さらりと自分の髪を誰かに撫でられている感覚に、沈んでいた名前の意識がゆっくりと浮上していく。
重い瞼を持ち上げ、ぼんやりとする視界でまず捉えたのは木目がある天井だった。

「…わ、たし……?」
「気が付いたか」

鼓膜を揺すぶる低い声に誘われるように視線を向けると、そこには胡坐をかいて座る承太郎がいた。

「…承太郎?」
「やれやれ。まさかお前までぶっ倒れるとはな」

帽子のツバを下げて言う承太郎に名前は自分が倒れた時の状況を思い出し、勢いよく体を起こした。

「そうだスタンド!」
「…スタンド?」
「そう! 私が倒れたのはスタンドが能力を使ったからなんだよ!」

名前の「能力を使った」という言葉に承太郎の眉根が寄せられる。

「テメーのスタンドの能力でぶっ倒れるとは迷惑な話だぜ」
「うっ…それはごめん、」
「…で、名前のスタンドは何が出来る?」
「あ、えっと…黒い子が幻覚を見せる能力なんだけど、白い子がまだ分からなくて…」
「今回能力を使ったのはどっちだ?」
「こっちの子だよ」

そう言って現れたのは白いうさぎだった。

「この子の目が光った瞬間気を失っちゃって」
「目が光る…?」
「うん。昨日もだけどこの子達能力を使う時に目が光るみたいで」

承太郎は腕を組み何かを思案するように俯くと、不意にバッと顔を上げた。

「こいつは能力を使う時誰の方を向いていた?」
「誰って…確か聖子ママの上に乗って、聖子ママの方を向いてたかも」
「…なるほどな」

再び俯いてしまった承太郎に名前が首を傾げていると、承太郎の翠色の瞳とかち合った。

「名前。俺に背中を向けろ」
「…え? 背中?」

承太郎の突飛な注文に名前の大きな目が丸くなった。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする名前に舌を打った承太郎は、華奢な肩を掴むと力任せに反転させた。

「っ、なに!?」
「大人しくしてろよ」
「だからなに……ひゃッ!」

背後にいる承太郎を振り返ろうとした時、着ていたパジャマの裾を持ち上げられた。
驚きで固まっている名前の白い背中に承太郎の視線が注がれる。

「…じ、承太郎…?」
「やれやれだぜ。俺の思ったとおりだ」
「へ?」
「名前。お前の背中にはお袋にあったスタンドと同じものが生えてるぜ」
「え!?」

承太郎に指摘された名前は慌てて自分の背中を見ようとするが、それは当たり前だが見られるはずもなく。説明を求めるように承太郎を見上げれば彼は一つ溜息を吐いた。

「俺もこの目で見たわけじゃあねーから確実とは言えねェ。…が、何よりも名前の背中にあるスタンドが証拠だ」

ごくりと生唾が飲み込まれる。

「そいつの能力は……相手のスタンドを取り込むことだぜッ!」

ビシッと承太郎に指を差された白いうさぎは正解と言うように飛び跳ねた。
名前はまさか相手のスタンドを取り込む、ある意味最強とも取れる能力を持つ自分のスタンドに開いた口が塞がらないでいた。

「お袋からスタンドを取り込んだからお前も発熱したと言うわけだ」
「…取り込んだから…え、じゃあ聖子ママは今どうなって?」
「…少し様子を見てくる」
「私も行く!」
「ダメだ。お前も病人と変わらねェ。大人しく寝てな」

ポンッと頭に乗せられた大きな手。突っぱねるような言い方だがそれが承太郎の優しさだと知る名前は、小さく頷くともぞもぞっと布団に入っていった。
それを見届けた承太郎は口端を上げると静かに部屋を出て行った。


* * *


広い茶室に固まるようにして集まる四人の男達。その顔は皆真剣そのものだった。

「…まさか名前ちゃんのスタンドが他の者のスタンドを取り込めるとはのぅ」
「だが、そのおかげでホリィさんの容態は目に見えて回復しています」
「うむ。微熱程度の熱は残っているが顔色も悪くはないし、何より背中にあったスタンドが姿を消した。これでホリィの命は脅かされることはないじゃろうが……問題は」
「名前さん、ですね」

花京院の口から出た幼馴染みの名前に承太郎の眉間に皺が寄った。

「…そうじゃな。あんな小さな体でDIOの呪縛を背負っておるんじゃ。相当辛いだろうな」
「JOJO…名前さんの部屋にいたんだろう? 様子はどうだったんだい?」
「……普通にしてはいたが、体に堪えてるのは確かだろうぜ」
「…そうか」

苦々しく話す承太郎に茶室には重い空気が流れる。
そんな中重い空気を絶つように口火を切ったのは花京院だった。

「やはりDIOを倒すしかないようですね」
「!」
「僕も三か月前の『お礼』をしたいところですし、同行しますよ。…何より名前さんを救いたいですからね。君もそうじゃあないのかい? JOJO」

挑発するような視線を向けてくる花京院にフッと笑みを零した承太郎。そして負けじと鋭い視線を投げ掛ける。

「着いて来るのはテメーの勝手だが、名前を救うのはこの空条承太郎だって事を覚えとくんだな」
「! そうだな、頭の片隅にでも置いておこう」

バチバチと妙な火花を散らす学生二人に、ジョセフとアヴドゥルが呆けたように瞬きを繰り返していた。
しかしすぐさまニッと口を歪めると勢いよく立ち上がった。

「何がお前達を奮い立たせてるのかは分からんが、そうと決まれば今からエジプトに出発するぞ!」
「ええ。善は急げと言いますし」
「ほれ! お前さん達もいつまでも見つめ合ってないで支度しろ!」
「見つめ合ってなんかねェ」
「見つめ合っていません」

こうして慌ただしくエジプト行きの準備が始まった。


* * *


ジョセフと昔から付き合いがあるというSPW財団と連絡を取り合い、エジプト行きの飛行機の予約や旅に必要な荷物を揃えた一行は、空条家の門を潜り外へと足を踏み出した。

「なッ! お前…!」

先頭を歩いていた承太郎の目に映ったのは、大きな番傘を差して普段着として愛用しているチャイナドレスに身を包んだ名前だった。

「テメーなんでここにいやがるッ!!」

声を張り上げる承太郎に臆する事なく近付いた名前は、力強い意志を持った目で高い位置にある翠色を見つめた。

「私も一緒に行く」
「名前ちゃん!! 自分が何を言ってるか分かっておるのか!?」
「分かってるよジョセフおじいちゃん」
「……遊びに行くわけじゃあないんだぜ」
「それも分かってるよ」
「いいや。お前は何も分かっちゃいねェ」
「…JOJO」

今までにないくらい険しい表情で、鋭い視線で名前を見下ろす承太郎。
初めて承太郎からその表情を向けられる名前は一瞬瞳に怯えを見せたものの、すぐにキッと睨み返した。

「俺達はDIOを倒しにエジプトへ行く。きっと過酷な旅になるだろーぜ。怪我だってするだろうな。…そんな旅にお前は連れていけねェ」

くいッと片眉を上げた承太郎は「足手まといになるからな」と一言言い放った。
これには普段承太郎に対して滅多に怒りを表す事のない名前も顔を真っ赤にして承太郎の胸ぐらを掴んだ。

「承太郎! 名前ちゃん!」
「……誰が足手まといだって?」
「……」
「承太郎も知ってるでしょ? 私が他人より怪力なこと。他人より怪我の治りが早いこと。身体能力が高いこと……化け物みたいなこと」
「っ、それは…!」
「確かにみんなに比べてスタンド能力は高くないよ。今でもしっかりと扱えないし…。でも、でもね! 私だって戦える! 怪我だって怖くない! っ、何より…みんなが危ない目に合ってるかもしれないのに黙って寝てるだけなんて嫌だッ!!」
「……名前さん」

目に涙を浮かべてはいるが泣かないように耐える姿を目の当たりにした花京院は、掛ける言葉が見つからずただ名前を呼ぶ事しか出来なかった。
潤んだ蒼い瞳を逸らさず見ていた承太郎は一際大きな溜息を吐くと、胸ぐらを掴んだままの名前の細い手首を握ると自分の方へと引き寄せた。

「…わッ…!」
「…着いて来んなって言ってもお前は来るんだろーな」
「っ、当たり前でしょ! 私は…!」
「おい勘違いすんなよ」
「え?」
「俺はしっかりとした覚悟のある奴を切り捨てる程鬼じゃあないんでね」
「っ、それじゃあ…ッ!」
「好きにしな」
「ありがとう承太郎!!」

先程の険しく、泣きそうな顔はどこへやら。
パアッと花の咲く笑みを浮かべた名前はぎゅうっと強く承太郎を抱きしめた。「やれやれだぜ」と首を横に振る承太郎の表情も心なしか柔らかいものへとなっていた。

「…結局名前さんも同行するみたいですね」
「あれだけの覚悟を聞いたんだ。承太郎もNOとは言えんじゃろ。それに、華があっていいじゃあないか!」
「……一番旅行気分なのはジョースターさんでしたか」

豪快に笑うジョセフを苦い笑いで見た花京院とアヴドゥルは、SPW財団の職員と共に荷物をせっせと車に詰め込み始めた。
承太郎に抱き着いていた名前も彼等を手伝おうと大きな体から離れようとした時、ぐっと頭を承太郎自身の胸板に押し付けられた。

「承太郎?」
「…さっき足手まといと名前に言ったが……すまん、謝る」
「!」
「だから、自分の事二度と化け物なんて言うんじゃあねーぜ」
「っ、うん!」

耳元で聞こえる承太郎の声はとても優しかった。

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