出会った日を思い出す


日曜日。静寂の朝。
ベッドの上に広がった無数のデジタル時計が5時きっかりを指した途端、ディアソムニア寮の一室では思わず耳を塞ぎたくなる程のけたたましい音が響き渡った。
入学したての頃は、このアラーム音が大変うるさいと他の寮生から苦情が相次いで寄せられてしまったため、リリアがこの部屋に防音魔法をかけてくれたのだった。入学早々、親父殿の手を煩わせてしまった、とこの時はシルバーは申し訳なさそうに肩を竦めた。

シルバーは日中突然の眠気に逆らえず、そのまま居眠りをしてしまうという珍妙な体質を持っているが、起きた時に後に引いてしまうようなものではなく寝起きは悪くない。むしろ意識が覚醒してからはベッドの中でうだうだするような時間はほぼ無いに等しかった。そう、眠りに落ちてから目を覚ますまでが大変なのだ。

一個一個全てのアラーム止めたシルバーは、それでもなお、響き渡る音に気がついた。ベッドの上に置かれている自身のスマホの着信音。初期設定から変えていない着信音は軽快なメロディーで、誰かから電話がきていることを示していた。こんな早朝に一体誰が...と疑問に思ったシルバーだったが、着信画面を見てつい口元を緩ませてしまう。迷わずビデオ通話のボタンをタップしたシルバーには眠気などすでに残っていなかった。


「おはよう、シルバー!」

日曜の朝5時。ターリアとシルバーは、毎週決まってこの時間に今週はこんなことがあった、こんな発見があった、こんな勉強をした、お互いあったことを話していた。と言っても、ほとんどターリアの話をシルバーが聞いてやるのが常なのだが。スマホの画面いっぱいに広がるターリアの顔はどこか嬉しそうに薄らと笑みを浮かべていた。いつもなら早朝ということもあって、どこか眠そうに目を擦りながら会話をしていたが今日は違うようだ。

「おはよう、ターリア。朝から機嫌がいいな。何かいい事でもあったのか?」
「さて問題よ!今日は何の日でしょうか!」

最近ターリアはテレビにハマっているらしい。というのも先週の定期連絡で聞いていたので、面白いクイズ番組でも見たのだろう。じゃじゃ〜ん!なんて効果音が聞こえてきた気がした。

「3月28日...誰か誕生日だったか...?」

問題に出すような記念日なんていうものは、誕生日くらいしかシルバーには思いつかなかったが、さてターリアの周りに誕生日をわざわざ自分に伝えるほど親しい奴がいただろうか。セベクの誕生日なら17日に一緒に祝ったし、いい思い出になった。

「正解は、私とシルバーが出会った日よ!12年前の今日にね」


シルバーは思わず首を傾げた。ターリアと出会った日のことは今でも鮮明に、何よりも彩やかに、決して忘れることはできなかった。が、日付までは覚えていなかった。そんな様子を見たターリアは肩をすくめた。

「シルバーの...リリア様の家にはカレンダーもなかったものね、しょうがないわね。でも12年前の私は、城に帰ってからカレンダーの3月28日に丸をつけたから間違いないわ!」
「...そうか。ターリアとはもうそんなに長い間を過ごしていたんだな」
「フェアリーゴッドマザーやリリア様からしたら12年なんて瞬きの間になるのかしらね」

すっと目を細めて、窓際を眺めているターリアを見たシルバーの胸の内は切なくなった。人間の一生なんて妖精の一生に比べれば瞬きの間。茨の谷にいると種族の差を、よくよく感じていまう。昔シルバーがリリアに、人間の一生は短い!未熟を嘆く暇などない!と一喝されたこともあった。傍で鍛錬を見ていたターリアもよく覚えているだろう。だからこそ、こうやって悔いのないように、お互い伝え忘れがないように、毎週連絡を取るようにしているのだ。

「本当は10年目に言いたかったんだけど、一昨年はマレウス様たちがナイトレイブンカレッジへ入学する準備があって、茨の谷中てんやわんやしてたでしょう?去年はシルバーもそうだったし」
「あぁ」

突如としてナイトレイヴンカレッジへの入学をマレウスが決めた時はそれそれは茨の谷中大騒ぎだったのだ。ターリアもシルバーもそれは例外ではなく。セベクは特にすごかった。もはや入学など関係なく、学園に殴り込みにでも行くかのような勢いだった。後々、黒い馬車が迎えに来た時も嵐が来たかのような喜びようだった。あの時の若様ッ!!!!!という嬉々としたセベクの大音量で響いた声は今でも思い出せる。


「今年はセベクもいなくなっちゃって...。でもシルバーの先輩さんがスマホを使ってくれたじゃない?これのおかげで少しだけ寂しくなくなったわ!」
「それは良かった。後でイデア先輩にはお礼を伝えておこう」

マレウスが電子機器を扱うのが苦手なように、ターリアはどうにもこのピコピコしたものを扱うのが得意ではなかった。正直区別がつかず、パソコンもスマホも電気圧力鍋もみんな"ピコピコ"だった。そのためターリアは、最近まで茨の谷から賢者の島まで魔法で手紙を送っていたのだ。ただ手紙にはいくつか問題があった。
まず1つ目にタイムラグが発生した。茨の谷から賢者の島まで果てしなく遠いのだ。もちろん手紙には何者にも関与できないよう魔法をかけているが、何せ届くまでのスピードを上げることができなかった。ターリアの魔法技術では瞬間移動など、とんでもないことだった。
そして2つ目、手紙にかけられた魔法だ。先の魔法ではなく、指定の宛先に届くよう設定する魔法が問題だった。この魔法をかけた後は、宛先に指定された本人に届くまで自動制御なのだ。つまり届いて欲しくない時、主に授業中や部活中に手紙がシルバー目掛けてやってくるのだ。
これは流石にまずい、だが連絡取れないのも大変困る。悩んだ末に辿り着いたのが、ターリアにスマホを使ってもらう、ということだった。そこからシルバーが行動に移すのは早かった。魔導工学の申し子と呼ばれたイデア・シュラウドに、自分の持てる全てのゲーム技術と睡眠時間を捧げ(何度か寝落ちはしているが)、ターリアでも使うことが出来るであろう"機械音痴も簡単に使えるシュラウド製スマートフォンwithオルトサポートセンター"を作ってもらったのだった。受け取った当日にはもう既に発送していた。もちろん超速達便で。

「こうしてシルバーに言いたかったことをすぐ伝えられるっていいわね。手紙だとタイムラグが少なからずあるから...それにピコピコって案外覚えてみると楽しいわ」

その甲斐あってか、今ではすっかりターリアもスマホを使いこなしこうしてビデオ通話ができるようになったのだ。度々オルトの世話になっているようだが。大分連絡を取るのが楽になった今、茨の谷で毎日を過ごしているターリアともっと話が出来ればいいのにと思う反面、ただでさえ日中居眠りが多いため学業を疎かにできないという気持ちが、少なからずシルバーにはあった。

「茨の谷で魔導工学はそれほど発展していないからな。学園に通っていると魔導工学の他にも新しいものに触れられる。それを少しでもターリアと共有できたら、と思っていた」

魔導工学も学園で見つけた新しいものの話も、所詮ターリアと会話するための言い訳でしかなかった。そもそもあまり口数が多くないシルバーからすると話のタネを見つけるのもなかなかに大変な事だった。

「ふふっ...」

ふと、笑い声をもらしたターリアは、小さな両手で己の顔を包み込んでしまった。隠される前の表情をシルバーはしっかりと見ることはできなかった。

「どうかしたのか?」
「嬉しくなったの」

黒いネイル、白くすらっとした指の間から覗く碧眼は、熱を帯びた視線をこちらに寄こした。ターリアは耳元を鳥の羽根で撫でられているかのように身をすくめながら、先程よりも小さな声で言った。


「つまり学園にいても私のことを考えてくれているってことでしょう?...私だけじゃなかったのね」

花が綻ぶように笑うターリアから、もう目が離せなかった。いつだってシルバーの中にはこの笑顔のあたたかさが残っている。

「私ったら、気づくと一日中シルバーのこと考えてるんだもの」

じわりじわりと湧き上がる愛おしさに、自然とシルバーの口から言葉がこぼれた。

「12年前に出会ったあの日から、お前のことをずっと想っている。胸の内にあるこの愛しいという気持ちはこれから先もずっと、ターリアだけの物だ」


自分が紡いだ言葉に、ハッとしたシルバーは段々恥ずかしいような、いたたまれない気持ちになった。出会ってから感情を言葉にして投げかけてくれるのは決まってターリアの方だったからだ。

「すまない、そろそろ時間だ。また連絡する」
「えぇ、待ってるわ。大好きよ、シルバー」

ターリアの顔はもちろん、どんな反応をしていたかもまともに見られなかった、とシルバーはため息を吐いた。自分の気持ちを言葉にするのはあまり得意ではない。そのうえ普段はターリアがこちらの意図を言わずとも拾ってくれていたのだと、学園に来て色んな人と接してから気づいたのだ。それにしても矢継ぎ早に通話を切ってしまった、と反省した。気恥しかったのだ、己の感情を素直に言葉として伝えるのは。

ドアの向こうから、石畳の廊下をズカズカと歩く音がだんだん近づいてきた。大方セベクが起こしに来たんだろう。シルバーはスマホを懐に入れ、息をゆっくりと外に吐き出した。
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