Kill Me If You Can




 顔のいい男が入ってきた。でも、顔しかよくなかった。クラブの連中とはしょっちゅう喧嘩するし、煽るし、口悪いし。喧嘩するのは別にどうでもいいが、その後の破損した備品だとか無惨にもお亡くなりになった食事の後片付けが自分に回ってくるのだけはいただけなかった。
 でも、サッカーはよかった。

「気が散る」
 仕事の合間に孤独な練習をよく眺めていたら苦言を呈される。やりたいことはなんとなくわかる。目指すゴールの姿もなんとなく想像がつく。メニューの効率もいい。

「休息も大事」
 でもちょっとオーバーワーク気味だった。スポーツドリンクとタオルを渡すと怪訝そうな顔で受け取られた。
「才能はある……でもそれだけね」
 だから気に入った!これが、ミヒャエル・カイザーとの出会いとなった。

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 創世記の蛇、もしくはゲーテの描いたメフィストフェレス。

「私は、天才の"俺なんかしちゃいました?"なスーパープレーより秀才の血の滲んだスーパープレーの方がアガるから好き」
「見たいなあ。サッカー始めたばっかの素人が、恵まれた環境でサッカーやってきたエリートを徹底的に打ちのめすところ」
「いい目を持ってて、頭の回転も良くて……あとはフィジカルがついてくれば言うことなしね」
「天才型じゃないんだから練習でできないことは本番でできないタイプでしょ?たくさん練習した方がいいわよ」
「よかったじゃない。天才だったら一人で強くなれないもの」
「自分の足りないとこ埋めれば強くなるんだから」
「あなたは天才じゃないから、自分だけで強くなれる」

 甘言で唆されている。この俺が、こんな女に。しかし俺がアダムともファウストとも違うのは、唆されたあとがきちんと想定できており、そこが俺の目指すべき位置だと理解した上で乗ってやっているからだ。だから、正しくは唆されているのではない。俺が利用してやっているのだ。

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「無理ね」
「カイザーが強くなればなるほどノアはもっと強くなっちゃうから、カイザーがノアを超えることはない」
「秀才が頑張って努力したものを横から掻っ攫うのが天才なんだもの。身に染みてわかっているでしょう?」
 なんでもないように言い放つ、酷い女。

「同じチームにいれば、の話だろ」あまりの切り捨てっぷりに、少し拗ねたように響いた。
「まあ、そうね」
 次のビジョンは見えている。俺の市場価値を高め、売りに出す。結局のところ、同じ土俵にいるから比較されるのだ。だからココではないどこかで、名実共に皇帝として成り上がる。俺の、俺による、俺のためのシステムで、俺は世界一になる。

「もういい?帰りたいんだけど」
「ンー?」帰り支度を進める女の荷物を奪う。
「もう少し付き合えよ」
「こんなことしてる暇あるならサッカーのこと考えた方がいいんじゃない」
「休息も大事って言ったのは?」
 俺は一番がいい。一番になれば、全員が俺を標的にする。全員が俺の方を向く。それを全員叩き潰す。試合後の夜は俺が悪夢となって出てきてやろう。引退するまで毎夜毎夜そいつを襲い、骨になるまでそれが続くだろう。
 コイツも一緒に引き抜いてやろう。バスタード・ミュンヘンじゃない別の場所で、カイザーシステムの一端に組み込んでやる。

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「は?お前も来い」
「いや、呼ばれてないし。クラブの仕事あるし」
「母国なんだろう?」
「休暇じゃないなら帰らないよ」
「案内しろよ」
「ほらこうやってアテンドさせようとするやついると思った!」
 当然コイツも帯同するものだと思っていた。クラブスタッフにしては口うるさい。だがそれまでに無い視点で学びがある。話すには丁度いい。必要以上に踏み込んでこないし、女を出してくることもない。
「お前の母国の若人を踏み台にするかもしないが、恨むなよ」
「はいはい、お気をつけて」

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 皇帝がボロボロになって帰ってきた。
「サッカーやめる?」屈辱だろうな、私にこんなこと聞かれるの。
「…………」
「やめないなら、強化メニュー入るけど」
 まあどうせやめないだろうし、私がそう思っていると確信した上でこんなことを聞いてくる女への大いなる苛立ちを含んだ目で睨まれる。
「やる」
「オッケー。じゃあ部屋に戻って荷物まとめて。日本に持って行った荷物そのままでいいと思うけど」
「……?わかった」

 準備にそう時間はかからなかった。待ち合わせ場所に行くと女は車を用意していた。女が運転する車に乗り込む。
「まずは雑貨屋ね」

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「あなたの食器を揃えましょう」好きなの選んで、と促される。
「ハァ?皿なんてなんでもいい」
「だめ。気に入ったものを選んで。マグもね」
 仕方なく食器はボタニカル柄のものを選んだ。マグはメタリックブルー。自分が好きなものなんて、正直よくわからないしどうでもよかった。
 選んだものを持っていけば「いいじゃん」と一言。会計をしてまた車に戻った。

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 停車。たどり着いたのはよくある普通のマンション。
「おい、強化メニューって何するんだ」
「ルームシェアよ、私とね」
「……クソ積極的なお誘いねぇ?」
「セクハラには毅然と対処するからそのつもりで」

「あなたに愛を教えてあげる」

 結局カイザーを回復させるには、サッカーをやらせておくしかない。サッカーで受けた傷はサッカーで癒すしかない。そこはネスにお任せしよう。それよりも、もっと原始的な、根源的なケアでより早い復帰を。「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「いってらっしゃい」「おかえり」「ありがとう」「おやすみ」。朝も夜も、カイザー専用の食器に食事をよそう。帰ると家に明かりが点いていて、誰かが自分の帰りを待っていて「ただいま」を言える場所を疑似的に作り出す。もうカイザーは一度ゼロに戻った。ここからまたマイナスに落とすのは試合中だけでいい。心理的安全性で、メンタルの体幹を鍛える。これが、オーナーのオーダー。理解も納得もできたので乗った。

「やれるもんならやってみろ」

 この数年で絆された。カイザー自身もそのつもりじゃあなかっただろうが、それが質の悪さを助長している。カイザーには強くあってほしい。青薔薇の花言葉が「不可能」から「夢かなう」になったように、不可能を乗り越える強さを持っていてほしい。次になにが待ち受けているかはわからないけれど、カイザーが強くなる運命にある事を信じている。そのために、私ができることを。そう思わせるだけの才を既に持っている皇帝とのシェアハウス生活は、このように殺伐とした空気感で始まったのだった。







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