儚いが似合う人
段々寒くなってきた十一月の初め。生い茂ってきた木々の葉たちは冷たいコンクリートへ落ち、寒々しい空がよく見えるようになっていた。街ゆく人々からは色が無くなり、淡い寂寥を覚えた。だがこの時期に一つだけ楽しみがあった。
「研二、久しぶり」
「1年ぶりだな。少し痩せたんじゃねぇの」
恋人との逢瀬だ。七夕ではないが、彼女は忙しいためこうやって二人で会えるのは一年に一回になっていた。
へらりと笑う彼女はどこか疲れていて、少し心配になる。食べるのが好きだと言っていたが、自炊はあまり得意ではないといつだか話してくれたのを思い出す。
「これでも最近はちゃんと自炊始めたんだよ」
「へぇ、今度お前の手料理振る舞ってくれよ」
苦手克服したんだな。大学の時、陣平ちゃんと三人でお弁当を広げたら真っ茶色の一面が出てきたのは本当に可笑しかった。白米いっぱい詰めた上に肉そぼろをめいっぱいまぶしたのだと自慢げに話してたよな。
「松田くんも誘ったんだけど、今年の今日は一番大事な日だからって断られちゃった」
「陣平ちゃんとは昨日会ったから大丈夫。他にも降谷ちゃんに諸伏ちゃん、伊達班長にも会えたしな」
五人が揃ったのは久しぶりで少し胸が踊って浮かれたのは俺だけの内緒だ。陣平ちゃんは少し思い詰めたような、人生一代の決心したような顔をしていた。アイツはすぐ無茶をするから、俺の代わりに止めてやってほしい。
「ねぇ、研二」
「どーした?」
彼女は俺から視線を逸らし目を伏せた。カールした長いまつ毛の下から覗く瞳は少し潤んでいるようだった。
「研二のことずっと考えちゃうの」
「それは光栄だな」
好きだと言ってくれた笑顔を向け、雫が溢れそうな下瞼をそっと撫でつける。彼女の肩は微かに震えていた。
「貴方のこと忘れられないの」
「俺もだ」
お前のことは一度も忘れたことは無かった。今までもこれから先も俺は彼女に、彼女は俺に囚われているのだろう。
「たまに研二の存在があまりにも儚くて、消えてしまいそうで握ってた手を離したくなかった時もあったの」
「知ってる」
泣きそうな顔で俺を見上げていたのをよく覚えている。急に何が悲しくなったのかとその時は狼狽した。理由を教えてくれなかったから、どうしたらいいのか分からなかったんだ。
「なんで私の事おいていったの」
これは俺の人生に一番の確信をついた言葉だ。言うなれば一種の罪であり、呪いだ。だがおいていくつもりなどさらさらなかったし、そもそもこうやって毎年会うこともできている。それでも彼女は俺を問いつめるのだ。言い訳をできるはずもなく、謝罪以外の言葉は口をついて出なかった。
「…悪かった」
「きっと貴方は謝るんでしょうね」
「あぁ」
「ずるい人」
彼女は溜息をつきながらも、目を細めてどこか懐かしそうな表情を浮かべる。その奥にチラつく諦観の眼差しに俺は胸を痛める。そっと目を瞑る様を静かに見守った。
手を合わせた後、立ち上がった彼女は金属でできたバケツの中に残った水を近くにある排水溝に流し、使い終わった木製の柄杓を中に入れた。新しく供えられた線香の煙は宙に吸い込まれていくように薄らいで消えてゆく。花立には昨日今日と飾られた花々が綺麗に咲き誇っている。
「また来年、会いに来るね」
「あぁ、待ってる」
こんなに近くにいるのにもきっと彼女は気づかない。墓前を離れていく彼女を引き止めたところで俺の声なんて届きやしない。抱きしめてやりたいのに、零れ落ちる涙をこの手で拭ってやりたいのに。もう目が合うことも触れることもできないのだと、君に会う度に思い知られるのだ。
「俺の事、この先もずっと忘れないでいてくれよ」
──俺が死んで4年後の11月7日の話。
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