まるで鏡を見ているかのように背格好や容姿、髪型や服装まで完璧に模した間田のスタンドと対峙した仗助は、睨みを効かせながら「グレートだぜ……」と賛辞の声を上げる。

「俺になるとはよ〜、いい度胸じゃあねーか!」
「『パーマン』よ〜〜、知ってんだろ?」
「! しゃ、喋ったぞ!?」
「声も話し方も、仗助にそっくり…」

仗助の外見だけでなく声帯までもを模写し、本人と何も変わらない口調で話し出したスタンドに康一と名前が驚いていると、スタンドは睨みつけてくる仗助を無視しながら「『パーマン』に出てくるよ〜」と、話の続きを声に出した。

「コピーロボットって……ありゃ便利だよな〜。いたらいいよなーって思うよな〜」
「あ? …おい康一、こいつ何言ってんだ?『パーマン』ってなんだよ?」

ゲームはするが漫画やアニメと言ったものを全く見ることのない仗助は、心底不思議そうによく漫画を読むと言っていた康一に尋ねる。
ただ、その『パーマン』とは何かと言う仗助の質問は、大の漫画好きである間田からしたらあり得ないものだったらしく、間田と感覚を共有しているスタンドは「はぁ!?」と康一よりも素早く反応を示すと、もの凄い形相で仗助に視線を向けた。

「お前『パーマン』知らねえのか!? 信じられねーぜ……それでも日本人かぁ?」
「っ、うるせーなァ――! 質問するのは俺の方だッ!」

明らかに人を見下したような台詞と目付きに苛立ちを露わにした仗助は、目の前のスタンドと距離を詰めるべく、その場から足を踏み出そうとする。しかし――。

 ――バッ!

「!!」

仗助の動き出そうとした足は、唐突に腕を振り上げたスタンドによって止まることになった。

「…う、腕が…っ!」
「仗助!?」
「仗助くんッ!?」

腕を上げたスタンドと何故か同じように腕を上げてその場に静止している仗助に、仗助自身と名前と康一が目を剥いていると、この状況を作り出したスタンドが楽しそうに喉を鳴らした。

「俺の方はよー、いなきゃいいなって思うコピー人形さ…」
「…っ、…」

そう言ってスタンドが今度は頬に手を当てた瞬間、上がっていた仗助の腕も勝手に下がり、自分の頬へと手を当ててしまう。

「コピーされたら必ず同じポーズを取っちまう……つまり! 操り人形ならぬ…『操る人形』ってことさっ!」

ガァンッと音を立ててロッカーの扉がひしゃげる程の肘打ちをお見舞するスタンドに、仗助は顔を青褪めさせる。
意識しないでも勝手に同じポーズを取ってしまうと言うことは、あの威力の肘打ちを仗助もこれからするということである。
空振りで終われば万々歳なのだが、仗助の左後方に立っているのは――。

「名前さん――ッ!!」
「…っ!」

勢いよく振り下ろされた自身の腕が真っ直ぐ向かう先にいるのは名前であり、仗助は必死の形相で「どいてくれッ!」と叫ぶ。
その声に反応を示した名前だったが、既に目の前までやって来ていた仗助の腕を躱すことが出来ず、そのまま強烈な肘打ちをがら空きであった体に喰らってしまった。

「かっ、は…っ、」
「名前さんッ!!」
「うわっ!?」

バキッと嫌な音を立てた名前の体は肘打ちの反動で後方へ吹き飛び、更に不幸なことに背後にいた康一を巻き込みながらロッカールームの入口のドアへと激しく体を打ち付けてしまう。

「…名前さん……康一……」

ドアを破りガラスの破片と血に塗れながら廊下に倒れている名前と康一の姿を、仗助は動揺から忙しなく揺れ動く瞳で呆然と見つめる。
そんな仗助を捉えたスタンドは意地の悪い笑みを浮かべ「ボロゾーキン二丁あがり」と、嬉々として呟いた。

「そこの『名前さん』だけでもやれば上出来だと思ってたんだがよ〜、チビの方まで巻き込めてラッキーだったぜ」
「…………」
「おっと、俺じゃねえ! やったのはあくまで仗助……お前自身だぜ?」
「……こーいうのってよ――」
「あ?」
「一番ムカつくんだよなあ〜。自分では直接手を下さず、他人を利用してやるっつーのはよぉ……最高にブチのめしたいと思うぜッ!」

許し難い手段で好きな相手と友人を傷つけられ頭に血が上った仗助は、スタンドに向き直ると『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させる。
そして「グレート!」と笑っているスタンドを思い切り殴りつけてやろうとするが、惜しいことに『クレイジー・ダイヤモンド』の拳は、スタンドに届くことはなかった。

「!!」
「射程範囲外だね〜〜。本体がそっから動けなきゃ、スタンドも近づけねーだろ」
「…っ、…」
「つまり…この距離以上を保っていれば、仗助……お前は俺に絶対敵わんということだぜ――っ!」

勝ち誇るスタンドにギリッと奥歯を噛みしめた仗助は、床に落ちていたシャーペンを『クレイジー・ダイヤモンド』で拾い上げると、そのままスタンドに向かって刺すように投げつける。
しかし飛んできたシャーペンを難なく掴んで止めて見せたスタンドは、再び同じポーズを取り出した仗助を見て、口角を吊り上げた。

「このスタンドの名は『SURFACEうわっ面』…人形に取り憑くことで実体化している。よって……普通の人間にも見ることが出来る」

ご丁寧にスタンドの情報を教えてくれる間田のスタンド『サーフィス』の話を耳にしながら、自由に動かすことが出来なくなった体に仗助が抗っていると、彼の目にロッカーの陰からこちらを覗く間田本人の姿が映った。

「間田! てめえッ!」
「俺の目的はなぁ〜…空条承太郎と花京院典明を半殺しにして、この町から追い出すことだ」

間田のとんでもない目的を代弁した『サーフィス』は、手に持っていたシャーペンを仗助に放り投げると、ペンを掴ませるように拳を握る。
そしてあろうことか尖ったペン先が目に刺さるように握った拳の角度を変えると、徐々にそれを目元へと近づかせ始める。

「…っ!」
「余所者のくせによぉ〜、俺たちのことを嗅ぎ回りやがって……とは言え、承太郎の『星の白金』は1秒か2秒程時を止められると聞いた。あいつらに近づけるのは俺たちの仲間にはいねえ…」
「…く、っ…」
「仗助…おめーをコピーしたこの『サーフィス』以外はな〜〜っ!」
「うおおおっ…!」
「意識不明になってもらうぜ! 邪魔な本物にはッ!」

ついに目元の薄い皮膚を突き破ってしまったペン先に、仗助は痛みを感じながらも何とか自身の腕を止めようとするが、その抵抗も虚しく『グショオ!』と何かが潰れるような嫌な音を響かせながら、うつ伏せに倒れてしまった。
床に伏せたままぴくりとも動かない仗助を確認した間田は、にやにやと楽しそうな笑みを浮かべながら、身を置いていたロッカーの陰からようやく姿を現した。

「潰れたか? 気持ち良い音がしたなあ…神経切れてなきゃあ、また見えるようになるよ…運が良けりゃあだけど」
「これで暫く意識失ってるなぁ〜。チョロいもんスね」
「おい、俺の鞄拾え! このまま承太郎達を仕留めるぞ」

本体に指示をされた『サーフィス』は素直に落ちている学生鞄を拾うと、倒れている仗助に「チョロいもんだ」と再度見下したような目を向ける。
そして間田と『サーフィス』は次の標的である承太郎と花京院を仕留めようと足早にロッカールームを後にしていくのだが、仗助を倒したことで浮かれているのか身を潜めているカメレオンのような生物と、派手な色で『サーフィス』の頭部に浮き出ている『グショオ!』という文字に最後まで気づくことはなかった。

 ――カラン。

間田達の気配が消え、静寂に包まれたロッカールームに、真っ赤な液体が付着したシャーペンの転がり落ちる音が響く。

「…っ、…」

ゆっくりと体を起こした仗助は目元から流れる血を乱雑に拭うと、一目散にぐったりとしている名前と、そんな彼女を支えている康一がいる廊下へと駆け出した。

「名前さん! 康一!」
「仗助くんッ! 大丈夫だった!?」
「あ、ああ…俺は康一のスタンドのおかげで大丈夫だけどよ、お前は?」
「僕も名前さんがスタンドで治してくれたから大丈夫! …けど、名前さんが…っ、」

仗助同様に自分の怪我を治せない名前は全快した康一と違って、真っ白な肌や着ているワンピースを赤く染めており、どこからどう見てもこの三人の中で一番重傷であった。

「……名前さん、」
「…仗、助…」
「っ、すみません……俺のせいでこんな大怪我させちまって…」

ぐっと厚みのある唇を噛みしめながら後悔に顔を歪める仗助に、名前は痛々しい裂傷が残る手をゆるりと動かすと、強く握られている仗助の拳にそっと触れた。

「…仗助のせいじゃないよ……悪いのは仗助を操ってた間田クンの方だよ」
「…っ、でもよ…」
「それに、仗助の腕が私に当たった時……『クレイジー・ダイヤモンド』で骨折した所、治してくれたでしょ…?」

勝手に動いてしまう体に一番戸惑い、動揺していたのは仗助自身であるにもかかわらず、仗助は自分の腕が名前に当たってしまった直後、咄嗟に『クレイジー・ダイヤモンド』で名前に負わせてしまった怪我を治していたのだ。
割れたガラスによって体に切り傷は複数出来てしまっているが、仗助のおかげでどこの骨も折れていない名前は、口元に緩やかな弧を描きながら「…ありがとう、仗助…」と、自分よりも深い青色を見つめて感謝を伝えた。

「…康一くんも、仗助を守ってくれてありがとね…」
「……いま俺、名前さんにマジで心臓鷲掴みにされました…」
「ぼ、僕も掴まれちゃいました…」
「…ふふっ、なにそれ…」

面白そうにくすっと笑う名前に、ずっと表情が強ばっていた仗助と康一の顔にも、ようやく笑みが戻ってきたのだった。


* * *


仗助は名前の、名前は仗助の怪我を治し、既に回復している康一を含め万全の状態に戻った三人は、承太郎と花京院に間田敏和と言うスタンド使いが襲撃しようとしていることを伝えるべく、彼らが宿泊しているホテルへと電話を掛けることに。しかし――。

『324号室はただいま通話中です。通話が終わるまでお待ちください』
「! …通話中…?」
「えぇっ!?」
「そっか! コピーの野郎だぜ…! 今やつが先に電話してるんスよ!」
「そんなっ…承太郎…!」

保留中の軽快な音楽を流してくる公衆電話の受話器を強く握った名前は、仗助を模倣した『サーフィス』と話しているであろう承太郎の姿を思い浮かべ、きゅっと眉根を寄せる。
中々途切れない音楽に受話器を持つ名前と、公衆電話ボックスを囲む仗助と康一がもどかしさに苛まれていると、ようやく相手を呼び出しているコール音が名前の鼓膜を揺らした。

「承太郎っ、お願い出て…!」

しかし名前の切実な願いも虚しく、承太郎が電話を取ることはなかったのだ。
承太郎が出ないのであればと名前は一度電話を切り再びホテルへ電話を掛け直すと、今度は花京院が泊まっている部屋番号に電話を繋いでほしいとフロントマンに頼み込む。
だが花京院も承太郎と同じく、名前からの電話を取ることはなかった。

「どうしよう…承太郎も典明も出ないよ!」
「部屋を出たんだ! どっかで落ち合うように承太郎さんと花京院さんを誘き出したんですよ!」
「あの二人がもう部屋を出ちまってんならコピーの方を追うしかねえっスよ!」
「っ、行こう!」

ガチャンと少々乱暴に電話を切った名前は、仗助と康一と共にぶどうヶ丘高校の敷地を抜け、今まさに承太郎と花京院を手に掛けようとしている間田の後を追った。

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