(※絵文字・顔文字表記あり)



【 承太郎へ。
 休日なのに補習大変だネ……。
 でも真面目に勉強してるといいことあるよ!
 卒業までもう少しだからガンバレ⚑*゚

  P.S. 学校終わったら家にきてね!】


いつもより時間の進みが遅く感じたが、無事に午前に午後と補習授業を終わらせた承太郎は、メッセージカードに書かれた通り名前の家の前までやって来ていた。とはいえ自宅の真隣であり、第二の実家と言っても過言でないためこの場合『帰ってきた』と、そう表現した方が正しいのかもしれない。

「やれやれ。一体何を企んでやがる」

口ではそう言っているものの、メッセージカードを片手に名前が待っているであろう一軒家を見上げる承太郎は、それはもう嬉しそうに口角が上がっていた。

「……行くか」

彼はもう一度、見慣れた丸っこい字で書かれた文を愛おしそうに読むと、カードを大事そうに胸ポケットに仕舞う。そして、色んな期待を胸中で膨らませながら玄関のドアを開けた。

「名前、来たぞ」

インターホンは鳴らさず、既に昔から持っている合鍵で玄関の鍵を開錠して中へと入った承太郎は、どこかの部屋にいるであろう名前に聞こえるように声を張る。だが、少し待ってみても彼女からの返事はない。

「勝手に上がるぜ」

しかし、これは承太郎にとっては許容範囲だ。
歴史がある日本家屋の空条家ほどではないが、名前の家は一般家庭にしてはなかなかに広い。そのため、玄関口から声を掛けても相手に聞こえないことはざらである。そのことを知っている承太郎は特に気にした様子もなく、靴を脱いで家の中へ上がると、まずはリビングかと足をその部屋がある方へ進める。すると――。


【 おかえり!
 それに補習おつかれさま!
 早く部屋に入ってくつろいでね!
 ……って、言いたいところだけど、
 まずは手洗いうがいだー!٩(ˊᗜˋ*)و】


「……またか」

リビングへと続くドアに、鞄の中に入っていた物と同じメッセージカードが貼られていた。それに気づき、書かれている文を読んだ承太郎はくつくつと喉を鳴らして笑うと、またもや胸ポケットにカードを仕舞い、名前の指示通り手洗いうがいをすべく洗面所へと向かった。


【 風邪引いたら大変だからね!
 ちゃんと手洗いうがいできた?
 そしたらキッチンに行ってみて(*´罒`*)
 承太郎の好きなものが待ってるよ〜!】


洗面所に行くと、今度はキッチンに向かうようにと促す旨が書かれたメッセージカードが鏡に貼られていた。承太郎は壁に掛けられているタオルで手を綺麗に拭くと、そのカードを胸ポケットに入れてキッチンへと向かった。


【 じゃじゃーん!
 承太郎の大好きなドリップコーヒーだよ𖠚ᐝ
 コーヒーショップのオススメ第1位!
 ってやつだからきっと美味しいよ•ڡ•

 それと!カードは次で最後なんだ!
 リビングのどこかにあるから探してみてネ!

  ヒント:いちばん私が見るところ!】


「……ほう?」

帰宅に合わせて淹れたのだろう。香り高いコーヒーの匂いと共に、温かな湯気を立てる深みのある美味なドリップコーヒーを味わいながら、承太郎はピクッと片眉を上げる。どうやら今回はその場所へ行ったらあるという訳ではなく、自力でカードがある場所を探さなければならないらしい。

「名前がリビングで一番見ている場所か」

コトッ、とマグカップをダイニングテーブルに置いた承太郎は、すぐそばにあるリビングに視線を巡らせる。リビングにはテレビ、ローテーブル、ソファー、壁掛け時計、観葉植物といった家電や家具などがお洒落に配置されている。承太郎にとっても見慣れた部屋の光景だ。

「……そうだな、」

それらを一つずつ眺めていた承太郎は数分も経たずしてもう目星をつけたらしく、とある場所へと移動していく。その場所とは――。

「――見つけたぜ」

カードがあった場所は"テレビ"の裏だった。
一人暮らしの名前がリビングで一番見ている所など、情報収集や娯楽のために置いてあるテレビが妥当だろう。そう冷静に思考を働かせた承太郎は、見事最後のカードを見つけ出した。


【 だいせーかい💮
 承太郎には簡単だったかな?
 前のカードに書いたとおり、これが最後!
 ここまで付き合ってくれてありがとう。
 そんな優しい承太郎が大好きです•ᴗ•♡

 最後に、今までのカードあるでしょ?
 それ全部うらっ返しにしてみて!

   まってるね――名前】


「うらっ返し?」

『大好きです』という五文字にとくん、と鼓動を跳ねさせていた承太郎は、最後の指示に微かに目を丸くさせる。だが、一番下に書かれた可愛い一文にすぐ様胸ポケットから今まで見つけてきたカードを取り出すと、テーブルの上に一枚目から順に裏返して置いていく。

【ひ】 【み】 【つ】 【き】 【ち】

裏返したカードから浮かび上がった五文字を目にした承太郎は、長い学ランの裾を翻して颯爽とリビングを後にした。向かう先はもちろん、幼い頃からの思い出がたくさん詰まった宝箱のような、名前と逢瀬を何度も繰り返した大切な場所――"ひみつきち"だ。


* * *


「(――いた)」

大きな天窓から差し込むオレンジ色の日差し。暖かな色をした光に照らされながら、己のスタンドと戯れる名前を"ひみつきち"――またの名を"屋根裏部屋"で見つけた承太郎は、彼女の姿に愛おしそうに目を細めた。
いつも愛用している体のラインを出すチャイナドレスとは違って、ふわふわとしたゆるいニットワンピースを着て、長い髪を頭のてっぺんで一つのお団子に纏めている名前。今朝目にした格好とは異なるその姿は、普段よりも守りたくなるような、庇護欲を掻き立てられるような愛らしいの一言でしか表せられないものだった。

「名前」
「!!」

普段とギャップのある名前の姿に、今すぐ自分の腕の中に閉じ込めてやりたいと、そんな衝動に駆られる承太郎。だが彼はそれをグッと抑えると、優しげな声で未だ承太郎がいることに気づかず、うさぎ達と遊ぶ名前の名を呼んだ。
すると、やっと彼女の綺麗な蒼い瞳が承太郎へと向いた。

「承太郎っ!」

パチッと承太郎の翠色と名前の蒼色がかち合った瞬間、驚いていた名前の顔がたちまち満面の笑顔に変わった。

「カード全部見てくれたんだね!」
「ああ。なかなか良かったぜ」

クッと口角が上がり、彼なりの楽しそうな表情を浮かべる承太郎に、名前は胸をきゅんと高鳴らせた。それと同時に、前日まで例年とは違う渡し方をしたい。そう悩みに悩んでいて良かったと、自分の行動が間違ってなかったことを彼女は嬉しく思った。が、まだ全て終わった訳ではないため、安堵するのは早い。

「あ、あのねっ、承太郎!」

収納ボックスを覗く白黒うさぎ達からヒントを得た"宝探し"のような、ちょっとした遊び心のあるサプライズは見事成功した。でも、この思い出が詰まった"ひみつきち"を今でも覚えていて、迷わず来てくれた承太郎に自分の気持ちをちゃんと渡さなければ、大成功とは言えない。
名前は「どうした?」と不思議そうに見つめてくる承太郎を見上げながら、後ろ手に隠し持っている"本命チョコ"をきゅっと握りしめると、それを両手でそっと承太郎の前に差し出した。

「はっ、ハッピーバレンタイン……っ!」

自分でも思っていたより声が上擦ってしまい、肝心なところで格好がつかない現実に、恥ずかしさから名前の白い頬に赤が差す。

「…………」
「……あ、れ……?」

そして、羞恥に苛まれる名前へ更に追い打ちをかけるかのように、承太郎からは全く反応が返ってこないのだ。

「じょ、承太郎……?」
「…………」

どうしてか彼は、差し出された本命のチョコレートが詰めてある箱を凝視したまま微動だにしない。時でも止まっているのかと、そう錯覚しそうな程動かない承太郎。これには名前も羞恥心より、不安を隠せなくなってきてしまった。
名前は動かない承太郎から視線を外すと、自分の手元にあるこの日のために選んだ箱を見る。濃いピンク色のリボンで装飾された、そのリボンよりも薄いピンク色の可愛らしい箱を。

「(ま、間違えたかも……っ、)」

ピンク色は名前の好きな色だ。そして、ピンク色のリボンには"無償の愛"という意味もあり、バレンタインデーの贈り物としてラッピングにピッタリだと雑誌の記事で読んだ名前は、特別感が出せるかもとピンク色のリボンと箱を選んだ。だが、クールな承太郎にはやはりピンク色は抵抗があるのかもしれない。

「……ごめん、」

いつものように青色の箱や、リボンを選んでいた方が良かったのかも。今から新しい物を買いに行って、ラッピングを変えたら承太郎は貰ってくれるかな。そんな後悔と、まだ残ってる微かな希望を胸に抱きながら名前は差し出した手をゆっくりと下ろしていく。が、彼女の細い手首を掴む大きな手が、完全に下ろすことを許さなかった。

「っ、え……あの、じょうた――っ!?」

まるで引き止めるように掴んできた自分より熱を持った承太郎の大きな手に、名前は目を見開く。先程まで全然動く気配がなかったと言うのに、急にどうしたのだろうか。疑問が増える一方なこの状況に、名前が承太郎へと声を掛けたその時――グイッと掴まれた手を強い力で引き寄せられた。たちまち視界が黒いっぱいで埋まり、煙草の匂いと心地の良い温もりに体が包まれる。持っていたチョコレートの箱は、いつの間にか名前の手から離れていた。

「うっ、え……?」
「……っとに、てめえは……」
「じょう、たろ?」

あまりにも唐突な出来事に、名前は承太郎の腕の中で頭にたくさんの疑問符を浮かべる。すると、耳元で「あざとい奴」と、褒め言葉なのかそうでないのか微妙なラインの一言が聞こえてきた。

「あ、あざとい、」
「名前のことだから計算してた訳じゃねえんだろうが……お前相当やらかしてるぜ」
「やらかしてる……?」
「ああ。"無償の愛"つったら分かるか?」
「――ッ!?」

ピンク色のリボンに込められている意味を、まさかこう言った話に疎い承太郎に言い当てられると思いもしなかった名前は、大袈裟に肩を跳ねさせる。

「なっ、なん、なんで知って……!」
「やれやれ。マジで何も気づいてねえんだな」
「気づくって……だって、何に……」
「お前リビングにバレンタインが特集された雑誌、置きっぱなしだったぜ」
「え゛っ!?」

なぜ承太郎がリボンの意味を知っていたのか。それは本当に単純な理由で、彼は先程リビングでカードを探している時に、テーブルの上に広げられていたままの雑誌を偶然見ていたのだ。バレンタインデーの数ある特集の一つ、リボンの色によって込められた想いが違うという話が載ったページを。きっと名前が片し忘れたであろうそれには、しっかりと『ピンク色のリボンは無償の愛』という文字が刻まれていた。

「だからこの箱を差し出された時は驚いたぜ。まさか名前から"無償の愛"を貰えるとは予想してなかったからな」
「っ、引いてたんじゃ、ないの……?」
「アホか。なんで引くんだよ」

名前の見当違いな言葉に、承太郎は小さく息を吐き出す。だが、そのように不安にさせていたのは自分のせいでもあると自覚している承太郎は、抱きしめていた名前の柔らかい体からそっと離れると、赤らんだ頬に片手を添えながら色んな感情が入り交じっている蒼い大きな瞳を覗き込んだ。

「確かに驚いたりはしたが、ずっと欲していたお前の気持ちを無下にするわけねえだろ」
「……承太郎、」
「むしろ本当に、貰っていいんだな?」

頬に触れる手の平と同じで、熱がこもった宝石のような翠色の瞳は『受け取ったら最後、絶対に離さない』とでも言うように、獰猛に光り輝いていた。その瞳に見据えられた名前は、こくりと小さく喉を鳴らす。さながら獅子に追い詰められた小動物のようだ。だが、名前はここで逃げ出すようなか弱い子うさぎではなかった。

「――承太郎に貰ってほしい」

もう二度と承太郎から離れるつもりなど毛頭ない名前は、頬に触れる承太郎の手に自身の手を重ねる。そして、真っ直ぐに彼の揺れる瞳を見つめ返すと、彼女は精一杯背伸びをした。
沈みかけている太陽の光に微かに照らされた、名前と承太郎の大切な思い出がたくさん詰まったこの"ひみつきち"で、大きさの違うふたつの影が重なり合った。


* * *


「やれやれ……やっぱりあいつ、あざといな」

イルカやクジラ。サメやペンギン。ヒトデやカニといった、可愛らしい海の生き物の形で象られたチョコレートの下に、一際大きいハート型のチョコレートが隠されていることに気づいた承太郎は、彼女の『愛』に嬉しそうに笑った。


♡Happy Valentine♡


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