、彼ら一家に何かあったのかと心配していた康一はようやくほっと胸を撫で下ろすと、仗助の誘いに頷き急いで机の上を片付け始めたのだった。


* * *


距離は多少違えど自宅が同じ方向にある仗助と康一は、新たな名所となった『アンジェロ岩』に挨拶をしたり、他愛のない会話をしながら帰り道をゆっくりと歩いていた。

「…ところでさ、承太郎さんはどーしたの?」
「ん? ああ…あの人はちょっと調べることがあるって『グランドホテル』に泊まってる」
「やっぱりこの町のこと?」
「関係あるかもな…」
「……そっか、」

承太郎も杜王町のことを調べていると聞いて、先程調べていた杜王町の行方不明者数を思い出してしまい、康一は顔色を曇らせる。

「(…この町の、危機…)」

思わず足を止めて、ついさっき通ったばかりの町の中心部を見るように康一は振り返る。
承太郎が言った通り本当にこの杜王町に危機が迫っているのかと、不安から色んな悪い考えを浮かべてしまう康一だったが、先を歩く仗助が「名前さんじゃあないっスか!」と嬉しそうな声を上げたことで意識をその方へ向けた。

「! ……あの女の人、」

そして意識と視線を仗助に向けた康一の目に映ったのは、仗助と仲良さそうに話す入学式の日に少しだけ見掛けた名前という女性だった。

「こんな所で奇遇っスね!」
「こんな所って……もうすぐ家だよ?」
「それでもこうやってお互い家に着く前に偶然会えたんスよ? これはもう運命っしょ」
「ふふっ、何それ」
「(……綺麗な人だなぁ…)」

仗助の受け答えに楽しそうに笑う名前をぽけーっと康一が見つめていると、その惚けた視線に気がついた名前の大きな蒼い目とかち合った。

「…っ!」
「あれ? …きみ、確か入学式の日に仗助と承太郎と一緒にいた…?」
「そうっス。広瀬康一っつって、同じクラス兼俺のダチ」

仗助は固まっている康一の肩にぽんっと手を置いて名前に紹介すると、今度は康一に向かって「この人は名前さんっつって、俺と一つ屋根の下に暮らしてる超グレートなお姉さん」と、茶目っ気たっぷりに名前を紹介した。

「ちなみに名前さんはあの承太郎さんの幼馴染みでもあるっつーね」
「えっ、承太郎さんの…?」
「おう」
「仗助と承太郎共々よろしくね康一くん!」
「っ…は、はい!」

にっこりと笑う名前に、康一は頬を赤く染めながら「こちらこそよろしくお願いしますっ!」と、勢いよく頭を下げた。
こうして顔見知り程度から知り合いとなった名前と康一は、仗助の「挨拶も済んだことだし、歩こうぜ」という言葉に従って共に家路を辿り始める。

「――あれ?」

三人で会話を交わしながら随分と古ぼけた家の前を通り掛かった時、不意に名前が不思議そうな声を上げた。

「…ねえ、仗助…」
「ん?」
「この家って、誰も住んでないんだよね…?」
「そうっスよ、ここ3,4年ずっと空き家っス。まあこうも荒れてちゃあ売れるわけねーけど」

仗助の言うようにその一軒の空き家は窓には木が打ち付けられていたり、外壁は所々剥がれていたり、雑草が伸びていたりと、人が住んでいるような家の風貌ではなかった。
そのためか以前の住人が引っ越してから誰も寄り付いていないと聞いていた名前は、空き家を見上げながら「…だよねぇ、」と、仗助に同意するように呟く。

「どうかしたんスか?」
「…なんか今その窓から蝋燭の火と人影が見えた気がしたんだよね…」
「…人影?」
「あのっ…それ僕も見えました!」
「! 康一くんも?」
「はい!」
「……?」

名前と康一が人影が見えたと言う窓に仗助も一緒になって目を向けるが、そこにはやはりと言うべきか蝋燭の火も人影もなかった。

「見間違いじゃあないっスか?」
「んー、でもなぁ…私だけじゃなく康一くんも見えたって言ってるし、」
「……誰かが引っ越して来た…ってことはないかな?」
「そんなはずはないなぁ…俺ん家あそこだろ? 引っ越して来たんならすぐに分かるぜ」
「…それは、確かに…」
「それにホームレス対策で不動産屋がしょっちゅう見回ってんのよ」

くるくると宙に円を描くように指を回す仗助の横で、康一はちらりと家の方に視線を向ける。
すると本当にホームレス対策を不動産屋は施しているようで、玄関であろう扉には開けられないように南京錠がおりていた。

「言われてみれば南京錠がおりているし……おかしいなぁ…」
「…やっぱり見間違いだったのかな、」
「ひょっとして幽霊でも見てたのかもしれませんね、僕たち…」
「! ……ゆ、ゆうれい…?」
「お…おい、変なこと言うなよ…」

康一の何気ない発言に怪談の類が苦手な名前は顔を青くさせ、仗助は家の近くの空き家が幽霊屋敷なんて嫌だと頬を引き攣らせる。
そんな二人を余所に康一は少しだけ開いていた門の隙間に頭を入れると、きょろきょろと首を振りながら空き家の敷地内を見渡し始めた。

「あっ!」

そして、雑草が伸びて荒れた庭を見渡していた康一の目に、ローファーを履いた何者かの足が映ったその時――。

「ぐえっ!」

死角に隠れるように立っていたその何者かは、隙間から顔を出す康一の首を閉めるように、門を足で力強く押し出したのだ。
蛙が潰れたような苦しそうな声を出す康一に、彼とは全く別の方向を向いていた仗助と名前が慌てて視線を康一に戻すと、先程まで誰も居なかった門の反対側に学生服姿の男が立っているのが目に入ってきた。

「人の家を覗いてんじゃねーぜガキャア!」
「うげげっ〜〜!!」
「康一くんっ!」
「おい! いきなり何してんだてめーっ!」
「あぁ? そいつはこっちの台詞だぜ……人ん家の前でよぉ〜〜」

男は仗助の睨みに動じることもなくぺろりと唇を舐めると、康一の首を更に圧迫すべく足に力を入れていく。

「げほっ!」
「っ、やめて!」
「イカれてんのか? 離しなよ」
「おい! この家は俺の親父が買った家だ。妙な詮索はするんじゃあねーぜ…二度とな」
「んなことは聞いてねっスよ。てめーに離せと言ってるだけだ……早く離さねーと怒るぜ」
「おいおい…『てめー』はねーだろう? 人ん家の前で、それも初対面の人間に対して『てめー』とはよう! 口の利き方知ってんのか?」
「てめーの口を聞けなくする方法なら知ってんスけどね」

売り言葉に買い言葉と言ったように、仗助と学生服姿の男は互いに一歩も引かず言葉の応酬をしながら睨み合う。
しかしその間にも康一の首は鉄の塊にどんどん圧迫されているため、このままでは何れ窒息死してしまうと危惧した名前が門を押し返そうと手を伸ばしたその時――。

 ――ドスッ!

「っ、かはっ…!」
「なにィ――ッ!?」
「康一くんッ!?」

空を切るように飛んできた一本の矢が、門に挟まれていた康一の首を貫いてしまったのだ。
口元と首元から鮮血を噴き出す康一に、仗助と名前が目を見開いて驚きに染まる中、男は矢が飛んできた方角である建物の二階へとすぐ様顔を向ける。

「『兄貴』……!?」
「なぜ矢で射抜いたか聞きたいのか? そっちのヤツが東方仗助で、その隣にいるのがDIOに寵愛される名前だからだ」
「ほへ〜〜っ! こいつが東方仗助? そんでこっちがあのDIOの女なの?」
「アンジェロを倒したやつだと言うことは俺達にとってもかなり邪魔なスタンド使いだ……まあそこの女にとってはDIOのとばっちりになっちまうがな…」
「スタンド使いだとっ!? てめーらスタンド使いなのか!?」
「それにあなた達DIOのことを…!」

建物の中にいる兄貴と呼ばれた男と、目の前にいる弟であろう男の聞き捨てならない会話に、仗助と名前は目を剥きながら彼らに尋ねる。
しかし明らかな敵意を向けてくる彼らが答えてくれるはずもなく、兄貴と呼ばれた男は「『億泰』よ! 東方仗助と名前を消せ!」という指示を出したのだった。
そんな実の兄の声に億泰が行動に移ろうと門から足を離した瞬間、今まで挟まっていた康一の体がどさりと音を立ててその場に落ちた。

「こ、康一!」
「康一くんっ!」

白目を剥きぴくぴくと痙攣する康一に仗助と名前が声を揃えて彼の名を呼ぶ中、矢を放った本人である男は康一の姿を見てふんっと鼻で笑い飛ばした。

「ひょっとしたらそいつもスタンド使いになって利用出来ると思ったが…どうやらダメだな。死ぬな、そいつ…」
「っ、そんな…!」
「くそっ! 康一……!」

虫の息になっている康一の傷を治そうと仗助が急いで康一の元に駆け寄ろうとするが、邪魔するように仗助の前に億泰が立ちはだかった。

「っ、どけ! まだ今なら俺の『クレイジー・ダイヤモンド』で傷を治せるッ!」
「だめだ! 東方仗助と名前はこの虹村億泰の『ザ・バンド』が消す!」

退くつもりは更々ない様子の億泰は、人型のスタンド『ザ・バンド』を背後に出現させる。

「…退かねえてめーが悪いんスよ」

康一を助けるためには何がなんでも億泰を倒さなければならないと覚悟を決めた仗助は、名前の腰に手を回してぐっと引き寄せると、名前にだけ聞こえるように耳元へ顔を近づかせた。

「……名前さん」
「っ、仗助…?」
「今から俺が億泰を引き付けます。その間に名前さんはここから逃げてください」
「なっ、なに言って…っ!」

思いもよらぬ「逃げろ」という仗助の発言に、自分だけ逃げるという発想を浮かべたことがない名前は、咄嗟に言い返そうと声を上げる。
しかし名前の声は「しーっ…」と人差し指を立てた仗助によって、大きな音になる前に止められてしまった。

「っ、わたし…仗助と康一くんを置いて逃げれないよ…」
「いや、名前さんは逃げてください。ここから逃げて……承太郎さんに億泰達のことを知らせてほしいんス」
「! ……承太郎に…?」
「そうっス。アンジェロが言ってた学生服の男はこいつらで間違いなさそうですし、スタンドの力を与える『弓と矢』っつーのもあの男が持っているやつに違いないっス」

だから新たな敵である学生服の男と、回収しなければいけない『弓と矢』を見つけたことを承太郎に知らせてほしいと真剣な表情で話す仗助に、名前は「……分かった」と首を縦に振る。

「承太郎に必ず伝えるから、だから……仗助も絶対やられちゃだめだよ…」
「…グレート……そこまで名前さんに言われちゃあ仗助くん頑張るしかないっスね」
「てめーらさっきからよぉ! 目の前でこそこそ喋ってんじゃあねーぜ!」

闘いを前にして名前とぴたりと密着して話し出した仗助に呆気に取られていた億泰だったが、自分の存在を忘れて話している二人にもう我慢ならず、遮るように『ザ・ハンド』の右手を仗助と名前に向けて伸ばす。しかし――。

『ドラアッ!』
「っ!」

億泰の『ザ・ハンド』の右手が二人に伸ばされるよりも早く、仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が『ザ・ハンド』を殴りつけた。

「名前さん今っスよ!」
「っ、うんっ!」

よろめく億泰の姿を確認した仗助が名前に声を掛けたと同時に、名前は勢いよくその場を駆け出した。

「(待っててねっ…仗助に、康一くん…っ!)」

敵の領域に残った仗助と康一を一刻も早く危機から救うために、名前は承太郎を求めて必死に足を動かすのだった。

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