三ツ谷の嫁って呼ばれたい!


ガタガタとミシンが働く音が家庭科室に何重にも広がる。この音を聞く度に、憂鬱になっていたのも今となっては笑い話だ。
手芸部に入部した当初は、友人の反応がそりゃあもうすごかった。雪が降るんじゃないか?いや、槍だろ。天変地異でも起こるんじゃないか。なんだ?私は巨神兵か何かか?手芸部に入っただけなのに...。
しかし周りがざわついたのも無理はない。私は学年でも噂になるくらい手のつけられない程”不器用”だったのだ。小学校の時、家庭科の成績はびっくりなくらいギリギリで生きていたし、なんなら私がキッチンに立っただけで母親に泣かれる。私が生成できるのは、純白の皿に黒く残った塵を見ていただければ察しがつくだろう。これには担任も泣いた。成績で1を取った私も泣いた。

手先が不器用で目も当てられないような物しか生成できない私が手芸部に入ったのは、1年の夏休みに入る少し前のこと。その日の家庭科の授業は今までで一番悲惨だった。糸が絡まるわ、布は破くわ、挙げ句の果てにはミシンの針までぶち折ってしまった。これは不器用の範囲を超えていると思うし、もう私に家庭科をやらせてはいけないと思う。料理と同じく裁縫も諦めた方がみんな幸せになるよ。私が作っていたエプロンとは言いがたい物体には穴が開き、縫った糸がどういうわけかぐちゃぐちゃに絡まって玉になっている。どっからどうみても失敗作を申し訳程度に提出した。別に手を抜いたり、ふざけたりしてないし、頑張って作ったんだから先生も目を瞑ってくれるでしょ。
そう甘く考えていたのがよくなかった。事の発端は担任教師からの「いいの?このままじゃ夏休みに学校にきてもらうことになるわよ」という脅し文句だった。原因はもちろん、例の失敗作だ。誰だって夏休みという自由な長期休暇に、わざわざできないもののために登校なんかしたくない。かくいう私も夏休みはクーラーをガンガンにつけて冷やした部屋でゲームしたり、テレビを見たり、ぐーたらと過ごすつもりだったので担任の言葉に文句の一つも言いたくなる。

「あ〜〜〜〜もうっ!できない人間に何度やらせたって無理なものは無理!先生も会議でいなくなるなら、居残りになんてしなくてもいいのに!」

悲しい、私しかいない家庭科室にしょうもない愚痴ばっかりが広がっていく。ぐわっと髪を掻きむしり、顔を机に伏せた。一人じゃどうしようもない。せめて手芸部の人が誰かしら来てくれて、私の代わりに作ってくれればいいのにと思った。けど、今日は部活がお休みの日なのでそんな救世主は訪れないことは明白だった。私は先生の口から、できないんじゃしょうがないわね、という一言が出ることを期待して、会議から帰ってくる担任を待った。


「お、誰かいるじゃん」
「…三ツ谷」

鬱々とした空間は、そっと開けられたドアから覗く銀髪ヤンキーが来たことで終わりを告げた。三ツ谷隆は手芸部期待の新人部員、そして東京卍會の二番隊隊長と、友人曰くギャップ萌えの交通渋滞を起こしている人物。同じクラスなので、何度か話したことがあるが、それはもう”いい人”なのだ。

「苗字さん、なにしてんの?」
「居残り…家庭科の」
「先生は?」
「会議。三ツ谷は?今日は部活休みでしょ。家庭科室になんか忘れものでもしたの?」
「そんなとこ」

三ツ谷は忘れ物を探す素振りを見せず、私が量産し続けていたボロ布がいっぱいに広がった机に向かってきた。その姿に少しむっとした。お?私の不器用現場を見て三ツ谷も笑うのか?と。少し身構えたのもつかの間、三ツ谷はやっぱりいいやつなんだと、私はすぐに手のひらを返すことになる。

「それ、今日の授業課題だったよな。時間あるし困ってるなら手伝えるけど、どうする?」

心の中でガッツポーズをした。それはもう盛大に。手芸部期待の新人直々に手伝ってくれるなんて、こんなに心強いことないと思う。私は二度とこないようなチャンスは絶対逃さない女だ。

「三ツ谷先生お願いします」
「ははっ即答じゃん」
「藁にも縋る思いだったから…」
「じゃあささっと終わらせるか」

こんな良い不良がいるのか?爽やかな笑顔がカラッカラのスポンジに染みこんでいく水のように、私の荒んだ心に浸透していく。安田ちゃんが三ツ谷以外の不良は好きじゃないって言っていたのがやっと理解できた。わかる。三ツ谷なら不良でも許せる。

「で、苗字さんはどこで詰まってんの」
「…裁断から」

笑うなら笑え。できないものはできないのだ。手伝ってもらうなら、私がどれだけできないのかを知っておいてもらわないと、塵生成したときの母親みたいになってしまう。

「布だと線通りに切るの難しいもんな。型紙より大きめに切れば多少失敗しても小さくなることないし、ミシンで仕立てるときにどうにかできるから。まずはそれからやってみような」
「う、うん…」

さっと隣に座った三ツ谷は、できないと放り投げていた作業を一から、私にもできるところから教えてくれた。もう三ツ谷が家庭科の先生でよくないだろうか。
ああだこうだと進めていくうちに、一番の難関にさしかかる。そう、ミシンの直線縫いである。苦行といっても過言ではない、と三ツ谷に伝えたら「過言だろ」と笑われた。私の手元を見てから言ってくれ。ほら、直線どころか蛇行運転してる。

「三ツ谷ぁ…」
「ミシンの速度一番遅くして、ゆっくり進めて…失敗しそうだったら、スイッチから足離して、軌道修正すれば大丈夫」


天才か?

糸が一回も絡まなかった、ミシンの針も折らなかった。そして何よりボロ布にならなかった!不格好ではあるが、ちゃんとエプロンに見える物を作れた私は、三ツ谷の前で意気揚々にばっとそれを広げた。あまりにも嬉しくて、頬が緩んでしまう。

「三ツ谷やばい!初めてちゃんと物に見えるの作れた!」
「苗字さん、やればできんじゃん」
「全部三ツ谷先生のおかげです。最後まで付き合ってくれてありがとう」

いいって、と返してくれる三ツ谷のいい人オーラのすごいこと、すごいこと。こんなオーラを浴びて三ツ谷のこと好きにならない人いる?絶対いないと思うんだ、私。なんだか三ツ谷の背後から後光が差してるように見えてきた。眩しい。

「夏休み補習にならなくてよかったな」
「ほんとにね…助かりました」
「また困ったことがあったら、声かけてくれていいからな」

やめてくれ、私のHPは0だよ。いいの?家庭科の授業毎週ありますけど。いや三ツ谷がいいなら私、毎週頼っちゃうよ。成績1とか中学で取りたくないもんね。もう1なんて数字みたくないもんね。

「そういえば安田さんが、苗字さんは部活入ってないっていうのを聞いたけど」

何で三ツ谷が安田ちゃんと私の話をしているのかわからない。わからないけど、なんかとんでもないことに巻き込まれそうなのはわかった。今なら何でも頷いちゃいそうだから、このまま何事もなく終わってほしいのだか。

「手芸部に入部とかどう?苗字さんがよければ」
「入部します」

そりゃあ、もちろん!三ツ谷が毎週こうやって不器用度MAXの私に、丁寧な指導を受けさせてくれるなら入部しますとも。「じゃあ、また明日な」と家庭科室を出て行く三ツ谷を眺めていた。一人空間に残された私は冷静な頭で思った。

(私、家庭科暫定1なのに手芸部に入部したら大惨事じゃないのか)

いや、でも三ツ谷が困ったら助けてくれるって言ってたもん。あの流れで断るなんてできない。だって入部しますって言ったときの三ツ谷、めちゃくちゃ嬉しそうだったし。待って、制作中の距離ほぼ0に近くなかったか。横顔すごく綺麗だったなぁとか、ピアスしてんだとか、今になって私の頭の中をぐるぐると回り始めた。これ湯気出てない?担任の先生に声をかけられるまで、どうやら私は微動だにもしなかったらしい。エプロンは今までで一番褒められた。当たり前だろ、三ツ谷に教えてもらいながら作ったんだぞ。



この一件以来、三ツ谷隆が好きで好きでたまらなくなり、胸が張り裂けそうになっているのだ。いっそ張り裂けてしまって、その穴が開いたところを三ツ谷にスイスイっと修繕してもらえればいいのに。私からすると絶対そっちの方がいい。いや、三ツ谷は断じて医者ではないんだけど。

「いつか、三ツ谷のヨメって呼ばれてみせるぞ〜!」

と、私は固く誓ったのであった。