「ただいま、かすみ。何してるんだ?」
「あ、オカエリ知嘉。これね、今度雑誌で特集組んでもらうことがあって。そこに載るインタビューに答えてるんだ」

知嘉が仕事から家に帰るとリビングでいくつかの質問が記載された用紙と睨めっこする翳がいた。翳は目はあまりいい方ではないらしく、なにか読書や文字を見るときは眼鏡をかけていた。珍しい翳のその姿に好奇心を抱いた知嘉はスーツを脱ぎネクタイを緩めながら翳の側に座る。

「なになに、『今一番この世の女の子たちを惑わせる魅惑の美形モデル、カスミに聞く!』…上げられてるなあ」
「わ、勝手に見るなよ」

用紙に載っているのはありきたりな質問から、少し踏み込んだ恋愛観に関しての質問まで。翳はうんうんと頭を捻りながら真剣に悩んで答えを書き込んでいく。その様子を知嘉は翳の肩に頭をのせ眺めていた。

「恋人にするなら、どんな人がいいですか?…ここだけ、白紙だ」

つー、と紙をなぞり文字の書き込まれていないそこに向かって知嘉は言う。
好きな食べ物の話や、趣味の話、休日はどう過ごすかなどの質問にはアッサリ一言、簡潔にまとめて答えているのにその質問だけは消しゴムで何度も消したあとがあるのだ。

「翳、なんで?」

にやり、と翳を手のひらの上に乗せてつついて遊ぶような、そんな悪い顔して笑う時の知嘉のことが翳はやはり苦手だった。分かってるくせに、大体的確な予想がついてるくせに、口下手な自分に喋らせようとする。

「…なんて書いたらいいか、悩む」
「正直にありのまま答えればいいじゃないか」

どんな人が恋人だったらがいいか、なんて。目の前にその恋人がいるのに、どう書けと言うのだろうか。

「俺は知嘉が、どんな人だったから、って好きになったんじゃないよ」
「へえ」

だから、こういう風な質問のされ方は答えにとても悩むのだ。知嘉の事は初めて出会った、翳が陽光を装っていたあのパーティーの時には気になっていたし、キスをして、御園家を追い出されてからモデルとして三年、下積みしていたあの期間、心の支えにするくらいには、まともに会話した事すら、名前すら教えていない間柄にも関わらず好きだった。

「じゃあそう書けば?」

声に出ていたらしいそれを知嘉は拾って他人事見たいに軽く言う。

「どう書けって言うんだよ」
「名前も知らないのに、何年も一途に想うストーカー予備軍みたいなアルファの男」
「ははっ、知嘉、そう書かれたいの?」

思わず吹き出して笑う翳を知嘉はとてつもなく愛おしく思った。

「翳は、今はみんなに愛されてるんだな」

ふ、と口を出た言葉。
10代から上は30代まで、幅広い年齢層が見るわりと有名な雑誌に特集を組んでもらえるほど翳の知名度は上がった。イコール、それは翳は世間に需要があるという事なのだろう。SNSやネット掲示板でもその顔貌の美しさや儚げな雰囲気、演技力に翳は評価されていた。

「えー、どうだろう。そうだと、嬉しい」

擽ったそうに笑う翳に知嘉も釣られて微笑んだ。

「知嘉が、1番最初に俺を見つけてくれたから、だ」

あのパーティーの日、翳の正体を唯一見破った人間。
御園家主催のパーティーでも、広い広い屋敷の、隠されたように隔離された翳の部屋を、翳の居場所を見つけ出した。
そして数年後の、雨ノ森財閥の抱える企業の一ブランドのCM撮影に臨んだあの日も。

全て、知嘉が翳を見つけ出してくれた。探し出してくれたのだ。そして陽光という殻に閉じ込められていた翳の手を引いて、広い世界へ導いてくれた。
知嘉がいなければ、今の翳はいない。

「ありがとね、知嘉」
「フ、大袈裟だ」

知嘉が片手で翳の眼鏡を外し、少し湿ったその唇に自然な流れるような動作で吸い寄せられるのは当然だった。

「…ん、決めた」
「何が?」
「質問の答え。キスが上手な人、って書くよ」
「それはいい答えだな」