薔薇と宝石の約束



一目見た瞬間

たった1つの言葉が頭を支配した



綺麗だ……と





jewel.58.5
〈叶わぬ想い、敵わぬ彼女に報われん〉
 ---side 白馬探







久しぶりに帰国して登校した学校で、いつもの様に僕を慕ってくれる女性達が、休んでいた間の出来事を教えてくれる。


「そうそう、うちのクラス転入生が来たんだよ!」

「今日は休みみたいだけど。」

「黒羽君と仲良いんだよね。」


へぇ、転入生が……と相槌を打ちつつ、黒羽君と仲が良いという情報からノリの良い男を想像していると、意外な言葉が耳に入る。


「すっごく可愛いの!」

「……女性ですか?」


驚いて確認すると、返ってくるのは肯定のみ。
一瞬信じられないとも思ったが、中森さんの事を思い出し、きっとあんな雰囲気なのだろうと自分の中で納得した。










帰国して早々、ロンドンから捜査協力の要請を受けた為に翌日には逆戻りをして、再び日本へ戻ったのは約1週間後の事だった。

いつもの通り声を掛けてくれる女性達を、失礼にならない程度にかわしながら教室へと入ると、周りに集まったクラスメイトの女性達の隙間から、見たことのない後ろ姿を見つけた。


「もしかして、彼女が例の……?」

「え?……あぁそうだよ!この前言ってた工藤さん!」


振り返って僕の視線の先を確認してから肯定する声を聞きつつ、黒羽君と並んで歩くその後ろ姿を見つめる。
机に鞄を置いた彼女がくるりと正面を向いた途端、周りの音が消えたかの様な錯覚を覚えた。


“綺麗だ……”

そのたった一言が頭の中を支配する。


挨拶してきます……と告げてから周りを囲む女性達の間を抜ける。
1歩ずつ彼女の方へと近付くと、どうやら話題は自分の事の様だと分かった。


「ほら、先週柚希が休んだ日があったでしょ?あの日も帰って来てたんだけど、またすぐ向こうに行っちゃってたの。」

「うん……誰が?」

「それは僕の事かい?」


再び背中を見せている彼女の方へそう声を掛けると、驚いてこちらを振り返った。

彼女、柚希さんとの会話を進めながら、こちらをじっと見つめる黒羽君の視線には気付かないふりをする。
とても興味深い人だ、と考え、しかしそれは自身の心を認めていないだけだと頭に警鐘が鳴る。


「おい白馬!いつまでも柚希と喋ってねーで、ファンの相手でもしたらどうなんだよ?」


痺れを切らした様な黒羽君をいつもの様にからかうが、ただ食って掛かるのと様子が違う。
柚希さんを気遣い、優しそうな眼を見せるその様子に、僕はすぐに悟った。


「フッなるほど……そう言う事か。」


黒羽君が柚希さんに惚れている。……そんな事は誰でも気付くだろう。
先程の様子に気付かされたのは、自分も同じく柚希さんに惚れてしまったらしい事だ。


(まさかこの僕が一目惚れ、しかも黒羽君に嫉妬とは……)


黒羽君に軽く牽制をしてから教室を出ると、少し歩いた所で後ろから名前を呼ばれる。


「どうかしましたか?」

「あのね、工藤さんと黒羽君の事なんだけど……」


僕が居ない間に起きた、2人の再会やプランAだBだという今までの流れを話してくれた彼女は、一度大きく息を吸うと、真っ直ぐ僕の目を見つめて言った。


「だから、もしも白馬君が……黒羽君をからかうつもりで工藤さんに構ってたんだとしたら、やめてあげて欲しいの。」

「なるほど、そういう事なら心配は無用です。」

「それってどういう……?」


返事の代わりに笑顔だけ返し、再び止めていた足を動かし始める。

(一度柚希さんと話さなければ……僕の動き方を決めるのは、それからでも遅くない)










結局、彼女の強い意思を聞いてしまった僕は、黒羽君との事を応援するという選択肢を選んだ。
その方法は黒羽君には皮肉なやり方だったかもしれないが、彼にはあれで丁度良かったのだろう。

何度か柚希さんを揺さぶるような真似もしてしまったが、その位は許して欲しい所だ。


「ふむ、どうやらその様子だと、上手く行ったようだね?」


翌朝、仲良く手を繋いで登校してきた2人にそう声を掛ければ、真逆の反応を見せてくる。
柚希さんだけなら兎も角、黒羽君もいるこの時に“おめでとう”とは言いたくなくて、一方的に言いたい言葉だけ伝えて先に教室へと向かった。


扉を開けば、クラスメイトがより集まって期待の眼差しを向けてくる。
あの2人の結果がどうなったのか、探ってくるよう頼まれていたのだ。


「どうやら、上手く行ったようです。」


僕のその言葉を聞いた途端、教室中が騒がしくなる。
まだ本人達が来ていない為か押さえ気味ではあるが、盛り上がる皆の横をすり抜け、一人窓際へと向かった。

間もなく扉が開かれる音が聞こえると、2人がやって来たらしく更に盛り上がりは増す。その声を何処か遠くに聞きながら外を眺め続けていると、突然目の前に握った右手が差し出された。


「柚希さん?」

「スリー、ツー、ワンッ!」


−−−ポンッ


手の主が柚希さんだと気付いてどうしたのかと声を掛けたが、彼女は気にする事なくカウントダウンを始めた。そして手の平を広げると、音を立ててラッピングされた小さな箱が現れた。


「少しだけど、私からのお礼。受け取ってくれる?」

「えぇ、有り難く頂いておきます。それにしても、マジックとはね。」

「快斗にこれだけ教えてもらったの。上手くいって良かった!」


嬉しそうに笑って“本当にありがとう”と言った彼女に、それ以上何も言えずに微笑む事しか出来ない。
そのまま皆の所に戻ろうとした柚希さんが再び振り返り、すっと指差したのは僕の胸ポケット。


「ああそれから……それは素直じゃない人からの、分かり難いお礼だよ。」


そう言い残して去った柚希さんの姿が人混みに消えてから、ポケットに入っていたカードを取り出した。その内容に分かり難い処じゃないなと思いつつ、別のポケットへとしまう。

続いて柚希さんから貰った箱を開けると、綺麗に飾られたトリュフが1つ。
僕へのお礼として手の込んだ物、しかし1つだから押し付けがましくもない……彼女らしいプレゼントだった。


(一つだけ作るのは流石に無理だろう。……という事は、彼も同じものを食べられると思うと気に入らないが、僕の為に包んでくれただけでも喜ぶべきか……)


そんな事を考えていると、ふと黒羽君の声が聞こえて来る。


「なぁ、柚希何か甘い匂いがする。」

「あ、今朝お菓子作ったからかな?」

「まじ?!食いたい!」


やはりそうなるか……分かってはいても何処か悔しさを感じている自分に呆れそうになった時、聞こえた言葉に思わず振り返る。


「試作しただけだからダメ。」

「でも別に失敗とかじゃねえんだろ?だったら…」

「残念だけどもう全部処分済みなの。また今度作ったら、快斗にもあげるね。」


つまり、これは正真正銘僕の為だけに作ってくれたという事になる。
彼女の性格や様子から、僕に聞こえるのを意識などしていないだろう。

無意識に箱を持つ手に力が入り、フッと苦笑と共に窓の外に広がる青空へと視線を移した。


(全く、ずるい人だ……)

あとがき→
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