「仗助……これから『狩り』ハンティングに行く」

ある日の昼下がり。何の連絡もなく突然自宅にやって来て、何の脈絡もなくそう告げた年上の甥っ子に、仗助から「はぁ〜〜っ?」と素っ頓狂な声が上がる。

「一緒に来てくれ」

全く話の流れを掴めずにパチパチと瞬きを繰り返す年下の叔父、もとい仗助をふざけた様子もなく精悍な顔付きで見ていた承太郎はたった一言だけを付け足すと、すぐさま仗助に背を向けて歩き出してしまった。

「ちょっ……ちょっと待ってくださいっ、承太郎さん! 今『狩り』って言ったんスか?」

ひらりと白いコートを翻しながら歩く大きな背中に仗助は制止の声を掛けると、今し方承太郎の口から発せられた『狩り』と言う、普段では使わない言葉に「まさか……それ」と顔を引き攣らせる。しかし――。

「ナイスバディなお姉ちゃん捕まえる『狩り』っスか? 俺結構純愛タイプだからなあ、やったことねーっスよ〜」

次の瞬間にはデレッと、引き攣っていた仗助の顔はだらしなく歪んだのだった。

「…………」

照れ臭そうに首の後ろを掻きながら「できるのかなあ〜」とはにかむ仗助を、承太郎は深く翳った帽子の鍔先から心底冷めた目で見遣る。
すると、不意に仗助の表情が再びころりと違うものに変わった。

「でも、思うんスけど……名前さんよりナイスバディなお姉ちゃんっているんスかね…?」

今度は顎に手を添えて難しそうに眉を顰めた仗助は、つい最近知った名前のスリーサイズを思い出して「…いや、少なくともこの杜王町にはいねーな」と一人で勝手に結論づける。

「……やっぱりGカップは早々お目にかかれねーよなぁ……名前さん、まじグレートっス」

名前の本来では知り得ない、秘められた情報など記憶から抹消したいくらいだと、あの場では漢気を見せていた仗助だったが、やはりそこは思春期の健全な男の子。
記憶にしっかりと残されている名前の抜群のスタイルに、先程よりも仗助の頬がだらしなく緩みだした瞬間、彼の真向かいから「…おい」と腹に響くような低い声が木霊した。

「名前の何を思い浮かべてんのか知らねえが、俺がお前を連れて『狩り』に行くのは鼠だ」
「ネズミぃ!?」
「ああ。そっちの『狩り』がしてえなら、俺じゃあなくて別の奴を誘うんだな」

名前以外に興味がない一途で硬派過ぎる承太郎はそう淡々と告げると、想像していた『狩り』とは全く違う、本気で獲物を捕らえに行く『狩り』に驚愕する仗助へ、鋭さを増した眼光を向ける。

「音石明が昨日…自白した」
「! …音石が?」
「奴は正体がバレる前に例の『弓と矢』を使っていた。射った相手は……さっきも言ったが一匹の鼠だ」

興味本位な音石によって『矢』で射られた一匹の鼠は、驚くことに息絶えずに刺さった『矢』から自力で抜け出し、怪我など物ともせずにそのまま音石の前から逃げ去ったらしい。
音石が話した鼠の行動が示す一つの恐るべき事実に、承太郎はきりりと眉を寄せながら「何かが起きる前に狩らなければいけない」と、自分の使命を口にした。

「……殺す、んスか?」
「なるべく捕まえたいが、人間ではないからな……相手次第だ」

結果はどうなるか分からないと、顔色一つ変えないままの承太郎に仗助は黙り込む。
敵となるかもしれないスタンド使いの鼠は、元はと言えば人間の身勝手な行動でスタンド能力を手にしてしまったにすぎない。
ある意味被害を受けた側である鼠を殺すことになるかもしれない『狩り』に、仗助は少しだけ悩む素振りを見せたが、自分の住む杜王町に再び魔の手が迫ると言うのなら――彼のやるべきことは一つしかなかった。

「俺も一緒に行きます」

勘違いをしながらデレッと頬を緩めていた思春期の少年ではなく、同じ血統特有の強い正義感を露わにした男の顔付きに変わった仗助に、承太郎は微かに口角を上げると、音石が鼠を射ったという農業用水路へと歩を進めたのだった。


* * *


杜王町の南にある農業用水路は、その名の通り用水路と草木や田んぼしかないせいか関係者以外は滅多に寄り付かないため、杜王町の中でも一際静かな場所であった。

「ん〜〜っ」

そんな辺鄙な場所に聳え立っている、青々とした葉を豊かに身に付けた大きな木の下に、ごろんと仰向けに寝転がる名前の姿があった。

「…気持ちいいなぁ…、」

心地よく吹く風を肌で。柔らかな芝生の匂いを鼻で。涼し気な水の流れる音を耳で。己の持つ五感で気持ちのいい自然を感じていた名前は、都心では味わえない癒しの空間に空を見上げていた目をゆっくりと閉じる。

「……眠れそう、」

本当は人を待つ身であるため起きていなければいけないのだが、名前はあまりの居心地のよさに強敵の位置に座する睡魔に襲われてしまう。

「…ん、……ひゃっ!?」

起きていなきゃと言う気持ちとは裏腹に、うとうとと自然の真ん中で眠りの世界に入ろうとする名前だったが、彼女の意識はガシッと腰を鷲掴みされたことによって、急激に浮上することになった。

「なっ、なに…!?」

突然の思いもよらぬ感触に名前が慌てて目をぱっと開いてみれば、承太郎の日本人離れした端正な顔が目の前いっぱいに広がった。

「じょ、承太郎…?」
「…てめえ、こんな人気のねえ所で無防備に寝てんじゃあねーぜ」
「…っ、え…」
「襲われても文句なんざ言えねえぞ」

普段の大人で落ち着いた様子とは違う、どちらかと言えば高校時代の不良をやっていた時のようなギラついた怒りを浮かべる承太郎は、戸惑っている名前を余所に掴んでいた細い腰から片手を離すと、チャイナドレスのスリットにその手を忍ばせる。

「…あっ…!」
「てめえはもう少し自分がどんな恰好をしているか理解した方がいいぜ」
「…ぁ…やだ、っ…!」
「この脚に触りてえって思った男が何人いただろうな?」
「――っ!!」

無遠慮に厭らしく太腿を這う大きな手と、見慣れたはずの翠色に見たことない獰猛な雄の色を映す承太郎が全くの知らない人に見え、名前はひゅっと息を飲む。

「…っ、や…やだよ……承太郎、」
「…………」

名前が明らかな怯えを露わにしていることは勿論承太郎も気づいていたが、彼はそれを無視すると太腿に這わせていた手を更に女性の体の中で柔らかい部位である内腿へと滑らせる。
そして、ドレスの下で柔肌を撫でるように蠢いていた承太郎の指先が、これ以上の侵入を拒もうとぴたりと閉ざされた内腿の上、足の付け根に触れようとしたその時――承太郎の手が一回りも小さな手によって掴まれたのだった。

「…っ、…ご、ごめんなさい…!!」
「…………」
「もう外で眠ったりしない! ちゃんと周りには気をつけるからっ! ……だから、やめてよ承太郎ぉ…っ、」

自身の際どい部分に触れる承太郎の手を両手で強く握りながら、ぎゅっと閉ざされた目の縁に涙を浮かべて謝罪と懇願をする名前を、承太郎は感情の読み取れない目でじっと見つめる。
しかし、すぐに普段名前を見ている時と同じ穏やかな眼差しに戻すと、承太郎は「悪かった」とチャイナドレスの中から手を引き抜き、名前の涙が滲んだ目尻に労わるようなキスを落とした。

「少し、やり過ぎちまったな」
「…っ、…」
「…名前を泣かせた俺が何言ってんだって思うかもしれねえが…、お前が俺の知らねえ所で野郎に手ェ出されたり、泣かされでもしていたらと……ただ考えるだけで腸が煮えくり返りそうになる」
「…じょう、たろう…」
「勿論大猿を屈伏させたことのある名前が、そこらにいる野郎共に負けねえぐらい腕っ節が強えことは知っている。けどな――」
「…!」

そこで一度言葉を区切った承太郎は、自分の体の陰にすっぽりと収まってしまう名前の頬に手を添えると、濡れた蒼い瞳を見つめながら気持ちを吐露した。

「宇宙最強だとか夜兎だとかの前に、名前は一人の…俺が惚れてる女なんだから……あまり無防備な姿を他人に見せるんじゃあねえぜ」
「〜〜っ!?」

滅多に拝むことの出来ない蕩けそうに甘い笑みとストレートな台詞に顔を真っ赤に染めた名前は、先程とは違って優しい色を映した翠色で見下ろしながら「分かったか?」と尋ねてくる承太郎に、首を縦に振ることしか出来なかった。


* * *


「……ねえ。俺が必死にベアリングの練習している間に二人で何してたんスか?」

近距離パワー型である『星の白金』と『クレイジー・ダイヤモンド』の射程距離では警戒心の強い野生の鼠は狩れない。ならばスタンドで投擲が出来て、鼠を狩れる殺傷能力も携えている物を使用しようと、承太郎はパチンコ玉サイズの小さな鋼球『ベアリング』を用意していた。
ベアリングの球は余裕を持ってケースにたくさん詰め込まれているが、一度射程内に入った鼠に対して球を外してしまうと二度と標的は射程内に入って来なくなるため、数打ちゃ当たるという考えでは一生当てることは出来ない。
そのため仗助は的確に当てられるように承太郎から少しの時間を貰って、スタンドでベアリングを投擲する練習をしていたのだ。

「まじでナニしてたんスか承太郎さんッ!」

そんな鼠と違って動かない空き缶ではあるが、物体に球が当たる確率が上がって来た頃。その事実に喜んでいた仗助の前にどことなく満足そうな表情を浮かべた承太郎が、顔を真っ赤に染めた名前の手を引いて現れたのである。
火を見るより明らかな二人の変わった様子に、仗助が「俺には変なこと想像するなとか言ってたくせに!」と承太郎へ噛み付くように詰め寄るが、思春期の少年の不満は「当たるようになったか?」と練習の成果を求める、ずるい大人に流されてしまった。

「……一発目は確実に当たるようになったっスけど、二発目は当たったり外れたりと五分五分って感じっス」
「うむ、まあまあだな……ただ何度も言うが、一度でも外したら鼠は二度と俺達の射程内には入って来ないからな。命中すると確信するまで発射はするな」
「…………」
「別にプレッシャー掛ける訳じゃあねえが……いいな?」
「……充分掛かりました、プレッシャー…」

たった一発外すだけで練習すら無駄になるシビアな『狩り』に仗助がガックリと肩を落としていると、二人のやり取りを見ていた名前が「…ね、ねえ承太郎…」と、未だ承太郎に繋がれている右手を引いた。

「ん?」
「えっと、…そのベアリング? ってやつ、私も練習しなくていいのかな…って」
「……そうだな、名前の力なら生身でもベアリングを飛ばせるかもしれねえし……試しにやってみるか?」

仗助同様に名前を『狩り』の手伝いに招集していた承太郎だが、元々パワー型のスタンドを持っていない名前には鼠を仕留める役割より、夜兎特有の身体能力を活かして鼠を追い詰める役割を担ってもらうつもりでいた。
しかし、名前本人に「ベアリングを練習しなくていいのか」と尋ねられた承太郎は、鼠を仕留められる者が多いに越したことはないと改めて策を見直したようで、名前の手を離すと代わりに二発分の球を彼女の手に乗せた。

「あの空き缶を狙って、このベアリングを親指で弾くように飛ばしてみろ」
「う、うんっ…」
「…大丈夫。外したって怒りゃしねえよ」
「コツは肩の力を抜くことっスよ!」
「…分かった、」

一足先にベアリングの練習を終えた少しだけ先輩である仗助のアドバイスに頷いた名前は、離れた位置にある空き缶を真剣な眼差しで見据えると、ベアリングを持った手を標準を合わせるように静かに構える。
そして、タイミングと呼吸を合わせるように名前は何度か深呼吸をすると、ここだという一瞬の、一番良い瞬間に親指へ力を集中させて小さな球を二発続けて素早く放った。

「…!」
「おおっ! 名前さんカッピョイイーッ!」

結果は二発中二発命中で、どちらも空き缶を勢いよく弾き飛ばす程の威力であった。
正確さ、素早さ、威力ともに申し分ない名前の投擲力に承太郎が微かに目を見開き、仗助が目を輝かせていると、くるりと振り返った名前が満面の笑みを浮かべながら「やったよ!」と二人にガッツポーズを見せた。

「…驚いたな。まさか名前の潜在能力がここまでとは」
「可愛くてスタイル良くて頼りになるとか……名前さんってグレートっつーか、どこまで仗助くんのハート掴むの上手いんスか…」
「ふふっ!」

承太郎と仗助がそれぞれ異なる印象を名前に抱く中、当の本人は田んぼに落ちた空き缶を拾い上げると、それのど真ん中に空いている丸い穴に嬉しそうに頬を緩めていた。

そして――。

「練習はここまでだぜ。これからは…『本物』を狩りに行くぞ」

承太郎の背筋が伸びる凛とした声により、スタンド持ちの非常に厄介な『鼠狩り』が始まろうとしていた。

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