三角関係のお話。



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突然の夕立に降られて 校舎裏の蔭で雨宿り
荒くなる 二人きりの呼吸が響いた

肌の透けたブラウスに触り つらくなるほど目を合わせて
この口と その口の 距離はゼロになる

隠し事がしたいよ したいよ“内緒だよ”
その響きは 幼い耳を何十回刺激した 


トラウマなど忘れさせたげる この指が与える刺激で
常識と非常識の 距離は紙一重だから 

永遠の閃光

雨にまぎれ聞こえる 聞こえる“愛してる”
そして二人は プラトニックな掟を破ってく

傘はささずに 一緒に帰ろ


荒くなる 二人きりの呼吸は重なり
この口と その口の 距離はゼロになる

雨にまぎれ 聞こえる 聞こえないフリをしたら
あどけない眼で この上なく いじらしそうに笑う
隠し事がしたいよ したいよ“内緒だよ” 
その響きは 幼い耳を何十回刺激した

夕立のりぼん


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もうここで会うのは何度目になるだろう。

そんなに会えるわけではないけど、全く会えないわけじゃない。
同じ学校に通っているのに、なんともおかしな話だ。

私とキヨは両想い。だけどつきあってはいない。
正しくは、つきあえない。
喜んでこんな関係でいるわけではないけど、事情が事情だけに仕方ない。

学校で顔を合わすけど、ふたりだけで会えるのは週に2、3回。
たまに夜にこっそり会ったりもするけど、放課後に人気がまばらになるのを待って、今はほぼ誰も来ない鍵の壊れた体育館倉庫で会うことが一番多い。
この場所に決めたのは、家族にも言えないから家で会うこともままならないし、夜や放課後の他の場所のどこよりも人に見られてしまうことが少ないと私たちは考えたからだ。

倉庫の中が、湿気くさくても埃が所々につもっていても構わなかった。

キヨはいっつも埃くせーだの湿気くせーだの愚痴ばっかりもらしているけど。



6月ももう半ばに入る。梅雨真っ只中のざあざあとやむ気配のないこの雨に埋もれることなく、びしゃんびしゃんと雨が跳ねる音に、靴の引き摺る音が聞こえてくる。
歩き方に癖があるアイツの足音はわかりやすい。段々近づいてくるそれにやっぱり彼のものだという気持ちが強くなる。

ぎぎぎと鈍い音が響き、見えてきた人影。
彼は、長い年月を感じさせる大きな両開きになるドアを、閉めるためにもう一度音を鳴らした。

「あ、もう来てた」
待った?でも遅れてごめんでもない、というか、そんなこと言うことはほぼないんだけど。ただのこの情景を見た感想を述べた彼に、彼らしいなと頬がゆるむ。

ここが、一番キヨと警戒心なく過ごせる私たちの居場所なんだ。


「何笑ってんだよ、きもい」
「きもいはひどいでしょー。こっちは待ってたんだから待ち遠しくて当然なの!」
私の座っている古びたマットにキヨも腰掛け、ふーんと何を考えてるのかわからない返事をされる。

「相変わらず湿気くせー」
「梅雨だししょうがないって」

ここで、何をするわけでもない。
ただ、何時間か、下手したら数十分だけ話すだけ。
それだけでもふたりで会えるだけ私はうれしかった。



▽ △ ▽


なんでこんなことになっちまったのか。



「だから、他に好きなやつが出来たから別れたいって言ってんだよ」
「は…!?」

もう一度言って、と目の前にいる、今はまだ彼女に促されたままに言葉を述べるものの、どうやら素直に呑んではくれないようだ。

6月初旬、梅雨に入りたてのこの時期、最近一緒に帰ってなかったが、俺がこのことを伝えようと久々に一緒に帰ろうと誘ったところコイツは異様に喜んだ。
隣で傘を差して並んで歩いていた俺達の間の会話は、向こうが勝手に喋るだけ。俺はあんまり会話をしたいと思わなかったから、いつもフジたちにするような馬鹿話もしなかった。
帰路がもうあと少し、分かれ道にさしかかる頃、別れ話を切り出したがこの様。

「何いってんの……もう私を好きじゃないってこと…?」
コイツは立ち止まったが俺は止まらない。すると、傘を持っていない方の手で腕をぐいと掴まれ、進めていた足を止められた。無理矢理止められたことに少し腹が立ったが、怒っては話にならない。

「そう。というか、正直好きになってもねえ。付き合うのも半ばそっちが無理やりだったろ。好きにならなかったら、別れていいってお前が付き合う時に言ったじゃねーか」
「そうだけど…!」

つらそうな、悲しそうな顔。だけど、俺は好きでもないやつのそんな表情を見たって、傍に居てやりたいとは思わない。

「好きな人って誰!」
「……お前に言わなきゃだめなの?それ」
「だめ!!」

言わないと納得してくれそうもないが、言ったら言ったで女同士はめんどくさそうだな。
俺が好きなアイツに迷惑はかけたくねーし。

最初は、気になる程度だった。
だから、高校入っていきなりこのくそ女に告白されて、とりあえず彼女作っとくかとか軽い気持ちで思ったのが間違いだった。
気になってるやつなんて大体好きになる。やめときゃよかった。
彼女持ちがステータスとか思ってたんだろーな。馬鹿か俺。タイムマシンで過去に戻ってあの時の俺に言ってやりたい。


「いや、言わねえ。俺が誰を好きでいようと自由だろ。俺は、お前と付き合っても好きにはならなかった。期待させたかもしれないのはこっちもわりーけど、それが答えだ。」
段々落ち込んでいくコイツの顔つき。
俺の服を握る手のひらの力は強くなることしかしない。向こうからは離してはくれない。放す気はないとコイツの全てからひどく理解できる。

「…やだ」
やっぱりそう簡単には受け入れてはくれねーか。

静かにコンクリートをたたく雨がぱちぱちとたてる音は、どうにも鳴りやもうとはしない。


「ごめん、俺やっぱ無理だ。お前とは合わねえし好きにもなれない。だから別れよう」
俺が言葉を言い放つと、コイツの口も止まった。
足元を見つめていて、どんな面持ちをしているのかは確認できない。


「…やだ」
「‥だから俺はもう、」
「やだ!!!私と別れるなら!!キヨって名前でゲームの実況してること、学校のみんなとか親とかにばらして、ネットにもキヨの正体流すから!!!」

コイツから述べられたことは衝撃的すぎて、何が何だか正直わからなくなった。

「…は!?キヨ…??そんなんただの俺のあだ名だろ?しかもごく少数しか呼んでない」
とりあえず誤魔化すのが吉だろうか。コイツが知ってる筈ない。そんなわけない。

「とぼけないでよ!私知ってるから!!キヨの家言った時パソコン見ちゃったもん!!」
「な!勝手に見んじゃねーよ!!」
「見ちゃったもんはしょうがないでしょ!!!」

パソコンには確かにこれからあげる動画だったりあげた動画だったり、実況に関するものがたくさん入ってる。
ニコニコにもログインしっぱなしだったか…?なんて俺のミス。
リアルでもネットでも正体を隠し続けていたのに、バレてしまうのは絶対に避けたい。しかも元カノからなんてぜってー余計めんどくせえことになる。


「だから!!別れない!!!」

強く言い放つコイツは悩んでなんかない。なんて最低な駆け引きだ。ネットの俺を引き合いに出すなんてお門違いじゃねーのか。
やっぱコイツを好きになることはねーな。

俺の腕をつかむコイツの、丁度傘で遮られるものがない部分の制服だけがびちょびちょになっている。離してくれよ。


「…それで俺を繋ぎ止めてても、俺はお前を好きになることは絶対ないけど」

「……今はそれでいい!!私の彼氏で居てくれたらそれでいい!!でも、もう一人彼女を作ったらばらすから!!!」

それって、俺に気持ちを伝えんなって言ってるのと同じじゃん。


「ばらされんのは困るし、俺だけの迷惑じゃねえからぜってー避けたい。から、のんでやるけど、形だけの彼氏でいりゃあお前は満足なんだな?」
「…うん。」

はあ、とため息を漏らす。
でも、これを呑むしかどうにもできなさそうだ。フジとこーすけとヒラにも、ばれたら迷惑かかる。

コイツが俺を諦めるまで待って、そっからすっぱり別れればいい話。
それまで、俺がアイツをすきでいりゃいいんだもんな。簡単なこと。俺はすきになったやつには一途だ。


「俺が他にすきなやついることには何も変わりはないからな」



▽ △ ▽


空気が湿っている。
鼻先を刺激するのは、もうすぐ雨の降るあの独特な匂いだ。

校舎の裏には花壇があり、委員会の仕事であるらしく、放課後、アイツがこの花壇によく水をやりにくる。
この梅雨の時期、水なんてやらなくてもいいだろうに、そいつはそれでも花の様子を見にやってくる。
変な奴、と思う半面、こんなくそ真面目な所も惹かれた所のひとつなのかもしれない。
面識はある。同じクラスだし、俺がアイツの事を知りたくて話し掛けに行く。そして話したりして彼女の事を知り、関わっているうちに俺はすきになった。
この俺が、そんな風に人をすきになる時がくるなんてな。



今日もアイツがやって来た。
俺はそんな彼女の姿を見たくてなのか、水をやりにくると話に聞いた週2日は、自然と足が動いてしまう。


「キヨ、今日も来てくれたんだ!」

俺を見て、ふわりと微笑む彼女。周りのどんよりとした空気には似合わなくて、早く夏が恋しい。そう感じた。

「たまたま通ったからな」
素直に言うのは照れくさい。俺はどうも不器用らしい。

「ふふ、いつもそう言うねキヨは」
私に会いに来てくれてるんでしょ?と答えなんて分かってるだろうにそんな事聞くな!

「んなわけねーだろ、ばーか」
こんな憎まれ口叩いても、ふふふ、と笑ってくれるコイツ。
ああ、俺はコイツがすきだ。
それなのに、気持ちを伝える事が出来ない。


「私ね、2年連続で同じクラスなれて良かったなぁって思うよ」

花壇に歩みを進めていくコイツを黙って見つめる。

「去年よりも、沢山色んなお話が出来るようになったし、キヨおもしろいし、一緒にいて楽しいし、安心するし、仲良くなれて本当に嬉しい」

「ふーん……そりゃよかったな。さすが俺。」
ここまで思ってくれているとは思わず、驚いた。やっぱり素直に喜べなくて、こっちを向いた彼女と目を合わせる事が出来ず、目を逸らしてしまった。


ぽたり、水滴が頬に垂れて来たのがわかった。

「雨…」
俺ではなく、空を見つめる彼女。俺はようやく顔を見る事ができた。
上を見つめている彼女を見つめていると、次第に雨は強くなり、ざあざあと降り出してきた。

「わ!いけない、早く屋根に入ろ!」
ぼーっと視界に入れていた俺をぐいと引っ張り、すぐそこにある校舎へと入る階段の屋根のある場所へと入った。

「うわぁ、中々降ってるね」

俺はなんでコイツをこんなにすきなんだ。何をしてても何を話してても、目で自然と追ってしまうし、そこに居なくても、コイツの事を考えてしまう。

キヨ?、と首を傾げて尋ねてくる彼女が、とても愛らしくて仕方がなかった。

「どうしたの?今日なんか変じゃない?」
「んなことねーよ」


気持ちを伝えるなと言われてから、コイツへの想いはでかくなるばかりで、収まらなかった。収めようともしてねーけど。
あんなくそ女となんてやってらんねーよ。コイツがすきですきで、仕方ない。


「なあ、俺、お前がすきだ」
「え、」

固まる名前を静かに見守る。あれ、俺何言ってんの。付き合えねーのに。
すきすぎて、コイツを見てたら我慢できなくて。


「え、え……ほ、ほんとに…?」
信じられないと言いたげに瞳をまんまるにして、俺を見た。
あああ、そんな目で見んな。やめてくれ、胸がきゅうとすんだよ。こっち見んな。


しんとして、雨の音しか聞こえない中、俺は名前と自然と目が合った。
俺は告白をしているという緊張感を今更感じた。


「俺は、お前がすきだ」



それから、この関係が始まった。
俺がすきなこと、でも女に弱みを握られていて無理矢理付き合わされていて別れられないこと、名前も俺をすきなこと。
この時に全て話した。

付き合うことは出来ないが、両想い。変な話だな。
そこからもここでふたりだけで会って、話す事を重ねているうちに、もっともっとと、求めるようになってしまった。
そして体育館倉庫を見つけ、バレる可能性を少なくするため、そこで会うようになった。


このままで、いい訳なんかない。

全部俺のせい。弱みを握られたのも、周りに隠さなきゃなんなくなったのも。全部俺のせいだな。

伝えない方がよかったかもしれない。それも何度も考えた。
でも、アイツに気持ちを伝えたことに後悔なんてしてなかった。
気持ちを確かめられて、ふたりで会う時間が増えた。
ただの友達だった頃よりも色んな話ができた。俺は、もっとアイツがすきになった。コイツを守ってやりたい、そう思った。


あのままあんなクソ女と別れらんねーまま諦めるなんて俺からしたらぜってー有り得ねえ。
あの女と別れて、俺は堂々と付き合えるようにする。
コイツを絶対、幸せにしてやりたい。



▽ △ ▽


1時間くらい喋って、ふと間があいた。雨が地面を叩く音はさっきより静かで、会話のないこの空間も居心地悪くない。

黙ったまま、喋ろうとしない隣に居るキヨの手をぎゅっと握る。
どうして?と言われれば答えられない。ただ彼に触れたいと思ったから。


「どした?」
案の定問われたことに、偽りなく、なんでもないよ、と返す。
キヨの目を見つめていたら、あっその返事と共に彼の手に握り返される。

たったこれだけの、手を繋ぐことさえ人目につく外じゃ出来ないなんてね。なんておかしな話なんだろう。卒業しても、この先も、ずっとこうなのかな。


堂々とできないことにもどかしさを覚えたことは今までに何度もあって、現状では仕方のないことなのに、私は我慢しなくちゃいけないのに、このままこの不思議な関係が続くのなら胸のなかがもっとぐしゃぐしゃになっちゃいそうで。

隠し事をすることを選んだのは私たちだけど、ほんとうは隠し事にしたいわけじゃないのに。しなきゃいけないことがこんなにも苦しいなんて思わなかった。


「……キヨ、」
「…ん、」

なんて言葉を言えばいいのかわからなかった。何を言いたかったのかもわかんない。
この複雑な気持ちに言葉をつけることが出来なかった。


キヨを呼んだっきり、黙り込んでしまった私の気持ちを読まれてしまったのだろうか、不安という言葉が自身満々の普段からは全く似合わない彼が、まるで私の気持ちを映したような顔つきをしていた。
最近キヨは時々その顔をするようになったよね。


雨の音が大きくなる。

ね、どうしたらいいんだろ。私、わかんないよ。
このままではいけないけど、解決方法が見つからない。
キヨの彼女さんをなんとかしてもらわないと、私たちはつきあうことさえも、すきって想ってることをだれかに言うことさえもできないまま。

誰をすきになったって自由なのに。
想い合ってるのになんで苦しいんだろう。
つらいけど、でも一緒に居る時間がとてもしあわせな時間なのも確かで、やっぱりすごくすごくもどかしい。


「……名前、」

ずっと繋がれていた手をひっぱられ、傾いた身体をその流れのまま抱き寄せられる。


「俺は、お前から離れねえから」

ほら、複雑なのにあたたかいの。
くっついてるキヨの体温も、頭のうしろにまわされた手のひらも、キヨの存在自体も私の心もあったかい。
のに、不安は拭いとれなくて、ああ、やだ。なんだろこの気持ち。

「ありがと、」

少しの間そのままで、頭にのっけられた手がよけられたと思えば、視線が合う。
合わせたわけじゃなくて、自然と合った目。

この緊張感、告白された時とおんなじだ。

「目、つぶって」

キヨの言葉の通り、まぶたを下ろせば
私の口と、キヨの口の、距離がゼロになる。

この行為は、絶対にだれにも見られてはいけない。
だれにも、見られてませんように。


「なぁ、」

離れた口と口。隣に座っていたさっきの距離に戻る。


「やっぱ俺、お前がすき」

どこか悲しげなのに、気持ちには迷いの無いことが伝わってくるその笑みがものすごくうれしい。

歯痒さは一瞬なくなって、キヨをすきでいられるならそれでもいい。そんな感情に私をさせた。

1年前の今と同じ梅雨の時期、キヨは告白してくれた。
告白してくれて、今も変わらない気持ちのままでいてくれてありがとう。


「私はだいすき」


きっとまたすぐに、もどかしい気持ちはもどってくる筈なのに。


もどかしくて、苦しくもあるのに、ふたりでいるときが、いちばんしあわせ。




夕立のりぼん

(“内緒”だからこそ、こんなにもひとつが嬉しく思えるのかもしれないけれど)
(もどかしさなんていらないから、しあわせだけをください)


image song:夕立のりぼん
song by:みきとP


20130607-20151010

...夕立のりぼんの、雨ともどかしさと“内緒”のイメージだけで書いたものなので、ふんわりとリンクをさせましたが、細かな曲の解釈とは全く別なものです。勝手に歌詞ごめんなさい。
書き始めてから随分経ちましたが、書き終えることが出来て良かったです。


pullus