本日の学業を終えたぶどうヶ丘高校の生徒が帰路につくため続々と通り抜ける校門の前に、緩く編み込んだ髪にリボンを付け、花柄のワンピースに身を包んだ、普段よりももっと可愛らしくお洒落をした名前の姿があった。
日本人離れした端麗な容姿と学校関係者ではない名前は、校門を通る学生達から好奇の眼差しを向けられているのだが、当の本人はそのような視線に慣れているのか全く気にする素振りを見せず、待ち人を探すように「…まだかな?」と学校の敷地内を覗いていた。

「あっ!」

暫くの間正面に見える昇降口からどんどん出てくる学生の群れを忙しなく目を動かして見ていた名前は、ようやく現れた待ち人に笑みを浮かべながら「仗助っ!」とその名を呼んだ。

「あれ? 名前さんがいる、」

これから向かおうとしている先で友人の名を呼びながら手を振る名前の姿を視界に捉えた康一は、なぜここに名前がと目を丸くさせたが、次いで聞こえてきた「康一くんっ!」という自身の名に、少し照れながら小さく手を振り返す。

「……ぐ、グレート…っ…」

一方照れながらも名前に手を振り返す康一の横にいる仗助はと言うと、いつものスリットが入ったセクシーなチャイナドレスとは違う、ふんわりとした『ザ・女の子』らしい格好の名前に一人静かに悶えていた。

「…俺が放課後一緒に出掛けようって誘ったからお洒落してきてくれたわけ? …何それ…可愛すぎるっしょ、」
「じょ、仗助くん…?」

棒立ちになりながらかっと見開いた深い青色の目で名前を凝視し、ぶつぶつと溢れ出す思いを呟いた仗助は、困惑気味に見上げてくる康一を余所に駆け足で名前の元へ近づいていくと、嬉しそうに「名前さんっ!」と声を掛けた。

「今日は俺の我儘で学校まで来てもらってすみませんス!」
「ううん、大丈夫!私も楽しみにしてたから全然気にしてないよ!」
「……マジか、」

嘘偽りないその言葉と笑みに、仗助はだらしなく緩んでしまう頬と上がってしまう口角を咄嗟に見えないように手で覆い隠す。
幸い掌の中に隠れた仗助のニヤけ顔は名前に見られることはなかったようで、名前は楽しげな笑みを浮かべたまま「それでどこに行くの?」と、この後のプランを仗助に尋ねていた。

「…あー…特にどこに行くとか決めてないんスけど……名前さん行きたい所あります?」
「! …それなら、ジェラート屋さんに行きたいなぁって思ってるんだけど…いい?」
「ジェラート屋っスか?」
「うん! さっき駅前でチラシ貰ったんだけどね、新作のフレーバーが出たんだって!」

ショルダーバッグからジェラート屋のポップなチラシを取り出した名前は、それを仗助に見せると「一緒に食べよう?」と首を傾げ、可愛らしく仗助を誘ってみせた。
若干色気よりも食い気の方が強いお誘いではあるが、名前らしい誘いを断るはずがない仗助は、差し出されたチラシと名前を交互に見遣ると「いいっスよ」と爽やかな笑みを浮かべた。

「じゃあここのジェラート屋行って、新作食いながら近くの駅ビルの中でもブラブラするっつープランでどうっスか?」
「大っ賛成です!」
「よし! そうとなりゃあ早速行きますか!」

初めて名前とデートらしきものをするとあって浮かれ気味の仗助は、スキップでも出来そうな程軽い足で駅の方へ向かおうと踏み出す。
そんな仗助に続いて名前も校門前を離れようとするが、不意に「あ、そうだ!」と声を上げると、今まで二人のやり取りを静観していた康一に視線を向けた。

「康一くんも一緒に来る?」
「…へ…?」
「えっ!?」

まさか自分も誘われると思わなかった康一の素っ頓狂な声と、二人きりで行くつもりだった仗助の驚愕した声が木霊する。

「…何か変なこと言った…?」
「えっ、い…いや! 変って言うか、その〜…」
「…?」

言葉を詰まらせながらそわそわとする仗助に名前は頭に疑問符を浮かべるも、まあいいかとすぐに康一に視線を戻すと、もう一度「康一くんも一緒にどう?」と彼を誘ってみる。

「…え、えっと…僕は……」

にこりと自分に向かって笑う名前に康一は頬を朱に染めながら、魅力的な誘惑にどうしようかとポリポリと頭を掻く。
しかし、ふと名前の後ろに立つ仗助の「頼む康一! 断ってくれ!」とでも言いた気な目とかち合ってしまった康一は、そのあまりの必死さに苦笑を浮かべながら「お、お誘いは嬉しいんですけど…!」と、名前の蒼い目を見た。

「…僕、今日はちょっと…家に帰ってやることがあるので……せっかく誘ってもらったのに、すみません」

本当は何もないんだけどと内心呟きながら魅惑の誘いを断った康一の目には、残念そうに「そっかぁ…」と息を吐き出す名前と、その背後で明らかにほっとしている仗助の姿が映った。
そんな対照的な二人の様子に、康一が再度苦い笑いを零したその時――。

「康一どのォ――ッ!」
「「「!」」」

康一の名を大きく呼ぶ、何とも間の抜けた声が名前達の耳に届いてきた。
その声に反応を示した三人が声の聞こえてきた方に顔を向けると、そこには仗助や康一にとっては見覚えのある男がにこやかに自分達へ近づいてくる姿があったのだった。

「あっ!」
「…なんだ、玉美じゃあねえかよー」
「『なんだ』とはなんだよ、じょう――っ!」

先日主に康一と一悶着起こしたその男―小林玉美は、仗助のどうでも良さそうな態度に反論しようとしたのだが、日傘に隠れていた名前の顔がはっきり見えたことによって、仗助への反論の言葉は虚空へと消えていってしまった。
しかし、その代わりとでも言うように玉美の口から出て来たのは、余計に仗助を煽ることになる調子のいい言葉の数々だった。

「あっし、康一どのと仗助と仲良くさせて頂いている小林玉美って言いやす!」
「はぁ!?」
「えっと、私は仗助と康一くんにお世話になってる名前って言います」
「名前さんって言うんスね! いや〜、美しいお人はお名前までも美しい!」
「う、美しいって…」

ほぼほぼ本心であろうが、他人を持ち上げることに長けている玉美の渾身の褒め言葉に、名前は困惑しつつも満更ではなさそうにはにかむ。

「…っ、…」

あまり好意的に思っていない玉美に対して、ふにゃっとした可愛らしい表情を向ける名前に辛抱堪らなくなった仗助は、ずいっと名前を隠すように二人の間に入ると「おいこら玉美」と、高身長を生かして上から睨みつけた。

「『仲良くさせて頂いている』とかきっしょい嘘を名前さんに吐いてんじゃあねえよ……それに、名前さんの何かが減りそうだからてめーは名前さんを二度と見るな」
「なんだとコラァ! てめー俺をなめてんだろ? あっ!?」

仗助の物言いが相当気に障ったのか、玉美は自分より遥かに背が高い仗助にしがみつくようにして胸ぐらを掴むと、何度も「なめてんだろコラァ!」と噛み付く勢いで吠えた。
しかしそんな玉美の行動は「ちょっとやめなよ…」と、唯一玉美が言うことを聞く康一によって止められることになる。

「フン! ムカつくぜ!『スタンド使い』の情報を掴んだからよー、おめーが下校すんの待っててやったのに、別嬪独り占めしやがって」
「!」
「えっ!? 情報?」

仗助への悪態ついでに母校へ訪れた理由を、玉美はさらりと流すように告げた。
しかし『弓と矢』を奪ったスタンド使いの行方を追う承太郎や花京院に協力している仗助達にとって、玉美のその言葉は聞き流すことは出来ないものであった。

「驚けよ……この野郎だぜ」

思っていたよりもいい反応で食いついてきた仗助と康一に、玉美は目を細めてそう呟くと、懐から一枚の写真を取り出して仗助に手渡した。

「この男が俺達と同じスタンド使い…」
「……?」

受け取った写真を見下ろす仗助の背後からひょこりと顔を出した名前も、玉美が入手したと言う写真に目を向けると、そこにはどことなく陰鬱な雰囲気を醸し出している一人の男子生徒が写っていた。

「間田敏和…3年C組の生徒よ。この間田ってやつ…なんでも春先にダチとほんの些細なことで口論したそうだ」

どこで情報を手に入れたのかは知らないが、その些細な喧嘩の理由までも語った玉美は、唐突に怪談話をするかのように声を潜め出す。

「その晩驚れーたことに口論相手のダチが……自分で自分の左目をシャーペンで抉ったんだと」
「「…!」」
「…うわぁ、…」
「異常な話だろ? 間田のダチは病院でこう言ったらしい」

 ――気がついたら自分で抉り取った左目を、残った右目で見てたんだ。

「ひぃっ!」
「…こわ…、」

常軌を逸した間田の友人の言動に、小さな悲鳴を上げてぎゅっと目を瞑る康一と、表情を強張らせる名前がいる中、仗助は「…この間田ってやつがよー」と手元にある写真を玉美に見えるようにヒラヒラと動かした。

「何らかのスタンドで、その左目を抉り取ったって言うのか?」
「かもしれねーしよぉ〜、そうじゃあないかもしれね〜。一般人にはスタンドは見えねえんだからよ」
「…何かよー…うさんくせえな、こいつ」

スタンドを悪用して禄に仕事もせず詐欺や恐喝をしていた玉美が持ってきたはっきりしない情報に、仗助の口からは思わずポロッと本音が漏れてしまう。
仗助の胡散臭いというたった一言で一度収まりかけた怒りに再び火がついてしまった玉美は、額に青筋を浮かべながら「んだとぉ!?」と、下から仗助を睨み上げる。

「仗助ッ! てめーごときにとやかく言われる筋はねーぜ! ちゃんと仕事だってしてるしよぉーっ」
「え、仕事してんの?」
「へいっ、康一どの! ちょいと金融関係の仕事を見つけまして」
「金融関係? ……ひょっとしてそれ、借金の取り立ての…?」
「いやぁ…でもちゃんとしたトコなんスから」
「……名前さん、この男とは今後一切関わらないでくださいっス」
「う、うん…?」

どこか気まずそうに愛想笑いを浮かべる玉美を冷めた目で一瞥した仗助は、もう一度スタンド使いかもしれない間田の写真に目線を落とす。

「ま、確かに…ほっとくわけにもいかねーな」

玉美の話が仮に本当であれば野放しにしておく訳にはいかなそうな相手のため、仗助は写真を制服の内ポケットに仕舞うと、くるりと名前がいる方に向き直った。

「名前さん…ジェラート屋に行くのもう少し後になっちゃうけど、いいっスか?」
「後って言うより…今日じゃなくてまた別の日でもいいよ? ジェラートよりこっちのスタンド使いかもしれない人の方が大事だし、」
「その必要はないっスよ。少し確認するだけで終わらせるし、何より……こんな可愛い格好した名前さんとデート出来ないとか寂しすぎるっしょ」
「…!」

少々胡散臭さが漂う玉美とは違う、仗助のストレートな『可愛い』と言う褒め言葉に、名前の頬がぽっと紅く染まる。

「……行きましょ、名前さん」
「っ、え…あっ、」

今度は気に食わない相手にではなく、自分に見せてくれた名前の照れ顔に仗助は満足そうに笑うと、学校側にとっては部外者である名前の手を引いて、駅の方ではなく校舎の方へと足を動かし始めたのだった。


* * *


スタンド使いかもしれない間田敏和の真偽を確かめるべく、仗助は戸惑い気味な名前と落ち着かない様子の康一を連れて、まずは間田のクラスだと言う『3年C組』へと訪れてみた。
しかし教室にはまだ多くの生徒が残って談笑していたものの、その輪の中に間田の姿は見当たらなかったのだ。
それならばと次に仗助が向かった先は荷物を収納しておくロッカールームであり、仗助は幾つもあるロッカーの中から間田のものを見つけ出すと、迷うことなく鍵のかかった扉を『クレイジー・ダイヤモンド』でこじ開けてしまった。

「えっ!?」
「ちょ、ちょっと仗助くんっ!!」
「ちとこいつのロッカー調べてみっからよー。見張っててくれ、康一」
「さ、先に言ってから壊してよ〜〜っ!」

後出しで人が来ないようにと頼みごとをする仗助に、康一は冷や汗を流しながら慌ててロッカールームの入口へと向かっていく。
そんな康一の背中を見送った仗助は「名前さんは逆に目立つんで俺の側っス」と名前を引き寄せると、間田のロッカー内を調べ始めた。

「まず……鞄があるぜ」
「じゃあ、間田クンはまだ学校にいるんだ…」
「そうなりますね…っと、」

間田が学校に残っていると知って一段と強い緊張感を持つ名前であったが、その横で仗助は大胆にもロッカー内の荷物をどんどん床へと投げ出していく。

「テニス部で漫画好きのやつだな」
「す、すごい雑誌の数だね…?」
「物の多い野郎だな。まさか『弓と矢』が入ってるってことはねーと思うが……ん?」

テニスラケットや分厚い漫画雑誌、教科書やノートといった勉強道具など、手前にある物から次々間田の私物を取り出していく仗助の目に、ふとツルッとした木の棒のような物が映った。
どうしたのかと名前の尋ねる声を聞いた仗助は「なんか木の棒みたいなのがあって…」と答えると、それが何なのか確かめようと手に取ってみる。

「!!」

しかし、ただの木の棒だと思っていた物が人の形を模っていることに気づいた仗助は、咄嗟に掴んでいる物から手を離した。

「スタン……!!」
「! じょ、仗助…? 何かあったの?」
「…い、いや…一瞬間田のスタンドかと思ったんスけど、実物の人形だったみたいっス」
「人形?」
「ほら、画材屋で売ってるスタイルクロッキー用の人形っぽいやつっス」
「ほんとだ…絵でも描くのかな?」
「かもしれねえっスね……ったく、脅かしやがってよ〜」

跳ね上がった心臓を落ち着かせるべく大きく息を吐き出した仗助は、無駄に脅かしてくれた人形の揺れる左手に何気なく視線を向けた。
すると、楕円の形をした人形の手が人間の、それも見覚えのある男の節くれだった手に変形したのだ。

「…っ、名前さん!」
「――っ!?」

明らかにただの人形とは言えないその異常な光景に、仗助はロッカーの奥を覗き込もうとしている名前を抱え上げると、その場から勢いよく飛び退いた。次の瞬間――。

 ――ドォンッ!

「きゃっ!」
「…っ、…」
「えっ!?」

間田のロッカーから爆発音のような大きな音と共に、視界を遮る程の真っ白な煙が巻き起こったのだった。

「ど、どうしたのっ!?」

そして名前の悲鳴と大きな音に驚いた康一が、見張っていた入口から二人の元に駆け寄ったと同時に、ロッカーの中からあり得ない『者』が姿を現した。

「…え、…」
「な…なんだ!? なんで〜〜!?」
「…触ったら俺になりやがった、」

窮屈そうに入っていたロッカーからゆっくりと出てきた仗助本人と瓜二つの人形に、名前と康一の目がこれでもかと大きく見開かれる。

「しかしこれでハッキリしたな……間田はスタンド使いだ!」

唯一鋭い眼光で睨みつけてくる本物の仗助に、仗助の形を模った人形はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

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