とっぷりと日が暮れ、家路を急ぐ人々の足元を太陽の代わりに窓から漏れる照明の光が照らし出した頃、定禅寺の住宅街にある一軒の家のリビングでは何やら悩ましげな声が響いていた。

「仗助の弱いところココでしょ?」
「ちょっ、名前さん…! ダメだって…っ、」
「ふふっ…やっぱりココなんだ」
「っ、く…!」

するり…と自身の体の弱い部分を這う名前の白く細い指に、仗助は口から漏れそうになる声を堪えるように唇を噛む。
そんな仗助の姿にいつもの笑みとは違う、少し加虐的な笑みを浮かべた名前は、仗助の体を両手を使って更に嬲っていく。

「ほら、仗助…」
「〜〜っ!」

徐々に激しさを増していく名前の指の動きに、薄っすらと目に涙を溜めた仗助は噛みしめていた唇を開くと、懇願するように「…あ、あと五分だけっ!」と声を上げた。

「お願いだ名前さん! あと五分だけやらせてくれッ!」
「え〜?」
「今が最高に盛り上がるトコなのよ〜〜っ! もしここでこれを止めると、俺は一度決めたことをやり遂げられなかった男として一生悔いを残すことになる!」

自身の弱い箇所を擽り続ける名前の攻撃に顔を真っ赤にし、涙を溜めつつも笑いを堪えながらカチャカチャとゲームのコントローラーを弄る仗助は、もう少しでハイスコアを叩き出せるとあって必死にゲームを進めていた。
何とか擽り攻撃を止めさせようと「そんな男は名前さんも嫌っスよねぇ!?」と仗助は画面から目を離さずに名前に尋ねるが、名前はその質問には答えずに「仗助はどこまで堪えられるかな〜?」と、楽しそうに仗助の脇腹に指を這わせるだけだった。そして――。

「あああっ!!」

とうとう集中力が切れてしまった仗助の些細な操作ミスによって、ハイスコアを達成する直前で画面には『GAME OVER』の文字が浮き出てしまったのだった。

「…お、終わった……」

がっくりと深く頭を下げて落ち込む仗助に、彼の肩越しからひょこりと顔を覗かせた名前は、いつもの笑みを浮かべながら「ごめんネ?」と自分の行動を仗助に軽く謝罪した。

「……酷いっスよ、名前さぁん…」
「仗助が宿題やらないのが悪いんだよ?」
「うっ、…でもさぁ、もうちこっとだけ待ってくれててもよぉ〜…」
「だって朋子さんに『今すぐゲームをやめさせてきて』って頼まれちゃったんだもん」
「…だもんって、グレートっスよ名前さん…」

自身の息子が名前に強く出れないと知っている朋子の策略にまんまと嵌っている仗助は、はあっと息を吐き出すと気持ちを切り替えて素直にテレビの電源を落とした。
そして名前を間に通した朋子からの「宿題をしろ」という指示に従うべく、仗助が床から腰を上げようとしたその時、不意に消したはずのテレビから一組の男女の声が聞こえてきたのだ。

「あれ? 仗助テレビ消してなかった?」
「そのはずなんスけど……おかしいな、消えてなかったのか…?」

毎週決まった曜日と時間に放送しているドラマが映し出されたテレビ画面に仗助は不思議そうに目を向けると、床に置いてあるリモコンを手に取ってもう一度赤い電源ボタンを押す。
しかし、テレビの画面は依然として何やら言い合いをしている男女の姿を映していて、全く消える気配がなかったのだ。

「あれ…消えねーぞ」
「もしかして電池切れちゃったのかな?」

ポチポチと画面を見ながら何度も電源ボタンを押す仗助の手元を見た名前が「電池どこにあったっけ…」と顔を上げた瞬間――画面に映る俳優の口から『空条承太郎と花京院典明は町を出ねーようだな!』とあり得ない台詞が飛び出してきた。

「!!」
「な、なにっ…?」
『あんだけ俺が警告したのによお――え? どうなんだ? 東方仗助〜〜っ!!』
「てっ、てめーはッ!」

身近な人物の名がテレビから流れてきたことに驚いた仗助と名前が画面に目を向けると、そこには電気を纏った恐竜のような出で立ちをした見覚えのあるスタンドが、まるでドラマの出演者であるかのように映っていたのだ。

「『レッド・ホット・チリ・ペッパー』!」

コンセントから高圧の電気を漏電させてテレビの画面内から姿を現した『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に、仗助は素早くその場から立ち上がり「何しに来た?」と、目の前の相手を鋭い眼光で睨みつける。

『ケッ…今頃聞くなよ。以前からちょくちょくこの家にゃあ寄らせてもらってたんだぜ〜?』
「なにィ!?」
『ククク! あの始末してやった形兆の弟の…つまり億泰ん家もよく行くし、広瀬康一の「エコーズ」とか山岸由花子のこともよく知っているよ…』

小林玉美と間田敏和が入院していることも知っていると、仗助や名前の友人知人の近況を得意気に語る『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、突然思い出したかのように『そうそう』と呟くと名前を指差した。

『そこにいる名前のことはよく見させてもらっていたよ。どんな下着をつけてる……とかな』
「!!」
「なっ!?」
『仗助にも教えてやるよ…今日の名前は黒いレースの下着だ。可愛い顔して中々にエロい下着つけてると思わないかい?』
「…っ、最悪…」

ニヤニヤと厭らしく口角を上げる『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に、名前は顔を歪めながら自身の体を抱きしめるように腕を組んだ。
人の家に忍び込んで覗きをしたうえに、それを本人のことも考えず暴露するという男としても人としても最低な行動を取った『レッド・ホット・チリ・ペッパー』基その本体に、怒りを露にした仗助は名前を背に隠しながら「…んなことは聞いてねえよ」と一蹴する。

「俺が聞いてんのはよー、度胸ゼロでコソコソ動き回ってるてめーが……正々堂々やっとこさ何しに俺の前に現れたかってこったよぉ〜」

ビシッと二本の指で『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を指差した仗助は、まさか自分のことを「ブチのめしに来た」という大ボケをかましに来たのかと挑発するように尋ねる。

『「ブチのめす」? ンな可哀想なことはしないなあ――楽に「殺してやり」に来たのさ!』
「突っ込みよーのねえ大ボケかましてやがんな、このお方はよぉ――」
「…仗助…、」
「俺は大丈夫っスから。名前さんは『クレイジー・ダイヤモンド』の後ろにいてください」

先程仗助がやって見せたように『クレイジー・ダイヤモンド』は名前をすっと背後に隠すと、何が可笑しいのか喉を鳴らして笑っている『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を、仗助と同じ深い海のような青色の瞳でじっと見つめる。

『前にも承太郎に言ったが…承太郎の「星の白金」はこのオレにとって脅威だ……承太郎のスキのなさと時をも止められる能力の「星の白金」がな』

そこで、日にちが経って形兆を殺害した日から『レッド・ホット・チリ・ペッパー』が成長していると感じた本体は、脅威となる承太郎を襲う前にまずは腕試しとして仗助の元に訪れたのだと、完全に仗助をなめた態度で告げた。

『もっと側まで近づいて来い……「星の白金」と同じくらい素早い正確な攻撃が繰り出せる近くまでだよ、仗助』

傍から見れば充分近い距離ではあるが、それでも相当の自信があるのか『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、仗助を更に煽るようにとんとんと自身の頬を指で叩く。

「なめてんのか、てめー」
『なめちゃあいないよ。お前の実力をオレは見切ってるだけなのだよ……もっと側まで寄って最高に思いっ切りスルドイやつを頼むぞ!』
「…………」
『ここ、ここを狙って! ほら! もっと側まで寄れよ――ブゲッ!?』

終いには自ら仗助の元へ近づいていき、頬を打ちやすいように差し出すという煽りに出た『レッド・ホット・チリ・ペッパー』であったが、その煽りと攻撃を見切っているという先程の発言が間違いであったということを、思いがけず身を持って知ることになったのだった。

『は…早い……こいつ!』
「寝言言ってんじゃあねーぞッ!」

散々人をなめて煽ってきた『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の殴ってほしそうな頬を素早い拳で一発殴った仗助は、そのまま勢いを殺さずに『クレイジー・ダイヤモンド』で得意のラッシュ攻撃をお見舞いしてやる。

『どらららららら――っ!!』
『オレが、思っていたより……!』
「寝言言いてえんなら…寝かしつけてやるぜ――ッ!!」

そして、止めとばかりに最後に重い拳で『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の横っ面を殴り飛ばした仗助は、口端から血を流し息を荒らげる相手を見下ろして「あのなあ――」と苛立たしげに言葉を発した。

「承太郎さんのはこんなもんじゃあねーぞッ!『星の白金』はよぉ〜〜っ!!」
『(は、反省した…ちとイイ気になりすぎてこいつを見くびっていたよ)』
「…ねえ、もういいでしょ? 承太郎を怒らせる前に早く『弓と矢』を返した方があなたのためだよ?」
『…ハッ! 今更オレが素直に「弓と矢」を返すと思ってんのか?』
「!!」
「なにィ!?」

承太郎が本気で怒っている時の『星の白金』の容赦のない動きを知っている名前が『レッド・ホット・チリ・ペッパー』とその本体を心配して声を掛けたのだが、やはりと言うべきか今まで身を潜めて『弓と矢』を死守していた者が首を縦に振るはずもなかった。
そして、名前の気遣いから出た言葉を鼻で笑い飛ばした『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、突然目にも留まらぬ速さで移動すると、驚愕に目を開いている名前の頬にガチンッと裏拳を食らわせたのだった。

「…っ!」
「名前さんッ!!」
『黙ってりゃあその綺麗な顔に傷なんてつかなかったのになぁ?』
「っ、てめーッ……誰に何したか分かってんだろーなッ!?」

遠慮の欠けらも無い、ましてや生身の人間よりも力のあるスタンドに直接殴られた名前の頬は真っ赤に腫れ上がり、口内も深く切れてしまったのか紅い血がボタボタと口を押さえる名前の手の隙間から流れ出していた。
小さな呻き声を上げて痛みに蹲る名前の姿を見た仗助は額に青筋を浮かべ、もの凄い形相で『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を睨みつけると、再び『クレイジー・ダイヤモンド』でラッシュ攻撃を仕掛ける。
しかし『クレイジー・ダイヤモンド』の素早い拳を先程とは違って難なく躱してみせた『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、驚いている仗助を余所にハートの装飾が目立つスタンドの腹部を力強く殴りつけたのだった。

「うげっ!」

思い切り腹部を殴られた衝撃で仗助は足元にあったゲーム機を巻き込み、リビングの端に置いてあるキャビネットの方へと吹き飛ばされる。
派手な音を立てて壊れたキャビネットの上に大きな体を預けた仗助は、リビングの外から聞こえてくる「仗助に名前ちゃん! 何の騒ぎよ今の音は…!?」という朋子の声を耳にしながら、得意気に口角を上げて笑う『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を見遣った。

「…今の、ジェットエンジンが噴射するかのようなスタンドパワーは……ひょっとすると承太郎さんよりも……」
『お前もな、仗助…お前の「クレイジー・ダイヤモンド」…ビックリしたぞ…成長しているのはオレだけではなかったな…』

調子に乗ってしまったことを反省した様子の『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、承太郎を倒すためにはもう少しスタンドの成長が必要だと感じたようで、最後に『もう少し待とう』と仗助に言い残すと、あっという間にコンセントの中へと姿を消してしまった。

「(電気の通る所ならどこでも……恐るべきパワーを持ちながら『遠隔操作できるスタンド』か…)」

少しずつ確実に力をつけている『レッド・ホット・チリ・ペッパー』が消えていったコンセントを一瞥した仗助は、壊れたり散らかったりした家具などを『クレイジー・ダイヤモンド』ですぐさま元通りにすると、顔を押さえながら起き上がろうとしている名前の元へ駆け寄った。

「名前さんッ!」
「…っ、じょう…すけ、」
「大丈夫……じゃあないっスよね、」

支え起こした名前の顔を正面から覗き込んだ仗助の目に、殴られた直後より更に腫れ上がった名前の頬が映る。
裏拳を食らわなかった左頬と比べると明らかに大きさも色も違う右頬に「…ひでぇ…」と顔を顰めた仗助は、そっと優しく包み込むように患部に手を添えた。

「……ぜってぇ許さねーからな」

そして、仗助は痛みからきゅっと眉根を寄せる名前の怪我を『クレイジー・ダイヤモンド』で治しながら、名前の精神にも肉体にも傷を負わせた『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に、激しい怒りの炎を燃やすのだった。

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