※キヨ→←夢主←フジ
高校生設定





名前が泣いている。

名前は壁の向こうに居るというのに、何度目かわからないすんと鼻を啜る音は小さいにも関わらず、教室の前にいる俺の耳にも届いた。

さっきからぐすりぐすりと泣いているちょっと控え目な泣き声を、俺は引き戸の前から動かずにかれこれ5分くらい聞いている。
コイツがここで泣いてるって聞いて来たのに、何も出来ずに立ち往生。なんてカッコ悪いんだと我ながら思う。

そもそも泣いてる理由がいけねぇ。それだから仕方が無いと言えば仕方無いけど、何か出来る確信もないのに追いかけて来てしまった俺も俺で馬鹿だ。
名前はキヨとちょっとしたことで言い争って、それが酷くなったのち、キヨが、もう二度と俺の前に顔を出すなと言い放って名前が走り去ってしまったらしい。
原因はよくわかんねぇが最後のはキヨひでぇよな。

つまり、キヨと名前が喧嘩した。
ちょっとした言い合いはいつもの事だが、こんなにも酷く発展してしまったのは久々だった。

その場にはヒラが居たが2人の喧嘩はどうにも出来なかったらしい。これは流石にまずいと思ったようで、屋上に居た俺とこーすけの元に伝えに来た時はすげー焦った顔してた。
こーすけは仕方ねぇなとめんどくさそうに口を動かすと、キヨんとこ行ってくると言ってドアから出ていってしまった。
するとヒラもその後を辿って出ようとする途中で、「俺もこーすけとキヨのとこ行ってくる!フジは名前ちゃんお願い。多分教室で泣いてると思うから」と俺に言い捨ててこーすけを追い掛けて行ってしまった。
いや、場所知ってるならお前が行けよとつっこみたくなってしまったが、この言葉は呑み込んだ。

そうして俺は名前のとこに来ることになったわけだが、これは偶然なのか必然的なのか。ヒラたちが、俺の気持ちを知っててこうなるようにしたのかはわからねぇ。


俺は名前がすきで、片想い中だ。
その彼女が泣いていると聞けば、その原因であるキヨも怒らないといけないけど、彼女の側に居てやりたいと思うのが俺。とか、完全にキヨの肩持つ気がねぇな。
キヨは一生もんの友達だと思ってるから、信用している。だからこそふたりがぶつかった時にはアイツ側にいてやりたい。

こーすけがキヨのとこ行かなくても、ヒラにお願いされなくても、どっちにしろ名前の居るとこまで追っかけて来ることに変わりは無かったと思う。きっと、込み上げてくるものだけで走り出しちまっただろうな。

ただ、キヨ絡みで泣いているというのがつらくて、さっきから聞いてるこの声に俺はまるで胸が締め付けられているようだ。

側に居るだけじゃなんもしてやれてないことになる、とドアを開ける直前に俺は気付いた。
この通り、いざ来てみれば何をすればいいのかわからない。


名前は、たぶん、というか絶対キヨがすき。俺が名前をすきでよく見ているからこそわかるというか、少なくとも俺からしたらバレバレな訳で、それでいてキヨもたぶんあいつがすき。
キヨは俺からしたら分かりやすいからめっちゃ自信のある読みだと言い切れる。正直これを感じ取ってしまったこのは嬉しくないけど、9割は確実だろう。

こーすけとヒラが誰のどの気持ちを知ってるのか、ましては誰も気持ちも知らないのかは不明。


そう、コイツらは両想いの筈なんだ。
だから余計に俺は複雑すぎて、どう言葉を掛けたらいいのかの答えはもやがかってしまって見付けられない。


………でも、このままここで立ってても仕方ないよな。
俺のことだ、答えを待ってたらこーすけとヒラが来るまでずっと動けねえと思う。
そんなのはごめんだ。


よし。
男の中の男、それは俺!フジだ!!
景気付けのおふざけはやめてとりあえず中に入ろうと思う。


戸に手を掛けた。どくんどくんと全身が心臓みたいに脈を打っている気がする。
やけに周りの音が遠い。ごくり、唾を飲む音が身体に響く。

もうどうにでもなれ!励ませばおっけだろ!!!

がつん!と勢いよく開いた(というか開けすぎてちょっと戻ってきた)音に、名前の肩がびくんと跳ねたのが視界に入った。

「…だれ?」
こっちとは反対側を向いたまま訊ねてきた彼女の声はわずかながら震えている気がする。

「フジ、だ。」
フジだ。ってなんだこの自己紹介、と心で自分にツッコミを入れてしまった。

しんとした空気。反響する音は何も無い。

「フジ…?何しにきたの、」
「何しにって…」
俺、何しに来たの?
とりあえずこの距離じゃ何だ、名前の方に近づいてみる。

「…なぐさめに、来ました?」
「…なんで疑問形?」

いや、自分でもわかんねーよ。具体的な理由なんてなく、ただ傍に居たかっただけなんだが、んなことバカ正直に言えるわけもない。

名前から人ひとり分離れた距離で、立ち止まる。

すんすん、と鼻を鳴らしまくっているコイツは無理に泣きやもうとしてるのだろうか。そんなこと俺の前でしなくてもいいのに。


「大丈夫か?」
とりあえず無難な言葉を掛けてみるも、「大丈夫だったら泣いてない」とのご返答。…そりゃごもっともだ。


「キヨだって、ガチであんな風には思ってねーって」

俺が発したキヨという言葉に、ぴくん、と身体が反応していて、涙がこれ以上溢れないように必死にこらえているように見えた。


「……そうだと思う。あいつはいつもそうだよね」
「そうだな、」

目をごしごしと擦る名前の手をどけて、俺のセーターの裾で涙を軽い力でぬぐってやる。

「負けず嫌いでさ、意地張ってさ、たぶん本気で思ってないことだって勢いで言っちゃうんだよ?最低だよねー」
「そうだよな、あいつはな」

手を下ろすと名前はうろうろと歩きまわり始めた。
どこへ行くでもなく、ただ教室内を行き来する。
気持ちの奥にある迷いを示してるようだ。

「でしょー?これで、ガキでバカなキヨに大人でえらい私が折れて謝れば、明日にはすっかりもとのキヨに戻ってるんだから!ほんっと気分屋すぎ!」

「そう、だなぁ」

キヨのことを語って、強がる名前を見るのがこんなにつらいなんてな。

「キヨはたぶん本気じゃないだろーし、言いたい事はさっき存分に伝えられたし、こっちから謝ってあげますかなー」

背中を向けた向きで立ち止まって、両手を上げて身体を伸ばす名前に、声をかける。


「名前、」

「なに?」
くるりと振り返るコイツの目はまだ赤いまま。

強がるのをこのまま見てるのは、嫌だ。


「キヨは、本気でぜったい、俺の前に顔だすななんて思ってねーよ」
「え、…しってるってば」

「たぶんって、言ってたろ」
あせったような、隠そうとしてるような名前。心を揺さぶるようなことを言って悪いな。

「………でも、わからな」
「その心配はぜってーいらないよ。」
言葉を遮られ、なんでそこまで言い切れるの?と目がそう訴えている。

「キヨは、ほら、素直じゃねーんだ。うまく伝わらなくて、思い通りにならなくて、それで本当は微塵も思ってないようなこと言っちまったんだよ」

黙ってしまった名前。教室はシンとしていて、外の運動部の声とボールの跳ねる音しか聞こえてこない。


「いつも一緒にいるからこそ、俺の前に顔をだすなって言ったんだよ。」

コイツの無理に強がる顔を見るのは嫌だ。
俺にわかるこの気持ちが、たとえキヨの気持ちでも、わからないとコイツに悩んでつらい思いをしてほしくない。



「寧ろ、今もこれからもお前と居たいから、顔見せんなって言ったんじゃねーかなって俺は思う」

「そうなの、かな」

顎に手を置いて眉をひそめるその様子からするに、いまいち確かだとは思いきれないようだ。
俺からしてみればお互いバレバレな感情なのに、どうしてこんなにおもしろいくらいすれ違うのか。

「そうだ」

気付いてくれない方がいいのかもしれない。

「キヨのことは、俺が一番よくわかると思う。」

キヨから奪ってしまえばいいのかもしれない。


「そんで、キヨはお前と居たいってのは、俺やこーすけやヒラに対するものとはまた違う感情な筈だ」

でも、想い合ってるふたりをつぶしてまで、俺だけをしあわせにする選択はしたくない。こいつとキヨがうまくいってほしいとも心から思ってんだ。


「フジ……」

名前は自分の気持ちに向き合ってない。
自分の欲に素直に動けば、名前はこの気持ちに一生知らんぷりをするだろう。


「…私ね、」
一息をおいてから、目に力を込めて、俺に伝えようとする。

「キヨのこと考えると、モヤモヤするの」
それが俺に対する、すき、なら

「これは、こーすけとヒラくんのふたりとも、フジとも違う気持ちなの」
どれだけ嬉しいことか

「…だろうな」
「だ!だろうなってどういう!」
「俺は気付いてた、」

そう俺はわかってた

「お前がキヨのことすきなことくらい」

名前をすきな俺だから、わかってた。

「わかりやすすぎなんだよ、お前はさ、」

今の俺に出来る、精一杯で笑ってみせた。


「…すき、なのかな」
俺のつくり笑いを見て、何を思ったかはわからない。
ただ名前は、窓の外を少しだけ眩しそうに見つめていた。


「キヨのこと、俺らとはちがうもやもやなんだろ?」
「うん」
俺との目線は外したままで、名前は返事をした。

「だから、他の誰より本気でぶつかるし、誰に言われたより本気で悩むんだろ」

「…うん。」
返事の仕方は、多少沈黙したもののさっきと同様だ。



「名前は、キヨのこと、どう想ってんの?」


俺、バカなのかなぁ。

「…っ、………フジ、」

ここまで言って、気づかせて、自分でやったのに、やっぱ少し苦しい俺がいるんだ。

「……ん?」

やっと俺と合わせた瞳から、ぼろぼろと溢している彼女の涙はキヨを想ってのもの。
それが少しでも俺に向いてくれたら、なんていつも少し俺は欲張るくせに。
俺の恋が実ってほしいという願いは捨てたのに、彼女の顔は俺の胸を余計に締め付けた。

「私さ、ほんとは気づいてたの。それだけど認めたくなくて、すきじゃないすきじゃないって言い聞かせてたのにもう1回思っちゃったら無理だった」
知ってた。俺だって知ってたよ。気づいていたことも、それを誤魔化そうとしてたのも、お前ことがすきな俺にはバレバレだ。



「…私、キヨがすき」

両手で顔を覆って、多少こもっていても、俺の耳にははっきりと聞き取れる現実。

「……知ってた」
それで、キヨもお前のこと絶対すきなんだよ。

「知られちゃってたか、」

「わかる人から見ればバレバレなの!さ、いいから!名前は早くキヨのとこ行ってこい」
「え…?」
そう、お前らはどっちかの気持ちさえ届けば、ぜってーうまくいくから。

「先延ばしにすると意地張ってお前らはどっちからも伝えられなくなるから、自分の気持ちわかったなら、なるべく早いうちに伝えた方がいいと勝手だけど俺は思う」
「…うん。確かに私はそうかも。わかった」

だから、はやく、

「……どーせケンカも、どっちも意地張ったまま折れなくて酷くなりすぎただけだろ?大人になってやるかでいいから名前が折れて、ちゃんと仲直りもしてきなさい」

はやく行ってくれ


「…はーい、フジお母さん」
涙にまみれる目を細めて笑う名前は、どうやら泣きやんだようだ。

「だれが母さんじゃい!!!」
おどけた名前にいつもの全力のつっこみをいれる。

「フジは私とキヨのお母さんだよ」
お母さん、か。

力なく、にこりとほほえむ名前の涙を、セーターの袖でさっきより少し乱暴に拭ってやると、こいつは立ち上がりドアの方へと足を進める。

「フジの言葉はすっごい心に染みるの。今も勇気でたし、やっと自分の中でこのすきを認められた」
「それは、よかった」
「フジが居てくれるだけで、安心するよ」
「俺はお前らのお母さんらしいからな」

「フラれてもいいや。仲直りして、気持ち伝える!」

いいや、お前はフラれねーよ。キヨはお前のことはフラない。

「ありがと、フジ」
「おう、気にすんな」

「いってくるね!」

残された言葉は今の俺にはものすげぇ辛辣だった。

熱くなってきそうな目頭に収まれと暗示をかけて、「どーいたしまして」と声を絞り出した。少し震えてはいなかっただろうか。もう既に言葉と共に目の前から走り出してしまっていた名前に俺の声が届いていたかはわからない。

「お幸せに」

無理矢理形にした言葉を紡いだ声は掠れてる。情けねぇ。

優しいとはよく言われるけど、本当の自分の欲には結構我が儘だと思ってたのに。
もちろんこーすけもヒラも特別だけど、キヨも名前も、俺にとって物凄く特別で大切だ。
俺がふたりの恋愛に入ることでごたごたに崩れてしまうくらいなら、これからもみんなで楽しく過ごせるように俺は身を引くよ。

俺はとんだお人好し野郎だ。


長く長く染みついた汚れが所々落ち切っていない教室の床に腰を下ろす。

このどうしようもない気持ちをどうにもできなくて、髪の毛をぐしゃりと掴む。今の俺には、真っ直ぐあいつに手は伸ばせない。
ひとしずく、制服のズボンにシミをつくったそれは止めようとしたって無駄で、もう一滴、もう一滴と無意識にも零れ落ちていく。

「すきだ、」

今度は掠れはしなかったが、こんな囁くようにちいさな声では彼女には届かない。否、大きな声で叫んだとしても、俺のこの想いはもう何をしたってアイツに届くことなんて無いんだよな。



人生の分岐点

(どうかふたりが、しあわせで)



20140703

pullus