「そんな…っ!」

普通ではない反応に億泰が何て書いてあるんだと冷や汗を流しながら尋ねてみるも、名前は「っ、私が二人に助けを求めなければ…!」と自分の行動を酷く後悔するだけで答えてはくれなかった。

「だから何を書き込まれたんだよ! 名前さん――ッ!」

尋ねたのに答えてくれないどころか、様子が可笑しい名前に億泰は声を張り上げると、自分の紙になった手を手繰り寄せて露伴が書き込んだという部分に目を落とす。

「なんだこりゃあ〜〜!?」

するとそこには億泰の予想を遥かに超えた、思いもしない一文が書き込まれていたのだった。

"東方仗助が 岸辺露伴 を 困らせた時 わたしは 焼身自殺します"

「おいおい俺が焼身自殺? バカ言ってんじゃねーよッ! この俺がンな恐ろしい死に方するわけ……」

自ら苦痛を味わう死など選ぶなんてあり得ないと、億泰は露伴を指差しながら大きく笑う。
しかし、億泰の右手にはいつの間にか火が灯ったライターが握られており、あろうことかそのまま己の左手へと火を近づけ始めてしまった。

「おおおお――ッ!! なっ…なんで俺、ライター掴んで火つけてんだァ〜!?」
「…っ、もう逃げないから! あなたの傑作が完成出来るように協力するから! 誰にも助けを求めない……だからっ、だからもう億泰くんを元に戻してッ!」

本格的に自分自身に火を点けようとライターを持つ右手を動かす億泰に、名前は必死に億泰と仗助を無事にこの家から出してくれと露伴へ懇願する。

「なるほど…!」

ファイルに書いてあった通り、その身を犠牲にしてまで他人を守り抜こうとする名前に「これが名前の自己犠牲精神か」と露伴が感心していると、不意に部屋の入口で揺らめく影のようなものが露伴の視界の端に映った。

「出て来たな!」
「あっ!」
「…あ…、」

部屋の入口に視線を向けて嬉しそうに声を上げる露伴に釣られ、億泰と名前も同じ方向に顔を向けると、そこには何も見ないようにぎゅうっと固く目を瞑りながら佇む仗助の姿があった。

「ホォ――ッ! 幼稚で単純だが結構効果あるかもしれないな……部屋は狭くて逃げ場がないし、一撃で倒せば『ヘブンズ・ドアー』が解けて億泰くんは自殺しないわけだし…」

仗助の子供騙しのような策を中々に高評価した露伴は、ならば自分は何としてでも仗助の目を開けさせる行動を取らなければいけないなと、冷静に今の状況を分析する。
そして、露伴は仗助の目を開かせるいい策が思いついたのかにやりと口端を上げると、徐に名前から破り取った一枚のファイルを手にした。

「せっかくここにファイルがあることだし……東方仗助が目を開いて喜びそうな名前の知らない情報でも教えてやるか」
「! なに……?」
「名前のスリーサイズは93・56・85……胸はまだまだ成長の余地あり。ポルナレフいわく食べた分の栄養が全部胸に行っているとか……ああ、それと君も気になっていたであろう下着のサイズは圧巻のGカップらしいぜ」
「――っ!?」
「Gカッ…っ!?」

突如として露伴の口から暴露されたスリーサイズ……と言うよりは主に胸のことに名前はこれでもかと目と口を見開き、仗助は目こそは開きはしなかったもののピシリと身を硬直させた。
完全に思考と動きを停止させた名前と仗助の二人、そして「Gって言うとよぉ、えーっと…A,B,C……?」と指折り数える億泰を余所に、露伴は更にデリカシーの欠片もなく名前の秘められた実態を晒していく。

「現在彼氏はいないが、空条承太郎、花京院典明、DIOの三人から告白とアプローチを受けている。『こっち』でのファーストキスは5歳の時で、相手は当時3歳だった幼馴染みである空条承太郎。初めて彼氏が出来たのは16歳の時で、その男が初体験の相手でもある。ちなみに名前の性感帯は耳と首、太腿と――」
「いい加減にしろよ岸辺露伴んんッ!!」
「……なんだよ、うるさいな」
「なんだよじゃあねーよ! それ以上読むことは俺がぜってぇ許さねえッ!!」

部屋に響き渡る仗助の叫び声に露伴が喧しそうにファイルから顔を上げると、目はしっかりと瞑ったままの仗助が顔を真っ赤に染めながら怒っている姿が視界に映った。

「どうしてだ? 東方仗助…」

前日に読んだ康一のファイルに『東方仗助は名前に想いを寄せている』と書いてあったことを思い出した露伴は、その事実を活かして仗助が喜びそうな名前の普通では知り得ない情報を教えてやったのだが、どういう訳か仗助は喜ばずに怒りの感情を露わにしているではないか。

「君にとっては今よりも名前のことを知れたんだから喜ばしいことであり、これから役に立つかもしれない有力な情報のはずだろう?」
「…相手を……名前さんを傷つけてまでして得られた情報なんて嬉しくもねえし、有力でも何でもねえよ。何なら今すぐ記憶から抹消してーくらいだぜ」
「…っ、仗助……」

露伴の術中に嵌らないようにしているため目を開けることは出来ないが、見えなくても名前が露伴に辱められ深く傷ついていることは嫌でも仗助に伝わっていた。
音石に下着の色を暴露されたあの日のように、今の名前はきっと羞恥に顔を歪めながら自分を守るように体を掻き抱いているのだろう。

「名前さんのことも億泰のこともッ……これ以上てめえの良いようにはさせねーぜ!」
「ふーん…いい手だと思ったんだが、仕方ない……別の方法で開かせるか」

純愛と言うべきか、正義感の塊と言うべきか。どちらにせよ第一の作戦が失敗してしまった露伴は、目を瞑ったまま走って向かってくる仗助を止めるために机の上から替えのGペンを複数個手に取ると、それを仗助目指して投擲する。

「ぐっ…うっ!」
「仗助ッ!」

手先の器用な露伴によって的確に且つ、素早く飛ばされたGペンは見事仗助の顔に刺さってしまい、視界を閉じているせいでまともに喰らった仗助からは呻き声が漏れる。
しかし仗助はそれでも目を開くことはなくて、彼のその精神力に露伴からは「おおっ!」と驚嘆の声が上がった。

「堪えやがったぞ…! やばいな…このまま突っ込まれたらやられてしまうじゃあないか…」

狭い部屋の中。すぐそこまで迫って来ている仗助を視界に捉えながら『漫画の主人公』ならこの状況をどう打開するかと、露伴は僅かな時間を使ってアイデアを考える。
そして時間にしてたったの0.2秒。何か閃いた様子の露伴は先程手にしたファイルとは違うページの物を手に取ると、そこに記されていた仗助に有効な『とある手段』を見つけて「これだよッ!」とほくそ笑んだ。

「君のそのヘアスタイル、笑っちまうぞ仗助ェッ! 20〜30年前の古臭いセンスなんじゃあないのォ〜〜? カッコイイと思ってんのかよォ〜〜! ……かな?」
「「えっ!?」」
「!!」
「信じられない性格だが、こう言われるとキれるんだよな…!」

足を止めて再び彫刻のように動かなくなった仗助に、露伴は手に持った名前のファイルをひらひらと翻しながら「ファイルは嘘をつかない」と、得意気な笑みを見せる。
そして露伴の言う通り、髪型を貶されることがどうしても我慢ならない仗助は「…いま……なんつった――ッ!?」と、今まで絶対に開かなかった目を開けて露伴を睨み出してしまった。

「開いたね……」
「じょっ、仗助ェ…!?」
「お、落ち着いて…っ!!」

露伴の第二の策にまんまと嵌り両目を見開いていてしまった仗助に、億泰と名前は酷く焦りながら一旦落ち着こうと必死に声を掛ける。
しかし、聞く耳を全く持たない仗助は「もう一遍言ってみろッ!」と更に露伴へと自ら詰め寄ってしまう。

「聞こえなかったか? お前のその髪型な……自分ではカッコいいと思ってるようだけど、ぜェーーんぜん似合ってないよ! ダサい!」
「…っ!!」
「その頭…小汚い野鳥になら、住み家として気に入ってもらえるかもなあ? ……ひょっとしてだけど」

怒れる仗助に向かって先程より激しく髪型を貶した露伴は、追い打ちとばかりに仗助のリーゼントの先端をちょんっと指で弾いてみせた。
ふるふるっと揺れる綺麗に整えられた仗助の自慢の髪に、名前と億泰が顔を青褪めさせ悲鳴を上げた瞬間――。

『ドラララララ――ッ!!』

仗助の煮え滾る怒りを表すように、いつもより数倍恐ろしい表情を浮かべた『クレイジー・ダイヤモンド』が露伴にへと、これまたいつもより速いラッシュ攻撃を繰り出す。
だが、露伴も『クレイジー・ダイヤモンド』のスピードに劣らない素早さで原稿を仗助の視界に入るように翳すと、すかさず自分も『ヘブンズ・ドアー』の能力を発動させる。

「(勝ったな……!)」

そして『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が当たるよりも先に、瞳孔が開き気味の仗助の目に原稿が映り込んだことを見出した露伴は、己の勝利を確信しケント紙の陰から口角を上げた。
しかし――。

「はぎっ!?」

余裕綽々に澄ました露伴の顔に『クレイジー・ダイヤモンド』の重い拳が、薄い原稿越しに叩き込まれたのだった。

「な……なんだ? いったい……?」

そのまま立て続けに怒りのラッシュ攻撃を顔面に喰らい夥しい血を流した露伴は、吹き飛ばされた反動で倒れた本棚と床の微かな隙間から歪んだ顔を覗かせ、色んな物を壊しながら「どこブッ飛んで行きやがったァ――ッ!!」と己を探す仗助を盗み見る。

「た…確かに原稿を……目を開けさせてしっかりと見せたのに……」

確実に原稿を見せたのにもかかわらず、本に変わることなく狂ったように暴れ回る仗助に露伴が「…なぜだ?」と疑問を浮かべていると、いつの間にか『ヘブンズ・ドアー』の能力が解けて元に戻った億泰が「…いや」と首を振った。

「ありゃあ見えてねーよ」
「見えてない? 見えてないって、まさか……あまりにも逆上し過ぎて周りが見えてないってこと……っ!?」

億泰の「見えていない」発言に、億泰同様すっかり体が元に戻った名前が頭に浮かんだ仗助の今の状態を口にしていると、唐突に億泰と名前の間に露伴が座っていた椅子が投げ込まれる。

「…髪型を貶されると、原稿だろうがなんだろーが見失うぐらい怒るやつなんだよ…あいつ」
「し…知らなかった」
「……名前も知らなかった……つまりファイルには載っていない仗助の情報…だと?」

同じ屋根の下に暮らしている名前すら知らない仗助の髪型に対する思いに、露伴は興味を示したようで「何か理由があるはずだ…」と、本棚の下でぶつぶつと考え出してしまった。

「貶すやつは許さねえ……何モンだろーと黙っちゃあいねえッ!」
「……そう言えば前に少しだけ聞いたことあるけど、もしかしてそれが理由なのかな…?」
「!」

その何とも言えない露伴の姿を引いたように眺めていた名前だったが、仗助が言い放った感情が込められた台詞に、ふと以前本人が話していた過去に起きた一つの出来事を思い出す。
それは十年前――名前が承太郎やジョセフ、花京院を始めとする仲間達とDIOを倒すためにエジプトを目指して旅をしている時に、この杜王町で同時に進行していた一つの奇跡だった。

「…多分、その話が髪型を貶されたら怒っちゃう理由じゃないのかな…」

生死に関わるスタンドの呪縛に冒された仗助を直接ではないが、あの日確かに救ってくれた『リーゼント頭の少年』の存在が髪型に固執する理由なのではと、名前は「俺の憧れなんス」と嬉しそうに笑っていた仗助を思い浮かべながら静かに話した。すると――。

「いい話だなあ〜〜」
「…あ…、」
「おぉ?」

仗助から聞いた彼の大切な過去を話す名前と、名前から語られる知られざる仗助の過去に耳を傾けていた億泰の耳朶を、不意に心底感動しましたと言うような声が擽った。
二人がほぼ同時に声のした方へ反射的に視線を向ければ、そこには本棚の下から少し身を出しながらボロボロの身でペンを持つ露伴の姿が見て捉えられた。

「実にスゴい体験をさせてもらったよ…嬉しいなあ〜〜っ。こんな体験滅多に出来るもんじゃあないよ。これを作品に生かせば……グフフフ、と…得したなあ……杜王町に引っ越して来てよかったなあ〜〜…」
「だめだコイツ……死なねえ限りどんな酷い目に合わしても漫画のネタにしちまうぞ、こりゃあ!」
「……もうここまで来るとすごいとしか言い様がないよネ。色々と暴露してくれたことは一生許さないけど」

顔中真っ赤な血に染めながら、それでも幸せそうに笑ってスケッチをする露伴に、億泰の呆れた視線と名前の冷たい眼差しが落とされる。
しかしそれもほんの一瞬のことで、露伴との間を遮るように目の前に現れたやけに大きく見える背中に、二人は再びさあっ…と顔を青褪めさせた。

「そこにいやがったなあ! 漫画家ッ!! まだ殴り足りねーぞ、コラァッ!」
「ひいいいいい〜〜っ!!」

ネタを強欲に求める漫画家としての性が仇となり結局仗助に見つかってしまった露伴は、この後連載を休止せざるを得ないぐらい仗助によって制裁を喰らうことになったのだった。

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