よすがの光

 いたい、痛い。あの日の痛みが、恐怖が、絶望が、鮮明に蘇る。
 何回がんばっても眠りにつくことができなくて、そのたびぎゅっと布団を握りしめる。気休めでも、落ち着かないこの感情を抑える方法が分からない。なんというか、分かり易く言うのなら、トラウマ。

 数週間前に、私の本丸は時間遡行軍に襲われた。
 油断していたわけではないけれど、それでもなにも変わらない日常だったはずのものは、突然消えてなくなった。ぱきん、と建物が崩れる音がして、それから私の首筋に刀が沿うまでには数秒もかからない。ああ、死ぬんだ。そう思った頃には、巡る数々の思い出たち。

「まだ眠れないのか」

 はっと、その声で現実に引き戻される。何度も聞いた声が耳に馴染んで、私の心を落ち着けてくれるような気がする。
 襲撃のあったあの日から、変わるがわる刀剣男士たちが私の部屋の番をしてくれるようになって、次第にそれは当番となった。今日の当番は大倶利伽羅。どんな神さまのいたずらか、こんな眠れない日に限って当番の刀は、あの日、私の命を救った刀だった。
 
「夢を、見るの」

 あの日の夢を。あちこちで、刀剣男士たちの悲鳴が聞こえる夜。怯える私を襲う冷たい刃。思い出すだけで心臓が凍るようで。
 一夜明けた本丸は、跡形もないくらい悲惨だった。折れた刀もいた。いつもなら早朝に鐘が鳴って、みんなで集まって朝食を食べて、そこから何の変哲もない一日が始まる。けれど、私が審神者になってから、初めてそれが出来なかった日。

「全部、なくなっちゃう夢。みんなも、本丸も、私も最後には消えちゃうの。気付いたらなんにもなくって、そこはただ、まっしろになってるの」
「…………」

 大倶利伽羅は、私の言葉を静かに聞いていた。返事はないし、姿も見えなかったけれど、なぜか側にいてくれているような気がした。本丸が襲われてからもできるだけ普段通りに振る舞っているのに、あの日助けてくれた大倶利伽羅の前だけでは、どうしても弱くなってしまう自分がいる。

「ごめんね、急にこんな話して。今のは忘れて」

 大倶利伽羅に助けてもらったあの日、私は大倶利伽羅の腕の中で散々に泣いた。その向こうでみんなは戦っていたのに、大倶利伽羅の姿を見たときに、私は命拾いをした、と思ってしまった。そんな自分が、どうにも許せないままでいる。
 
 けれど、一度崩れたものは元には戻らない。
 私の涙腺は、どうやら大倶利伽羅の前だけでは馬鹿になってしまうらしい。けれど、その事を大倶利伽羅にばれたくなくて、ひっそりと声を殺す。

「泣きたいなら、存分に泣けばいい」

 そんな私の状況を知っているのかは分からないが、少しして大倶利伽羅はそう言った。襖越しに聞こえる声はあの日のそれとは違った、穏やかな声。その声は、私の涙腺をより脆くするには十分だ。
 止まらない涙を必死に堪えて声を殺すあいだも、大倶利伽羅は話すことをやめない。普段無口な彼からは、想像できないほどに雄弁だった。

「俺たち刀とはそういうものだ。いずれは戦場で散る」
「そう……そう、だよね」

 一睡もできないまま、じきに朝が来る。薄く登り始めた朝日が、眠たいままの瞼を照らして、朝が来ることを告げている。
 夜明けと共に私が目を覚ますから、普段なら当番の刀剣男士たちはここで部屋に戻っていく。けれど、今日の大倶利伽羅は去る気配がない。不思議に思いながらも布団を畳んで、服を着替えて、泣いた痕跡をいつもより入念な化粧で隠して、またいつも通りの朝を始める支度をする。

「準備が終わったら言え。どうせ、その顔を他の奴らに見られるのは嫌だとか言うんだろう」
「え、うん、確かに嫌だけど…… 待っててくれるの?」
「二度は言わない。早くしろ」

 全て見透かされていたようなその発言に思わずどきっとしたのも束の間、朝を知らせる鐘が本丸を包む。私も駆け足で支度を済ませて襖を開ける。何事もなかったかのように大倶利伽羅に「おはよう」と告げれば、その一言に、真偽は分からないが、私には大倶利伽羅が満足そうに笑ったように思えた。